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飢餓の里(1)

 ペフリアを出てから5日目だった。

 ここ2日程寒い日が続き、ジャネットの機嫌がよくないのをマーヤーは感じていた。雨に降られたりはしないが、空も曇りがちで日の光も地上へ注がない。寒さをあまり気にしないマーヤーを、恨めしげに見るジャネットは、しかし、それでも魔法を使ってまで寒さを忘れようとはしない。

 「絶対にマーヤーの方が間違ってるんだから。こんな寒い朝に、そんな平気な顔をして」

 何度聞かされたかわからない愚痴を、苦笑してやり過ごす。

 次の村まではまだ2日程ある。街道沿いとはいえ、このあたりは駅舎の間隔もまばらで、昨夜は野宿をしなくてはならなかった。

 寒さのために寝付かれず、眠りかけたかと思えばまた寒さのために目を覚ます。その繰り返しで十分に眠れていないジャネットは、すこし声がおかしい。既に火の消えた焚き火跡の前に座って、マーヤーの方を見つめている。いつに増して今日は機嫌が悪いらしい。

 朝食の、堅いビスケットもあまり食べていない。

 「もしかして、風邪引いてない?」

 そんなジャネットを気遣う、というよりは、むしろからかうようにマーヤーが言う。

 「は! 何言ってるのよ、このくらいで参るような、そんなヤワなわたしじゃないわ。これでも、冒険者の端くれですからね?」

 そう言い張ったジャネットだが、その語尾が不自然に伸びたかと思うと、小さなくしゃみが出る。

 「…もう!」

 そういって首を振る様子を、マーヤーは笑って見ていた。


 (意地っ張り、なんだよね…)


 そう思いながら、マーヤーはポーチから取り出したハーブをジャネットに差し出す。

 「これ、試してみる?」

 「何? …薬草?」

 「血行をよくするハーブ」

 ふうん、と手に取ったそれを、何度か匂いを嗅ぎながら、裏返したり折りたたんだりして、ジャネットは何度も見返す。

 「飲み込んじゃだめ。口の中に入れて、ゆっくりと噛んで。少しずつ、身体が温かくなってくるから」

 そうなの、と言って口に入れる。

 「あんまり、おいしくないわね」

 率直な感想に、マーヤーが肩をすくめる。干して乾燥させているからえぐみは取れている。むしろ、味はない、といった方が適切だ。

 「薬だと思ってね? 苦くはないでしょ」

 「まあ、確かにそうね。にしても、マーヤー、こんなものまで知ってるのね」

 旅の途中で出会った、引退した魔法使いから教わったものだ、と説明しながら、この草を教えてくれたラルシャは今頃どうしているだろうか、と思う。モリスと一緒に、平穏な暮らしを送っているだろうか。

 マーヤーがそんな思いにふけっていたときだった。

 街道の向こうから、駈けてくる姿があった。右に折れ、木々に隠れていた道の陰から姿を現わしたのは、マーヤーたちと同じ年頃の少女だった。息を切らせながら、時々道ばたの石につまづきながら、走ってくる。

 「…何だろう?」

 小さな声でマーヤーが言う。

 「死に物狂い、って感じね。何かに追われてる?」

 そういって立ち上がったジャネットの姿を目にし、はっとした表情で少女が足を止める。青ざめた顔で2人を見る少女の顔に浮かぶのは、あからさまな恐怖だ。

 「…怖がってるよ、ジャネット」

 「なによ、それ! わたしが化け物みたいに言わないでくれる?」

 その声が聞こえたのか、少女が1歩、2歩と後ずさる。

 「…もう、失礼しちゃうな。ほら、そこのあんた、別にあんたを取って食いやしないわよ。だからそんなに怖そうな目をするな、って」

 あはは、とマーヤーが苦笑する。寒さのせいで苛立っているためか、ジャネットの声はいつもよりもとげとげしく、口調も荒い。ゆっくり立ち上がったマーヤーが、ジャネットの前に進み出る。杖は持たない。

 「心配しないで、何もしないから。この人、口ほどには怖い人じゃないから」

 「…マーヤー」

 何か言いたげなジャネットを押しとどめ、マーヤーは広げた手のひらを少女の方に向け、両手を広げてみせる。そのまま1歩近づいてみるが、少女は動かない。

 「何があったか、話してくれる?」

 そう言いかけたときだった。少女の来た方から、数人の男たちが駈けてくるのが目に入った。いたぞ、あそこだ、という声が聞こえ、少女の顔に戦慄が走る。

 「あっはーん、さてはあいつらに追われている、ってことね?」

 そういってジャネットが男たちの方に視線を向ける。その目に凶暴な光が宿っているのにマーヤーが気付く。

 「ジャネット!」

 あっという間に男たちはマーヤーたちのところへやってきた。おびえて震える少女の前に、ジャネットが進み出る。

 「何だ、お前は」

 先頭の男が剣呑な口調で言う。

 「その娘をこっちへ渡してもらおうか。どいてないと、怪我をしても知らんぞ」

 その口調が、ジャネットの苛立った心に火をつける。男たちに向かって、ジャネットが1歩踏みだし、少女をかばうようにマーヤーも前に出る。

 「怪我する? 誰が?」

 「なにぃ?」

 ジャネットの手が高く上がる。その手の中に、ウズラの卵大の、鈍い銀色の光が現れる。

 「今日は、わたし、機嫌が悪い日なの。手加減できなくて悪いわね」

 「だめ、ジャネット!」

 マーヤーが叫ぶより早く、銀色の光が膨れ上がり、男たちの真ん中に飛んでいく。次の瞬間、光がはじけ、まぶしい閃光があたりを包み、同時に猛烈な風が光の中心から吹き出して男たちを襲う。風は光の中心から5メートル程のエリアを凶暴なまでの威力で吹き荒れ、男たちの身体を容赦なくズタズタに切り裂いた。

