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母を殺しに(2)

 「あなたの名前は?」

 「ケイン」

 すんなりと男の口から出た言葉に、ジャネットが目を丸くする。

 イレジスタブル・クエスチョン。幻覚を応用し、相手に、質問に答えなくてはならない、と思い込ませる魔法。質問に答えるのが自分の使命だ、と思い込ませ、自らの意思で、質問に誠意を持って答えさせるものだ。答えを知っている限り、どんな質問にでも答えてしまう。

 麻痺の魔法も、ジャネットがかけ直してあった。そのままでは口を開くこともままならぬため、手足の動きだけを抑えるように。今は目をそらすことはできなくとも、問いに答えることだけはできる。

 「ミレアを殺そうとしたのね?」

 「そうだ」

 ミレアというのは、男がさらった少女の名だ。彼女を探す村人達が、その名を呼んでいたのをマーヤーは聞いていたのだった。

 「なぜ、そんなことをするの?」

 「ミレアに子供を産ませないためだ」


 (そうら来た。お家騒動の(たぐい)かな、これ…。にしても、相手は、まだあんな小さな子供だよ?)


 「あんな小さな女の子が、子供を産む?」

 「そうだ。いずれミレアは双子の子を産む」

 はっきりとした確信を込めて答えるケインに、奇妙な迫力と戸惑いを感じつつも、マーヤーは質問を続ける。

 「ミレアの子供が生まれると、何が困るの?」

 「ミレアの子アルバートは、史上まれに見る暴君になる。圧政を敷き、周辺の国を戦禍に巻き込み、無数の人々を苦しめる」

 え? マーヤーはケインの語る言葉について行けなかった。まだ生まれていない子が、暴君? ジャネットを見ると、彼女もわけがわからない、という顔をしている。

 「あなたはどうしてそんなことがわかるの?」

 「アルバートが暴虐の限りを尽くすのを見たからだ」

 「ミレアの子はまだ生まれていないのよね? あんな小さな子だから」

 「今は、そうだ」

 「なのに、どうしてあなたはそれを見た、なんて言うの?」


 マーヤに問われるままに、ケインは自分が何のためにやってきたのかを話し始めた。

 帝国歴787年――今から、80年後の未来。

 その頃、世界はエストリューズ帝国、アイゼローム帝国の2大国に加えてアルバートの支配する第3の帝国ジルベティアが覇を競っていた。新興のジルベティア帝国は勢力を拡大するために圧政を敷き、国民から絞れるだけの財を取り立て、課せるだけの賦役を課して軍事力を拡張すると、その強大な軍事力にものを言わせて周辺の小国を次々と併呑し、領土を広げていった。

 圧政に耐えかね、また周辺諸国への侵略政策を容認できないと考えた人々は外国勢力とも手を組んでアルバートを倒そうとするが、国内に巡らされた監視網によって抵抗勢力は次々と見つかって捕らえられ、処刑されていった。

 そういった話を聞いて、マーヤーは思い至る。誰かが未来を見る魔法を使ったのか、それとも、アーカシックレコードを覗き見たか。いずれにしても、未来を知る者のいることはあり得ることだし、ケインがそうであってもおかしなことではない、と納得する。

 だが、いくら悲惨な未来を見たからと言って、それに干渉しようと思うのはやりすぎ――飛躍しすぎだ。一体この男は、度外れた正義感なのだろうか?

 しかし、それに続いてケインの語ったことは、マーヤーの予想を上回るものだった。

 このままではアルバートを倒すことはできない。そう考えた帝国勢力のリーダー、賢者ゼルフィールは時間遡行の魔法を使って同志を過去へ送り込み、アルバートの母ミレアを殺し、アルバートの誕生を阻止しようと考えた。ケインはそう言ったのだ。

 「そんなこと、できるの?」

 思わず声が大きくなる。

 時間を超えて移動する魔法のことは――そういう魔法が研究されているという話は師から聞かされたことがある。だから、そういう魔法を使う者がいることは、理解できる。しかし、それで未来を変えられるのだろうか?

