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フォスディーンの祭日

 1月の最後の日は、海の王にして招幸神、人々に幸運を授ける神として多くの地で信仰されているフォスディーンの祭日だ。

 この日、マーヤーとフィシスはベサランザの街にいた。

 どこの街や村でも、その地で最も深く崇められる神――守護神がある。大抵は、その街の産業の守護者であったり、その土地にちなんだ神――山岳地方なら山の神や樹木の神、海辺なら海神といったものだ。

 あるいは、領主が代々信仰してきた神。古代の戦場のあるところなら軍神。

 その土地に特別な恩恵をもたらした神、というのも珍しくない。魔物を退けたり、疫病を収めたり、それまで知られていなかった作物や技術を伝えたり、など。

 そういった、その土地にまつわる特別な神がなければ、神話や伝説を元に、人々に人気のある神が守護神に選ばれることもある。

 海から遠い、ここベサランザで海神フォスディーンが信仰されているのは、すべてのものに分け隔てなく幸運を授けるというその慈愛の深さゆえだった。

 フォスディーンの神殿を中心に、通りには屋台が並び、人通りで賑わっている。

 神殿ではこれまでの恩恵に感謝し、また1年、あらためて、神の恩恵が人々にもたらされることを願う祈りが捧げられており、その声は通りまで聞こえてくる。十数人の聖職者たちが行う詠唱は朗々と響き、力強く、それを聞く人々の心の中にしみ通ってくる。

 「お祭り、だね。とっても、賑やか」

 楽しそうにフィシスが言う。手には屋台で買った――マーヤーに買ってもらった干しアンズの袋がある。

 「そうね。フィシスはこういうの、好き?」

 ん…、と、フィシスはちょっと小首をかしげて見せた。

 「フィシス、初めてなの、こういうの」

 ああ、そうなのか、と思う。いままで僧団で暮らしていて、こういった街へ出たことがなかったのだ、と。

 「フィシスのところでは、神様の特別な日はなかったの?」

 「儀式の日はあったよ。でも、僧団の中だから、こんな賑やかな、大勢の人が来たりはしなかったの」

 「村や町の人は来なかったのね」

 「人の住む里とは離れてたもん」

 そう言って、フィシスが干しアンズを取り出して口に入れる。

 「こういうの、いいな」

 こういうの、って、お祭りだろうか? それとも、干しアンズ? ふと浮かんだ意地悪な質問は口に出さないでおく。

 マーヤーも果実水を入れた小さな革袋を取り出す。これも屋台で買ったものだ。秋に採れたブドウの汁を、悪くならないよう法術で保存していたものだ。フォスディーンの祭日に合わせ、神殿が特別に供出してくれたものだった。

 「お酒、じゃないんだね?」

 不思議そうにフィシスが訊いてくる。

 「これは、御師様の教え。お酒は飲まないの」

 「ふうん、そうなの」

 感心したように、また、物珍しそうに言うフィシスに、まあ、そうなるか、とマーヤーは思う。マーヤーの歳にもなれば、こういった場では、大抵酒をたしなむものだと知っている。だが、師の教えで身についた習慣は、魔法使いをやめようと思ったときにも変える気にはならなかった。まして、魔法使いとしての生き方を選んだ今、それを破る選択肢はない。

 そんなことを考えながら、袋の中から一口飲んだときだった。

 数人の冒険者らしい格好の男女に取り囲まれているのにマーヤーは気付いた。


 (え、なに…?)


 反射的にフィシスをかばって前に出る。冒険者たちの表情は、どうひいき目に見ても友好的なものではない。

 「わたしたちに、何か用?」

 いつでも魔法が使えるよう、準備を整えながら尋ねる。身を守るように身体の前に差し出した(スタッフ)を見て、冒険者の1人が表情を変える。魔法使いとおぼしき、ローブに身を包んだ女性だ。杖がどんなものか気付いたらしかった。そっと仲間に耳打ちするのが見える。それを聞いた者の目が、少し大きく開かれるのがわかった。

 それでも、険しい表情は変えず、リーダーらしい男が前に進み出る。

 「()ったものを返してもらおうか」

 え? とフィシスが鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする――思わず手に持った干しアンズの袋に目をやっているのは、ある意味、何とも微笑ましくもあるが。マーヤーも、一体何を言われているのかわからず戸惑う。

