真夜中の襲撃者(2)
(わたしと一緒にいたばかりに、危ない目に遭わせちゃったね)
焚火の火と、フィシスの顔を交互に見やりながら、マーヤーは襲ってきた者達のことを考えていた。
襲撃者達の顔に見覚えはない。メンバーの構成からして、冒険者達のパーティーだということはわかるが、それだけだ。
フィシスにはああ言ったが、人違いの可能性は低い。彼等は、魔法の光でマーヤー達の顔を見ている。冒険者なら、それで人違いを犯すとは思えない。
なぜ、彼等がマーヤー達を襲ってきたのか。
知らないうちに誰かの恨みを買った、という可能性はある。その誰かが、あのパーティー自身なのか、それとも、その誰かが彼等を雇ったのか。
冒険者時代、あるいは、今回の旅の中でも、誰かの恨みを買っている可能性はいくらもある。そのせいで、ヒダルの街でバランゲスに命を狙われ――実際に一度は命を奪われたこともあった。
いや、それ以外の可能性もある。
単に、強そうだから、という理由で戦いを挑んできた者もある。――が、それなら、あんな不意打ちのような真似はしない。
あるいは、マーヤーの素性を知って、襲ってきたのだろうか? マーヤーの父、アルトラークス・ゼルフィアに関わること――例えば、マーヤーを捕え、父との交渉のカードに使おうとする何者かがいるとか。
もう一度、さっきのことを思い出してみる。
彼等はマーヤー達の居場所を正確につかんでやってきていた。マーヤー達の動向を把握していた証拠だ。あのパーティーだけで、それができただろうか? 彼等にそれだけの力があるのだろうか? …もし、他の誰かがマーヤー達を監視していたのなら、これは、かなり大がかりな企てだ。しかし、マーヤーの父が絡むなら、それもあり得ないことではない。
あるいは、フィシスが狙いなのか? だが、彼等が狙っていたのはマーヤーだった。剣士達の剣、魔法使いの目が向けられていたのはいずれもマーヤーだ。フィシスではない。それとも、フィシスを狙う前に、邪魔になりそうなマーヤーから片付けようとしたのか?
いくら考えても、答は見つからない。
(今夜は、寝ずの番、かな…)
眠気取りのハーブを噛みながらそんなことを思っていたときだった。
茂みをかき分けながら近づいてくる足音がする。ゆっくりと、落ち着いた足取りだ。さっきの襲撃者達とは違う。別の冒険者パーティーだ、とマーヤーは気付いた。
(嘘でしょ…?)
彼等にはマーヤー達のいるところがわかっているようだ。迷わず、2人の方へ近づいてくるのがわかる。気配を隠そうともしないのは、自信の表れだろうか。あるいは、今度の襲撃者も木々に阻まれているのだろうか。
危険を感じたマーヤーは、フィシスを起こした。
「どうしたの…見張りの交代?」
寝起きのいいのに感心しつつ、口の前に人差指を立てて黙らせる。
「誰か近づいてくる。…さっきとは別の奴ら」
マーヤーの囁き声にうなずくと、フィシスも足音のする方へ顔を向ける。
「どうするの?」
「様子を見よう。…魔法が効くといいけど」
茂みの影から、長剣を構えた3人の人影が現れる。やはり、どれも見覚えのない顔だ。
その内の1人の視線が、1本の木に釘付けになる。一瞬、その男の顔から表情が消え、次の瞬間、踵を返すと、元来た方へ引き返し始める。それを見た残りの2人が、何事か叫びながらその肩をつかんで引き戻そうとするが、男はその手を払いのけ、黙って歩き続けた。まるで、仲間の2人のことがわかっていないようだ。
2人の内1人が、引き返そうとする男を追い、もう1人がマーヤー達の方へ向き直り、その視線が木の上に浮かび上がる緑色の図形を捉える。たちまち、その男も、剣を収めると元来た方へと引き返していく。
