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ブラッディパール(3)

 3日後。

 新月の夜、ミュロンの大通りを静かに進む馬車があった。

 向かう先は、テルバ男爵の屋敷。男爵の所領は、ミュロンから離れたところにあるが、公務のためミュロンに滞在する際に使われるるものだ。

 その後を、魔法で姿を消してマーヤーとジャネットが追っていた。

 馬車は、シュタイナー商会の店から出てきたものだ。深夜から屋敷の近くに潜んでいた2人はその後をつけてきていたのだった。

 「ね、わたしの言ったとおりでしょ? クリスタルを運ぶのは今夜だって」

 「ええ、さすがね。…でも、使者が殺されたのは、商会も知っているんでしょ」

 「そこは別の使者を送ったんでしょうね」

 「殺されるのが商会の使者ばかりなら、ミュロンの衛兵隊も何か考えそうだけど?」

 「ああ、殺されるのは使者だけじゃないみたい。使者も殺すけど、それ以外の無関係な旅人も、ブラッディパールはずいぶん殺してる。そのせいで当局は商会の使者が狙われてるのに気づいてないみたい」

 「無関係の人を殺してカムフラージュしてる、ってこと? ローラの話と違うじゃない」

 「多分ローラは知らなかったと思う。それとも、ブラッディパールがやり方を変えたのか。商会の使者の方も、商会と関係なく見せるために旅人に化けてるみたいだし」

 「何度も繰り返してる内に、両方とも工夫してるわけね」

 「しっ…! そろそろ着くわよ」

 馬車はすでに屋敷の前に到着していた。護衛らしい剣士が3人、馬車から降り、それに続いて姿を現したのはシュタイナー商会の支店支配人、バロモスだった。馬車につけられたランタンの光が、その顔をはっきりと照らし出している。そして、バロモスの手には大きな木箱があった。

 護衛の1人が門に近づいたとき、どこからか、1本の矢が飛んできて、その首筋に突き刺さる。血煙が上がり、叫ぶ間もなく護衛がその場に倒れるのが見えた。

 「誰だ!」

 残った護衛の1人が叫ぶ。2人の剣士がバロモスを守るように彼の左右に立ってあたりを警戒する。

 「…出たみたいね。ブラッディパールだわ」

 ジャネットがささやく。矢の飛んできた方向からすると、近くの街路樹の上だろうか。そう思って見上げたマーヤーは、木から飛び降り、音も立てずに駈けていく人影を見つけた。魔法か、あるいはそれに類する方法で姿を消している。

 ジャネットの肩をつつき、人影の方へ彼女の注意を向ける。ジャネットにもマーヤ-の魔法がかけられていて、彼女もブラッディパールの姿を認めることができていた。

 続けざまにブラッディパールが矢を射るのが見えた。相手の姿を見ることもなく、護衛の2人が次々と命を落とす。

 「クリスタルを置いて立ち去れ」

 ブラッディパールの声をバロモスは聞いた。声のした方を見ても、何も見えない。姿を消しているからだけではなく、声は、ブラッディパールのいるのとは別の場所から響いてきている。

 「ブラッディパールか」

 バロモスが押し殺した声で言う。そして言われたとおりに木箱を足下に置くのが見えた。


 (あ、簡単に言うこと聞いちゃった…)


 そうマーヤーが思ったときだった。懐から1本の巻物を取り出すと、バロモスはそれを開いて空に向けた。その途端、巻物から緑色の光が当たりに広がり、同時に耳をつんざくばかりのすさまじい音が響く。

 「な、なんなのよ、あのおっさん、一体何をしでかしてくれたの?」

 ジャネットが驚いて言う。

 男爵家の扉が開き、何人もの男達が外へ出てくる。その一方、緑色の光を浴びたブラッディパールの魔法が解け、バロモスから数十歩のところに立つ彼女の姿がそこに現れていた。

 「さすがに用意はしていた、ってことね」

 「あー、そりゃそうよね、これが初めて、ってわけじゃないんだから、このくらいのことはしてて当然だわ」

 ブラッディパールはものも言わずに短弓を構えると、立て続けに数本の矢を出てきた男達に浴びせかける。狙って射たものではないが、突然の攻撃に男達の足が止まり、何人かは矢を受けてその場にうずくまる。

 その機を逃さず、風のように駆け寄ったブラッディパールは、いつの間にか抜いていた剣で次々と男達の首に斬り付けていく。彼女が駆け抜けた後、その場に立っている者は誰もいなかった。

