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怪物殺しのテーグル(2)

 領主の使者がやってくる、と言う知らせはその日の内にラスララに伝わっていた。領主の先触れが出るよりも早く、たまたまリシフィラに来ていた村の者が急いで取って返して知らせたのだ。

 先にテーグルがウォーレス男爵に招致され、今度は村に使者がやってくる。

 何のための使者からわからないまま、もたらされた知らせに村は湧いていた。辺境の地にあるこの村が、領主の目に留まることなど、ついぞなかったことなのだ。

 これも、テーグルが名を上げたおかげだ、と噂するものもあり、テーグルの勇名はいやが上にも村人達の評判を高めていた。

 「大したもんだぜ、テーグルは」

 「全くだ。おかげでこの村の領主様の覚えがめでたくなるというもんだ」

 「そうだ、そうなりゃこの村ももっと良くなるに違えねえ」

 「怪物を倒すだけじゃねえ、テーグルは幸運の運び手だ」

 口々に言う村人達の言葉は(いや)が応でもテーグルの耳に入ってくる。村に領主の使者が来るという知らせを聞いても、しかし彼だけは手放しに喜んではいなかった。

 謁見の折の領主の表情が思い出される。

 自分の姿を、振る舞いを見て失望したようなあの顔。凜々しい勇者を思い描いていたその期待が裏切られたことが、ありありと読み取れる表情。

 自分が何度も怪物と戦って勝利したことに疑問を抱いたとわかるあの言葉。

 村長(むらおさ)の言葉に、ようやく納得を示したものの、それでも腹に落ちきっていないと語っていたあの目。

 本当にテーグルが英雄の名にふさわしい男かどうか、それを確かめに来るのだ。

 村人の言うことが偽り、とは言わないまでも、何かの間違いではないかと疑っているからこその使者の派遣なのだ。

 だから、疑いを持たせたまま使者を帰してはならない。

 使者の目の前で、自分の力を示し、村人の言うことが、テーグルが怪物殺しの名にふさわしい勇士であることが真実だとわからせなくてはならない。

 そのためには、使者の見る前で怪物を倒すのだ。

 そうテーグルは心に決めたのだった。


 その2日後、使者がリシフィラを出発した。

 使者として立ったのはイズール――ザノールと戦った際に守備隊の副官を務めた騎士だった。従う正規の兵は2人だけで、後は町で集めた人々だ。お仕着せの服に身を包んだ様は、一見立派そうだが、歩き始めれば動きがバラバラで、訓練のされていない寄せ集め集団であるのがすぐにわかる。それでも、10人を超える人数は領主の使者らしい体裁は整っていた。

 3人の傭兵とシーフリートが使者の護衛の役割で兵士達と共に使者の側を歩き、残りの者は――マーヤーも含めて、雑役(ぞうやく)の位置づけで後からついて行く。確かに、これは冒険ではない、とマーヤーは思った。

 別に急ぐ必要もない旅だ。先触れを出した後、リシフィラからラスララまでの行程を予定通り2日掛けてこなし、次の日には、何事もなく一行はラスララに到着した。

 日が西に傾く頃、威風堂々と村に入ったイズールを村人達が恭しく――半ば物珍しげに出迎えると、その人垣を割って村長が進み出た。

 「御使者様、ようこそおいでくださいました。村長のロベールと申します」

 鷹揚にうなずくイズールにロベールがへりくだって言う。

 「どうぞ、支度ができております、こちらでお休みくださいませ」

 「左様か。では、世話になる」

 村長の役宅へ案内され、イズールが護衛と供に中に入ると、マーヤー達は役宅の前の広場に腰を下ろした。

 「平和そうな村だね」

 フィシスの言葉にマーヤーがうなずく。

 本当にこの村に怪物が出たのだろうか。それが率直な思いだった。

 出発前にラスララに出た怪物の件を調べに行くのだ、と知らされた時にはシーフリートにだまされたと思ったのだが、伝令官の言ったように旅は危険ではなく、調査についてもイズールと直属の兵士達が行うのだと聞かされている。

 使者の目的を知っていながら、それを黙ってマーヤー達を伝令官の来る広場へ連れて行ったのだと知った時は業腹な思いだったが、実際に出発してからは、そんな気持ちはどこかへ消えている。それに、そもそも怪物と戦うことを求められているわけでもないのだ、と思い直せばシーフリートが嘘を言ったわけでもないと納得する。

