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魔女狩りの街(6)

 深夜。教団の聖堂の中を、足音を潜めてマーヤーは歩いていた。

 夜ごとに、教団の者にルー・シャネラーの姿――幻を見せていたのは彼女だった。聖堂の大広間に立っている神像のイメージをそのまま幻影にして、聖堂に詰めいている者の前に出してみせる。仕掛けとしては単純だが、効果は絶大だった。

 ルー・シャネラーに仕える聖職者で、法術を授かっている者は皆無。神そのものが実在しない以上、当然のことだが、それだけに、初めて見る奇蹟には圧倒的な効果があった。

 そうやって、ルー・シャネラーの信徒の信仰心を揺さぶろう、というのがマーヤーの考えだった。

 いつものように、魔法で姿を消し、聖堂の中庭に立つ。星明かりしかない闇の中とはいえ、警備の者は聖堂内を定期的に巡回している。彼等に見付かれば、計画は失敗する。不可視の魔法を使っているとは言え、魔法に対抗する方法はいくつもあり、彼等がそれを使っていないとは限らない。マーヤーは注意深く辺りを窺った。


(今夜は、誰を狙おうか……)


 教団の長を真っ先に目標(ターゲット)にした他は、別に誰を相手にしてもかまわなかった。上級司祭だろうが、下級の修道士だろうが、とにかく、家を出、聖堂に寝泊まりするほどの信仰心がある者なら誰でもよかった。巡回の衛士に会うなら、その衛士でもかまわない。

 そう思って、周囲を見渡したとき、人の気配を感じた。

 闇を透かしてみても、人影は見えない。が、中庭にマーヤー以外の者がいるのは間違いなかった。


(え、これって、もしかして……)


 魔法を使って周囲の様子を探ってみる。肉眼で見ずに、その場にあるものを感知する魔法だ。


(……いる)


 魔法で姿を隠しているが、間違いなく、そこにいる。

 不可視になった者を見る魔法で、視界を切り替えてみる。すると、感知したとおりの場所――中庭の隅にローブで身を包んだ男が立っているのが見えた。男は、中庭(じゅう)を、首の向きを変えながらゆっくりと見渡している。マーヤーに気付いた様子はないようだ。


(魔法使いか。……魔法で姿を隠しているくせに、他の誰かが魔法で姿を消してることには、考考えが及ばないみたいね)


 こんなところにいる以上は、教団の手の者だろうか。それとも、自分と同じように、教団に思うところのある者が、忍び込んできているのだろうか。

 しばらく様子を見てみるが、魔法使いはその場から動く様子はなく、周囲を見張り続けている。


(あんなふうに、じっとしてて動かない、って事は、ここに忍び込んだんじゃなさそう、かな……)


 少なくとも味方でないのは間違いないように思える。さっさとどこかへ行って欲しいが、それも無理なようだ。


(うーん、それだったら……)


 もう少し待っていれば、中庭にも衛士が見回りに来る時間だ。幾晩も聖堂に忍び込んでいるマーヤーは、その大体の時間も覚えていた。果たして、中庭に出る扉が開き、2人の衛士が中庭に出てくる。


(魔法厳禁だもん、教団に魔法使いなんて、いないよね、きっと)


 魔法で姿を隠しているなら、その魔法を解いてしまえばいい。ローブを纏った、いかにも魔法使い然とした姿が、いきなり現れれば、衛士達は黙ってはいないはずだ。

 そう思って、魔法解除の術を使うことにする。マーヤーよりも相手の(レベル)(まさ)っていれば失敗するが、マーヤーの方が上なら、相手の魔法は解けて姿が現れる。相手の技量(レベル)がどのくらいかは分からないが、魔法ではなく、自分の目で辺りを窺っている程度の相手だ、試してみるのも悪くない。そう思って、魔法を掛けてみる。


(よしっ、上手くいった!)


 姿を消す魔法が解け、魔法使いの姿が現れる。同時に、マーヤーの作り出した魔法の光が辺りを照らし出す。驚いた衛士達が周囲を見渡すと、中庭の隅に、ローブを纏った魔法使いが立っているのが見える。