 「すごい…」

 マーヤーがそう漏らしたときには、すでにブラッディパールバロモスの背後に立ち、その喉笛に剣を突きつけていた。

 「死ね」

 低い声がしたかと思うと、次の瞬間、バロモスの首は地面に落ちていた。小さな爆発にも見える勢いで、あたりに血が飛び、周囲を真っ赤に染める。

 あっという間の出来事に、ジャネットもマーヤーも、どうすることもできないまま、ただその場の成り行きを見ているだけだった。

 「殺しちゃったよ?」

 ブラッディパールは、木箱を拾うと、風を巻いて駆け出した。これも何かの魔法だろうか。彼女の足は、馬よりも速かった。

 「追うわよ!」

 ジャネットの声に、マーヤーも我に返る。飛翔の魔法で空中に舞い上がり、ブラッディパールの後について行く。いくらブラッディパールの足が速くとも、空を飛ぶ2人ほどではない。いくつもの通りを抜け、ブラッディパールは1軒の家の中に入った。

 「あそこが隠れ家、ってこと?」

 「そうみたい。…気がついてた、ここへ来るまで、巡邏の兵に1人も出会わなかったって」

 そういえばそうだ、と初めてマーヤは気づく。

 「兵達の巡回ルートをきちんと把握してる、ってことだわ。それを知ってても、あんなに正確にここまで来るなんて、それだけでも人間業じゃないわね」

 それだけではない、とマーヤーは気づいていた。バロモスの巻物の起こした轟音は巡邏の兵にも聞こえていたはず。それを聞きつけてやって来る兵士達の位置までをも、ブラッディパールは計算していたに違いない。

 「さあ、これからどうする? 中に踏み込む?」

 何か楽しげに言うジャネットを、マーヤーは口の前に指を1本立てて止める。

 「少し、待ってて」

 探査の魔法で、家の中の様子を探る。外見と同様、中は何の変哲もない普通の家だ。居間があり、台所があり、寝室があり…、しかし、中には人の姿はない。

 「いないよ、誰も」

 「いない、ですって? ちゃんと中に入ったのを見たわよね?」

 「うん、でも、中には誰もいない」

 「そんなことって、…ああ、もしかして、また何か魔法でも使ったのかしら?」

 「待って。…どうやら、抜け穴があるみたい」

 「え、そうなの?」

 「うん、居間のチェストの中。チェストに見せかけているけど、抜け穴の入り口をカムフラージュするためのダミーね。抜け穴の先は、とても長い通路だわ」

 「なるほど、それじゃ入って後をつけよう」

 そう言って、家の扉をジャネットは開けようとする。

 「ちょっと、それじゃ泥棒じゃないの」

 そういったときにはすでにジャネットの手は扉にかかっていた。が、

 「鍵がかかってる」

 「そりゃそうでしょ、こんな真夜中だし、って何やってるの?」

 「鍵なんて、わたしの魔法にかかれば、ないも同じよ。ほら、()いた」

 そう言ってジャネットは開いた扉の中へと体を滑り込ませる。仕方なくマーヤーも後に続いて中に入る。

 「あのチェストね?」

 そう言うとジャネットは魔法でチェストの蓋を押し開く。マーヤーが魔法で調べたとおり、中には縦穴があり、縄ばしごがある。

 「真っ暗だわ。こんなところをブラッディパールは抜けていったのね?」

 「暗視の能力か、それとも魔法かも」

 「ああ、暗視ね、シーフならありそうだわ。仕方ない、明かりつけようか」

 「だめよ、気づかれる」

 光輝(ライト)の魔法を使おうとしたジャネットを止め、マーヤーがかけたのは暗視の魔法だった。完全な闇であっても、あたりの様子を昼間のように見ることができる。

 「ほんとうに便利ね、マーヤーって」

 感心したように言うジャネットに、マーヤーはため息を漏らす。

 「便利、って人を道具か何かみたいに…」

 「ごめんごめん、でも、今はそんなこと言ってるときじゃないでしょ」

 人1人が通るのがやっとの通路は、長いが、まっすぐな一本道で、迷う気遣いはない。罠が仕掛けられていることも考え、2人は飛翔の魔法で地面に触れずに先へ進んだ。天井や壁に触れないよう、注意しながらのため、歩くのと大差ないほどのスピードしか出せないのがまだるっこしかった。

