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ザノール来たる(2)

 厄介なことになった。それが正直な気持ちだった。

 シーフリートがいる以上、まともに戦えばザノールなどは恐れるに足らない。それは過去の経験からわかっている。

 冒険者時代に、ダンジョンの中でも、開けた荒野でも、仲間と一緒にザノールと対峙したことはある。

 凶暴で、残虐な性質の割に、ザノールはそれほどの脅威ではない――マーヤーの冒険仲間にとっては、だが。最初は勇猛に見えても、少しでも自分たちが不利だと思った途端、ザノールは逃走に入るのだ。

 だから、舐められなければいい。ザノール達に反撃できるだけの力があり、手を出せば痛い目に遭うのだと思わせさえすればいい。

 逆に言えば、ザノールにとって、(くみ)しやすい相手と思われてしまえば、死も覚悟する必要がある。そういう相手なのだ。

 面倒なのは、町を守る戦いになることだった。

 シーフリートの言ったとおり、リシフィラを襲うなら、ザノールは100人単位の集団でやってくる。そうなれば、数を(たの)んでやってくるザノール達をひるませるのは簡単ではない。小心な奴らとは言え、ザノールの戦闘能力は決して低くはない。町の衛兵程度では簡単に蹴散らされてしまい、ザノール達を心理的に優位に立たせてしまう。

 「戦いに行くの、マーヤー?」

 多分ね、と首を縦に振る。

 「フィシスを置いていくつもりでしょ?」

 えっ、と聞き返したマーヤーに、フィシスがふくれっ面をしてみせる。

 「フィシスはマーヤーに着いてくよ。そういう約束だよ」

 ああ、確かにそうだっけ、と思い出してばつの悪そうな顔をするマーヤーに、ぴしっ、とフィシスが指を向ける。

 「忘れちゃ、だめ」

 一緒に行く、って言ったよね、とフィシスが念を押す。

 「わかったわ、…ごめんね。わたしが悪かった」

 うん、とうなずいてフィシスが言う。

 「フィシスのことなら心配しなくていいから。マーヤー達の足手まといになんか、ならないから」

 そうね、と言いながら、今までのことを思い出してみる。山の中で襲撃を受けたときも、山賊を討ったときも、フィシスは邪魔になどならなかった。むしろ、フィシスの――フィシスの友達のおかげで、ことが順調に運んだのだ。

 「そうだね、フィシスは頼りになる。わかってる、頼りにしてるわ」

 マーヤーの言葉に、えへへ、と笑うフィシスは、年相応の子供そのものの顔だった。


 (この顔にだまされちゃうんだよね…)


 今さらながら、そう思う。幼い子供にしか見えないフィシスは、どうしても一人前の冒険者のイメージには結びつかないのだ。無論、一緒に旅を続ければ、やがて、それも変わるのだろうが。

 おそらく、それはマーヤーだけではないのだろう。今まで出会った中に、フィシスに注意を向けた者はいなかった――1人、シーフリートだけを別にして。ある意味、それはフィシスの最大の強みかも知れない。

