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科学の天才グノーメ(2)

 鳥がまたやってきたのは、その日の午後だった。今度鳥が落としていったのは生きた(うお)だった。上空から落とされて、何度も地面に跳ね返り、ピシピシと尾で地面を叩いて跳びはねる。小さな子供の身長ほどもある大きな魚だ。落とされたときにできた傷から血を撒き散らしながら、大通りを右から左、左から右へと何度も転げ回り、やがてぐったりとして動かなくなるまで、人々は魚から逃げようと文字通りに右往左往したのだった。

 下宿に戻っていたマーヤーとフィシスは、直接その様子を見てはいなかったが、人々の騒ぐ声を聞いて往来に出て、息絶えた魚を見たのだった。

 「絶対、普通の鳥じゃない!」

 マーヤーの言葉にフィシスも頷く。

 「そうだね、でもモンスターなんかじゃないと思う」

 「どうして?」

 「心が通じ合わなかったから」

 心が? そう怪訝な表情を浮かべるマーヤーに、フィシスはどんな生き物――動物や植物、あるいはモンスターであっても、相手の心を感じられるのだ、と言った。意志を通じ合わせることはできないまでも、相手の心がそこにあることはわかるのだ、と。

 「今度来たら、どうする?」

 からかうような口ぶりで訊くフィシスに、マーヤーはきっぱりと答えた。

 「懲らしめる」

 そう言って、フィシスの顔を見返す。

 「悪い縁、って言いたそうね?」

 ふふ、と笑いながら、別に、とフィシスは言う。

 「言わないよ、そんなこと。マーヤーの決めたことだもん」

 そう話しているとき、人々の声が聞こえてくる。またあの鳥がやってきた、と。

 見れば、確かにあの鳥だ。午前中に実を落とし、つい今先(いまさっき)は魚を落としていった鳥。見目(みめ)は美しいが迷惑な――嫌な鳥だ。今度足に掴んでいるのは一抱えもありそうな革袋だ。何が入っているか――は考えたくない、とマーヤーは思った。

 「今度はあれを落とすつもりね」

 そんな真似はさせないから、とマーヤーが意識を鳥の方に向ける。何もない空中から、1羽の鷹が現れ、鳥に襲いかかる。魔法で作り出された幻だが、その姿、動きは本物の寸分の違いもない。人間だけでなく、鳥にも本物との違いはわからないはずだ。いきなり現われた鷹を見た人々の口から驚きの声が漏れる。正面から突っ込んでくる猛禽の姿を見た鳥は、わずかにひるんだ様子を見せたが、しかし、それを()けようともしない。

 「え、嘘…?」

 驚いたのマーヤーの方だった。鳥は逃げ出すどころか、まっすぐに鷹の方へ向かって飛んでくる。ぶつかる、と思った瞬間、鷹の体を貫いて鳥が飛び過ぎる。体の真ん中を貫かれた格好の鷹は、瞬時、その姿がぼやけたかと思うと、次の瞬間には消えてなくなっていた。

 「幻、消えちゃった」

 何の感情も浮かべずにフィシスが言う。真っ向からぶつかられ、幻であることを暴かれた鷹は魔法が破れて消えてしまったのだ。

 「…そんなの、ありなの?」

 納得がいかないのはマーヤーだった。鷹の姿が見えていたのは、鳥の様子からして間違いない。いきなり出現した鷹に驚きひるんだ様子はマーヤにもわかっていた。だが、それにもかかわらず、正面から突っ込んでくるとは。本物の鷹にも負けないほど、あの鳥は強いのだろうか。

 見れば、体勢を立て直した鳥は、また地上めがけて降下しようとしていた。

 「そうはさせないから!」

眠れ! そう心の中で叫んで魔法を鳥にぶつける。姿がはっきりと見えている以上、目標を外すことはない。あの程度の大きさの鳥なら、眠りの魔法に耐えられるはずはない。飛んでいる最中に眠れば、そのまま地上に落ちてきて、運が悪ければ傷つき、もしかしたら死ぬかも知れない。そんなことを思ったのは、鳥に魔法をかけた後のことだった。

 しかし、鳥は魔法をかけられたことも知らぬげに、まっすぐ飛んでくる。今度はひるんだ様子すら見せない。

 「魔法が…効かない?」

 魔法に耐性のある鳥? 聞いたことのない相手だ。マーヤーは信じられない思いで鳥を見た。その間にも鳥はぐんぐん近付いてくる。

 それなら、とマーヤーが掛けたのは浮遊の魔法だった。急に体が浮き上がってバランスが崩れ、鳥の飛び方がおかしくなる。思うように進めなくなって、その場でじたばたし始める。翼をでたらめに動かし、体をひねったり、()っくり返ったりと普通ならあり得ないような動きをする。浮遊の魔法がかかっていなければ、たちまち地面に落ちてくるところだ。

 だが、それも長くは続かなかった。しばらくして、魔法のかかったまま飛ぶコツを覚えたのか、鳥はすいすいと輪を描くように飛び始める。


 (なんて奴なんだろ。…仕方ない、やろうか)


 そう思って、浮遊の魔法を使う。今度魔法をかけたのは、道ばたに落ちているいくつかの小石だった。膝の高さほどの位置に小石を浮かべて、鳥がやってくるのを待つ。鳥が降下してくるのを見た人々が逃げ去って、マーヤーだけが通りの真ん中に残った形だ。そのマーヤーをめがけて、鳥が一直線に飛んでくる。