「怪しい(やつ)、何者だ!」

 その時まで魔法が解けているのに気付かなかった魔法使いは、衛士達が自分の方へ掛けてくるのを見て、ようやく何が起きたのかを把握したようだった。

「ま、待て、わしは……」

 そう言い掛けて慌てて口をつぐむ。既に衛士達は目の前に迫っている。

 彼が、火球の魔法を使い、衛士に向けて放ったのは、半ば反射的な行動だった。あわてていたためか、それとも咄嗟に放った魔法を止めようとしたためか、あるいは単なる威嚇だったからか、火球の威力は大したことはなく、一瞬衛士を怯ませはしたものの、その場から追い払うことまではできなかった。衛士達にしてみれば、目の前に、魔法を使った――火球の魔法で攻撃してきた敵がいるのだ。ならば、見逃すはずもなかった。それを見て魔法使いは、あわてて駆け出そうとしたものの、既に遅く、衛士達に腕を掴まれ、その場に取り押さえられていた。何とかその場を取り繕おうと口を開く魔法使いに、衛士達は取り合おうとせず、彼をぐるぐる巻きに縛り上げ、猿ぐつわを噛ませていた。魔法使いの多くは、魔法を使う際に呪文を詠唱するから、口を塞ぐのは当たり前の処置だった。


(やっぱり、教団の魔法使いじゃなかったみたい……)


 ナプルの里に現れた救世主教団は、魔法使いも仲間に入れていたようだが、ここの教団はそうではなかったようだ。もしかしたら、あの魔法使いは、何かの目的があって忍び込んだ冒険者だったかも知れない、という気もしたが、この場にいてもらっては困るのだし、正体の分からない相手と手を組もうというつもりも、マーヤーにはなかった。


(じゃ、後は仕上げだ……)


 魔法使いを縛り上げ、牢へ連れて行こうとした衛士達は、辺りを照らしていた光が消え、その代わりに中空から自分たちを見下ろすルー・シャネラーの姿を見たのだった。思わず衛士達がその場にひれ伏すと、満足げに頷いて、ルー・シャネラーは闇に溶け込むように消えていった。もちろん、それは、マーヤーの見せた幻だった。魔法使いを捕えたことで神に褒められた。衛士達はそう思い込み、意気揚々と魔法使いを連行していったのだった。


 翌朝、ルダロンは、見回りの衛士達が、ルー・シャネラーの加護により、聖堂に侵入していた魔法使いを捕えたとの報告を聞いた。

「さては……」

 嫌な予感を覚え、牢へ赴いたルダロンは、果たして捕えられたのがゲスム卿の配下の魔法使いであることを知ったが、どうすることもできなかった。夜中に聖堂へ侵入し、衛士に向かって魔法まで使った以上、釈放を命じることもできないし、教団が魔法使いの存在自体を許していない以上、それがゲスム卿の配下であることを告げることもできなかった。

 魔法使いがこのまま拷問にかけられ、余計なことを言わないのを祈るしかない。ルダロンは頭を抱える他はなかった。


 3日が過ぎた。

 その間にも、修道士や下級司祭の何人かがルー・シャネラーの姿を見た、と言ってはルダロンに報告に来ていた。感涙に震えて報告に来る者達の言葉を否定するわけにも行かず、ただ、見たものを決して口外しないように、と言う他はなかった。一番初めにルー・シャネラーを見た、と言ってきたのが教団の上級司祭であったため、悪魔に魅入られたのだ、と言い張って処刑するわけにいかず、いきおい、それに続く者達も処分のしようがなかったのだ。

 一方、捕えられた魔法使いは、尋問室を訪れたルダロンのほのめかしに従って、素直に魔法の使い手であることを認めて拷問を免れ、裁判に掛けられる手筈となっていた。

 例の如く、街の人々に公開しての裁判が開かれ、告発官が訴状を読み上げる。

「この者は、魔法使いにして深夜教団の聖堂に忍び込み、聖堂の衛士に見とがめられるや抵抗して逃走を図り、魔法を使って衛士を傷つけたものにございます。聖堂に侵入するだけでも畏れ多いことなのに、神の禁じた魔法を使い、あまつさえ、神に仕える衛士を傷つけるなど言語道断の振る舞いにございます」

