二つ部屋(4)
そこは、学校の教室、といった感じの場所だった。
20程の、1人用の机が整然と並び、幼い子供たちが席に着いている。その前には教師らしい中年の痩せた女性が立ち、甲高い声で話しているのが見えた。開いた扉は、ちょうど、女教師のすぐ脇の位置にあり、子供たちの視線がマーヤーとジャネットに集中する。
「え、学校…?」
「授業中みたいね、…まずった?」
そう囁き合うマーヤーたちの方へ、女教師が顔を向けた。
「何ですか、あなた方は?」
その剣幕に、思わず2人は首をすくめた。それを見た女教師が、子供たちの方へ視線を戻す。
「よろしいですか、神聖な講義の最中に、土足で踏み込むようなまねをして許されるものではない、それはわかりますね」
子供たちが一斉にうなずき、はい、と口々に言う。
「そのような者は、しかるべき報いを受けなくてはなりません」
再び、子供たちから肯定の返事が発せられる。
「けれど、ここがどのような場所かを知らずに迷い込んだのであれば、話は違います。悪意のない者に、悪意を向けることも、また、正しい行いではないからです」
(あ、まともなこと教えてる…)
そうマーヤーが安心しかけたときだった。
「しかし、ここを神聖な学びの場と知らない者とは、一体いかなる者達でしょうか?」
女教師の言葉が続く。
「そのような者は、わたくしたちの世界の人間であるはずはありません。見たこと、会ったことのない、別の世界の生き物に違いない。そうですね?」
子供たちが、一斉に同意を示す。
「既にお話ししたように、わたくしたちの世界以外にも別の世界があって、そこには別の生き物が住んでいます。まさに、そのようなものが、ここへ現れました」
そう言って、女教師はマーヤーとジャネットを指さした。子供たちの視線が、再び2人に向けられる。
「授業で習ったことを確かめる、またとない機会です。さあ、皆さん、あの2人を捕まえるのです」
がたがたと音も立てて、子供たちが立ち上がる。20人程の子供たちが、わっと声を上げ、2人の方へ向かって一斉に駈けだしてくる。
「え、ちょ、ちょっと、一体何…?」
突然のことに、一瞬あっけにとられ、対応が遅れる。気が付いたときには、駆け寄ってきた子供たちに捕まって、2人はその場に押し倒されてしまっていた。
5つか6つの小さな子供とはいえ、20人も集まれば侮れない。伸し掛かられて動きが取れなくなり、じたばたともがいているうちに女教師がやってきて、手足に縄を掛ける。それを子供たちが面白がって引っ張り、たちまちのうちに、マーヤーもジャネットも、芋虫のような格好に縛り上げられていた。
「はい、皆さん、大変よくできました」
満足げな顔で女教師が言う。褒められてうれしそうに笑う子供たちの顔を、床に転がされたマーヤーは呆然と、ジャネットは憎々しげな表情で見つめていた。
「このままじゃ、まずいわよ。あいつら、わたしたちを人間と思ってないんだから」
小さな声で言うジャネットにマーヤーもうなずく。
「目くらまし、してみる」
手足が縛られていても、使える魔法はいくらもある。熟練の魔法使いなら、意識を集中しさえすれば、それだけで十分だ。使い慣れた魔法なら、こんな状態でも何の支障もない。そしてタイミングを計るためのキーワードを唱えられれば、さらに言うことなし。
教室の後ろの方に、マーヤーとジャネットの姿が現れる。マーヤーの作り出した幻影だ。
「あらあら、皆さん、何が大変よくできたのかしら?」
揶揄するように、幻影のジャネットが言う。その声に、女教師と子供たちの視線が幻影の方に向く。
「もしかして、わたしたちを捕まえたつもり? だったら残念ね。そこに転がっているのは、ただの幻。あなたたちが捕まえたつもりの、ただのまやかし」
その言葉に振り返った子供たちの目の前で、縛られている本物の2人の姿が次第に薄れ、消えていく。
