二つ部屋(1)
「ろうそくに火をつける魔法…?」
マーヤーから、新しい魔法を完成させた、と聞いたジャネットはその内容を聞いて思わず問い返した。
「あの化け物と戦ったときの魔法を思い出そうとして…ろうそくに火、って、それ、本気なの?」
わたしをからかってるんじゃないわよね、と詰め寄るジャネットに、マーヤーは微笑んでうなずく。
「そう。一番恐ろしい魔法。もしかしたら、アミューセラスの秘法」
「アミューセラス? なに、それ?」
「わたしの、記憶の中の世界」
どこの国か、いつの時代なのかもわからない。物心ついた時から彼女の記憶にあった邦。あるいはアーカシックレコードの中の邦。既に、この世界から消え去った邦。そう説明するマーヤーに、ジャネットは首を振る。
「そんな邦なんて、聞いたことないわ」
「うん、そうね」
「それって、もしかして、マーヤーの夢の中の世界なんじゃない?」
「そうかも」
「そんな世界の魔法なんて、なんか、変。それに、その世界の秘法がろうそくに火をつけること? そんなの、ありえない。…ああ、確かにマーヤーには初めての魔法かも知れないわね。幻じゃない、本当の火なんだから。でも、火を出す魔法なんて、ものすごくたくさんあるわよ。どうしてそれが恐ろしいの?」
(ああ、そう思うよね…)
火を出すことが恐ろしいのではない。火を出す仕組みが恐ろしいのだ。魔力を集めて火を作るのなら、別にどうということはない。しかし、心識の最奥――アーリヤに働きかけて存在しないはずのものを存在せしめる魔法は、その方法を応用することで、どんなものでも作れ、この世にあるあらゆるものを自在に制御することにつながる。
その恐ろしさを、しかし、マーヤーはうまく言葉にすることができなかった。おそらく、ジャネットには伝わらないだろう。
それ以上の説明は、諦めるほかなかった。
だから、別の視点を話してみる。
「…でも、夢の中の魔法が、本当になったら、怖いよ?」
「え?」
「誰かに聞いたことのない、夢かも知れない記憶。本当かどうかもわからない記憶が、現実の魔法になったら?」
これは、ジャネットにもわかる話だった。新しい魔法が、いきなり頭の中に浮かんで、それが現実のものになる。まさに魔法のような話だ。
「う、うん、それは確かに怖いかも。…そうか、マーヤーは火を出す魔法は習ってないのよね。それがいきなり夢の中から出てきたら、確かにすごいわ」
でしょう、とマーヤーが言うのに、ジャネットは強くうなずいて見せた。
「そんな魔法、って、初めてなの? 夢の中から出てきた魔法、って」
「初めて、じゃないよ?」
「そうなんだ…。で、今までのも、幻術以外の魔法なの?」
「ううん、全部、幻術…だと思う」
「だと思う? ってことは、マーヤーにもはっきりしない、ってこと?」
「そうね、そういうのもある」
「…なんだか、ものすごい話ね。それじゃ、思うように使えないんじゃない?」
「そう。だから封印してる」
「それって、もったいなくない? 使えないんじゃ、どんなすごい魔法も宝の持ち腐れじゃない。どころか、そんな魔法、完成したかどうかもわからない、ってことでしょ」
「夢の中から出てきただけ、みたいなものだから」
「そんな幻みたいな話ってあるのかしら? マーヤーはアミューセラスの魔法、使ったことなんてあるの?」
「イリュージョン・ブラスターとか?」
え、とジャネットが驚きの表情を浮かべる。
「あの凄まじい光線魔法? あれが、マーヤーの夢の中から出てきた魔法なの? ああ、そりゃ確かに怖いわ。…そうか、道理で、見たことない魔法だと思ったわ、元がマーヤーの夢なんじゃ」
あきれたようにジャネットが言う。
