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ブラッディパール(2)

 夜、戻ってきたジャネットと一緒にマーヤーは食事に出た。その日、ジャネットがマーヤーを連れて行ったのは、まだマーヤーの入ったことのない酒場だった。

 「わたし、お酒は飲まない、って知ってるよね?」

 「忘れてないから。でも、注文だけはさせてね? 口はつけなくていいから」

 そうしないと、変に見られるから。そう言ってジャネットは、料理と一緒にマーヤーの分も飲み物を注文する。

 「ここで、待ち合わせなの」

 ジャネットが言う。程なくして運ばれてきた料理に手をつけながらジャネットが今日1日のことを話し始めた。

 「情報屋の伝手(つて)があってね、…って、わたしじゃなくって、バランの知り合いだったんだけど、その人に頼んでブラッディパールのことを調べてもらったの」

 「バラン? ああ、パーティーにいたシーフね」

 「そう、シーフ仲間の情報網のこと、前に聞いてたから、何とか連絡が取れないかと思って。ちょっと時間がかかったけど、うまくいったわ」

 「ふうん? どんなつながりだったの」

 「それは秘密。他言無用、って言われているからね、いくらマーヤーでも教えるわけにはいかないわ。それで、わかったのが、ブラッディパールのことを知ってる人がジュランの神殿にいる、ってこと」


 (ジュランの神殿、ってことは、宗教の人?)


 今までの経験から、信仰の厚い人間にはあまりいい印象のないマーヤーだったが、それは言葉には出さなかった。よく知られた神々の下僕(しもべ)には、極端な信仰の持ち主は少ないことを思い出し、代わりに別の疑問を口にする。

 「ジュランの? ミュロンの主神はゼフューダじゃなかったっけ?」

 「ああ、一番はゼフューダだけど、他の神々の神殿も、ここにはあるから。それにジュランは神妃――ゼフューダの妃だから、ゼフューダを信仰してるところなら、大抵ジュランの神殿もあるじゃない」

 「…ああ、そうだったっけ」

 そう話しているところへ、酒場の扉を開けて入ってきた者があった。1人はくすんだオレンジ色のマントをまとい、同じ色のフードで顔を隠した男。もう1人は灰色のマントに身を包んだ女。こちらも、顔はフードに隠れてよく見えない。

 2人は、まっすぐジャネットの方へやって来る。

 「待たせたな」

 「大したことじゃないわ。…うまくいったのね」

 「ああ、これが例の女だ」

 そう言って、灰色のマントの女を紹介する。

 「ありがとう、助かったわ」

 そう言ってジャネットが数枚の金貨を渡すと、それを受け取って男は、じゃあ、と言って足早に去って行った。

 「どうぞ、おかけになって。わたしがジャネット。こちらはマーヤー。無理を言ってお出でいただいてごめんなさい」

 いいえ、と言って彼女は席に着いた。

 「わたしは、ローラといいます。あなたのことはルカスから聞きました。ブラッディパールのことを知りたいのだと」

 「そうなの。ブラッディパールのことを誰よりもよく知っている人がいる、って聞いて。…教えていただけるかしら」

 「なぜ、ブラッディパールのことを知りたいのでしょうか?」

 「世界を…クリスタルに封じられた世界を盗んでいく怪盗だから」

 「世界を盗む? …その噂を信じているのでしょうか? クリスタルの中に世界が封じ込められているという話を」

 ジャネットは力強く頷いた。

 「マーヤーは実物を…世界の封じ込められたクリスタルを見てきているの。だから、それが存在するのは間違いないわ」

 ローラの顔に驚きの表情が浮かぶ。

 「本当に、それを見たのですか」

 「ええ、間違いない。クリスタルのオーブの中に地球(ラグマスリー)が丸ごと入ってて、その上に人間がいて、町があって、国があった」

 「そう…なのですか」

 ローラの全身がこわばり、それから、ふう、と大きく吐いた息と一緒に体の力が抜ける。

 「それが存在するのなら、ブラッディパールのしていることは間違いありません。彼女は世界を救おうとしています」

 「彼女? ブラッディパールは女性なの?」

 「ご存じなかったのですか? ブラッディパールはシーフギルドに賊する者がギルドから与えられる名、ギルドネームです。鉱物や宝石の名にちなんだギルドネームを与えられるのは女性です」

 「ああ、そうだったの、知らなかったわ。それで、ブラッディパールが世界を救おうとしてる、っていうのは?」

 「クリスタルの中にあるのは、作られたものとは言え、実際に人や動物の暮らす、そこに住むものにとっては本物の世界です。それを人間が所有すればどうなるでしょう、気まぐれでクリスタルを壊したりすれば、いえ、そこまでしなくとも、クリスタルに手を出して中の世界に影響を与えるようなことになれば、そこの住民にとっては大変な災害となります」

 「世界に、手を出す? …そんなことが可能なの」

 「はい、そう聞いています。クリスタルの所有者は、中の世界に生きるものにとっては神にも悪魔にも等しい存在です。だからブラッディパールはクリスタルを盗みだし、人間の手に触れないところへ持ち去っていくのです」

 「それが、世界を救う、って言うことなのね?」

 「ブラッディパールはそう思っています。…けれど、それもまた、世界を物として扱う行為。行ないこそ違え、世界の住人にとってはこの上なく傲慢な振舞なのです」

 強い口調で言うローラに、ジャネットとマーヤーは、一瞬気圧(けお)される。

 「まして、そのために何人もの人を――クリスタルの中ではなく、この現実世界の人を(あや)めるなど…」

 ローラの肩がかすかに震えるのをジャネットは目にしていた。

 「ブラッディパールは、クリスタルを盗み出すことだけが目的ではありません。クリスタルを作りだしているもの、売りさばいている者も、やがて手にかけるでしょう。そうした者達の居場所も、彼女は探しています」