 「できる。母親が死ねば、子供は生まれない」

 「そんなにまでして、アルバートを倒したいの?」

 「アルバートが生きていれば、世界中に争いが広がり、世界中の人々が苦しむことになる。それにアルバートは私の双子の兄だ。私の手で倒さねばならない」

 双子の…、その意味するところを悟ってマーヤーは愕然とする。

 「あなたは自分のお母さんを殺すつもり?」

 「やらなければならない。私の前に送られた者は成功しなかった」

 「あなたの前にも、ミレアを殺しに来た人がいたの?」

 「そうだ。だが、彼が送られても世界は何も変わらなかった。だから、私が来た」

 「あなたも失敗するんじゃないの?」

 「…失敗は許されぬ」

 断固とした口調でケインが言う。

 「…ちょ、ちょっと、マーヤー、こいつ、大丈夫なのかな、その…うまく言えないんだけど、殺そうとしてるのは、こいつの母親なんでしょ?」

 「そうね」

 「だったら、母親を殺したら、こいつも生まれないはずなんでしょ、アルバートだけじゃなく」

 「そういうことに…なる」

 「だったら、こいつが過去へ来られるわけないじゃない。こいつの言ってること、おかしいよ」

 ジャネットの言葉にマーヤーはうなずいた。

 「わたしも、そう思う。…彼がやってきたなら、彼は失敗したことになる」

 そうよね、とジャネットが何度もうなずく。

 「だったら、手っ取り早く息の根止めちゃおうか。そうすれば、失敗確定だもんね」

 「あのね、ジャネット…」

 語気を強めて言うマーヤーに、ジャネットは、目尻を下げてペロリと舌を出してみせる。

 「やだなあ、そんな熱くならないでよ。はいはい、そう簡単に殺したりはしませんから。そんなに、にらまないでくれる?」

 「…本心かな?」

 「目が怖いよ、マーヤー」

 そう言って2人の注意がケインから離れたときだった。ぱらり、と縄が落ち、ケインが立ち上がった。手には、どこから出したのか、手の中に収まるほどの大きさの小刀(しょうとう)が握られている。

 「しまった…!」

 そう思ったときには、すでに遅かった。足下に落ちていた剣を拾うと、ケインは2人に向き直った。

 いつの間にか麻痺の魔法の効果が切れていたのに、マーヤーもジャネットも気付いていなかったのだ。

 イレジスタブル・クエスチョンは質問に答えさせるだけの魔法で、相手を従わせたり、友好的にさせる――魅了の魔法ではない。隙があれば、あるいは質問が途切れれば、いつでも相手は、術の支配から解かれて逃げ出すことができる。

 「邪魔はさせぬぞ」

 突き出された剣の先から漂うのは殺気か、あるいは鬼気か。思わず2人はたじろいで後ずさる。その動きに生じたわずかの隙を狙って、ケインが剣を突き出す。

 「きゃ!」

 剣の突き出された先はジャネットの胸だ。とっさに胸の前でクロスさせた両手から、淡い虹色の空気の揺らぎが生じ、それが剣を跳ね返す。

 うむ、とうなったケインが、素早く後ろに飛び退く。が、大きくジャンプした彼が、地面に足をつける前に、マーヤーの魔法がかかっていた。

 ケインの体が、空中高く浮かび上がる。着地のために踏ん張ろうとしていた足が地面を踏めず、その勢いで体のバランスが崩れて空中でケインは仰向けになる。

 「今度こそ、ただじゃおかないから! 止めないでよ、マーヤー」

 人差し指を立てて、空中に何やら図形のようなものを描くと、その指先をケインに向ける。その瞬間、銀色の稲妻が指先から飛び出してケインを直撃する。バシン、という乾いた音。ケインの体が跳ね飛ばされて、何度も回転しながら宙を舞う。しかし、その顔には平然とした表情が浮かんでいる。

 「な…なに、全然効いてない?」

 魔法を打ち消したわけではない。跳ね返したのでもない。単に、魔法の影響を受けていないだけだ。

 「あの鎧…(ドラゴン)の鱗だと思う」

 「何、竜の鱗、って、そんなものでできてるの?」

 「鱗を薄く剥いで、貼り付けてるみたい。火も、電撃も、冷気でも傷つかない」

 「それって、ずいぶんと、えげつない話じゃない。ずるいわ」

 「でも…逆に言えば、それだけのものでしかない」

 「どういう意味?」

 「そうね、たとえば…」

 マーヤーが言い終わるや、ケインの体はさらに高く上っていく。少しずつ、その姿が小さくなっていき、やがて空の青さに紛れて見えなくなる。

 「今、魔法を解いたらどうなると思う?」

 マーヤーの言葉を聞いてジャネットがのけぞる。

 「な、なんてこと考えるのよ、わたしよりも、マーヤーの方がよっぽど(むご)いことするんじゃない」

 「先に斬りかかってきたのは、向こうだよ、ジャネット?」

 「正当防衛、って言いたいわけ? しこたまお釣りが来そうだけど。…ねえ、ずいぶんと猫かぶってたんじゃないの、マーヤー?」

 「そんなこと、ない」

 しれっと答えるマーヤーに、ジャネットはしばし言葉を失う。

 「…で、どうするのよ、本当に空高くから、地上へ落っことすつもり?」

 眉をひそめていうジャネットに、マーヤーは表情を変えずに言う。

 「しないから、そんなの」

 マーヤーが天を指さすと、その言葉の通り、ケインがゆっくりと地上へ向かって降りてくるのが見えた。それでも、完全に地上に降り立つことはできず、家の屋根ほどの高さに浮かべたままで止められる。