「なんですか、これは? こんなごまかしが通用すると思っているのですか?」
床に転がっていた2人の姿が完全に消えるや、女教師が声を張り上げる。
「そうやって姿を消して見せて、転がっている方が幻だと思わせる。そんないんちきは通用しませんよ」
そう言うと女教師は、手近の机のところへ行くと、椅子を取り上げ、今し方マーヤーが消えたあたりに投げつけた。
「痛い!」
椅子をぶつけられ、思わずマーヤーが叫ぶ。
「ばか…!」
ジャネットが言うが、もう遅かった。
「ほらご覧なさい、ちゃんとそこにいるではありませんか」
勝ち誇ったように女教師が言う。
「おそらく、向こうで立っている方が、本当の幻なのでしょう? そうやって入れ替わろうとしても、そうは問屋が卸しませんからね」
そう言うと、女教師は指を振って、空中に何やら奇妙な図形らしいものを描く。それが描き終わった途端、不可視の魔法が解けて2人が姿を現わした。
「マーヤーの魔法が、破れた…?」
ジャネットが驚いて言う。他の魔法使いのかけた魔法を破るには、ある程度の力量の差が必要だ、とは知っている。であれば、この女教師の実力は侮ることのできないものだ。
「そんなぐるぐる巻きの状態でも、そんなまねができるとは、ふむ、大変興味深い素材です。子供たちの教材に、全くふさわしい」
そう満足げに言う女教師に、ジャネットは戦慄する。マーヤーと違い、ジャネットの魔法は、こんなふうに縛り上げられていては自由に使うことができない。
女教師が手で合図すると、子供たちが、手に手に小さなナイフを持って近寄ってくる。あれで2人を切り刻もうとでも言うのだろうか? そんな思いがジャネットの胸に浮かぶ。
「マーヤー、なんとかならないの!」
そう言ってジャネットがマーヤーの顔を見つめる。その様子を女教師が目に留める。
「ふむ、どうやら、そちらの子が魔法を使うようですね」
そううなずいた彼女の手には、どこから出したのか、細身だが刃渡りのあるナイフが握られていた。
「あなたには大人しくしてもらわなくては」
ナイフの刃をマーヤーに向け、もう一方の手でマーヤーの首を捕まえて引き起こす。その途端、女教師が悲鳴を上げた。
「あ、あ、熱い! な、なんなのですか、これは」
慌ててマーヤーから飛び退いた彼女の両手は、真っ赤に焼けただれている。思わず手からナイフが落ち、それがジャネットの方に転がる。
「浮き上がれ!」
マーヤーが一声言うと、ナイフはまるで生き物のように動き出し、床から離れて宙に浮き上がる。そして、ゆっくりと空中を漂うと、ジャネットの手の方へと移動していく。その様子を見つめるジャネットの目の前で、ナイフはくるりと向きを変えると、ジャネットの身体をかすめて落下した。
「きゃ!」
ジャネットの口から、小さな悲鳴が漏れる。その瞬間、ナイフはマーヤーの狙ったとおり、ジャネットの身体を縛る縄を断ち切っていた。
「ジャネット!」
「ナイス、マーヤー!」
はらりと縄を払い落としてジャネットが立ち上がる。
「よくもやってくれたわね。もう遠慮しないから!」
いつの間にかジャネットの手には、自分の縄を切ったナイフが握られていた。その手を振りかぶると、スナップをきかせて女教師めがけてナイフを投げつける。
「あ、うっ…!」
一瞬、銀色の光が走ったかに見えた。次の瞬間、ナイフは女教師の喉笛に突き刺さっていた。傷口から、たらり、と血が流れるのが見える。
何が起きたのかわからない、といった顔でジャネットと、喉に突き立ったナイフを交互に見つめる女教師に、ゆっくりとジャネットは近づく。
「これで終わりよ」
全身を硬直させ、手だけを前に出してあらがおうとする女教師の喉から、ぐい、とナイフを引き抜く。その途端、傷口から、噴水のように血が噴き出す。血煙の中に、女教師の身体が崩れ落ちる。その前に立つジャネットも返り血で真っ赤だ。