「あれが、マーヤーの魔法なの?」
「そう」
木に施した魔法の図形は、見た者を、すぐにここから立ち去らなくてはならない気にさせるものだった。木の中に隠れていた図形は、誰かが目を向ければ浮かび上がって、見た者を魔法の虜にするのだ。それが思い通りの効果を上げたことに、マーヤーは安心した。彼等はこの術が通じないほどの腕前ではない。
が、次の瞬間、青白い電光が図形の浮かぶ木を直撃した。轟音が響き、落雷に打たれたように木が引き裂かれ、燃え上がって倒れる。慌ててそれをよけたマーヤーとフィシスは、焚火に掛かった集団隠蔽の効果範囲から追い出される格好になった。
見れば、こちらを振り返った3人の戦士たちの向こうに、1人の魔法使いの女がいる。電光は彼女の放ったものだ。
それだけではない。魔法に掛かった2人の戦士に手をかざし、何やら唱えているのが見える。
「やられた…」
マーヤーが言うのと同時に、剣をかざして3人の戦士たちが駈け寄ってくる。だが、倒れた木が邪魔をして逃げ出すことができない。燃える木がフィシスとマーヤーの姿を明々と照らし出し、その場所を見誤ることはない。
「マーヤー!」
フィシスが叫ぶ。その瞬間、戦士たちの目の前の地面が陥没し、巨大なすり鉢状の穴が開いた。3人はその中に飛び込むようにして穴の底へと引き込まれた。穴の中は崩れやすい砂で、そのまま彼等は砂と一緒にどこまでも滑り落ちていく。そして、穴の底まで落ちた彼等の上に、次々と砂が落ちてきて覆い被さり、3人を地中に埋めてしまう。幻術だが、それに掛かった者には現実のこととしか思えない。生き埋めにされた3人は意識を失ってその場に倒れた。
残された魔法使いが、マーヤー達に向かって何やら呪文の詠唱を始めようとする。が、その表情がたちまち凍り付き、詠唱が途中で止まった。気付けば、彼女の全身に、無数のアリがたかっている。
金切り声を上げ、魔法使いは全身に群がるアリを払い落とそうとするが、その足下から次々とアリが這い出し、彼女の全身に上ってくる。半狂乱になって、魔法使いが叫びながら地面を転がるが、アリは離れる様子がない。
「あれも、マーヤーの魔法?」
「そう。…全部、幻」
幻でも、相手に与える恐怖と気持ちの悪さは本物だ。精神的な苦痛と不快感は、本物の与える脅威と変わることはない。苦しみのたうつ魔法使いに、マーヤーはダーツを投げた。小さなダーツの与える傷は致命傷にならないが、その先端に塗られた毒は、数日に渡り、深い眠りをもたらすものだ。そのまま魔法使いは身動きしなくなる。
「本気で殺しに来たからね…」
そう言って息をつくと、マーヤーは、幻の穴に落ちた3人の戦士にも、ダーツを刺し、眠りに落としていく。
「…今のうちに縛り上げておくわ」
「フィシスがやるよ」
フィシスが言うや、あたりの茂みから、植物の蔓が伸びてきて、戦士たちの身体に絡みつく。見る見る内に、彼等は蔓でぐるぐる巻きに縛り上げられていた。
「…すごいのね」
「草や木は、フィシスのお友達だから、手伝ってくれるの」
そうフィシスが言ったときだった。別のパーティーがこちらへ向かってやってくるのを感じたのは。
「また、誰かが来る」
フィシスの言葉に、マーヤーがうなずく。
魔法使いの電光に打たれた木が、まだ燃えているのだ。それを目印にやってくるのに違いない。
「逃げる?」
マーヤーは首を振った。
「けりをつける」
程なくして現れた一団には見覚えがある。今夜、最初に襲ってきたパーティーだった。
(来たね。…でも、どうやって?)