「それじゃ、他の魔法のすごさも推して知るべし、だわ。…ね、マーヤーの封印してる魔法、って一体どんなのかしら?」
「ん、ないしょ」
そう言って口を閉ざそうとするマーヤーに、ジャネットが畳みかける。
「いいじゃない、教えてくれたって。それに、せっかくの魔法でしょ。使わずに埋もれさせるなんてもったいないじゃない。もしかしたら、2人でならどんな魔法かはっきりさせられるかもじゃない。そうすれば、マーヤーの使える魔法が増えるのよ? 冒険者はやめても、魔法使いはやめないマーヤーになら、決して悪い話じゃないと思うのよ?」
そんなジャネットに、マーヤーは昔の経験を思い出す。
ファンタズマル・ネクロポリス――術を掛けられた者は、出会う者すべてがアンデッドに見えるようになる魔法を完成させようとしたマーヤーは、魔法で作り出した異世界に閉じ込められ、その世界の領主の前でお抱えの武芸者と戦う羽目になったのだ。幻影のはずの世界が、あたかも現実のようなリアルさで現れ、もう少しでマーヤーは命を落とすところだった。
封印している魔法は、そういった、予想外の結果をもたらし、時には命の危険を招くこともある。たとえ幻術として完成を目指している魔法であってもだ。
「未完成の魔法は危険。…何が起きるかわからないよ?」
「そんなことを恐れてちゃ、冒険者なんてやってられないでしょ? …ああ、冒険者じゃないのよね? でも、魔法使いなら、魔法を怖がってちゃ話にならないでしょ?」
「違うよ、それってただの無謀じゃない」
「ちゃんとした心構えがあれば、無謀じゃないわよ? 危険があるから、ってせっかくの魔法を諦めるなんて、マーヤーらしくないと思うけど? せめて、どんな危険があるかくらいは知らなくっちゃ」
「どんな危険かは見当ついてるの。その上で封印してるから」
「あ、そうなんだ。危険の内容がわかってるんなら、なんとかできそうなんじゃない?」
「できそうにないから封印なの」
「マーヤー1人じゃ、ってことでしょ? わたしと2人なら、また話は違うと思うわ。ねえ、わたしだって、一応、幻術師なのよ? 新しい術の探求くらい何度もしてるし、それなりの勘も持ってる。だから、ものは試し。いちど、封印してる魔法を試してみない? わたしが手伝ってあげるから」
「試さない。アミューセラスの魔法は一筋縄じゃいかないから」
「そこがいいんじゃない。ねえ、何かあったらわたしが責任取るから」
「責任、って、死んだらどうするの?」
「死ぬ、って…、そんな危ない魔法ばかりなの?」
「まあ、全部が、ってわけじゃないけど」
「でしょ! だったら、危なくなさそうなのでいいじゃない」
「こだわるのね…」
「そりゃ、わたしだって知らない魔法に興味があるからに決まってるじゃない。それに、ほら、ろうそくの魔法の完成に協力したでしょ。だったら、今度はマーヤーがわたしの希望を聞いてくれてもいいと思うのよね」
一度言い出したら、なかなか後に引かないのがジャネットだ。だったら、お灸代わりに魔法を見せてみようか。そんなことを思って、マーヤーはジャネットに向き直る。
「…後悔しても、知らないよ?」
そう言われて、一瞬、ぞくりとした表情を見せたジャネットだが、すぐに元の顔に戻って言う。
「平気よ? だって、マーヤーと一緒でしょ? それに幻術なんでしょ?」
(一体、何を言ってるんだか…)
いくら幻術でも、それは幻術として完成すればの話。時には、予期しない別の魔法になることもある。マーヤーだけなら完成できなくとも、ジャネットが加われば、幻術ではない危険な魔法が完成して、命が脅かされることもあり得るのだ。
それでも、1つくらい見せておけば納得するだろうか。