 「ほんの(さっき)だ。俺たちにぶつかっていったのはお前だろう。その服とマントの色に覚えがある。髪の色もだ」

 「ぶつかった…? わたしが?」

 「そうだ。すごい勢いで体当たりしてきたと思ったら、もう遠くへ駈け去っていた。普通の奴にできる真似じゃない」

 言いがかりだ。大人しく出るわけにはいかない。

 「わたしたちにだってできる真似じゃないけど?」

 こんな人混みの中を駆け抜ける? そんなのできるわけないじゃない。

 「それに、ぶつかられたぐらいで、一体何なの? この物々しい雰囲気は」

 「ぶつかっただけ、じゃないだろう。俺の懐から、財布を抜き取っていったじゃないか」

 別の冒険者が言う。その出で立ちは、シーフだろうか。なるほど、とマーヤーは合点がいった。ぶつかったときに財布を掏り取られた。しかも、シーフ(盗賊)が。


 (なるほど、それで面目丸つぶれ、ってことね。で、収まらなくなって、わたしたちに言いがかりつけてきた…?)


 「わたしたちは、そんなことしていない。…何なら、持ち物を調べてみる?」

 「調べたところで、何も出てくるもんか。どうせ、財布は捨てちまってるんだろう」

 「つまり、証拠がない、って認めるわけ?」

 深く考えもせず、反射的に出たマーヤーの言葉に、シーフの顔に朱が刺す。仲間の冒険者たちが、あきれたようにそれを見る。


 (だめだめ、挑発しちゃいけないんだ…)


 こんな人の多いところで、悶着を起こすわけにはいかない。気付けば、あたりに人だかりができはじめている。何事があったのか、と、興味津々な様子だ。

 ねえ、とマーヤーがリーダー格の男――最初に声を掛けてきた男に言った。

 「考えてみて? その人、ってシーフでしょ? シーフ相手に、掏摸(すり)ができるなんて、わたし、そんなふうに見える?」

 お、おう、とリーダーが口ごもる。

 次に、マーヤーは、杖を見て表情を変えた魔法使いに向き直る。

 「この杖に気が付いたのね? なら、わたしが魔法使い――シーフじゃないのはわかるよね?」

 「え、ええ、そうね…」

 その表情には、警戒と、いくらかの恐れが見て取れる。その視線はマーヤーの持つ杖から離れない。師の形見の杖は、魔力を蓄えておき、必要なときに魔法をかけるのに使うことのできるもの。見る者が見れば、相当の実力者の持ち物であることがわかるものだ。

