救世主教団(5)
神殿に戻ったマーヤーは、神殿主に疑問をぶつけてみた。
神殿主は、神殿の年代記を持ってこさせると、それを見ながら語り始めた。
救世主教団が最初にこの里へやってきたのは、6年前のことだった。救世主教の司教を名乗る人物に率いられた数十名の集団。それが、夜明けとともに、神を称える歌を歌いながら、街道を通って、ゆっくりと歩きながらやってきたのだ。
一行は、里の中央にある広場で、神への祈りを高らかに唱え始めた。その見慣れぬ様子は、折しも畑仕事に出ようとした人々の目に留まることになる。
なにごとか、と訝りの目を向ける人々の前で、教団は祈りと、歌を繰り返す。それを聞きつけて、さらに多くの人々が広場に集まってくる。
日が昇り、頃は良しと見たか、司教が声高に、力強く語り始めた。
「聴くがいい。迷える者たちよ。
我らはすべての命を統べる神に仕える者。
神の名のもとに、すべての人間に救いをもたらすために使わされ、聖なる知らせを伝える者」
驚いて聴き入る人々に、司教はさらに続けた。
「人間はすべて罪を負う。
神は人間の罪を許さない。
しかし、神はまた、人間が罪深くあることを深く嘆き給う。
それゆえ、我らはやってきた」
見よ、と司教が叫び、両手を高く差し伸べた時。大地が大きく裂け、その奥底にあるものが人々の目の前に晒された。
それは、日や月の光の射さない暗い世界。しかし、大地のあちこちに赤く光る溶けた岩が流れ、それがほのかに周囲を照らし出している。
その中にあって苦しむ、無数の人間が姿が見えた。足首が地面に埋まってその場から動けぬまま、流れ来る溶けた岩が体に触れて一瞬の内に燃え上がる火柱と化すもの。溶けた岩から逃れようと駈け出し、その目の前で大きく大地が裂けて地割れに呑まれるもの、溶けた岩の流れに囲まれ、燃え上がりこそしないものの、熱にあぶられて見る間に体中が火ぶくれとなり、ただれた肉が剥がれ落ちていくもの。そういった光景が、耳を塞ぎたくなる叫びと、そして呻きと共に人々の眼前に繰り広げられたのだ。
「罪を負ったまま死ねば、人間はこのような場所に落とされる。これが神のなされようだ。何と恐ろしいことではないか!」
人々は声もなく、司教の語る言葉に耳を傾ける。目の前の光景から目を離すこともできない。
「これこそが神の用意したもうた、人間の罪への報い。すなわち、地獄。
ひとたびここに落ちたものは未来永劫、二度とここから抜け出すことはかなわぬ。
恐れよ。戦慄せよ。人間の犯す罪の深さに。それを許さぬ神の裁きの正義を」
見せつけられた地獄の光景。恐怖をあおる高らかな声。人々は茫然とその場に立ち尽くすのみだった。
「嘘だ!」
そう叫んだ者があった。里に来ていた神殿の下位修士だった。
「神は人間を裁きなどしない。第一、何が罪だというのだ!」
ふふん、と司教が鼻で笑う。
「汝ごときに何がわかる。
何が罪かは神が定めるもの。神が罪と定めたものが罪なのだ。
人間ごときが神に疑問を呈するなどとは不遜。
人間ごときが神に逆らうなどは笑止。
人間が罪深くある証拠は、人間がいつか必ず死ぬということだ。
死ぬのは神の裁きを受けるため。
人間が罪を負わぬのであれば、神の裁きもいらず、当然、人間が死ぬ必要などないではないか。
なれど、人間は死ぬ。汝はそれを否定するのか?」
う、と思わず答えに詰まったところへ司教が畳みかける。
「聴かせよう。
罪とは何か。
人間が侵す罪はあまたある。しかしその中でも最大の罪は、ほかの命ある者の命を奪うことだ。命あるものを殺すことこそは最大の罪。
そうであろう。
人々よ、誰かに汝の、あるいは汝の愛する者の命が奪われることを思うがよい。これ以上に悲しくつらいことがあるだろうか、これ以上悪いことがあるだろうか?
