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飢餓の里(5)

 兵士達に連れられていった先は、領主の館だった。その(かたわ)らに設けられた警備兵の詰め所にマーヤーたちは導き入れられた。

 「ねえ、これって、ずいぶんと面倒な奴じゃない?」

 小声でジャネットが言うのにマーヤーがうなずく。

 「ジャネットが大人しくしてないから…」

 「あ、ああ、うん、悪かった、確かにまずったわよ。全く今日は厄日だわ」

 そう言って、ジャネットが頭の上で両手を合わせる。

 「ごめん、…それで、なんとかならない?」

 そう言いながら、ペロリと舌でも出しそうなジャネットに、マーヤーはため息をつく。

 「仕方ない、か…」

 マーヤーとジャネットだけならともかく、今はエリザもいる。兵士達に睨まれて真っ青になって震える彼女を放っておくこともできない。

 マーヤーは、一番格上らしい兵士の前に進み出た。ジャネットたちには聞こえないほどの静かな声で言う。

 「領主様にお目通り願います」

 何? と兵士が目をむく。マーヤーはマントをあげて胸のブローチを見せる。

 「忍びで旅に出ているエフライサス子爵が、領主に目通りを求めていると伝えてください」

 「な、に…?」

 兵士の表情が変わる。

 「エフライサス子爵。…帝国貴族アルトラークス・ゼルフィアの親族、エフライサス子爵が来ていると伝えていただきたい」

 言葉は丁寧だが、少しずつ厳しくなってくる口調に兵士が気圧(けお)される。そしてマーヤーの見せたブローチと、アルトラークス・ゼルフィアの名が彼を慌てさせた。バタバタと駈けだしていくその後ろ姿を見て、居合わせた兵士達も、ジャネットも、何事が起こったのかとあっけにとられてマーヤーを見つめる。

 「ね、ねえ、マーヤー、あなた、あの男に何を言ったの? 尻に火でもついたみたいな勢いで走っていったじゃない」

 「別に…。ただ、領主に会いたい、って言っただけ」

 ジャネットが驚きの声を上げる。

 「なんですって? どうしたら領主があなたに会ってくれるのよ。いきなりやってきた旅人なんて、まともに相手にされる、はずが、ない、…で、しょ…」

 そう言いながらジャネットの声が少しずつ小さくなり、勢いをなくしていく。マーヤーの表情が、そのあり得ないはずのことが起こるのだ、と告げている。

 「マーヤー、あなた、一体何者…?」

 少し震える声でジャネットがそう訊いた。


 (こんなところで、使いたくなかったけど…)


 師スワレートの名では、おそらく領主は出てこない。それ以前に、ここの兵士達では師の名前を知らない可能性の方が大きい。そう思って出した父の名だった。今回は、ペフリアの神殿の時のようにはいかない。間違いなく父の耳にマーヤーの消息は知れることだろう。後が面倒だ、と言うのは覚悟していた。

 程なくして現れたのは、領主カラウナーだった。ここルイランと、隣村のラシュカを治める騎士爵。それがマーヤーの前で腰を折り、恭しく頭を下げるのを見て、ジャネットが仰天し、息を呑む。

 「知らぬこととは申せ、真に申し訳ございません。非礼の段、(ひら)にご容赦下されませ」

 そう言いながら、目はマーヤーのブローチに注がれ、それが間違いなくエフライサス子爵の身分を示すものであることを確認すると、もう一度、カラウナーはその場に平服した。

 「このようなところにお連れして、誠に申し訳ございません、さ、さ、どうぞ、こちらへおいで下されませ」

 先に立って案内するカラウナーに続いてマーヤが歩き出す。促されて、ジャネットとエリザも、おっかなびっくりといった(てい)で後に従う。

 3人が案内されたのは館の応接間だった。そこには、既に先客がおり、入ってきた3人をみてソファーから立ち上がると、腰を折って礼をする。

 「閣下のご尊顔を拝し、感激の極みにございます。私めはこの村の民、ドルマルクと申します。何とぞ、心にお留め置きを賜りますよう」

 そう名乗ったのは、初老の、恰幅のよい男だった。蓄えた白ひげが口元を覆い、言葉がひげに引っかかったようにくぐもって聞こえるが、柔らかな、温かみのある声だ。

 彼の名には聞き覚えがある。酒場の店主が口にした名だ。


 (そう、この人が…)