 フィシスの笑顔を見ながら、マーヤーはそんなことを考えていた。


 領主が、兵と一緒にザノールと戦う者を集めている、という知らせが入ったのは翌日のことだった。

 昼食を取りにダルトンの店に来たマーヤーは、シーフリートの伝言だ、とダルトンから木の皮に書かれたメモを渡され、それを知ったのだ。

 メモに書かれた指示通りに中央広場に来てみると、伝令官が声高に領主の布令を読み上げているところだった。

 その口上にマーヤーは耳を傾けた。

 リシフィラの町を狙って、ザノールの群がやってくる。その数、およそ150。防壁を破ってザノールが町に入れば、男も女も、老人も若者も、全て皆殺しにされる。

 ザノールは捕虜は()らない。(つか)まれば、あとは早い死か、それとも緩慢な死か。ただその違いがあるだけだ。

 既に街道にはザノールが跋扈している。既に逃げ出す(すべ)はない。

 むざむざと殺されるのを待つなら、せめて(あらが)え。己の命に賭けてみろ。

 腕に覚えのある者、得意な技のある者、ザノールとの戦いに臨む意思と勇気のある者、ここに名乗りを上げよ、と伝令官は結んだ。

 間髪を入れずに、何人かの、冒険者らしい風体(ふうてい)の者たちが前に進み出る。

 少し遅れて、傭兵とおぼしき出で立ちの者が数名前に出た。

 それから、しばし間があって、また何人かの者が名乗りを上げた。シーフリートは3番目の集団の中にいた。

 シーフリートと目が合い、マーヤーが志願者達の輪に加わる。

 人々の間から、おお、と言う声が漏れたのは、マーヤーにくっつくようにして姿を見せたフィシスを見たからだ。あんな小さな子供が、と口々に言うのを聞こえないふりをして、マーヤーとフィシスは勇士達の中に加わる。

 それを見て、また何人もの男達が進み出る。フィシスのような幼い少女がザノールと戦う意思を見せたのだから、自分が怖じけた真似を見せるわけには行かない。そう思った者達だ。

 最後のグループを見て、マーヤーは思わず目をつぶった。いかにも、戦いと縁のない、ごく普通の市井人といった者達ばかりだったからだ。

 フィシスの姿が、こんなふうに影響を及ぼすとは思っていなかった。それはフィシスも同じらしかった。が、彼女の反応はマーヤーとは違っていた。

 「すごいね、あんな人たちまで一緒に戦う気だよ。武器の使い方も知らなさそうなのに」

 義を見てせざるは勇なきだものね、と言うフィシスにマーヤーは答える言葉を見つけられなかった。


 (やらかしちゃったよ、もう、知らないから…!)


 最後に名乗り出てきた者のうち、老齢の者達や見るからに貧弱そうな体つきの者達は、さすがに伝令官が追い返していた。

 それでも、最後にはマーヤー達を――フィシスも含めて入れれば、20人以上の者が伝令官の前に集まっていた。

 伝令官に、名を告げ、何ができるかを申し出る。大半の者は剣や槍などの武芸、他には魔法の使い手達と、それに修道士が1人。普通の町の人々は、戦う勇気だ、武侠だ、と勇ましい言葉ばかりを唱えて伝令官をあきれさせていた。マーヤーとフィシスは、ザノールの言葉がわかる、と申告していた。

 「それはいい。奴らの考えていることがわかる者がいれば役に立つ」

 そういった伝令官の言葉は、他の者達の気持ちを代弁するものでもあった。

 ザノールの多くは、人間の言葉がわかるが、普段は自分たちの独特の言葉を話す。だから、ザノールがその気になったときにだけ意思の疎通が図れるのが普通だ。彼等が仲間同士で話しているとき、その内容を知ることはできないのだ。そして、ザノールが人間と話そうと思うのは、相手に恐怖を与えようとするときだけだった。ただそれだけのために、彼等は人間の言葉を操るのだ。

 伝令官に案内されて行った駐屯所には、100名ほどの兵士達が集まっていた。領主が急いで集めた、すぐに動かせる兵力の全てだった。だから、他に予備の兵力はない。これと、広場で志願した者たちが、守備隊の全てだ。時間がたてばもう少し兵は集まるはずだが、ザノールが迫っている今、態勢が完全に整うのを待つ余裕はない。

 武器を持っていない町の民――いずれも、パン屋だったり、靴屋だったりする者達は、できるだけ扱いやすい小振りの剣を与えられた。マーヤーとフィシスにも、護身用にと1振りづつの短剣が支給されたが、杖を持ったマーヤーはそれを断った。フィシスも、こんなものはいらない、と言ったのだが、丸腰ではだめだ、と無理にそれを持たされ、肩から革紐で()げさせられることになっていた。

 「フィシスはこんなの使えないのに」

 その不平の通り、フィシスの身体では、刃渡りの短い短剣でも十分に振り回すことは難しそうだった。それとは別に、僧団の定めもあるのかも知れない、とマーヤーは思ったが、それ以上はフィシスも何も言わなかった。