間違って完成しても、直接の危険にならないような魔法。マーヤーの力では及ばなくて、おそらくジャネットにも手の出ないような魔法。そんな魔法を選ぶ。
「…わかった、でも一度だけだから、ね」
諦めたように言ったマーヤーの言葉に、ジャネットが顔を輝かせる。
「そう来なくっちゃ! さ、善は急げよ。一体どんな魔法なの?」
何年か前――まだ、冒険に出る前に試していた魔法を説明する。
ツイン・ルーム。二間続きの幻の部屋に相手を閉じ込め、その中をさまよわせる幻覚の魔法。幻覚だから、術にかかった者にしか、幻の部屋は見えない。術にかかっていない者には、魔法がかかった者は、ただ、ぼんやりと佇んでいるように見え、捕えようと、殺そうと、好きにすることができる。
「ふうん、幻覚ね。どうしてそれがうまくいかないの? 簡単そうに聞こえるけど」
「幻覚、ってね、見ている相手はそれを現実だと思うじゃない。で、五感は魔法にかかってるけど、身体は自分の意思で自由に動くでしょ?」
「ああ、もちろんそうよね」
「この魔法は、身体も動かせないようにするの。…自分では自由に動いてるつもりだけど、実際には全然動いてない、みたいに」
「つまり…、眠ってるのと同じ状態、ってこと?」
「そうね」
「だったら、眠らせちゃった方が簡単じゃないの?」
「ああ、そうね、戦いに使うなら。でも、それだけじゃないのよ。見せる幻覚も自由に選べるの」
「え? って言うことは…」
「眠らせるだけじゃなく、好きな夢を見させることができる、って言えばわかる?」
「ああ、そういうこと」
「だから、魔法にかかった相手には、思い通りの体験をさせることができるの」
そう言われて、ジャネットはツイン・ルームの本当の威力を理解したようだった。
「うまく使えば、弟子の教育にも…、ううん、ひょっとして洗脳にも使えたりする? なんて魔法よ! さすがわたしのマーヤー、って言うしかないわ」
「…わたしの、って何?」
「あ、ううん、そこ気にしないの。で、この魔法の、どこがうまくいかないわけ?」
「1つは、相手の身体が動いちゃうこと。…って、自分に術を掛けて試してたわけだけど、術が終わった後で、近くにあったものが倒れてたり、別の場所に移動してたりしたから、きっとそうだったんだろう、って。もう1つは、思うような幻覚を見せられてるかどうか、はっきりしないこと」
「ああ、相手の見てる幻覚が確認できないわけね」
「そう。自分に掛けてみただけじゃ、きちんと確認できないから。でも、ジャネットが実験台になってくれるなら…」
う、とジャネットが返事に詰まる。その様子を見たマーヤーの眼にいたずらっぽい光が浮かぶ。
「協力…してくれる、って言ったよね?」
「え、ええ、言ったわよね」
「責任、取ってくれるんだよね?」
「…う、うん、そうね。確かにそう言ったわね」
「さあ、どうする? 本当に試す?」
にっこりと笑いながら選択を促すマーヤーに、ジャネットは半ばやけになったように叫んだ。
「ああ、いいわよ、もう! モルモットにでも何でもなってあげるわよ」
「本気?」
「今さらでしょ。…さあ、その魔法、かけてみてご覧なさい。きっちりと受けてあげるから」
少しやり過ぎたかな? そう思いながらも、自分も今さら後に引けなくなったマーヤーは、ツイン・ルームの魔法の手順を確認するために呪文書を取り出す。忘れかけていた術の次第を確認し、術のイメージと、幻覚のイメージを頭の中に思い浮かべる。
「…いいのね?」
「いい!」
少しあきれ、そして緊張して魔法をかける。以前に試したときは、実験台になる相手がいなかったので、自分自身を魔法の対象にしていたものだ。今回は、魔法の目標をジャネットにして術を発動する。この術を他人にかけるのは初めてのことだった。