 店主の言っていた通りの人物に見える。慈愛に満ちた目。見ているだけで心の安まるような微笑み。限りない善意という言葉を思い起こさせるような、そんな雰囲気をドルマルクは纏っていた。

 「掛けてください。今、わたしは忍び、あまり仰々しくしませんように」

 マーヤーが言うと、はは、と畏まってドルマルクはソファーに身を沈める。


 (…にしても、好きじゃないんだよね、こういう雰囲気、って…)


 そうは思っても、この場では貴族の顔をしないわけにはいかない。自分で面をつけた以上、勝手に外すことはできない。

 カラウナーはマーヤーに上座を譲ると、自分は一段下がったところに座を占めた。居心地悪そうにしているジャネットとエリザに、女中がスツールを持って来て、2人はマーヤーの後ろに身を落ち着ける。さすがのジャネットも場の雰囲気に呑まれてか、悪態一つもつこうとはしない。

 「閣下に不快な思いを感じさせましたこと、重ねてお詫び申し上げます。何分、村は今、常ならぬ不穏な状況に置かれておりますれば、ご寛恕のほど、お願い申し上げます」

 改めて詫びを言うカラウナーに、マーヤーは鷹揚にうなずく。

 「わたしこそ貴君の所領を騒がせたこと、済まなく思います。…一体、何があったのでしょう?」

 マーヤーの問いに、カラウナーは、お恥ずかしい限りですが、と前置きして話し始めた。

 今年、ルイランは大変な凶作で、村人達は来年のために蒔く種とする麦さえ食べ尽くし、後はわずかな蓄えを残すばかりとなっていた。それが尽きるのも時間の問題で、既に人が人を食う一歩手前のところまできている。

 カラウナーの領地である隣のラシュカは、凶作ではないものの、元々が豊かな土地ではなく、ルイランに回すほどの食糧はない。

 カラウナーは、ドルマルクの助けを借りて、いくらかの糧食と、来年のための作物の種を他領の商人から買い付けはしたものの、それが届くには、まだしばらくの時間がかかる。

 飢えで殺気立った村人達は、いつ理性をなくして暴徒と化すかわからない。このまま放っておけば、村を挙げての暴動がおこるか、あるいは、体力のある者達は他の土地へ逃げ出し、残された弱い女子供や老人達は餓死するばかりとなるだろう。

 「そうだったのですか…」

 エリザから聞いた話を思い出しながら、カラウナーの語る言葉をマーヤーは聞いていた。

 「すべて、わたしの判断の誤りでした」

 そうカラウナーは言った。

 「気鋭の者が、言ってきた提案に乗ったのです。遠くの地に生える、収量の多い作物――麦やいくつかの野菜を試してみたい、という」

 マーヤーは無言でうなずき、先を促す。

 「人をやって調べさせ、確かにその作物の植えられている所領が富んでいることを確認にしました。新しい試みの――いわば、賭けであるとの考えで、従来の畑をそのまま残し、新しい土地を開いて種を植えたのです」

 「それが…うまくいかなかった?」

 「その通りです。新しい麦はうまく育たず、枯れてしまいました。この地の土が合わなかったか、あるいは気候のせいか。それとも、もっと他の原因なのか。わたしにはわからないことですが、葉が黄色くなって茎はしおれ、麦も野菜も全滅してしまったのです」

 マーヤーは、後ろでエリザが震えているのを感じた。声にならない低い声と、かたかた、という小さな音が聞こえる。それをジャネットがなだめる気配がする。

 「それが、元々の畑に植えられていた麦や作物にまで広がり、その結果が今のありさまです。それよりも残念なことは、新しい麦を提案してきた者が、責任を感じて自らの命を捨てたことです」