 支度が調うと、ニールセンという騎士が全員の前に立つ。守備隊長と名乗った彼は、全員に檄を飛ばした。

 町のため、町に住む多くの人々のため、小さくは自分の命を守るためにも、粉骨砕身努力せよ、と声を張り上げて言う。その声がかすかに震えているように感じられるのは気のせいか。ニールセンもザノールのこと――その残忍さは聞いているのだ。


 リシフィラは町全体を防壁で囲まれている。防壁の厚さは最大で10メートルあり、中は空洞になっていて守備隊の詰め所や、武器あるいは雑品を収めた倉庫などが設けられている。

 狭い通路を通れば防壁の上に上がることができ、そこは町の内外を見渡せる見張所、そしていざというときのための防衛拠点として使うことができる。

 そして、防壁には、街道に沿って東西に2カ所の門がある。

 ザノール達が攻めるとなれば、狙うのはまずそのどちらかだろう、というのが守備隊長のニールセンの意見だった。そこで、守備隊を2つにわけ、それぞれの門に配置する。志願兵達はまとめて西の門に振り分けられた。正規兵でない者を指揮して働かせるのは難しいとして、東は領主の兵だけでまとめたのらしかった。ニールセンは東へ行き、西の隊長には副官のイズールと言う騎士が当てられる。

 日が暮れ、夕焼けが消えると紺青の空に星が瞬き始める。

 まだ、ザノール達の気配はない。時折、東との伝令が行き来するが、東門の方にも目立った動きはないようだった。

 「ねえ、いつ頃来ると思う?」

 フィシスが聞いてくる。緊張した様子はない。いつものような、無邪気な口調だ。

 「どうかな…、もしかしたら、来ないかも」

 「リシフィラには来ない、って思うの?」

 「違う。門には来ないんじゃないか、って思う」

 そうマーヤーが言ったときだった。

 「奇遇だな、俺たちもそう思うぜ」

 そう後ろから声を掛けたのは、志願した傭兵の1人だった。

 「こんな、いかにもな場所から攻めてくるような素直な奴らじゃないだろう。それよりも、防壁を乗り越えてか、あるいはぶち破ってくるんじゃないか、ってな」

 「ぶち破って?」

 豪快な――乱暴な言葉に驚いてマーヤーが聞き返すのに、ボルマンと名乗ったその傭兵は力強くうなずいた。

 「ザノールに襲われた町じゃ、大抵城壁が崩されてるそうだからな。もっとも、生き残りがいたためしがないから、実際に何があったかはわからないが」

 「その話、隊長には?」

 「したな。だが、乗ってこない。まあ、防壁全体に貼り付けられるほどの兵力がないってのもあるだんろうが」

 「つまり、手が足りないわけ…」

 ああ、とボルマンはうなずいた。

 「せめて、外の様子がわかればいいんだがな」

 そう彼が言ったときだった。

 「ならば、私が見てこよう」

 毅然とした口調でそう言った者があった。聞き覚えのある声に振り返ると、それはシーフリートだった。

 「あんたがか」

 「魔法で姿を隠せば、偵察くらいならできるだろう。ザノール達がどこまで来ているか、それを知る必要もある」

 「防壁の上には、見張りがいるぜ? 様子見(ようすみ)くらいなら連中でも十分じゃないのか」

 「見張りではザノールを見つけても、何を考えているかまではわかるまい。近付いて、奴らの話を聞いてみたい」

 「あんたは、もうザノールが近くにいるって決めてるようだな」

 「十中八九、そうだと確信している」

 「隊長に話すか?」

 「そんなゆとりはないだろう。それに1人や2人がいなくなってもわかりはしない」

 「2人?」

 「ザノールの言葉のわかる者が必要だ」

 そう言ってシーフリートがマーヤーを見る。仕方ないな、と肩をすくめて同意する他はない。

 「…行くわよ」

 ため息交じりに、マーヤーはそうつぶやいた。


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