 「あなたの負け」

 そうマーヤーが宣言したとき、ケインの右手にはめた指輪が、チカリ、と光るのが見えた。

 「とどめも刺さずに何をほざく。敵を殺せぬものに勝ちなどない」

 そうケインが言うと、マーヤーの体が、ふわりと浮かび上がる。

 「今度はお前が空の果てを見てくるがいい」

 言い終わらぬうち、マーヤーの体が、ぐんぐん、空高く上っていく。

 「マーヤー!」

 ジャネットが叫ぶ。が、マーヤーは声一つ立てるでもなく、平然としている。そして、2、3度身を揺すると、そのまま、空中を滑るように移動して、静かに地上に降り立ったのだ。

 「何だと!」

 空中に浮いたままのケインが叫ぶ。

 「指輪に仕込んであるのね、浮遊の魔法」

 一瞬ケインの表情が堅くなる。

 「でも、わたしの魔法を跳ね返すほどじゃない」

 浮遊の魔法は、より強力な同じ効果の魔法か、あるいは飛翔など、それを上回る効果の魔法で打ち消すことができる。飛翔の魔法でマーヤーはケインの指輪の魔法を無効にしたが、ケインの指輪ではマーヤーの魔法に対抗できなかった。

 「指輪、1つだけじゃないよね? 次は、何?」

 「指輪? そうか、そんなの持ってたのね」

 ジャネットが声を上げる。魔法を自分では使えない者が、魔法の使い手が封じ込めた術を指輪や、その他の品に入れて持ち歩くのは珍しくない。ケインもそれをしていたと気付いたのだ。

 「きちんと身体検査をしておくべきだったわね」

 「今更だな」

 殺意を宿した目で、ケインがジャネットを見る。その手が上がるよりも先に、ジャネットの魔法がケインを襲う。まばゆいばかりの光球がケインの顔面に現れる。

 「うわ、な、何が…!」

 すさまじい光に両目を覆われてケインが叫ぶ。ジャネットどころか、何も見ることができず、使おうとした魔法も役に立たない。

 「鎧のないところには、魔法はまともに効いたようね。それとも、竜の鱗は物理的なダメージじゃなきゃ、防げないのかな?」

 さあ、どう料理してあげようか。そうジャネットが言ったとき、ケインの姿がその場から消え失せる。彼の顔の前で輝いていた光球も一緒に。

 「消えた? もしかして透明化、それとも転移した…?」

 「みたいね、もうここにはいない」

 魔法で、あたりを確認してマーヤーが言う。すでにケインはどこかへ逃げ去っていた。

 「あー、くそ、逃がしちゃったか。こんなことなら、さっさと仕留めておくべきだったわ」

 「仕留める、って、そんな…」

 「あんなおかしな奴よ、放っておいたら、何をしでかすかわかったもんじゃない。光輝の魔法が切れたら、またやってくるわよ」

 そうね、と同意するマーヤーに、ジャネットが言葉を続ける。

 「それで、どうする? まさか、このまま逃げられっぱなし、なんてことにはしないわね?」

 「まだ首を突っ込むつもり?」

 「そりゃそうじゃない。きっと、またあの子…ミレアを殺しに戻ってくるでしょ。せっかく助けておいて、このままバイバイ、後は知らない、なんてあり得ない。違う?」

 これにもマーヤーは同意するしかない。

 「そう来なくちゃね」

 にっこり笑いながら、ジャネットがマーヤーの顔を見つめる。その視線に、何やら居心地の悪さを感じる。

 「…何?」

 「ううん、すっかり冒険者の顔になったな、って」

 「…やめてくれる?」

 「だって、いい顔してるもの。さっきだって、魔法を使ってるマーヤーは、とってもかっこよかったし」

 「な、何言ってるの…」

 あきれ顔で言うマーヤーに、ジャネットは真顔で応じる。

 「ほんとに惚れ惚れするくらい。…マーヤー、好きよ。食べちゃいたいくらい。…食べて、いい?」

 「だめ! あなた、カニバリスト?」

 本気とも冗談ともつかぬ物言いに、戸惑ったままマーヤーは答えた。たちまちジャネットが破顔する。

 「本当(ほんと)にからかいがいがあるんだから」


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