 「…ジャネット」

 全身血みどろになって道ばたに転がる男たちを見たマーヤーの口から、ようやくそれだけの言葉が絞り出される。マーヤーの後ろに隠れた少女は、あまりの光景に歯の根も合わず、マーヤーのマントを握りしめている。

 「もう遅いわよ、って…ごめん、ついやっちゃった!」

 「ついやっちゃった、じゃないよ、ジャネット。…死んだよ、みんな」

 マーヤーにとがめられてジャネットが頭をかく。

 「ああ、やばいわね、これ。さっさとずらからないと」

 あっけらかんとして言うジャネットにマーヤーは深いため息をつく。

 冒険者としてどんな生き方をしてきたからか、ジャネットは、自分に敵意を見せた者には容赦がない。今までに何度も見てきたことだが、決して好きにはなれない。誰にでも手を上げるその仕方も、人の命を奪って(かえり)みることのないその性格も。たとえそれが、冒険者として優秀であることの(あかし)であると知っていても、だ。

 しかし、今さらそれを言ってみたところでどうなるものでもない。ジャネットという人間に染みついた生き方なのだ、と知るほかはない。

 だが、ジャネットの言うことはともかくとして、いずれにしても、もう出発するときだ。そう思って野宿のあとを片付け始める。手早く荷物をまとめ、いざ、出発しようとしたときだった。

 「あ、逃げる!」

 ジャネットの声にマーヤーが振り返ると、血みどろになった男の1人が、身を起こし、つんのめり、転び、地面に膝を打ち付け、手を擦り付けながら、必死に駆け出すのが見えた。男たちはジャネットに全滅させられたと見えたが、どうやら気を失っていただけの者がいたらしい。後ろを見ずに、一目散に逃げ去る男を、不意を突かれて出遅れた形のジャネットはどうすることもできない。

 「あー、し損じた…」

 ぱちん、と指を打ち鳴らし、さも悔しそうに言うジャネットを、マーヤーはあきれ顔で見つめていた。

 「まあいいか、今度会ったら百年目だものね。それより、あなた、名前はなんていうの?」

 「…エリザ」

 ジャネットの質問に、か細い声で少女は答えた。

 「そう、エリザね」

 歩きながら話しましょ、と言いながらジャネットが先に立って歩き出す。向かうのは、エリザのやってきた方向だ。それを見て、ためらいながら、しかし、エリザはジャネットの後について歩き出す。

 「一体、さっきの奴らは何だったの? あいつらに追われて逃げてきたのよね? あれは、盗賊団? それとも誘拐団? でなかったら…」

 楽しげに1本ずつ指を立てながら言うジャネットに、エリザは小さな声で言う。

 「金貸し、です…」

 えっ、とジャネットの手が止まる。

 「金貸し、ってことは…、つまり、お金を返せ、って? ってことは、借金取り?」

 うつむいて、黙ってエリザがうなずく。


 (あっちゃー! やっちゃったよ、ジャネット!)


 思わずマーヤーが顔に手をやる。

 「え、え? エリザがあいつらからお金を借りてた、ってそういう話?」

 「そう…です」


 問われるままに、エリザは語り始めた。

 エリザは、両親と一緒にルイランの村に住んでいた。

 エリザの父は、畑を広げ、たくさんの種をまくために、村の金持ちから大金を借りていた。領主の許可を得て、人を雇って数年がかりで荒れ地を開き、春の初めに無事に植え付けを終えたのだったが、夏から秋にかけて、作物に異常が起きたのだ。

 遠い地から運ばれてきた、今までのものよりも収量の多いという麦や豆、それに数種類の野菜だった。それが、夏の初め頃から育ちが悪くなり、葉が黄色くなって次々と枯れていってしまう。見たことのない病害だった。神殿の聖職者の法術、遠方から取り寄せた肥料、病害に効くと言われる魔法薬。どんな方法を試しても、原因のわからぬまま、次々と作物は枯れ、本当なら収穫を迎えるはずの時期に、畑は全滅してしまった。

 それだけではなく、エリザの父の畑以外の、村中の作物にもその病気が広がり、麦や豆の大半が枯れて、村全体の収穫が大きく落ち込んだのだ。村人から責められ、失意と罪の意識にさいなまれてエリザの父は自ら命を絶ち、母も後を追うようにして亡くなったのだった。

 エリザに残されたのは、広いだけの荒れ地と化した畑と小さな家、そして、多額の借金だった。父の残したものに加え、村の人々への賠償のために新たに借りた、膨大な金額。元々が領主が承諾した上で行った開墾であることから、領主に願い出て、利息の大半は免除されたものの、それでも決して少ない金額ではない。

 借金の(かた)に家も畑も失い、それでもまだ返しきれない借金の残ったエリザは娼館へ行かされることとなったのだが、彼女を連れに来た男たちの手をすり抜けて逃げだし、そしてマーヤーたちに出会ったのだった。


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