 「魔法使いが、掏摸の(スキル)なんて持ってるものかしら?」

 彼女は首を振った。

 「でしょう? まして、シーフ相手に財布を、なんてできるわけないよ?」

 そう言って、マーヤーは財布を盗られたというシーフを見る。

 「あなたも、腕に覚えのあるシーフでしょう? そのあなたから、財布を盗れるなんて、一体、どんな相手かしら?」

 そういったとき、マーヤーの頭に1人の男の顔が浮かぶ。何の根拠もない連想だ。最近関わったシーフということで思い出したのだろうか。が、今はそれは無視することにする。

 「そ、そりゃ、いっぱしの腕のあるシーフだろうな…」

 「わたしに、そんな腕がある?」

 慌てたように、シーフは首を振る。

 「だ、だがよ、魔法使いなら、魔法で何でもできるんじゃねえのか」

 はあ、とマーヤーはため息をつく。

 「魔法を使うなら、わざわざぶつかっていったりしない…そんな目につくことなんて、しないよ?」

 うう…、とシーフが呻く。

 「それに、財布を盗った奴は走り去っていったんでしょ? あなたたちが来たとき、わたし、息を切らせてたりしてた?」

 「い、いや…」

 改めて、リーダーの方に向き直る。

 「わたしが、何かしたのだと、まだ、思う?」

 男は首を振った。そして、少しの沈黙の後、言った。

 「…悪かったな。こいつが騒ぎ出して、気が()いていたもんでな」

 「いいよ? 誤解が解けたなら」

 静かに言うマーヤーに、頭を下げると、男は仲間たちを促して立ち去っていく。その様子をマーヤーはじっと見つめていた。

 「びっくりしたね、マーヤー」

 フィシスの言葉に、ほんとね、とうなずく。

 「碌に確かめもしないで絡んでくるんじゃ、腕の方も覚束ない、かな…」

 そう言って笑って見せたマーヤーだったが、フィシスは怪訝な表情を浮かべていた。

 「マーヤーはそう思うの?」

 改めてそう聞き返され、マーヤーは黙って首を振った。その表情を見たフィシスが、無邪気な口調で訊く。

 「どういうこと?」

 「誰かにはめられたのかな、って」

 「なぜ?」

 「彼等、髪の色、それに服とマントの色、って言ってたよね? 偶然なのかな?」

 彼等がそれを覚えていた、ということは、掏摸はそれを隠さなかった――あるいは、あえて見せていた、ということだ。それが、マーヤーのものと同じだったということには、なにがしかの意図を感じさせずにはおかない。

 「誰かがマーヤーに罪を着せようとした?」

 そうかも、とマーヤーは少し顔をしかめて見せた。

 シーフの腕があり、マーヤーに関わってきている者。ルイランの街で出会ったあの男だろうか。先刻思い浮かべた顔が改めて意識に(のぼ)ってくる。マーヤーは首を振ってそれを打ち消そうとした。


 (あんなのと、関わり合いになんてなりたくないから!)


 そう思いはするが、疑念は晴れない。

 あの男――ウィーゼルオックスは絶対に好きになれないタイプの人間だ。しかし、その腕前は並ではない。

 背格好や体つきはマーヤーと全然似ていないが、人混みの中で後ろ姿を見ただけなら、服装さえ合わせれば、マーヤーと錯覚させることはできる。髪にしても、ヘアピースか、かぶり物をすれば、似た印象を与えることは難しくない。何にせよ、姿を見せるのはほんの一瞬だけのことなのだ。人間の記憶など、それほど当てになるものではない。

 そんなふうに気にし出せば、今この瞬間にも、あの男がマーヤーたちの様子をうかがっているような気がしてくる。

 そんなのは、妄想だ。マーヤーはそう切り捨てようとした。第一、マーヤーに関わろうとする理由が思いつかない。ルイランでは借金を踏み倒すのにマーヤーたちを利用したが、それ以上、マーヤーには、ウィーゼルオックスに利用されるだけの理由が思いつかなかった。

 そんなことを考えていたマーヤーの腕をフィシスが引っ張った。

 「ねえ、お授けが始まるよ」

 そう言われて、マーヤーは神殿を見上げた。バルコニーに、神殿主と、2人の聖職者が立って、通りを見下ろしている。

 お授け、というのは、フォスディーンの恩恵を人々に分け与える神事イベントだった。聖職者が、通りに集まった人々に、フォスディーンの名と、シンボルである波をかたどった図形の刻まれたコインを与えるのだ。バルコニーから投げられるコインを拾うことができれば、1年間、フォスディーンの加護を受けて幸運に恵まれる、というものだ。

 通りに集まる人の数に比べ、投げられるコインの数は少なく、だから、コインを手に入れられた者は、それだけで幸運、ということになる。また、誰かとコインを奪い合えば、その瞬間にコインの幸運を呼ぶ力は失われると言われ、取り合いになりかけた場合は、進んでコインを譲るべきだ、ともされている。

 「フィシスは、コイン、欲しい?」

 笑って訊くと、いらない、とフィシスは首を振った。

 そう、と答えてマーヤーはフィシスの手を引いて神殿の前から離れる。2人の抜けた跡は、すぐに別の人々によって埋められる。

 神殿主が人々にフォスディーンの偉大さと慈悲深さ、恩恵のありがたさを告げ、そして、最初のコインを投げた。歓声が上がり、コインの飛んだ先にいた者が、慌ててそれを受け止める。

 それを合図に、2人の聖職者が次々と、コインを投げ始める。人々は手を伸ばしてコインを受け止めようとするが、しかし、争って奪い合うようなことにはならない。きちんとした秩序がその場を支配している。

 感心してその様子を見ていたマーヤーのところへ、1個のコインが飛んできた。反射的に手を出したマーヤーは、それを受け止めた。

 「コイン、取っちゃった」

 「よかったね、マーヤー、きっといいことがあるよ」

 にっこり笑いながらフィシスが言うのに、マーヤーも微笑んで応えたのだった。


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