 「…つまり、自殺を?」

 「御意。本来なら、すべての責はその者の提案を容れ、決定を下したわたしが追うべきもののはず。彼はわたしの身代わりになったようなものです」

 「貴君の責、ですか?」

 「はい。進言は(まつりごと)を知らぬ民草のしたこと。それを吟味し、決定を下すのが領主の役目なら、自ら下した判断の責を負うのも、当然、領主の務めでありましょう」

 心底そう考えているのだ、とその目が語っている。決して上位の貴族――アルトラークス・ゼルフィアの身内の前で体裁を取り繕っているのではない、とわかる。

 「ご立派な見識と思います」

 だから、そうマーヤーは告げたのだった。

 「それで、貴君の思惑通り、村は救えそうなのですか」

 マーヤーの問いに、カラウナーは悲痛な面持ちで答えた。

 「食糧が届くまでに、あと20日は掛かるでしょう。それまでに何事も起きなければよいのですが…」

 そう言って、カラウナーは力なく(かぶり)を振った。

 「このままでは、村人達をまとめ上げることはできない。今、村の者を(むしば)んでいるのは、不信と不安、漠然とした将来への不安と身近な者へ向ける猜疑心です。わずかばかりの蓄えを食べ尽くしたとき、人々は互いに争い始め、傷つけ合って、やがて、命を奪い合うまでに至るでしょう。兵たちに見回らせてはいますが、既にご存じのように、閣下を――何の関わりもない旅人を危険に合わせるような事件まで起きています」

 そこでいったん言葉を切る。

 「こういうとき、一番有効な方法は、…古典的ですが、目に見える敵をあてがうことだと考えます。」

 「敵?」

 「そうです。目に見えない不安に形を与え、人々の目の前に出しで見せる。そうすれば、不安の正体が現れ、はっきりした目標――敵との戦いが可能になります。明確な相手があれば、人の心をまとめ上げることも可能になります」

 黙ってマーヤーはうなずいた。カラウナーの言うことは一理ある、とわかる。が、具体的にどうやって…?

 「そう思い、ドルマルクに冒険者たちを呼び寄せるよう命じたのですが…」

 「はい、私めのところの小者(こもの)が、とんだしくじりをしてしまいました」

 そう後を引き取ったのはドルマルクだった。

 「誠に、面目次第もございません。小者めは、自分のしでかした些細な失敗を…この件とは別の事件での不始末を糊塗するため、せっかく連れてきた冒険者を使い、(かえ)ってそれを失うことになってしまいました」

 ドルマルクは力なく(こうべ)を振る。


 (え? …それって、もしかして?)


 「それは、どういうことでしょう?」

 内心冷や汗をかきながら、マーヤーが尋ねる。後ろにいるジャネットも落ち着かなげなのがわかる。

 「小者めは、役目を果たそうとしたところを魔法使いに邪魔されたとのことで、自分の邪魔をした魔法使いに一泡吹かせようとして冒険者たちを使ったところ、返り討ちにされた、と申しておりました。かなりの手練れを連れてきたはずだったのですが、魔法使いはそれ以上の相手だったとか。熟練の冒険者たちが、たった1人の魔法使いのために全滅させられたと申しますから、これは、尋常の相手ではございません」

 そう言って、ドルマルクが上目遣いにマーヤーを、そしてその後ろのジャネットを見る。言いようのない居心地の悪さを2人は感じていた。

 「村の真ん中で魔法使いを討ってみせれば、それで冒険者たちの噂も広まり、後で村人の前に出るときのための前評判になる、とも思ったようですな。その思惑を、過ちとは申しませぬが、如何せん相手が悪かった、ということでしょうか」

 「魔法使いは、時として、想像もできないほどの力を示すものです」

 「御意。正に見る眼がなかったとしか申しようがありませぬ」

 マーヤーの言葉に、力なくドルマルクが言う。

 「そのような次第で、折角の策も画餅に帰すこととなりました」

 そう言ってカラウナーはうつむいて瞑目した。


 (これは…、知らない顔なんてできないよ!)


 そう思って、ジャネットの方に目をやれば、ジャネットが目を泳がせるのが見えた。

 「…その冒険者たちの代わり、引き受けましょう」

 マーヤーは、静かにそう言った。



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