 ルダロンは、黙って頷く。彼の隣に座るゲスム卿は、能面のような顔をして成り行きを見守っている。

「だが、この者は自らの罪を認め、恭順の意を示しているそうだな」

 ルダロンの声に応えたのは、書記官の1人だった。

「仰せの通りでございます。されば罪一等を減じ、斬首の上、火で焼くこととするのがよろしかろうと思われます」

「何、斬首?」

 ルダロンが聞き返す。公衆の面前で首をはねられるとあっては、ごまかして助け出すことが難しくなる。

「はい、この者は、衛士に手向かい、魔法を使っておりますので、五体満足のまま、この世を去らせることは不適当でございましょう」

「む……」

 ルダロンが黙り込んだときだった。

()を申すぞ」

 低く、腹に響くような声が辺りに谺した。

 誰もが驚いて声のした方を見、声の主を探す。しかし、声はルダロンやゲスム卿よりも、更に後ろの方から聞こえてきていた。そこにあるのは、ルー・シャネラーの神像だけだ。

「い、今の声は……?」

 振り返ったルダロンの目に、神像が右手を高々と差し上げるのが見えた。

「ル、ルー・シャネラー……様?!」

 書記官がかすれた声で叫んだ。告発官が、その場で棒立ちになる。ゲスム卿が大きく目を見開く。裁判を見に集まっていた人々の口から、畏れの声、驚愕の叫びが漏れる。

「我は、この裁きを承服しかねる」

 判決を進言した書記官が、顔面蒼白になってその場にひれ伏す。居並ぶ他の書記官達も畏怖のあまり歯の根が合わず、椅子から転がり落ち、その場にへたり込む。

「人の身で、我の意を騙り、人を裁くとは、傲慢の極み。その罪、軽くないと知れ」

 法廷に並ぶ兵士達も、一斉にその場でひれ伏して額ずく。ゲスム卿も、例外ではない。ただルダロンだけが、その場で立ち尽くし、食い入るように神像を見つめていた。

「こ、これは……一体」

 辛うじて言葉を絞り出しはしたが、頭の中は真っ白だ。あり得べき事の到来。存在しないはずの神の来臨。呆然とするルダロンに、ルー・シャネラーが指を突きつける。

「もはや、(なれ)は我が下僕(しもべ)に非ず」

 はっきりと、そう告げる声が響き、ルダロンは、へなへなとその場に座り込んだ。

 教団は終わりだ。

 掠れた意識の中、それだけが、ルダロンの理解できたことだった。

 現れたルー・シャネラーが本物か否か、は最早どうでもよかった。ただ、街中の人々の前で神が教団の(トップ)を否定し、人々がそれを()の当たりにした。それだけが決定的なことだった。

 誰もが神の声を聞いたと信じ込み、教団が――ルダロンの存在が否定されたと確信した。そのことは、もう動かしようがない。

 そう悟ったとき、ルダロンは背後に立つ影に気がついた。抜き身の剣を手にしたゲスム卿だった。

「あ、兄上……」

 それには答えず、ゲスム卿は高々と剣を振り上げた。そして、ものも言わずにルダロンめがけて振り下ろす。

 次の瞬間、ルダロンの首は体から離れて宙を舞っていた。

 ゲスム卿が高らかに宣言する。

「見たか! ルー・シャネラーの御言葉(みことば)に従い、ここに罪人(つみびと)は滅ぼされた。人心を惑わした悪しき者は消え去ったのだ!」


(え? ……な、何言ってるの、あの人……)


 一部始終を見ていたマーヤーは、開いた口が塞がらない。

 もとより、神像が動いたのも、裁判に異議を唱えた声も、マーヤーの幻術によるものだ。聖堂の中で何度もルー・シャネラーの姿が見られていれば、神像が動いても、語っても違和感なく受け入れられるだろうとのはかりごとだった。もちろん、聖堂に仕掛けられた魔法封じの仕掛けは細工済みだし、抗魔のテュアーウィは、それを持つ者が魔法の対象にならなければ、効果を発揮しない。

 しかし、実の兄のゲスム卿が、ああもあっさりとルダロンを切り捨ててしまうとは。マーヤーも予想だにしていないことだった。

 ゲスム卿は、更に言葉を続け、街の人々がそれに聞き入っている。


(自分まで巻き添えで失脚しないように、ってわけか。……なかなか、あざといんだね、あの人)


 マーヤーも、ルダロンを殺そうとまでは思っていなかった。少し(おど)かして反省させて……ぐらいの軽いつもりだったのだが、ゲスム卿のおかげでとんでもないことになってしまった。

 だからと言って、うかつにゲスム卿に手を出すわけにも行かない。ルー・シャネラーの声でゲスム卿を非難することはできるが、ゲスム卿の地位を脅かしてはまずい。もし、ゲスム卿まで失脚させれば、彼の治める所領、手近なところでこの街そのものが立ちゆかなくなる。領民を路頭に迷わせないためには、領主を簡単に倒すことはできない。

 そんなことをマーヤーが考えている内に、いつの間にかゲスム卿は人々をまとめ上げており、彼の名を人々が連呼していたのだった。


(これが、普通の貴族、ってやつなのかな……)


 もしそうなら――こんな発想を求められるものなら、自分にはとてもなじめない。身に負わされた子爵の地位と称号はとても重く、背負っていくのは御免被りたい。そう思ってリスミスを後にしたマーヤーだった。


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