燃え上がる炎を目印にやってきたのはわかる。だが、こんなわずかの間にやってきたということは、彼等はそんな近くにいたのか? もしそうなら、彼等はマーヤー達の後をそれほど離れずに着いてきたことになる。マーヤーの見立てでは、彼等の実力はそれほどのものではないはずだった。
が、それ以上考えている時間はなかった。
雄叫びを上げて2人の剣士が突進してくる。それを、マーヤーは浮遊の魔法で空中に吊り上げる。最初、何が起きたかわからず、2人は叫びながら両手両足をばたばたさせるが、どうすることもできない。剣士達が気付いたときには、その体は屋根ほどの高さのところに浮いていた。
続いて駈け寄ろうとしたシーフは、無数の針が自分めがけて飛んでくるのを見た。それが全身に――腕と言わず、顔と言わず、至る所に突き刺さり、激痛に悲鳴を上げる。
あっという間に仲間が倒されたのを見た修道士と魔法使いが、警戒しながら、マーヤー達の方へ、それでもゆっくりと近づいてくる。修道士はメイスを構え、魔法使いは呪文の詠唱を準備しているのがわかる。それを迎え撃とうとしたマーヤーは、いつの間にか、自分の足下から、黒い霧のようなものが湧き出してくるのに気付き、思わず叫びを上げた。
すぐそこにいる2人の仕業ではない。黒い霧は、マーヤーとフィシスだけではなく、彼等をも包み始めていた。では誰が? そう思ってあたりを見渡したマーヤーは、もう1組、別のパーティーが少し離れたところからこちらを窺っているのに気が付いた。その中の魔法使いの仕業だ、と悟ったときには、すでにマーヤーとフィシスは霧の中に包まれていた。
目の前で、魔法使いと修道士が喉を掻きむしり、苦しみもだえながらその場に倒れるのが見える。この霧は、猛毒だ、とわかる。地面に転げ回っていたシーフも、やはり霧の中で息絶えていた。宙づりにされていた2人の戦士も、霧の中に姿が隠れ、断末魔だった。
マーヤーとフィシスの周りには風が渦巻いて、霧が2人に触れるのを防いでいた。フィシスは風とお友達、と言っていたのをマーヤーは思い出していた。しかし、このままでは身動きが取れない。
いつまでたっても2人が倒れないのにしびれを切らせてか、3番目のパーティーが姿を現わした。その中の1人が弓を構えるのが見える。
(まずい…!)
マーヤーが魔法を使うより早く、最初の矢が飛んでくる。それは正確にマーヤーの胸を狙っていた。が、矢がマーヤーに突き刺さろうとした瞬間、猛烈な風が吹き上げ、その矢を吹き飛ばす。続けて放たれた2本目の矢も、同じように風に阻まれてマーヤーには届かない。
フィシスの力だ、とマーヤーは悟った。僧団で授かった力。魔法とは違う、風や木々と心を通い合わせる能力。
(今のうちに…!)
なんとかしなければ。そう思ってマーヤーが魔法をかけようとしたときだった。第3のパーティーの頭上から巨大な火球が落下し、轟音と共に一瞬のうちにパーティーを全滅させたのは。
(えっ! …な、何?)
驚いて見つめるマーヤー達の周りで、黒い霧が薄れ、あっという間に消えていく。魔法の使い手がいなくなり、効果が続かなくなったのだ。
そして、火球の落ちたところの向こうから、1人の男が近づいてくるのが見えた。
火球から飛び散った火が、その姿を照らし出す。がっしりとした体つき。風になびく黒マント。身にまとったきらびやかな服。軍服を思わせるその装束に刺繍されているのは、魔法の効果を持つ図形だ。ローブ姿ではないが、彼が魔法の使い手であるのははっきりとわかる。
そして、顔の見えるところまで近づいてきたとき、彼は、マーヤに向かって声を掛けた。力強い、よく通る声だ。
「危ないところだったな、イルーシア」




