表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/428

ブラッディパール(1)

 朝起きると、窓の外には白いものがちらついていた。

 「あらー、道理で寒いわけだわ。見て見てマーヤー、雪が降ってる」

 先に起き出していたジャネットの声に呼ばれてマーヤーがベッドから出ると、空は薄煙色(うすけむりいろ)の雲に覆われ、吹く風に雪が舞い散るのが見えた。

 目の覚めたとき、寒さのせいでなかなか毛布から出る気になれず、ついつい時間が()ってしまっていたが、雪の降るほどとは思っていなかった。

 「積もりそう?」

 「うーん、どうかな。まだ、降り出してそんなに経ってないらしいし。往来はぬかるんでるけど、そんな、積もるほどの降りじゃないみたい。」

 「だといいけど」

 「あら、雪は苦手?」

 「歩きにくくなるから」

 「あー、わかる。街中(まちなか)ならまだいいけど、人里から離れるとね」

 「これから、冬になったら旅はしづらくなるよ」

 「そうなのよね、いっそ春までこの町で過ごそうか?」

 「ジャネットはそうする? わたしは、行くけど」

 からかうように言うマーヤーに、ジャネットは膨れて見せた。

 「そんなこと言うなんて、ひどいわ。マーヤーが行くなら、わたしも行くわよ。道連れ、って決めたじゃない。寒さくらいで()を上げてたら、冒険者なんてやってられないんだし」

 「別に冒険に行くわけじゃないから、頑張らなくていいんだけど」

 そろそろミュロンを離れて旅に戻ろうか。昨夜、そう言って話し合ったばかりだった。そんな矢先のこの雪だ。

 別に、雪の多い土地というわけではない。時には雪も降るがそれで旅ができなくなるほどではない。ただ、雪の中では、視界を遮られ、また積もった雪に足を取られて歩きづらくなる。雪がやめば、溶けた雪で地面がぬかるむ。野宿にもつらい。それだけと言えばそれだけのことではあるが、ありがたいことでないのは間違いない。

 そう思っていると、窓から外を眺めていたジャネットが何を見たのか、驚いた顔で振り返った。

 「どうしたの?」

 「人が死んでる」

 「え? こんな街中(まちなか)で?」

 「うん、行ってみよう」

 ジャネットに言われ、急いで服を着るとマーヤーは彼女の後に続いた。

 死体のあるのは宿の前の通りだった。雪のせいで人通りは少ないが、それでも何人かが死体の周りに集まって来ている。

 身形(みなり)からして、旅人のようだった。鋭利な刃物で喉笛を一文字に切り裂かれ、絶命しているのがわかる。路上が血で染まり、その上に白い雪が落ちては溶けて消えていく。反面、死体の上にはうっすらと雪が積もりかけている。

 「このやり口、ブラッディパールだわ」

 「…誰、それ」

 「言わなかったっけ? ミュロンに怪盗が出る、って」

 「それが、ブラッディパール、って名前なの?」

 「そうよ。こんなふうに簡単に人を殺したりするの。喉をすっぱりと掻っ切ってね」

 「これがいつものやり方なの?」

 「そうね、旅人が殺されるときは、大抵こんなふうよ」

 そう言いながら、あたりに目をやったジャネットは、警邏の兵がやって来るのを見つけていた。

 「関わらないうちに、戻ろうか。兵隊に捕まるとうるさいから」

 言われるままに、マーヤーはジャネットについてその場を離れた。

 宿に戻ると、早速(さっそく)マーヤーはジャネットに尋ねた。

 「あれが、怪盗のやり方なの? ただの人殺しにしか見えないけど」

 「物取りもやってるわ。ああやって殺した後、大抵持ち物を漁ってるの」

 「それこそただの強盗じゃない」

 「あれだけ、見ればね。でも、見ててごらんな。2~3日中にどこかの貴族か、商人が襲われるから」

 「人を殺して予告代わりにしてる、なんて言わないよね?」

 「うーん、案外、それ当たってるかも、かな」

 「え?」

 どういうこと、と目で尋ねるマーヤーに、ジャネットは首を振って答える。

 「ん、なんでもない。忘れて?」

 「ふうん?」

 「なんにしても、2~3日は目が離せないわね。怪盗ブラッディパールが動き出すに違いないのよ。これを見逃す手はないわ」

 「…何か、危ないこと考えてない?」

 「え? 嫌だ、何考えてるのよマーヤー? わたしが何をすると思って?」

 「ブラッディパールを捕まえよう、とか?」

 「あ、それ、いいかも。マーヤ-、って面白いこと思いつくのね。そうだわ、マーヤーが言うなら、やってみようか。きっと素敵な冒険になるわ」

 勢い込んで言うジャネットに、マーヤーはぶんぶんと首を振る。

 「冗談言わないで、わたし、そんなことするつもりはないわ」

 「またまたあ、気になってしょうがないんでしょ、本当は。ちゃんと顔に書いてあるわよ。ブラッディパールの正体を見ずには終われない、って」

 「な…!」

 何を馬鹿な、と言おうとするが、ジャネットは聞いていない。

 ジャネットがこのテンションになったときには何を言っても無駄だ。また、彼女の冒険に付き合う羽目になるのか。そう思って、マーヤーはため息をついた。

 「いいわ、やりましょ。わたしとマーヤーが組めばブラッディパールなんで、目じゃないんだから。今回は、わたしがマーヤーの冒険に付き合ってあげる」


 (え? 何言ってるのよこの子、わたしの冒険、ですって?)