その様子を見た子供たちの口から、恐怖の叫びが上がる。
その場に崩れて泣き出すもの、後ろに向かって闇雲に駈けだし、壁にぶつかるもの、何もできないまま、呆然と立ち尽くすもの。そんな様子を見つめるジャネットが、にたり、と笑う。
「やることだけしっかりやってくれて、今さら、罰はお子様割引なんて、そんな甘いことは思ってないでしょうね?」
「だめ、ジャネット!」
真っ赤な血を滴らせ、悪鬼のような形相に薄笑いを浮かべ、体中に殺気をみなぎらせて言うジャネットに、マーヤーが叫ぶ。
「悪いわね、邪魔はさせないわよ、マーヤー。しばらくそこで見ていてくれる?」
「ジャネット!」
焦って叫ぶが、縛られたままのマーヤーにはどうすることもできない。
高く差し上げたジャネットの指先に、銀色の光球が現れる。ウズラの卵程の大きさの、鈍く輝く光の玉。
「だめ、相手は子供なのよ!」
「違うわよ、マーヤー、いくら子供でもね、人を殺そうとした以上、報いは受けるものなのよ。殺された相手が子供だったからって、無念さが消えるわけじゃないからね。死は死。殺しは殺し。だから、清算は掛け値なし、割引なしの満額よ」
「いいことと悪いことの区別もつかない子供よ!」
「そう? だったら、虫や獣と同じね。危険なものは駆除しなきゃ」
そういう間に、周囲の空気が集まり、ジャネットの指先の光球に吸い込まれていく。少しずつ光球が輝きを増し、徐々に大きく膨れていくのがわかる。
「でも、そうね、これを受けて生きていられたら、そのときは見逃してあ・げ・る」
そう言うと、鶏の卵大に膨らんだ光球を、ジャネットは、にっこり笑って、子供たちの真ん中に投げ入れた。次の瞬間、光球がはじけ、吸い込んでいた空気を一気にあたりに撒き散らす。まるで小型の爆弾が破裂したような衝撃と爆風。子供たちは、ひとたまりもなく吹き飛ばされ、四隅の壁に叩きつけられる。骨が砕け、皮膚が破れて肉が裂け、壁に鮮血が飛び散って人型の跡を残す。
「まあ、残念ね。誰も生き残らなかったみたい」
そう言って、ジャネットは満足そうに微笑んだ。
「ジャネット、あなたって子は…」
「甘いわよ、マーヤー、もし自分が殺されてても同じことが言える? 下手したら、本当にあの子供たちに殺されてたのよ、マーヤーも、わたしも」
ジャネットの言うことは間違っていない。それはマーヤーにもわかっている。
「相手の姿に惑わされてたら、死ぬわよ」
そう言いながら、ジャネットはマーヤーのところへ歩いてくる。一歩ごとにジャネットの表情が緩み、顔から緊張が取れていくのがわかる。
「…でも、マーヤーのおかげで助かったわ。本当に死ぬかと思った」
「わたしもよ」
「あの女の手を火傷させたのは、幻術?」
「そう、幻覚」
「やっぱりね。…でも、幻覚でも、やられた方は痛いものよ?」
「そうだけど?」
「実際に傷つけるのと、幻覚で痛めつけるのと…やられた側には、どんな違いがあるのかしらね?」
そう言ってジャネットがにっこりと笑う。
「何が言いたいの?」
「幻覚だからって、人を傷つけてないことにはならない、っていうこと。…特にマーヤーくらいになるとね」
そう言って、指先でマーヤーの頬をつつく。
「本当には傷を負わせてないから、って、いい子になるのは虫がいい、っていうことよ。むしろ、本当の傷の方がましなことだってあるものよ」
「ジャネット、それって…」
「さあね?」
そう言って、ペロリと舌を出すと、ジャネットはマーヤーの顔に自分の顔を近づけ、マーヤーの鼻の頭をなめる。
「きゃあ! 何するの、ジャネット」
「ふふ、じょ・う・だ・ん、よ」
膨れるマーヤーの額を、指先で軽く小突いてジャネットが笑う。
「マーヤーは相手に気を許しすぎね。そんなんじゃ、冒険者、やっていかれないわよ?」