 しばらくして、村人達がマーヤー達を案内に来る。役宅に付属する厩舎を片付けただけのにわか作りの宿舎がマーヤー達、雑用係として随行してきた者に割り当てられた場所だった。

 「シーフリートはこっちに来ないんだね」

 フィシスの言葉にマーヤーがうなずく。

 「彼はザノールの時に活躍したものね。きっと、使者達と一緒の宿舎よ」

 「ふうん」

 何の表情も浮かべないで、フィシスは小首をかしげた。

 「フィシスも、その方が良かった?」

 きっと、ずっといい待遇よ、と言いながらからかうように尋ねるマーヤーに、フィシスは興味なさそうに首を振る。

 やがて日が沈む頃、村人達が角灯(ランタン)に火を入れて持ってきた。壁の金具に吊すと、それほど広くもない厩舎の中が薄明るく照らし出される。その後、ややあって、固い黒パンや煮た野菜といった簡素な――有り体に言えば粗末な食事が運ばれてきた。

 シーフリート達は、もっとましなご馳走にありついてるんだろうな、と思うが、それを口にはしない。いつものことだが、フィシスは食べ物に対して不平を言ったりすることはない。子供らしい好みはあるのだが、それを自分から口にしないのは、僧団での生活からきたものだろうか。

 他の人々と雑談に興じながら、それでも量だけはたっぷりとある夕食を食べ終わる頃には、日はとっぷりと暮れていた。

 やがて、ランタンの油が燃え尽きる頃、新しい寝藁の上に横になり、毛布にくるまってマーヤー達は寝に入った。いつもよりも早い就寝だが、他に何人もの人々がいては、いつまでも話し込んだりしているわけにもいかない。町の人々には、これが当たり前の時間なのだ、と思い出して大人しく眠ることにする。1人ずつにそれぞ毛布が配られているのはありがたい。安い宿屋では、大判の1枚の毛布を何人かで一緒に使うことも珍しくないのだ。

 深く寝入った頃、マーヤーは誰かに揺り起こされた。

 はっとして目を開く。冒険者時代からの馴れで、すぐに意識ははっきりするが、真っ暗な中、あたりの様子はすぐにはわからない。

 「何…?」

 そう声に出したのは、自分を起こしたのはフィシスだ、と思い至ったからだ。ようやく暗闇に慣れてきた目に、フィシスの姿がおぼろげに映る。

 「変な気配」

 それだけがフィシスの口から漏れる。どういうこと? と声を殺して訊くマーヤーに、フィシスは、しつ、と口の前に指を立ててみせる。

 「何かがいるよ。この世にいないはずの何か」

 部屋の中ではない。宿舎の外、ラスララの(そば)にある森の方だ、とフィシスが言う。

 うなずいたマーヤーは、畳んでおいた服を取り、すぐに身支度を調えた。フィシスもそれに倣う。

 「行ってみようか」

 他の人たちを起こさないように注意して、音を立てないように扉を開く。春とは言え、まだ夜気は冷たい。外の空気に触れて、すっかり目が覚めたマーヤーは、フィシスに導かれるままに森へと向かった。

 フィシスの行く手の木々は彼女の邪魔にならないように枝を引いて、次々と道を開ける。リシフィラへ来るまでにも何度も経験したことだ。そんなふうにして森の奥へと進んでいくと、不意にフィシスが立ち止まる。

 「どうしたの?」

 声を潜めて訊くマーヤーを、フィシスは人差し指を立てて止める。

 「気付かれちゃだめだよ」

 ああ、と気付いたマーヤーが不可視の魔法をかける。見えないものを見る魔法と一緒に。次いで、音響隠蔽の魔法も。これで、2人の話し声は、ほかの者には聞こえない。

 フィシスがゆっくりと進んでいくのを、マーヤーは遅れないように追った。しばらくすると、前方に、ぼんやりとした光が見えてくる。松明やランタンの光ではない。明らかに魔法によるものだ。空中を漂ういくつかの光球。それに照らされて、数人の人影がぼんやりと浮かんで見える。


 (違う。人じゃない!)


