ミュロンの宝石店
ミュロン。
ガーサ伯爵の直轄領で、この周辺で最大の都市をマーヤーは訪れていた。
ここで崇められている主神は神帝ゼフューダ。神の中の神にして、創世主の後継、人間の創り手である神。エストリューズ帝国のみならず、亜人も含め、人類の国すべてで信仰されている神。
都市の中心部にあるゼフューダの神殿に行くのが、マーヤーの目的だった。
多くの参拝者で賑わう神殿に行くと、かつて宮廷魔術師だったスワレートの弟子、と名乗り、神殿主への取り次ぎを乞う。エフライサス子爵の名は使わない。貴族が1人の供も連れず、何の前触れもなしの訪問をするのは不自然だからだ。
幸いにして、スワレートの名はここでも知られていたようで、マーヤーは程なく神殿主との面会を許された。
(こういうとき、御師様の名前のおかげで助かるね)
スワレートの弟子でなければ、一介の旅の魔法使いなど、まともに相手にされるものではない。マーヤーの持つもう1つの顔である貴族の地位は、うまく使えばそれなりに有用だが、マーヤーの望むものではないし、両親に自分の足跡を知られたくもない。貴族の世界とは関わりたくない気持ちは、魔法使いとして生きると決めた今も同じだ。
神殿主に会ったマーヤーは、アルトラークス・ゼルフィアとその妻フロイシェリーナについて知りたい、と告げた。
「アルトラークス・ゼルフィアだと。なぜ、そのようなことを知りたがるのだ?」
神殿主は警戒の色を隠さずに訊いた。
(あ、警戒された…? そうか、帝国の大貴族だったんだっけ)
今更ながら、ヒダルの街で聞いた聖騎士ザザロ・フォーレイトンの言葉を思い出す。
貴族社会のことになど興味のないマーヤーにしてみれば、アルトラークスやフロイシェリーナは単に自分の親――それも、自分を手放した親と言うだけの存在でしかなく、だから何のためらいもなく口にしてしまった名だったが、神殿主にしてみれば、帝国の中枢部に権勢を振るう大貴族、下手な関わり方をすれば、地位どころか命が危うくなりかねないほどの相手だ。
そんな名を出され、知っていることを教えてくれ、などと言われればすんなりと答えが返ってこようはずもない。いくらマーヤーがスワレートの弟子であってもだ。
(やっちゃった…!)
うっかりしていた、と気がついて慌てて取り繕う。
「師から生前言いつかったことの中に、魔法の研究の課題がいくつかあります。そのために、この2方の所領にある遺跡を探るよう、指示を受けていて、それで場所を知りたいのです」
「ふむ、所領の場所を」
とっさに口にしたでまかせだが、神殿主は、納得したようだった。両親の所領に、そんな遺跡があるかどうかなど知らなかったが、高名な大魔法使いのスワレートがそう言ったのだ、と言われてあえてそれに疑いを挟む者もないだろう。たとえ、本当は遺跡などなくとも、あるいは、という思いが働くはずだ。スワレートの名のハロー効果をマーヤーは当てにしていた。
「はい、場所と、できればそれがどんなところかを」
神殿主はうなずくと、侍僧を呼び、何枚もの地図を持ってこさせた。それを机の上に広げながら、説明を始める。アルトラークスの所領であるキルバネラス始めとする6つの所領、それにフロイシェリーナの治めるユラーダベレア。その中にはマーヤーが継承権を持つエフライサスもあった。
神殿主は、時々侍僧に確認しながら、それらの土地の場所と、地形や気候、最近の出来事などをマーヤーに告げた。いずれもが広大な面積を持った土地で、村や街も多く、帝国でも有数の都市さえいくつかあった。そして、神殿主はジュラックとエフライサス、それにフォールストードには古代の遺跡が見つかっていると言い、その一も教えてくれた。
(本当にあったんだね、遺跡…)
本当に遺跡があるとはマーヤーも思っていなかったことだ。まさに嘘から出た真実だ。
(まあ、本当に行くことになるかどうか、は、わからないけどね)
丁寧な教授をしてくれたことに礼を言い、神殿を辞する。去り際、宝石を換金できる場所がないかを訊いてみる。そろそろ手持ちの現金が少なくなってきているからだった。神殿主は1人の神官を呼び、マーヤーを案内するように指示をしてくれた。
神官に案内されていったところは、一見、普通の屋敷としか思えないようなところだった。客相手に店を開いているといった風ではない。
(ここ…?)
宝石を扱う店舗のようなところを想像していたマーヤーはそのたたずまいに面食らった。
「私共の懇意にしている宝石商です。一般の客を相手委にしていないので、このようなところで取引を行っておりますが」
マーヤーの表情を見てだろう、心の中を読み取ったらしい神官はそう説明すると、慣れた様子で屋敷の門をたたき、出てきた男にマーヤーを引き合わせた。
「宝石の買い取りをお望みとのことです。私共の主からの紹介とご承知ください」
そう言うと、神官は恭しく一礼し、その場を辞した。
広い応接へ通されると、マーヤーはそこでしばらく待つように告げられた。
案内の男が出て行き、部屋に1人残されたマーヤーは、壁際のガラスケースに目をとめた。宝石商らしく、そこにはいくつもの様々な石――きれいにカットされ、おそらくは魔法によるらしい照明を受けてキラキラ輝く宝石が並んでいた。
(すごい…)
マーヤーが息を飲んだのも無理はない。そこに並ぶのは、いずれも大きな――一番小さいものでも鳩の卵ほどの大きさの宝石、あるいはいくつもの宝石を組み合わせて作られた細工物で、どれもが想像もできないほど高価なものだとわかる。無論、値札などはついていない。これを見ただけで、この店の客層が容易に思い描けるというものだ。
(はあ、こんな店で宝石を売ったら、馬鹿にされちゃうよ…?)
