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飢餓の里(4)

 酒場に入ると、店主は青ざめた顔で3人を迎えた。

 そんな様子にかまわず、テーブルに着いたジャネットは食事と飲み物を注文する。

 しばらくして、料理を運んできた店主は、少し震える手でテーブルに皿を置く。小さなパンと薄いスープ、少しばかりの煮た野菜。

 「あんた…、あいつらをやっつけちまったのか」

 「あいつら? …ああ、あの冒険者たちのこと? 悪いわね、死体がそのままになってるけど、片しておいてくれるかしら?」

 そう言って、迷惑料にと金貨を2枚握らせる。

 「知ってるのか、あいつらはドルマルクさんのところの者だって」

 「ドルマルク? それが雇い主の名前?」

 金貨をしまいながら、店主がうなずく。

 「そうだ、奴らは初めて見る顔だが、リアークが指図をしてたからには間違いないだろう。ドルマルクさんは村で一番の大立者(おおだてもの)さ。領主様から村のことを任されていなさる」

 「そうなの。あいにくとわたしたちは旅人でね、村のことはあんまり知らないの。…どんな人?」

 ジャネットの問いに、店主は一瞬戸惑ったようだったが、やがて気が付いたように言葉を継ぐ。

 「ドルマルクさんのことを悪い人間だと思ってるんなら、それは誤解だ。この村で、あの人の世話になっていない者はいない。困ってる者には必ず手を貸してくれなさる」

 「その割りには、しつこいところがあるみたいだけど」

 「あ? …ああ、リアークの奴が冒険者をけしかけたから、そう言ってるのか?」

 そうよ、とジャネットがうなずく。

 「そう、リアークね、ずいぶんと危ないことをしてくれたじゃない」

 「あんたが何をやったか知らんが、役目を果たせなきゃ、ドルマルクさんに合わす顔がないわけだ。おめおめと逃げて戻るわけにもいかんだろうからな。あの連中を引っ張り出すなんざ、余程のことがあったんだな」

 「余程のこと、か。…まあ、そうかもね」

 そう言いながら、ジャネットは口の中で短い呪文を唱える。店主には聞こえないほどの小さな声で。

 「…まだここまで聞こえてきてないのかな? 昼間、村の通りで何があったか」

 そう言って、店主の顔をじっと見つめる。射貫くような視線を受け、店主がぎくりとした表情を浮かべる。

 「知ってるんでしょ? エリザがどんなふうに死んだのか。わたしが彼女になにをしたのか」

 額に汗を浮かべて店主がゆっくりと頷く。その顔からは血の気が引いている。

 「飲み物に入れたのはしびれ薬かな。料理には何も入れてないみたいね」

 そう言って、ジャネットは自分の前に置かれたゴブレットを店主に差し出す。

 「取り替えてくれる?」

 「あ、ああ…、わ、わかった」

 震えながら店主はゴブレットを取るといったん奥に引っ込み、しばらくして3人分の新しい飲み物を持って戻ってきた。

 「そう、それでいいの。…リアークに頼まれたのかな? それとも、大恩あるドルマルクさんのために、自分からしたことなのかしら? …何にしても、関わり合いになろうとしない方が賢いかな」

 そういって、マーヤーに向かってウィンクしてみせる。殺さなかったよ、とその目が言っているのがわかる。ふう、とマーヤーは息を吐いた。

 「あの冒険者の他にも、まだ、リアークの動かせる人数はいるのかしら?」

 「い、いや、いない…。村にいる冒険者はさっきの連中だけだ」

 「確かね?」

 「あ、ああ、もちろんだ」

 「そう。で、あの冒険者たちがいなくなったと知ったら、ドルマルクさんはどうするのかな? あなたはどう思う?」

 「そ、それは…、い、いや、ドルマルクさんは何もしなされないだろう」

 「何もしない? どうして? 自分の雇ってる冒険者たちなんでしょ?」

 店主は汗を拭きながら首を振る。

 「冒険者を雇っているのはリアークだ。ドルマルクさんの知りなされないことだ。ドルマルクさんに知られないところで、リアークがやっていることだ」

 「ふうん、そうなのね。…なら、貸したお金の返済は?」

 「それもリアークだ。ドルマルクさんはそう言う仕事は全部自分の家僕に任せていなさるんだ。…あんたの言ってるのはエリザの話だな?」

 ジャネットはそれには答えず、先を続けるよう目で促す。

 「金を貸すときには、ドルマルクさんが自分で決めなさる。だが、後のことは全部家僕の仕事だ。いつ取り立てようと、どんなふうに取り立てようと、ドルマルクさんは、一切口を挟まなされない。それがあの人のいつものなされ方だ」