 1時間以上も進んだだろうか。通路の先が行き止まりになり、壁に縄ばしごが掛かっているのが見えた。

 「上へ上がったのね。マーヤー、上の様子がわかる?」

 「…いるみたいよ、彼女」

 穴を上ると、その先は1本の枯れ木の中だった。幹に開いた(うろ)から外に出られるようになっている。

 「森の中なんだ…」

 少し離れたところに1軒の小屋があり、その前に立つブラッディパールの姿があった。

 2人は穴を出ると、木の脇に降り立った。不可視の魔法で2人の姿はブラッディパールには見えない。

 「さあ、いよいよ対決だわ」

 そうジャネットが意気込んでいったときだった。2人の傍らの空気がゆらりと揺らめいたかと思うと、そこに1人の女性の姿が現れた。

 「姉さん!」

 その声はローラのものだった。ブラッディパールが驚いて振り返る。驚いたのはブラッディパールだけではない。マーヤーとジャネットも、いきなり現れたローラにあっけにとられていた。

 「お前…ローラか」

 「そうよ、姉さん。わたしを覚えていてくれたのね」

 「当たり前だ。双子の姉妹なのだから。だが、なぜこんなところにやってきたのだ」

 「姉さんは、いつまでこんなことを続けるつもりなの」

 「こんなこと?」

 「見ていたわ、今夜のこと。何人もの人を殺し、クリスタルを奪ったこと」

 「そのことか。お前には話したはずだ。世界を――生き物の暮らす世界を弄ぶような行為は許せないからだと」

 「そうね。それが姉さんの正義なんだわ」

 「そうだ、正義のためにわたしは戦っている」

 「でも、そんな戦いは許されない。神が認めない」

 「よそう、その話はとっくに終わっているはずだ。お前とわたしは平行線だと互いに理解しているはず。だから、もう会わないと決めたのだから」

 「探したわ」

 「そうか。…そしてここを見つけたのだな」

 「あなたを追っていた人たちを利用させてもらった。あなたを追ってきた人たちに印をつけ、それを追って転移してきたの」

 「そうか」

 「姉さんは、姉さんの正義の戦いをする」

 「そうだ」

 「だから…、だから、わたしはわたしの正義を貫く、貫かなくちゃいけない」

 「お前の正義?」

 「わたしも正義のために戦わなくてはいけない…いけなくなる」

 無言のままのブラッディパールにローラが続ける。

 「お願い、姉さん。姉さんは、こんな人じゃなかったはず。平気で人を殺したりなんてできない、優しい人だった」

 「昔のことだ」

 「わたしの知っている姉さんは、人を傷つけるくらいなら、自分が傷つくことを選ぶ人だった」

 ブラッディパールは答えない。

 「おねがい、もどって。昔の姉さんに」

 「できない、そんなことは」

 「本当の姉さんに…わたしの知ってる姉さんに」

 無理と知っても言わずにいられない言葉だった。そんな思いを切って捨てるようにブラッディパールは強く首を振り、そして言った。

 「わたしはもうお前の知ってるわたしじゃない。わかっているはずだ」

 そうなのだ、と頭ではわかっている。人は変わる。長い時の間にも、またあるいは、ほんの刹那の後にでも。

 一刹那前の世界が今の世界でないように、一刹那の(のち)には、人も変わる。変わらない、人の本質などと言うものはない。なにものも、絶えず変化し、二度と元には戻らない。神殿の教理で知っているそれを、しかし、目の前の姉には当てはめられない。理屈ではなく、それが思いだ。

 思いでしかないゆえに、現実を変える力はない。ローラの声は、姉には決して届かない。

 「姉さん…」

 「くどい」

 ローラの目に涙がにじむ。

 「ならば、わたしの正義は…」

 そう言った途端、ローラの傍らに火球が現れる。次の瞬間、それはブラッディパールめがけ矢のような速さで飛んでいく。

 「これがお前の正義なのか」

 すんでの所で火球をよけながら、ブラッディパールが言う。

 「よせ! でないと、いくらお前でも容赦しない!」

 2つ目の火球が浮かんだのを見てブラッディパールが叫ぶ。それが彼女をめがけて飛ぶのと、ブラッディパールが動き出すのが同時だった。ローラの火球が目標を外れて空中へ消えたとき、ブラッディパールの剣は妹の喉笛を襲っていた。その(やいば)が、ローラの首を切り裂こうとした瞬間、まばゆい銀光が、轟音と共にブラッディパールの顔面を直撃した。とっさに飛びのいたブラッディパールの剣の切っ先が、光の飛んできた方を向く。次の瞬間、かっと見開かれたブラッディパールの双眸がマーヤーたちのいる方へ向けられる。


 (うえ…、こっちは見えてない筈なのに、もしかして、気配を感じてる?)