「…わたしは冒険者じゃないから!」
「そうね。マーヤーはそのつもりでも、それで通るのかしら。周りはそう見てくれないかもよ?」
そう言って、ジャネットがマーヤーの鼻をつまむ。
「ジャネット!」
怒ってみせるマーヤーに、ジャネットはくすくす笑う。
「その格好じゃ、手も足も出ないわよね。…さあ、わたしはマーヤーを手に入れたぞ」
そう言ってひとしきり笑った後、真顔に戻る。
「なんてね。こんなところでそんなこと言ってても仕方ない、か」
そう言うと、落ちていたナイフを拾うと、ジャネットはマーヤーの身体を縛っていた縄を切る。
「こんなところに、長居してもしょうがないしね」
そう言って扉の前に立つと、ジャネットはゆっくりと扉を押し開いた。
扉の向こうは、夜の荒野だった。満天の星々は、しかし、見知った星座ではない。ここも、魔法が作り出した幻の世界なのだ、とわかる。東の空から上って程ない満月が、あたりを薄明るく照らし出しており、その光を浴びて1人の男の姿が見えた。
両手をだらりと下げ、うつむいて、何事かをつぶやきながら、1歩、また1歩と、そのたびに、前に出した足に体重を掛けながら、ゆっくりと身体を上下させて歩く姿。ベルトに下がった剣の鞘に、剣は収められていない。
かつては精悍な戦士だったであろう男の顔には深いしわが刻まれ、憔悴した顔に生気はない。マーヤーとジャネットに気づきもしないで、しかし、たまたま2人の方へ近づいてくる男。月の光でぼんやりと見えるその顔には覚えがある。
「…ケイン」
思わずマーヤーの口からその名が漏れる。ニルルの村で出会った、未来から来た男。自分の母の命を奪い、使命を果たしながら、ジャネットの言葉に翻弄され、真実を見失った男。
ケインの顔が2人に向けられる。
「教えてくれ…」
聞き取れないくらいのかすかな声。その目はうつろで、焦点が合っていない。
2人の姿は認めても、それがマーヤーとジャネットであることに気付いてはいないだろう。
「死んだのは、誰だったのだ?」
それは2人に向けられた問いだったのか、それともケイン自身に発せられたものなのか。
「ゼルフィールは…彼は正しかったのか?」
マーヤーもジャネットも答えない。
しばらくの間、ケインはぼんやりと2人を見ていたが、やがて、向きを変えるとそのまま歩き去って行った。
「…幻、よね?」
「うん、多分」
思い起こせば、あれからまだ2週間もたっていない。炎の中に姿を消したケインは――魔法の中の幻でない、本物のケインはジャネットに浴びせられた言葉から立ち直ることができたのだろうか。そんなことを思っていたマーヤーはジャネットの言葉を聞いた。
「いい気味だわ! あのまま、いつまでもさまよっていればいいんだわ」
「ジャネット…」
ケインにミレアが殺されるのを阻止しようとしたジャネットは、まんまとケインに出し抜かれ、ミレアは家族共々命を奪われたのだ。それを根に持っているのはわかるが、聞いて気分のいい台詞ではない。
それ以上何も言わず、マーヤーは扉の方へ歩いて行った。
ゆっくりと音もなく開いた扉の向こうは、色とりどりの花の咲き誇る野原だった。暖かく柔らかな日差しが降り注ぎ、かすかに煙るような色の青空を、そよ風が吹き抜けてゆく。
見渡す限りの花、花、花。その上を、数匹の蝶が舞っている。空に浮かぶ雲も、淡いバラ色とほのかな金色に染まり、花の香りが眠りを誘う。
「きれい…、なんだか、心が癒やされる」
しみじみというジャネットを、マーヤーはぼんやりと見つめていた。
ついさっきまでジャネットに感じていた、とげとげしいまでの嫌悪感は消え、心は穏やかに静まっている。ゆっくりと腰を下ろすと、マーヤーは花の中に足を投げ出して座った。少し遅れて、ジャネットもその隣に腰を下ろす。