 「…ずいぶん、詳しいじゃない」

 「雇われ者を使ったり、子飼いの仲間を使うとき、リアークはよくここで打ち合わせて指示をするんだ。ここにいれば、そいつを聞くともなしに聞くことになる」

 「そう、わかったわ」

 ジャネットがにっこり笑ってうなずくと、店主はそそくさと店の奥に引っ込んだ。

 「…だ、そうよ。全部リアークの采配なわけね。だとしたら、このまま村を出ても平気かな。あの男には、これ以上何もできないでしょ」

 小声で言うジャネットの言葉に、マーヤーはうなづいた。

 「ここのおじさんの言うことが本当なら、だけど?」

 「嘘は言ってないと思うわ、多分。…知らないことはあるかも知れないけど」

 「ずいぶん脅かしてたものね、ジャネット」

 「もちよ。せっかくの状況だもの、利用しなくちゃ」

 そう言ってジャネットは楽しげに笑う。と、その目がエリザの方を向く。

 酒場に入ったときから、エリザはずっと黙ったままだ。じっと、粗末な食事の皿を見つめている。飢饉を招いたことの責任を噛みしめているのだ、とわかる。そんな様子を見てジャネットがため息をつく。

 「気にしてたって仕方ないでしょ? あなたが気に病んでもどうにもならないことよ。まさか、食事のたびにそんな顔してるんじゃないわよね? 貴重な食べ物だと思うなら、無駄にしないように、きちんと食べなさい。おいしく食べなきゃ、せっかくの料理が死んじゃうわよ」

 はい…、とうなずいて、エリザが料理に手をつける。

 そろそろ日の沈む頃だ。なのに、酒場に他に客はいない。

 「さびしい店ね。こんな、村の真ん中にあるのに」

 そう言って、ジャネットはゴブレットのワインを飲み干した。


 食事を終えて、店を出ようとしたジャネットは、料理の(あたい)を聞いて目をむいた。

 「大銀貨6枚?! 本気で言っているの? それだけあれば、ミュロンで豪遊できるわよ」

 「そうさ、60カシーテ。…おっと、あんただからふっかけてるわけじゃない。むしろ勉強してるくらいだ、ってわかってもらいたいね。…少ないんだよ、食べ物が。今年の秋は作物の出来が悪くてな」

 店主の態度には、先ほどのおびえた様子は微塵もない。これは正当な要求だ、と、堂々と言っている。

 「だ、だからって…」

 そう息巻くジャネットの肩にマーヤーが手を置いた。

 「だめだよ、ジャネット? 食べた以上は、ちゃんとしなきゃ、ね?」

 エリザも、無言でじっとジャネットの顔を見つめる。

 「ああ、もう、わかったわよ! …まずったな、最初に値段聞いておくべきだったわ。そうね、確かにわたしが迂闊(うかつ)だったのよね」

 そう言いながら、言われただけの貨幣を取り出して店主に渡す。

 「全く、もう、今日は散々だわ!」

 さあ、さっさと行くわよ、とジャネットは先に立って歩き出した。マーヤーをエリザもそれに続く。完全に日が落ち、宵闇に包まれかけた道を、ジャネットは光輝の魔法で作り出した光で照らし、宿へと急いだ。


 (道理で、酒場に客がいないわけよね。あんな値段じゃ、誰も食べられやしない)


 歩きながら、マーヤーはさっきの人気(ひとけ)のない酒場のことを思い出していた。

 ああいうところの食事は、普通1カシーテもしない。店によっては、その半額も出せば十分な食事を取ることができ、60カシーテもあれば、贅沢さえしなければ、普通の家族が1月(ひとつき)の間、それなりに暮らしていけるのだ。

 夜道を歩いている村人はいない。家々の明かりも消えている。

 マーヤーは、酒場へ来る途中で出会った人々のことを思い出していた。緩慢な飢餓が、人々の意欲を削ぎ、無気力にさせているのだ。それでも、秩序が保たれているのは、まだ、それほど切羽詰まっていないからだろうか。

 そう思っていると、ふと、背後に人の気配を感じる。

 姿は見えない。近寄ってくる様子もない。ただ、遠くからこちらを見ているだけだ。

 目をこらすと、小さな数人の人影が見える。子供のようだ。

 が、マーヤーに気付かれたと知ると、子供たちは物陰に姿を隠し、そのままどこかへ消えて行ってしまった。


 (いつから、こっちを見てたんだろう…?)


