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幻術師ジャネット(4)

 「朝は、ここの1階の食堂でいいかな?」

 「うん。…おいしいの?」

 「そこそこ。でも、早くからあいてるから」

 「あ、なるほどね…」

 ジャネットに(いざな)われて階段を降りる。ビュッフェ形式のしゃれた食堂があり、入り口でジャネットが10カシーテの大銀貨(おおぎんか)を払って、中に入る。

 「おすすめは、ある?」

 壁際のテーブルに並ぶいくつもの皿に盛られた料理を見てマーヤーが訊いた。

 「あー、どれもおいしいから。適当に好きなのを選ぶといいよ」

 そう言いながら、ジャネットはあちこちの皿から、少しずついろいろな種類の料理を取っていく。どれがどんな料理かよくわからないまま、マーヤーもジャネットに倣う。

 料理の匂いだけで、それらがなかなか贅を尽くしたものであることがわかる。


 (朝からこんなごちそうだなんて…。何日も続けてたら、だめになりそう)


 普段のマーヤーの暮らしからは、思いもよらない贅沢だ。ジャネットはこんな生活が身についているのだろうか?

 ひとわたり料理を取り終わってテーブルに着くと、ジャネットは水で割ったワイン、マーヤーは果実水を飲みながら食事を始めた。

 「ところで、マーヤーは、これからどこへ行くか決めてる?」

 「別に。気の向くままに旅をしてるだけだから」

 「そっか、だったら、もう少しミュロンにいてもかまわないよね?」

 「ん、別に行く当てがあるわけじゃないからかまわないけど、でもあんまり一所(ひととこ)に長くはいたくないんだ」

 「あら、どうして」

 「だって、ここで暮らすつもりじゃないなら、次のところへ行きたいもの。そこで、静かに住める場所が見つかるかも知れないから」

 「ああ、なるほど、居場所探しね」

 「ジャネットは、ここに何か用があるの?」

 「うん、ここから少しのところにある森に、目をつけてる遺跡があるの。そこを制覇したいのよね」

 「それって、やっぱり危ないところでしょ? わたし、行かないから」

 「あ、冷たいんだ」

 「そうよ、だってわたし、冒険者じゃないんだから。そんな危ないところなんか、行くわけないよね?」

 「いやー、そんなに危ないところじゃないわよ」

 「危なくないなら、ジャネットが目をつけるようなものもないんじゃない? …一体どうしてその遺跡に行きたいの?」

 それほど危険のない場所に、冒険者が目をつけるようなお宝があるなら、とっくに他の誰かが手をつけているはずだ。だから、行っても何も残っていないに違いない。マーヤーはそう思ったのだった。が、ジャネットの返事でその予想は裏切られた。

 「遺跡の中に、古い壁画が残っているはずなの。それを見たいのよ」

 「壁画?」

 「そう。遺跡の地下の壁一面に描かれた大きな壁画」

 なるほど、それなら他の冒険者に持ち去られることもないわけだ、と納得する。

 「創世の神話を書いた壁画があるらしいの。神々が創世主からこの世を引き継いだときのことを――その物語の真実が描かれた壁画がある、と聞いてるわ」

 「ジャネットは、そういうのに興味があるのね」

 「ええ、この世の始めのこと、世界の誕生のことをね」

 ジャネットの性格を見れば少し意外な気もするが、そう決めつけるほど、ジャネットのことを知っているわけではない、と思い直す。

 「ここでは遊んで暮らしてた、って誰かが言ってませんでしたっけ?」

 「別に嘘は言ってないわ。でも、ミュロンで遺跡の噂を小耳に挟んだのも本当よ。一緒に探検に行く仲間が見つからなかったのもね。…さすがに、古代遺跡に1人で、てのは避けたいよね?」

 「まあ、それはそうね」

 「だから、マーヤーに出会えたのは、とってもラッキーだ、って思ったの。これは、わたしへの天の恵みだって。きちんと目的を持って頑張っていれば、チャンスは必ず訪れるものだ、ってことだわ」

 「ジャネット、昨日(きのう)と、微妙に言うことが違ってない?」


 (そうだよ、確か、昨日は当てのない旅とか言ってたんじゃない)


 「まあ、心外だわ、そんな。違ってなんかいないわよ? ただ、出してる情報が増えただけ」

 「…それ、そんなふうに言う?」

 「細かいことは気にしないものよ?」

 「その細かいことが、命取りになることだってあるんでしょ?」

 「冒険者なら、ね。…マーヤーは冒険者?」

 「冒険者じゃない」

 「だったら、気にしないでいいんじゃない」


 (ああ言えばこう言うんだね、この子は…)


 「わたしを冒険に引き込もうとしてる人が、それを言う?」

 「あ、引き込まれてくれる? うれしいな」

 「そ、そうじゃなくって…」

 「心配ない、って。そんな、モンスターがたくさんいるような場所じゃないし、一応下見は済んでるから」

 「…ずいぶん、手回しがいいことね?」

 「そりゃ、前から目をつけてたもの、当然じゃない。だから、いいでしょ? 一度だけ、一緒に冒険――もとい、探検。…ね、あなたって、困ってる友人を見捨てるような子じゃないわよね、マーヤー?」