いや、あるまい。さればこそ、命を奪うことこそ最大の罪である。そうではないか。
しかるに、人々よ、人間は生きるために、食わねばならぬ。
食うとは、ほかの生あるものの命を奪うことである。
肉を食われる動物も、野菜も、草も、すべて生あるもの、命あるものである。
食わねばならぬ人間は、生ある者の命を奪わずに生きることはかなわぬ。
ゆえに、生きるとは命あるものを殺すことである。
聴け、人々よ。生きるとはすなわち罪を犯すことなのだ。生きることこそ罪なのだ」
「馬鹿な! 貴様、生きるなとでもいうつもりか!」
「たわけ。
わしが言うのではない。神が定めたことなのだ。
生きることが罪であるからこそ、人は死ぬではないか。
そして、見よ! 死後に人の行く地獄を。
生きた以上、人間は地獄へ行くことを免れることはできぬのだ」
そんな! 2人のやりとりを聞いていた人々の顔に恐怖が浮かぶ。そんな表情を見て、司教が笑みを浮かべて語った。
「だが、安心するがよい。神は救いの道を示された。
だからこそ、我々はやってきた。
救いの知らせを伝えるためにやってきた。
だから、人々よ聴くがよい。真の救いを得るために」
そのようにして、救世主教団の司教は人々の心を鷲掴みにしたのだ、と神殿主は語った。下位修士がいくら声を励ましてあれはまやかしだと叫んでも、いったん司教の話に取り込まれた人々の耳には届かない。
「何といっても、地獄の様子を見せられたのが応えたのです。居合わせた下位修士も言っていましたが、まさにこの世のものではない恐怖を感じたとのことです」
(幻術ね。ずいぶん上手に使ったみたい。)
幻を効果的に操る魔法はマーヤーのもっとも得意とするところだ。だから、話を聞いてすぐ、救世主教団の使ったのが幻術であるとマーヤーは見破っていた。
彼女の知る限り、幻術は、普通の人間を相手にすれば、ほかのどんな魔法よりも効果があるものだ。
その気になれば、国1つを戦わずに落とせるだけの自信さえマーヤーにはある。
だから、救世主教団の司教が、里の人々を簡単に篭絡できたとしても何の違和感も抱かなかった。
「恐怖で人々の心をとらえ、あとは自分たちで自ら洗脳を深めていかせるやり方は、驚くべき効果を上げました。月例の集会や、子供を相手にした日曜学校で教理を浸透させ、その一方で犯した罪から逃れられると称した護符を持ち出したりもしました。教団へ寄進をすれば、護符が授けられ、それによって、それまでに犯した罪が許されると説いたのです。
……時に、お弟子様は、この里に宿を取られたとのことですが、その支払いはどのような形で?」
「え? ……普通の銀貨や銅貨で、ですけど」
「以前は、この里で貨幣は滅多に使われていなかったのです。神殿に納める寄進も、野菜や穀物、あるいは家畜や家禽といった現物で、里の人同士の交易も物々交換が主でした。
里に貨幣を広めたのは、救世主教団なのです。彼らは、教団への寄進を貨幣でさせるために、里の外から銀貨や銅貨を持ち込み、里の人たちに広めたのです。
月に一度、教団の者が里へやってくるのですが、その時、一緒にやってくる商人が、里で採れた野菜や穀物を買い上げ、その価を貨幣で支払うようになりました。
また、里の外から持ち込んだ品々を売って、その代価を通貨で支払わせています。
教団が来るまで、里の外から商人が来ることなど年に何度もなかったのですが、それ以来、里でも貨幣が流通するようになり、人々は貨幣を蓄えることを知りました。一時的なものであるとはいえ、蓄える、貯め込むと言う行いを知ってしまったのです。
蓄えた貨幣は、教団への寄進に使われ、里には残りません。一切の蓄えに執着せず、すべてを教団を通じて神にささげるのが、神の喜ぶ行いだといわれ、それを疑いもなく実行しているのです」
「もしかして、そうやってお金を稼ぐのが教団の目的だと?」
マーヤーの質問に、神殿主は寂しげな笑いを浮かべた。
「いや、それは違います。こんな小さな里で集められる金など大した額ではありませんから。
しかし、人々の価値観が変わったことで、教団に取り込みやすくなってしまったことは間違いありません。
稼いだ金の量が、そのまま神の恩恵を測る指標だと言われてしまえば、ついには金に執着せざるを得なくなります。