 「つまり、ブラッディパールは正義の味方、っていうわけなのね」

 ジャネットの言葉を、ローラは強く請けた。

 「はい、そうです、彼女は正義の味方です」

 そういうローラの口調は、しかし、決してブラッディパールを(たた)えるものではない。そのことを指摘したマーヤーに、ローラははっきりとこう言った。

 「正義とは、自分の価値観に酔って、他人の考えを受け入れず、否定すること。人の取るべき態度ではありません」

 「それは…ジュランの教えかしら?」

 神話では、ゼフューダが世界を救うために創造主に戦いを挑もうとしたとき、妻ジュランはそれを諫めたという。だが、ゼフューダがジュランの説得に耳を貸さず、出陣したときには、ジュランもゼフューダと共に戦場に出、常にゼフューダの傍らにあったという。

 「はい。正義は必ずしも善行ではありません。しばしばそれは悪趣への転生(てんしょう)を招きます」

 「なるほどね、でもそれはそれとして、ローラ、あなたはどうしてそんなにブラッディパールのことを知ってるのかしら?」

 「ブラッディパールは、わたしの双子の姉ですから」

 えっ、と驚く2人にローラは言葉を続ける。

 「神殿主様もご存じのことです。世俗を捨てた身には、今更隠すこともありません」

 実際、その通りだった。

 神殿に入り、神に仕える生活を送るローラは、俗世の罪には無縁とされている。

 たとえ俗世で罪を犯したものであっても、神殿に受け入れられ、僧・尼僧となればその時点で俗界の法によって裁かれることは免れる。それは、ミュロンに限らず、エストリューズ帝国全域で認められていることだった。

 まして、どれだけの大盗賊と言え、単にその身内と言うだけのことで咎められたりなどはしない。

 「もしできるなら、ブラッディパールに、これ以上罪を重ねさせないでください」

 ローラの言う罪というのは、人を殺し、クリスタルを盗むことを指しているだけではない。ブラッディパールの信じる正義を貫くこと、それ自体を指すのだ、とマーヤーは悟っていた。


 (ジュランの尼僧、やっぱりこの人も宗教の人だ…)


 「子供の頃の姉は。あんなふうではありませんでした。けれど、わたしが神殿に入った日に彼女は姿を消し、再び出会ったときにはブラッディパールの名で呼ばれる盗賊になっていました」

 「そうだったのね。でも、いいかな。ブラッディパールにこれ以上罪を犯させないためには、彼女を捕まえるか、もしかしたら、殺すことになるかも知れないんだけど、それはわかってる?」

 ジャネットの言葉にローラは黙ってうなずいた。

 「何が彼女のためになる――なったか、は、死後の転生(てんしょう)によって初めて言うことのできることです。それは神々の定めた法によって決定されるもの。人間の価値観で善悪を測ることはできません」

 「…そうやって、彼女を止めようとするのも、あなたの正義じゃない?」

 ふと湧いたそんな疑問をマーヤーが口にする。それに対するローラの答えは簡単なものだった。

 「明察です。所詮は人間の浅知恵とは承知のことです。何が正しいかは神だけがご存じですから」

 「でも、ブラッディパールを止めたら、この先もいくつもの世界が作られ、人間に弄ばれることになるよ?」

 「…それが、いけませんか?」

 ローラの答えにマーヤーは絶句する。

 「作られた世界に住むものは、自分の(ごう)の応報でそこに生まれたのです。世界を作るものがいなければ、別の、同じような境涯に生まれていただけのこと。そのような場所に生まれなければ、業の精算ができないのですから、そのような場所が作られることは必然の(ことわり)によるものです」


 (あー、これ苦手なやつ!)


 ジャネットとマーヤーは黙って顔を見合わせた。

 尼僧としてのローラの論理は間違っていない。しかし、それが世の常の人々の考え(コモン・センス)に合うかどうかは別の話だ。もっとも、そうかと言って、ブラッディパールをこのまま好きにさせておくという選択もしづらいことは確かだ。

 「それはともかくとして、ブラッディパールはどうして旅人を襲って殺すの?」

 話題を変えたマーヤーの疑問に、ローラははっきりと答えた。

 「旅人? ああ、それは貴族から注文を受けたクリスタルが、できあがったことを知らせに行く使者だからです。使者を殺して報告の書簡を奪うことで、ブラッディパールは盗み取るべき世界が完成したことを知って、引き渡しに指定された場所へ出向いてクリスタルを奪うのです」

 「つまり、無関係な旅人を理由(わけ)もなく殺しているわけじゃない、ってことね。なるほど、それならわかるわ」

 「ああ、それじゃジャネットは、ブラッディパールを怖がらなくても良かったわけね」

 意地悪くそういったマーヤーに、ジャネットはばつが悪そうにうなずく。

 「そ、そういうことになるのかな…」

 「それじゃ、今朝殺されていたのも、完成の報告の使いだった、ってことね」

 「そうなるわね、だったら、そこから手繰(たぐ)れば、ブラッディパールが、いつ、どこに現れるかがわかる、ってことね。うん、これは急いで調べなくちゃだわ」

 「ローラは、今もブラッディパールと連絡を取ってる?」

 マーヤーの問いに、ローラは首を振る。

 「いいえ、何年か前、初めてブラッディパールが現れたときに何度か会っただけで、最近は音信不通です。姉も、わたしに迷惑のかかるのを恐れているのだと思います」

 「ああ、やっぱりね…」

 「そんなことしようとしたら、ローラのいる神殿、マークされちゃうからね。ブラッディパールともあろうものが、そんなところへのこのこ出てきたりなんかしないわよ。うん、心配しないで、わたしが伝手(つて)を頼って調べてみるから」


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