 「ちょっと待ってよ、どうしてそんな話になっちゃうの? ブラッディパールに入れ込んでるのはジャネットでしょ。わたしは怪盗なんかに関わりたくないから」

 「あー、はいはい、それじゃ、そういうことにしといてあげるわ。ほんっとに正直じゃないんだから、マーヤー、って」

 そう言ってジャネットは片目をつむってみせる。

 「ねえ、どうしてブラッディパールが怪盗だかわかる?」

 「え? どういう意味」

 怪盗なんて、ジャネットが勝手にそう言ってるだけじゃなかったの? そう思ったマーヤーにジャネットは言葉を続ける。

 「たとえば、どこかの貴族が、お気に入りの細工師に、宝石細工の工芸品を作らせたりするでしょ?」

 「うん、そういうことはある」

 「そうすると、どこから嗅ぎつけてきたのか、工芸品が完成するとすぐにブラッディパールがやってきて、それを盗んでいくの」

 「貴族のところから?」

 「そうね。手に入れたばかりのお宝をろくに見もしないうちに持って行かれちゃうの」

 「…そうなの」

 「で、狙われるのが、この世に2つとないような、そんな途轍もないお宝でね。普通の財宝なんか目じゃないのよ。…なんだと思う?」

 「さあ…?」

 「世界なの」

 「世界?」

 「そうなの。ちょっと大きめのクリスタルの中に、世界がまるごと封じ込められた魔法の細工物なんだって。…信じられる?」


 (クリスタルの中の世界…、って、もしかして)


 シュタイナー商会の応接で見たクリスタルを思い出す。あれと同じものが、まだいくつもあるのだろうか。

 「誰がそんなものを作ってるの?」

 「さあね、よほど凄腕の細工師か、魔法使いか。それとも、神か悪魔、なのかな? 本当にそんなものがあるとしたら、だけど」

 「あるとしたら、って、ブラッディパールはそれを盗っていくんでしょ?」

 「そういう話を聞いただけよ? 大っぴらになんかされていないし、第一、そんな世界の入ったクリスタルなんて、信じられる? せいぜいが、よくできた細密細工かなんかじゃないの?」

 そう言いながら、ジャネットはマーヤーの表情がおかしいのに気づく。

 「…なに、どうしたの? もしかして、そんなクリスタルが本当にある、って思ってる?」

 「あるわ」

 「ある? え、ちょっと、いやだ、そんな真剣な顔で言わないでよ。うん、本当にしちゃうじゃないの、もう」

 「見たことあるから」

 「え?」

 「世界を封じ込めたクリスタル。見たことがあるの」

 信じられない、と言う面持ちでジャネットがマーヤーの顔を見つめる。

 「本当なの? 一体、どこで見たの? どこにそんなものがあったの?」

 事件に関わろうとするなら、隠しておくわけにはいかない。そう思い、少し前にシュタイナー商会を訪れたときのことを、マーヤーはかいつまんで話した。話が進むにつれ、ジャネットの目が大きく見開かれていく。

 「それじゃ、本当にブラッディパールは世界を集めてる、ってことなんだ…」

 「そうよ。それを聞いて、まだ、ブラッディパールに関わるつもり?」

 「当たり前じゃない。こんな話聞いて、黙っていられるわけないでしょ? ああ、わくわくしてきちゃう! なんて素敵な冒険なのかしら」


 (火に油だったな、こりゃ…)


 「そうだったのね、マーヤーは、もうこの事件に関わっちゃってたんだ。だったら、これはやっぱりマーヤーの冒険ね。うんと楽しまなくっちゃ!」

 「…だから、違うって」

 マーヤーの抗議はジャネットの耳には届かない。

 「クリスタルの中の世界、本当に人がいて、暮らしてるんでしょ?」

 「…だと、思う」

 「それをそのまま怪盗なんかに渡しちゃっていいと思う? だめでしょ?」

 「それは、そうかもだけど」

 「それじゃ決まりね」

 こんな素晴らしい事件を前にして、ミュロンを立ち去るなんてあり得ない、と言うジャネットの押しに負けてマーヤーももうしばらくここに留まることになった。


 (まあ、いい、っか。別に当てのある旅じゃないから)


 その日は、ジャネットは1人で町へ出かけていった。あちこちで情報を集めてくるのだと言って。一緒に行こうか、と言うマーヤーに、ジャネットは1人の方が慣れているから、と言って単身出かけていったのだった。確かにジャネットは土地勘があるようで、なにがしかの伝手(つて)も持っているようだった。


 (ミュロンには1か月くらい前からいる、って言っていたっけ)


 それだけの期間にしては、ずいぶん慣れたものだ、と思う。確かにジャネットの性格なら平気でどんなところでも入って行くに違いない。


 (でも、ジャネットはブラッディパールが怖くてここに宿を取ったのよね? ブラッディパールは町に伝手のない旅人を襲うから、って)


 何か違和感がある。それとも、マーヤーの思い過ごしだろうか。あるいは、まだマーヤーの知らないことがあるのだろうか。


 (まあ、いいかな、なるようになる、って)


 ファービュアスはジャネットのことは何も言っていなかった。だから、彼女はマーヤーの運命に決定的に関わるようなことはないはずだ。それにファービュアスが旅の道連れとして挙げた名はジャネットではなかった。


 (わたしは不死身、なんだから…)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