自分の手持ちの宝石のことを考えて、少し気が滅入る。決して安物ではないはずの品だが、ここに飾られた宝石を見た後では、どうしてもそう思わされてしまう。
神殿主などに店の紹介を頼まなければ良かった、と少し後悔し、また、あの神殿はこんな品を扱う店とつながりがあったのだ、と驚きもする。
ケースの中を見ていたマーヤーは、一番上に並んだ数個のクリスタルに目をとめた。
赤ん坊の頭ほどの大きさの、混じりけのない水のように透き通ったオーブ。その中に、とりどりの色をした球体が浮かんでいる。
(え…? 何これ)
中に浮かぶ球体は、絶えず変化し、少しずつその色合いを変えている。球体の表面に、様々な色が、細かな宝石をちりばめられたように彩り、その全体が1秒ごとに、少しずつ位置を変え、色を変えながらキラキラと光り輝いている。
魔法で作られた品だろうか。それとも精巧な細工物なのだろうか。
そう思ってクリスタルに見入っていたとき。
「それが、お目にとまりましたか」
不意に後ろから声をかけられた。振り返ると、体格の良い、にこやかな男が扉のところに立っていた。
「お待たせいたしました、ここの支配人、バロモスと申します。どうぞ、お見知りおきを」
丁寧に一礼すると、バロモスはマーヤーの側へやってきた。
「美しいでしょう。ここの一番の自慢の品です」
言うと、バロモスは1個の水晶球を取り出し、マーヤーに渡した。
「これを通してご覧ください」
言われるまま、渡された水晶球をクリスタルの前に持ってきて、それを通してクリスタルを見つめ、そして驚いた。
水晶球の中には、クリスタルが何千倍にも拡大されて映し出されている。その様子を見ていたマーヤーは、自分が高空から1つの世界を見下ろしているのだ、と感じた。
いや、実際にマーヤーが見ているのは、1つの世界だった。クリスタルの中に浮かぶ球体の、青い部分は海、黄色や茶色は陸地、白は空に浮かぶ雲。そして、陸地には様々な生物が見える。
水晶球を動かして、少しずつ見える場所を変えれば、それに伴い、球体の上の様子も変わる。マーヤーは、1つの世界――1つの星の上を眺めているのだ。
「驚かれましたか? 見事なものでしょう」
本当に驚いたのは、その世界にも人間がいて、国があり、文明があることだった。球体の上に実際にそんな世界があるのだろうか? それとも、水晶球の中に浮かぶだけの幻なのだろうか?
「そう、そのクリスタルには1つの世界が入っております。我々の住むこの地球と同じ1つの世界が」
「…世界?」
「その通り、その上にいる着物は、人間も含めて、すべて実際に生きています。生きて、自分の意思を持って行動し、生活し、歴史を刻んでいます」
「そんな…、世界だなんて!」
「紹介状を拝見しましたよ。あのスワレート様のお弟子様なら、そういったものにも興味がおありかと」
ああ、そうか、と思う。こんな途轍もないものを、普通の、それも初めての客に見せたりするはずはないのだ。神殿主の紹介で、しかも、スワレートの弟子と知っているから、これを見せてくれたのだ。
「よろしければ、その中央の、一番大きなクリスタルをご覧ください。それは、我々の住む、この地球です」
「わたしたちの…地球?!」
「はい、よくご覧になれば、このミュロンも、そしてあなたの姿も見つかるかもしれませんよ?」
びっくりして振り返ったマーヤーに、バロモスは、温和な笑みを浮かべて言う。
見てはいけない、と言う声が心のどこかでする。それを振り切って水晶球を使ってクリスタルをのぞく。そこに見えたのは、紛れもないこの世界。マーヤーの住む星。覚えのある地形が見え、今いるこのミュロンらしき場所もある。
「世界とは、こういうものだと言うことです」
水晶球をバロモスに返す。にっこりと笑って、バロモスはそれを受け取った。
クリスタルの中にあるのは、地球の精巧な模型なのだろうか? それとも、地球そのものなのだろうか? そんな思いがマーヤーを捉える。
「これは…売り物なのですか?」
「はい、ご所望とあれば」
どれほどの金額か、は訊く気になれなかった。
世界を売る。生き物が暮らし、人の生活している世界を。
自分たちのいる世界が、誰かに売り渡される。自分たちも含めて、誰かの所有になる。
世界を買った誰かが、もし世界を気に入らなくなったら…?
想像もしなかった話にマーヤーは気が遠くなる思いだった。
ほとんど上の空で、いくつかの宝石を買い取ってもらうと、マーヤーは礼を言って、屋敷を出た。
(世界を、売る店…)
そう思って振り返ったとき、屋敷の門に刻まれた紋が目に入った。ここに来たときには、あたりの雰囲気に気を取られ、気づかなかったものだ。
掌の上に載った地球。見覚えのある意匠。
(シュタイナー商会…)
またしても関わりを持ってしまった。そう思いながら、足早にマーヤーはその場を立ち去った。