 「…なに? どうかしたの」

 マーヤーの様子に気付いたジャネットが訊いてくるのに、マーヤーは、ううん、と首を振って答えた。

 「子供がいたみたい。…でも、どこかへ行っちゃった」

 そう、と、ジャネットも興味なさそうに答える。相変わらず、機嫌が良さそうには見えない。


 (明日は、いい日になるといいけどな…)


 そんなことを考えながら、宿の近くまでやってきたときだった。

 「マーヤー!」

 不意にジャネットが言う。マーヤーも気付いていた。

 殺気というほどまでではない。だが、10人近い人数の剣呑な空気を2人は感じていた。

 「冒険者とかじゃない。殺したらだめだよ?」

 は! とジャネットが鼻を鳴らす。

 「かえって面倒だわ。きっと村の人間ね。戦い馴れた奴らの気配じゃない」

 ジャネットの言うとおりだった。相手の力量を測ることもできず、数だけ群れて、その場の雰囲気に流されて襲ってくる奴ら。蹴散らすのは簡単でも、その素顔は善良な村人達。うっかり傷つければ、裁かれるのはマーヤーたちの方になる。旅の魔法使いが、無辜の村人を襲って害をなした、と言う図式はとてもわかりやすく、人々の共感を簡単に得られる。

 「逃げるわよ!」

 そう言って、エリザの手を引いてジャネットは駈けだした。3人が逃げ出そうとするのに気付いた村人達が、一斉に追いかけてくる。思わず上げたエリザの悲鳴が村人達を煽り立てる。

 「前からも来る!」

 その言葉通り、宿の方からも数人の男たちが駈けてくるのが見えた。

 「これじゃ、何ともならないわ! 黙ってやられてろなんて言わないわよね!」

 「だめだったら!」

 そういう()にも、先頭の男がジャネットのすぐ前まで迫ってくる。手にした棍棒で殴りかかってくる。それを防ぐように上げたジャネットの手の前に、淡い虹色の空気の揺らぎが生じ、振り下ろされた棍棒をはじき返す。

 渾身の一撃を跳ね返されて、男が驚いてジャネットを見る。次の瞬間、薄い虹色の光が3人の周りを取り巻くように現れる。別の男がエリザに飛びかかろうとして、光に触れて弾き飛ばされる。それを見て、また別の男がマーヤーに駆け寄ろうとして、光に触れては跳ね返される。

 「きりがないわよ、一体いつまでこんなことしてればいいの!」

 苛立った声でジャネットが叫ぶ。彼女がその気になれば、こんな暴徒を片付けるのは造作もないことだ。それをあえて手を出さず、守りに徹するのはジャネットにとっては耐えがたいことに違いなかった。

 「なんとかしてよ! マーヤーなら、うまくやれるでしょ」

そうジャネットが言ったときだった。通りの向こうから、数人の男たちが駈けてくるのが見えた。口々に叫びながらやってくる、チェインメイルを着込み、武装した男たち。

 「警備兵? …もしかして、マーヤー?」

 ジャネットの問いに、マーヤーは首を振る。

 兵士達の姿を見た暴徒が、蜘蛛の子を散らすように走り去っていく。それを見たジャネットは防御の魔法を解く。

 「怪我はないか」

 兵士の1人が訊いた。大丈夫です、とマーヤーが答えて礼を言う。

 「一体何なのよ、この村は。危なっかしくって道も歩けないじゃない」

 そう噛みついたジャネットに、兵士は冷たく言う。

 「こんな日が暮れた後で、女ばかりで歩いている方が非常識だとわからんのか」

 その正論に、ジャネットが、う、と口ごもる。だめだよジャネット、とマーヤーが肘でつつく。

 「お前たちのような奴がいるから、あんな奴らが出てくるのだ。大体、お前たちはこんな時間に何をしていたのだ?」

 「こんな時間、って、まだ日が沈んで、そんなにたってるわけじゃないでしょ」

 「その通りだ、とっくに日没を過ぎているではないか。日没後に出歩いてはならんという命令を知らんのか」

 「し、知らないわよ、そんなの。わたしたちは、今日この村に着いたばかりなんだから」

 「…ジャネット!」

 ジャネットのマントを引っ張って小声で言うマーヤーの言葉は、しかしジャネットには届かない。なおも反抗的な目を見せるジャネットに、兵士達も苛立った様子を見せる。

 「よい、これ以上言い合っても無駄だ。我らと共に来てもらおうか」

 「な、なんですって…」

 今にもかんしゃくを起こしそうなジャネットの肩をつかみ、マーヤーが前に出る。

 「行きます、一緒に」

 その後ろに隠れるようにして、エリザも小さくうなずく。それを見て、兵士達が、よし、とうなずく。兵士達に囲まれるようにして、マーヤーたちは歩き始めた。ジャネットも渋々マーヤーの後に続いた。



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