 「今だ!」

 飛んできた鳥に当たるように計算して、小石を一気に空中へ舞い上げる。いつのもようなゆっくりとした速さではなく、つぶてのような勢いで。急降下してきた鳥のスピードと、小石の速度が合わさって、猛烈な勢いで小石が鳥に叩きつけられる。それをまともに食らった鳥が、瞬間、上空へ突き飛ばされたと思うと、次の瞬間には、けいれんしたような動きを見せて、そのままぴくりとも動かなくなる。羽ばたくどころか、身動き一つしなくなった鳥が真っ逆さまに地上へ落ちてくる。勢いよく地面に叩きつけられ、何度か弾んで、そして動かなくなる。その(そば)に、鳥が掴んでいた革袋が、びたん、と音を立てて転がる。

 「仕留めた!」

 地面に横たわったまま身動き一つしなくなった鳥に、マーヤーが駆け寄る。少し遅れてフィシスもそれに続く。

 「死んだの?」

 フィシスの言葉を聴いて、マーヤーが鳥の様子をじっと見つめる。奇妙な形に折れ曲がった首、石に貫かれて穴の開いた翼。しかし、それでいて血は1滴もこぼれていない。

 「え?」

 よくよく見れば、折れた首の中から覗いているのは、何本もの金属でできた糸のようなものだ。羽に開いた穴からのぞいているのも、鈍い光沢を持った灰色の塊と、細い数本の金属の棒。これは、本物の鳥ではない。そうマーヤーが確信するのには十分だった。

 「作り物…?」

 「ほんとだ。これ、鳥じゃないよ、マーヤー」

 道理でフィシスが鳥の心を感じ取れなかったわけだ。生き物でないのなら、心などないわけだから。

 「魔法の生き物、でもないよね」

 「うん、違う」

 マーヤーの問いにフィシスが即答する。試しに魔力感知の魔法をかけてみても反応しない。魔法の生物どころか、魔法で作られたものですらない。

 つまり、これは器械なのだ。せいぜいが梃子や滑車といった程度の単純なものしか知らないマーヤーには、想像も付かないほど複雑なカラクリ仕掛け。そんなものが存在することすら、マーヤーの理解を超えている。

 「でも、動いて、飛んでいた。実や魚を落として何度も飛んできた」

 うん、とフィシスがうなずく。

 「生き物でもないのに、なぜ? 魔法の道具でもないのに、どうして動くの?」

 「それはグノーメの発明品だ」

 首をひねるばかりのマーヤーとフィシスに、不意に後ろから声をかけた者がいた。驚いて振り返ると、そこにいたのはシーフリートだった。

 「グノーメ?」

 「知らないのか? 科学と工学に長けた小人(こびと)の亜人。魔法に頼ることなく、いろいろなものを組み合わせてどんなものでも作ってしまう、とんでもない天才達だ」

 「か…科学?」

 したり顔で言うシーフリートにマーヤーは困惑した表情を浮かべた。

 科学、と言う言葉は聞いたことがある。魔法ではない、普通の物に働く法則や力を理屈で説明する学問だ。魔法を知らない――あるいは使えない者でも学ぶことができるが、難しい理屈を理解できる者はごく限られているとも聞く。少なくとも、マーヤーは科学について教えを受けたことはない。

 「科学など知らぬと言いたげだな。無理もない、魔法ばかりを教えられ、それで達人の域に達した者に科学など無縁にして無用のものだろうからな」

 「あなたは知ってるの? その…、科学を」

 問い返されてシーフリートは事もなげに首を振る。いかにも、科学など知る必要がない、と言いたげに。

 「興味も湧かぬ」

 「でも、この鳥を作ったのはその科学の天才なのよね?」

 「そうだ、グノーメは魔法は使えないが、科学にかけては他のどんな種族よりも優れている。彼等の能力なら、この程度のものを作るのは棚の物を取るようなものだ」

 「そうなの」

 「そうだ。逆に言えば、グノーメ達でなければこれだけの物は作れない。魔法以外の手段で、魔法に対抗しうるだけの能力を持った種族なのだ」


 同じ頃。自分たちの作った鳥が壊されたことを知って、興味深げに語らっている者達があった。シーフリートがその名を()げたグノーメ達だった。

 「わしらの作った鳥が落とされたわい」

 「ほうほう、あの鳥をか」

 「一体どんな方法で落としたんじゃろう」

 「あれは、そんな簡単に壊れるもんじゃないはずだぞ」

 「魔法だ。魔法で石を飛ばして打ち落とした奴がおるわい」

 「なになに、それなら、今度は落とせないものを飛ばせてみせてやろう」

 「そうだそうだ、それが面白い」

 「だが、それも落とされるようなことがあればどうする」

 「なあに、落とされんような工夫はしてみせようぞ」

 「ほうほう、それはよいことじゃ」

 「魔法なんぞより、わしらの腕の方が上だということを教えてやらねば」

 「さよう、さよう、然り、もっともじゃ」

 「わしらの作るものを見れば、魔法使いもきっとおったまげるじゃろう」

 「裸足で逃げ出すかもしれんぞ」

 「よしよし、それは愉快じゃ」

 「うむうむ、では早速…」

 いたずらを企む悪ガキ共、といった表情で、グノーメ達はうれしそうな笑いを浮かべていた。


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