 イリュージョン・ブラスターでもひるませることができたのは一瞬だけのことだった。既に目も耳も回復しているのは間違いない。ブラッディパールの精神力にマーヤーは目を見張った。一方、ローラの方は、耳を抑えた格好でその場にうずくまっている。幸い外傷はないようだ。

 「ローラを案内してきたという魔法使いか?」

 「み、見えてる…?」

 「見えはしなくとも、お前のいる場所はわかっている」

 思わず声を漏らしたマーヤーにブラッディパールが言う。

 「ローラを連れてさっさと立ち去れ」

 そう言うと、剣を収め、彼女は(きびす)を返して足早にその場を立ち去った。それはマーヤー達がブラッディパールに手を出さないもの、と決めてかかっているからこそだった。

 「なんなのよ、あれ…」

 毒気を抜かれたようにジャネットが言った。既にブラッディパールは小屋の中に消えている。

 「どうしようもない、ひとまず戻ろう?」

 「ああ、そうするほか、ないでしょうね。ローラは無事なの?」

 「傷はないと思う。イリュージョン・ブラスターは(おど)かすだけの魔法だから、命に別状はないし」

 そう言って、マーヤーはローラのところへ歩み寄った。

 「うん、びっくりしてるだけ」

 マーヤーに肩を叩かれ、ローラは、はっと正気に返った。

 「これは…、一体何が起こったの?」

 「もう少しで殺されるところだった、お姉さんに」

 まだ感覚がおかしいのか、頭を振りながらローラが言う。

 「剣が目の前に迫ってきたところまでは覚えています。でも、その後何があったのか…。いきなりまぶしい光が見えたと思ったら、何も分からなくなってしまいました」

 「あ、それわたしの魔法なの」

 「あなたの?」

 「ごめんね、驚かして。でも、ああしないと殺されそうだったから」

 「では、姉は?」

 「行った。あなたを置いて」

 マーヤーに言われ、ローラはうつむいて目を伏せた。

 「…とうとう話すことはできませんでした」

 「話すことなんて、なかったはずじゃなかったの?」

 そう言ったのはジャネットだった。

 「自分で言ってたはずよ? 何が正しいかを人は決められない、って。自分の思いも、所詮は人の浅知恵なんだって。…わたしは、神殿の説く難しい理屈は知らないけど、神にしか善悪を決められないと信じているのなら、あなたが何かを言うのはおかしい。それはわかるわ」

 「それは…理屈はその通りです。けれど…」

 「割り切れないものがある、っていうなら、それはあなたの問題ね。わたしが何か言うことじゃないし、それにわたしはブラッディパールを止めようとは思わない」

 「…ジュランの尼僧は魔法も使うのね」

 ジャネットに言われて沈黙したローラに、マーヤーが言った。

 「わたし達を転移(テレポート)(しるべ)にするなんて思いもしなかった」

 「そうだわ、わたし、あれを聞いてびっくりしたわよ」

 「こういうやり方はルール違反。今度だけは許してあげる」

 「元々、わたし達から声を掛けた話だものね。まあ、仕方ないでしょうね」


 「マーヤー、あなたはどうしたかった?」

 ローラを神殿へ送った後で、ジャネットが訊いた。

 「わたしにそれを訊く? 商会でクリスタルを見て、手出し無用と決めたのよ?」

 首を突っ込みたかったのは、むしろあなたの方でしょ。そうマーヤーの目は言っていた。

 「最初は怪盗退治のつもりだったのよ。でもね、ローラの話を聞いたらわからなくなっちゃったのね。ブラッディパールをやっつけても、放っておいても、結局どうにもならないんだろうって、そう思ったら、もう、どうでもよくなっちゃった」

 「わたしもよ。ローラの話を聞いたから、じゃないけど」

 「クリスタルを見たときから?」

 「そうね。どんな形でも、関わるべきじゃない。そう思った」

 「だったら最初にそう言えばよかったのに」

 「何言ってるの、やる気満々で人の話なんか聞かなかったのは誰?」

 「ああ、そんなこともあったかな。だって、せっかくのマーヤーの冒険だもの、絶対応援してあげなくちゃ、って思ってたからね。でもよかったじゃない。ずいぶん冒険はできたんだから」

 「…わたしは、冒険なんかしたくないから」

 そう言いながらも、なぜかジャネットのことを悪く思えないマーヤーだった。


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