年寄りはそれほどでもないのですが、若い者ほど、金のにおいに敏感に反応するようになってしまいました。若者の中には、よりたくさんの稼ぎを求めて、里を出ていった者さえ何人もあります。
残念ですが、里の人々は、もう昔のようには戻れないのです」
「神殿では、何もしてこなかったのですか?」
「われわれに、一体何ができましょうか。
救世主などまやかしだ、永遠の地獄などありえない、と説いたところで人々の心の中に巣食った信仰は取り去れるものではありません。
そもそも、里の人々相手に、教理を戦わせても無意味です。普通の人に、そんなものに深い理解があるわけがありませんから。
しかも、厄介なことに、里の人々にしてみれば神殿に祀るフィルグハルト神への信仰と、教団の説くところは相反するものではない。教団はフィルグハルト神を否定するようなことは説かず、ただ、無視して見せたのです。
それがため、この世に恩恵をもたらす神がいることはそのまま認めながら、しかし、死後には永遠の苦しみが待っているのだ、と、両方の教理を里の人々は信じています。その上で、死後の救いに重きを置いてしまっているのですから、フィルグハルト神の恩恵をどれほど説いたところで何の役にも立たないのです。
地獄の有り様を見せた教団の司教以外、死後のことを語る者もいない以上、地獄が存在しないことを説明することもできないし、したところで、恐怖という感情は理屈でどうなるものでもないのです。
今となっては、仮に、救世主教団自身が、地獄を否定したとしても、一度人々の心に根を下ろした恐怖は消し去ることができず、猜疑心に裏打ちされた不安感となって人々の心に残り続けることでしょう。それを取り払うことは、死んでのち、実際に地獄がないことを体験しない限り、不可能なのです。
説明できず、したがって否定もできない、感情というものほど、手に負えないものはありません」
お手上げです、と首を振る神殿主にマーヤーは返す言葉を失っていた。
(そうだよね……。打つ手があれば何とかしてるはず、か。まあ、神殿主が納得してるんじゃ仕方ないでしょ)
神殿に祀られる神は、ほとんどの国で信仰され、崇められているとはいえ、神殿が国家と結びついているわけではない。
過去に栄えた、神聖帝国では、国そのものを神々が建てたという経緯もあって、神殿は国家と一体となり、神殿に住まう聖職者は神官──国の官職として国の機構の中に確固たる地位を持っていた。
しかし、現在、ほとんどの地域で神殿と国とは全く別の組織であり、中には特定の神の神殿に庇護を与える国もあるが、人間の住む土地の大半を占める、この帝国では、神殿に対して特段の便宜は図られていないし、聖職者も神官という肩書はもたない。。
また、そうであるからこそ、救世主教のような新しい宗教が勃興し、勢力を広げることも可能であるわけだ。
「しかし……、大スワレートのお弟子様なら、何か知恵がありますでしょうか?」
(あれ、食いついてきた…? いいよ、その気があるならば…)
「なくはありません。
しかし、後の手当てが大変になりますが、それはかまいませんか? わたしはこの里に長居できませんので、そこまでの面倒は見られませんが」
ほう、と神殿主の表情が変わった。
「もしお弟子様が何とかしてくださるというのであれば、後のことは我々で何とかいたしましょう。
……して、一体どのような?」
(うん……やっちゃおうか、いっちょ)
マーヤーはにっこり笑うと、うなずいて見せた。
(だって、人の心を変えてしまって……欲望を煽った教団、ってことだよ。)
こだわりと執着を持つことを覚えてしまった人々。執着の対象を、人々に教えてしまった教団。そう、静かだった水面に波を立てるようにして。波だった水面は、すぐには災害をもたらすわけではないけれど、心の平穏を奪い去り……そして今も奪い去りつつある。
それがよいことなのか、悪いことなのかは判断できない。欲望とは願うことだから。願うことは、今を変えようとし、そして変える。よい方向にも、悪い方向にも。
しかし、教団は、人が大切だと思うことを変えて……人々の意志にかかわらず、変えてしまおうとしている。人がそれを望むかどうかを省みることなく。
変わってしまった人の心は元に戻せなくても、教団をこのままにしておくのはよくない気がする。
だから。
魔法は使わないつもりのはずだったが、そうも言っていられない。ならば、いっそのこと…と、そう思ったマーヤーだった。