 遠目にはわからなかったが、近付くにつれて次第にはっきりとしてくる。衣服ではなく剛毛に覆われた全身。くるりと巻いて、上を向いたとがった尻尾。らんらんと輝く黄色い目。額に生えた2本の角。頭の高さよりも上に伸びたとがった耳。青ざめた色の肌。

 「悪魔(フィンド)だよ、マーヤー」

 そう言うフィシスの口調が、いつになく固いのをマーヤーは感じていた。

 「悪魔(フィンド)…それがあの怪物の名前なの?」

 そうだよ、という返事が返ってくる。

 見れば、悪魔達は地面に描かれた魔法円を囲んで、妖しげな、舞いとも演武ともつかぬ不思議な動きをしている。燃える炎のようでもあり、また逆巻く波のようにも見える幻惑的な動作が、流れるように繰り広げられる。かすかに口が動いているのは何か呪文でも唱えているのだろうか。あるいは呪歌(チャント)だろうか。

 見ている内に、悪魔達の動きが次第に早くなり、竜巻のような動作に変わる。聞こえなかった悪魔達の声が次第に高まり、地鳴りのような低い調べがマーヤー達のところまで伝わってくる。

 そして、魔法円の中央に、何か煙か靄のようなものが現れる。最初はぼんやりとした白い揺らめき。少しずつその色が濃くなり、次第に何かの形を取り始める。1本のひものような形が、揺らめき、弧を描く。空中に浮いていたそれが、ゆっくりと魔法円に触れ、円環となる。円環は徐々に回転を始め、次第に太くなり、丸餅のような形となる。見る間にその表面にいくつもの突起が突き出し、段々に長さを増す。長く伸びたその先端がふくれ、大きくなり、二つに裂ける。見る間にそれが蛇の頭の形を取る。

 悪魔達の動きが止まり、声が更に高くなる。そして、一声、叫ぶような声が響いた時、魔法円の中には1匹の怪物が姿を現わしていた。7本の首を持つ、巨大な蛇――ヒドラだ。

 悪魔の1人が、何かを言った。その声は聞こえないが、それに従うように、ヒドラはゆっくりと魔法円の中から這い出し、森の奥へと消えていった。

 「どうする?」

 フィシスの声に怯えた様子はない。いつもの無邪気な口調があるだけだ。

 戻ろう、とマーヤーは答えた。

 悪魔達を相手に何かができるわけではない。初めて出会う、能力もわからない相手に、あえて挑むような真似はできない。それよりも、今見たことを知らせなければ。

 幸いヒドラが向かった方に人の住む場所はない。今すぐ、ここでしなければないことは――できることは何もない、とマーヤーは思った。

 今来た道を、最初は後ずさりで、そして距離が取れ、木々の影に悪魔達の姿が隠れると、振り返って足早に立ち去る。2人の姿も、足音も悪魔達には届いていないはずだ。

 森を抜け、宿舎に戻る。マーヤー達の出てきた厩舎も、イズール達の泊まる役宅も寝静まっていて物音一つしない。

 「どうするの? みんな寝てるよ」

 フィシスの言うとおりだ。イズールをたたき起こすほどの非常事態ではない。貴族である彼の不興を買ってまで知らせなければならないほど、切羽詰まってはいない。とは言え、シーフリートには今夜の内に、森で見たことを知らせておきたい。明日、調査に向かう前に彼と会う機会があるかどうかはわからない。

 「シーフリートには知らせておかないと」

 村に現れた怪物の調査、ということであれば、おそらく、森へも行くことになるだろう。森に潜むヒドラと、悪魔達の存在。それを知らせておかなくては。

 「シーフリートのところへ行く?」

 フィシスの問いに、マーヤーは首を振った。

 「魔法を使う。邪魔が入らないように見ててくれる?」

 いいよ、と言うフィシスの答を聞いて、マーヤーは地面に横になる。

 そっと目を閉じ、精神を集中する。全身から力を抜き、意識から雑念を消し、心の奥深くへと注意を向けていく。感覚を周囲へ広げ、他の人間の心を探していく。最初に感じたのは、フィシスの意識。次いで、宿舎に眠る雑役達の心。そして役宅の中の傭兵達を感じ取り、ようやくシーフリートの精神を探し当てる。


 (見つけた)


 シーフリートの心の中へ、森の中で見た情景を送り込む。魔法円を囲んで踊り狂う悪魔達。魔法円の中に現れたヒドラ。そして、それが森の奥へと姿を消していく様を。

 シーフリートは、それを夢として見ているはずだ。最後に、マーヤーとフィシスがその一部始終を目撃している姿を送り込み、この情景が、2人の見聞きしたものであることを知らせる。

 センド・ドリーム。一緒に冒険をしていた時にも使ったことのある魔法だ。一方通行の伝言で、相手から何かを聞くことはできないが、シーフリートは、これが只の夢ではなく、マーヤーからのメッセージだと気付いてくれるはずだ、と確信していた。


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