 ジャネットは、顔の前で両手を合わせて上目遣いにマーヤーを見つめた。その表情に、ついにマーヤーがほだされる。

 「…仕方ないわね。で、モンスターはいないの?」

 「蛇や虫くらいかな…大型の」

 あまり得意な相手じゃないな、と思う。その一方で、魔法の腕を試したい気持ちが、むくむくと頭をもたげてもくる。人間相手の魔法の腕をを磨いても、それだけでは役に立たないことがあるのは、街道で狼に遭遇したときに思い知らされたことだ。


 (いい練習の機会、かも)


 蛇や虫なら、そしてジャネットの言うように、本当にそれほど危険のないところなら。

 いくら理論理屈で研究してみても、それが、実際の相手にどれだけの効果を与えらルカは実地で検分する他はない。実戦で使ってみるまでは、魔法は完成しないのだ。

 そう思ってしまえば、心は決まったも同じだった。

 「いいよ、一緒に行こう」

 「うれしい! きっとそう言ってくれると信じてたわ。やっぱりわたしのマーヤーだわ」

 手を叩いてそう言うジャネットに、マーヤーは、照れと恥ずかしさとあきれの混じった目を向けたのだった。ジャネットの声に引きつけられて、周囲の目が集まるのを、ジャネットは一向に気にした風ではなかったが、マーヤーは顔が赤くなるのを感じていた。


 (マイペースすぎるよ、ジャネット…)


 食事を終え、部屋に戻ると、マーヤーは呪文書を取り出した。

 狼に遭遇したときの経験と、その場で編み出した嗅覚にも配慮した幻影のことを書いた部分を読み返す。

 また、ファービュアスの(いおり)で受けた指導について書き残したページを開く。

 相手が人間でなくとも、心の最奥にある心識は同じものだ。それに、自分の心識を触れ合わせる感覚。心識を他者の心識に伸ばし、触れ合わせる手法。言葉では書き表しきれないが、ファービュアスに導かれて体験した――悟った感覚を思い起こすために書いておいたキーワード、それを見つけ、瞑想の時に会得した、感覚としか呼びようのないものに心を集中させる。

 「あら、マーヤー、何を始めたの?」

 そう問いかけるジャネットの声も耳に入らない。記憶の底から呼び起こした感覚に心が集中し、知らないうちに、マーヤーは深い瞑想の中にいた。

 それが、小半時も続いただろうか。

 瞑想から覚めたマーヤーは、あきれ顔で見つめているジャネットに気がついた。


 (あ、いつの間にか集中しすぎてた?)


 「ずいぶん熱心だったじゃない。…魔法?」

 「そう、遺跡へ行く準備。久しぶりの冒険だものね」

 「久しぶり…? 昨日はそう言ってなかったみたいだったけど」

 「そこ、突っ込まない!」

 「はは…、で、何なの? ずいぶん熱心だけど、魔法の準備なんて、マーヤーにそんなの必要なんだ?」

 「ん、人間相手は得意だけど、今度の遺跡は蛇や虫が出るんだよね?」

 「そうね。外までしか行ってないけど、大きなアリやわたしの背丈の2倍もありそうな蛇の姿を見たわ」

 「ここの近くなのよね? こんな大きな都市の近くに、そんなモンスターが出たりするのを、放ってあるの?」

 「そうね。遺跡から出てこないから、放置されてるんじゃないのかな。少なくとも、ミュロンの中じゃそんな怪物の話は聞いたことがないわ」

 「なるほどね、下手に手を出さない方がいい、ってことなのかな」

 「それよりも、遺跡のことはあんまり知られていない、っぽいかな。わたしが噂を聞いたのも、森を抜けてきた冒険者達からだったから」

 「冒険者に会ったの?」

 「会った、って言うか、食事してたときに話が聞こえてきただけね。遺跡を見つけて入ってはみたけど、中には財宝の類いは何もなかった、ってぼやいてたわ」

 「それで壁画のことも知ったのね?」

 「そう。創世主と神々の物語を書いた壁画があった、って」

 「詳しい話は聞かなかったの?」

 「そう、あんまりお近づきになりたい雰囲気のパーティーじゃなかったから」

 「ジャネットでも苦手な相手がいるの?」

 「当たり前でしょ? 女の子1人なんだから、まず、どんな相手か見極めなきゃ」


 (そういえば、最初に出会ったときも、こいつはいきなり探査魔法(デテクト)かけてきたんだっけ)


 「モンスターのことも聞いたりした?」

 「ええ、楽勝だった、って言ってたわ。あの程度のパーティーが楽勝って言うくらいなら、そんな大したことはないのかな、って」

 「でも、いるんだよね? 魔法使い2人だけで大丈夫?」

 「そこは、まあ、危なくなりそうだったら、さっさと逃げ出せばいいかな、って」

 「簡単に言うわね。テレポートでもできるの?」

 「巻物(スクロール)があるから。2人一緒に転移できるわ」

 「そうか、だったら何とかなるのかな…」

 危なかしいようで、奇妙に周到なところのあるジャネットにマーヤーは感心していた。これが彼女のスタイルなのだろう。それなりに場数を踏んだ冒険者なのだ、と思う。

 「だから、今日は準備して…、って、マーヤーの魔法は、もっと時間かかりそうかな?」

 「あ、多分、大丈夫だと思う」

 さっきの感触で、何とかなりそうだと思う。

 「そうか、だったら明日には出られそう?」

 「わたしは、いいよ」

 「じゃ、決まりね」


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