「心が洗われるみたい。これも、幻なのね。…どうせなら、こんな優しい場所ばかりだったらよかったのに」
そう言いながら、マーヤーの腰にジャネットが手を回す。
「2人だけだわ。この広い、平和な世界に」
ジャネットの目がマーヤーの瞳を見つめる。
「このまま、時が止まってしまえばいいのに」
マーヤーは答えない。身体が温かくなって、心地よい眠気を感じていた。それはジャネットも同じらしく、目が、とろりと潤んでいるのが見えた。ふあ、とあくびが出たのは、2人ともほぼ同時だった。
「眠い…」
互いに肩を寄せ合って、いつしかマーヤーとジャネットは眠りに落ちていたのだった。
気が付いたとき、2人は、元の宿の部屋の中にいた。窓からは、柔らかな午後の日差しが差し込み、部屋の中を明るく照らしている。
「わたし…わたしたち、眠ってた?」
ジャネットの言葉にマーヤーがうなずく。
「マーヤーも、いたのよね? あの幻の中に。水晶の部屋とか、創世主の使徒の礼拝所とか、変な学校に…、それにケイン。…母親を殺しにやってきた男」
微笑みながらマーヤーが答える。
「わたしも、見たよ? 全部、ジャネットと一緒に」
ジャネットの顔が明るくなる。
「そうなのね! 一緒に幻の中で冒険したのよね。それで、最後は一緒に花の中で…」
「そう。眠ったら魔法はおしまい」
え、とジャネットがマーヤーの顔を見直す。
「そういうことだったの?」
「ええ、眠ったり、気を失ったりしたら、それで二つ部屋の中からは出られるの。…まるで夢から覚めるみたいに」
「なんだ、それだったら、心配することなんか、なかったんじゃない。最後は無事に戻ってこられるんでしょ。死ぬかと思って、はらはらして損したわ」
そういうジャネットにマーヤーは首を振る。
「違うよ? 魔法の中では、幻が現実。夢が真実。死んだりしたら、魔法が解けても生き返らないから。…現実と同じ体験なの」
ジャネットの表情が引き締まる。思っていたよりも恐ろしい魔法なのだ、と悟ったようだった。
「そうなの。…で、どうなの? 魔法はうまくいったのかしら」
マーヤーが首を振る。
「わたしまで幻の中に入っちゃったから…」
「ああ、自分にまでかかっちゃ、だめってことね? でも、それはそれで、すごいし、面白いと思うんだけどな…」
だって、簡単に冒険に出られるのよ、とジャネットが言うのを、半ばあきれ顔でマーヤーは聞いていた。
「…思った通りにいかなければ、だめ」
いくらジャネットが面白がっても、意図したのと違う効果が出るのでは、危なくて使えない。やはりこの魔法は、当分封印するしかない。
そして、ジャネットに言わなかったことがもう1つ。この魔法には、術に掛かった相手の心の奥に隠れている本性を顕わにする力がある。
最初の部屋に現れるのは、ジャネットに言ったとおり、マーヤーの選んだ風景だ。しかし、その先に現れてくるのは、術にかかった者の心に浮かぶ心象風景だ。術にかけられた者が、部屋の中で見たこと、聞いたことを心の中に認識し、それを元に、次の部屋の中を作り出す。それと意識しないまま、心の最奥で、新しい世界が形作られ、それを次の部屋の中に見るのだ。
今回は、マーヤーも術の中にいた。だから、体験したのがすべてジャネットの心の中から出た者、と言うわけではない。しかし、ジャネットに術をかけてその結果が現れたのだ。部屋の大半は、ジャネットの心の中を表す者と言えた。そして、ツイン・ルームの中のジャネットは普段と変わらないようだったが、それでも、いつもの彼女より冷酷に見えた。
それが、ジャネットの本性――本質なのだ。部屋の中に現れた世界と、そこでの振る舞い。冒険者には必要な資質かも知れない。だが、マーヤーの感性とは相容れない。
いずれ、ジャネットとは袂を分かたなくてはならない。そう思ったマーヤーだった。




