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魔女狩りの街(5)

「昨日は、大変な騒ぎだったそうだな」

「兄上の耳にも入っていたか。……魔女の上辺(うわべ)の振る舞いにだまされたのだ。愚かな処刑官は、身をもってその罪を贖うだろう」

「それで、追うのか?」

「魔女をか? 下らぬ真似はせぬ。騒げば恥の上塗りだ」

「だが、領民は覚えておろう」

「愚民など何とでもごまかせる。日を置いて、魔女を捕えたと触れればよい」

 領主の居城の一室で話し込んでいるのはゲスム卿とルダロンだった。処刑場で起きた騒ぎ――マーヤーが魔法を使って逃げ出した一件について、ゲスム卿がルダロンに釈明を求めていたのだ。

「そうかも知れぬ。だが、間違えば教団の権威を失うぞ」

「その時は、兄上の力を借りよう。元々、領内の統治のための手立てだからな」


(ふうん、そうだったんだ……)


 魔法で姿を消し、2人の会話を聞いていたのはマーヤーだった。

 捕えられた時に取り上げられた持ち物は、すでに取り戻してきている。捕えられているのでなければ、聖堂に忍び込み、中を探るのは造作もないことだった。そして、偶然、ルダロンがゲスム卿の居城へ向かうのを見て、後を付けてきたのだった。


(あの2人が兄弟だったなんて、ね。道理で、教団が幅を利かせているわけか)


 しかも、ルダロンは、教団は領内の統治のための手段だと言った。


(だから、聞いたこともない神様が祀られているわけね。インチキなんだ)


 実在しない神をでっち上げた宗教だから、聖職者達は初歩的な法術を使うことさえできず、それがために、自分達以外の者が魔法を使うのを、徹底的に排除しようとしている。そのための聖職者狩りであり、魔法使い狩りなのだ。そうマーヤーは見当を付けていた。

 教団の教理は聞いていないが、おそらくは、救世主教団と同じか、あるいはよく似たものだ。拷問室で聞いた言葉を、マーヤーは思い出していた。救世主教団が領内に入り込んで来たのか、それとも、救世主教団を利用しているのかは分からないし、もしかしたら救世主教団とは無関係かも知れない。だが、聖堂に掲げられているあの意匠(シンボル)は、偶然にせよ、見覚えのあるものだった。

 わかりやすい、そして、人々を恐れさせるのに便利な教理。それを利用しているのに違いない。


(このまま、放っておくのも、しゃくだよね。結構、怖い目にあわされたんだし)


 目の前で、残虐なやり方で殺された罪人達の様子が脳裏に浮かぶ。別に、(かたき)を取ろう、というつもりではない。ただ、あんなやり方が納得できなかっただけだ。

 マーヤー自身にしても、あのまま広場で晒されていたら、街の人々にどんな目にあわされていたか。領主と教団の公認の元、何の罪悪感もない大衆の思うがままに、慰み物にされていたと思うと、改めてぞっとする。

 春に(とお)ったナプルの里では、救世主教団は、別に非道な印象は受けなかった。だから、あるいはこの街の教団は救世主教団とは別のものなのかも知れない。実際、救世主教団の崇める神の名は、聞いていないのだ。

 しかし、もしこの街の教団が、救世主教団のような、方々へ布教の手を伸ばしているような団体であれば、他の土地にも影響が広がり、犠牲者を増やしていくことになる。

 それを確かめようとまでは思わなかったが、少なくとも、この街の教団には一矢を報いてやりたかった。

 だが、どうすればいいだろうか。

 教団の恐ろしさと布教の広がる可能性を、他の土地の領主に訴えてみても、教団に対して、何か手が打たれるわけでもない。下手をすれば、ゲスム卿のように教団と手を結ぼうなどと考えるかも知れない。

 ゼフューダを初めとする神々の神殿にしても、この街のことを知ったところで、たかが一騎士爵の領内だけに限った事件などには見向きもしない――せいぜい、麾下の聖職者にこの街へ立ち寄らないよう指示するくらいで、よほどのことがない限り、領主の身内を相手に余計ないざこざを起こすような真似はしないだろう。


(何か、工夫が必要だよね……)



 真夜中。

 ルダロンは、寝苦しさに目を覚ましていた。

 秋も深まった季節というのに、なぜか暑く、熟睡できない。気がつくと、かなりの寝汗をかいている。悪い夢を見た、という覚えもない。ただ、目が覚めただけだ。

 真っ暗な部屋の中、窓の外に、星明かりだけが見える。

 もう一度寝直そう、と布団に潜り込んだとき、目の前に見覚えのある姿が現れた。

「な、なんだと……」

 あり得ざるものの姿がそこに浮かび上がっていた。

 神ルー・シャネラー。

 聖堂の大広間に立つ神像そのままの姿。

 それが闇の中にくっきりと表れ、ルダロンを見下ろしている。

「そ、そんな……」

 転がるようにしてベッドから飛び出し、床に平伏する。

「神よ…、この卑しき下僕(しもべ)の前に、勿体なくもご降臨あるとは、惶懼の極みにして感奮の至り」

 絞り出すようにして、必死に言葉を連ねる。そんな彼に、しかし、神は何も答えない。

 畏れに身を固くしてうずくまったまま、時が過ぎる。そして、やがて、恐る恐る顔を上げたルダロンの目に見えたものは、部屋の中の闇だけだった。

「ゆ、夢か……?」

 闇を透かして見回しても、部屋の中に、神がいたことを示す痕跡は何もない。

 いや、あれが現実だったはずはない、と自分に言い聞かせる。

 そもそも、ルー・シャネラーとは、実際には存在しないはずの、架空の神ではないか。

 神の姿を見た驚きで、思わずその場にひれ伏しはしたものの、冷静になって考えれば、あのような神は存在しないのだ。ただ、神の説く教理を、民衆にわかりやすく伝えるための便法として、救世主に権威を委ねる存在として擬人化されただけの、仮の存在なのだ。

 考えてみれば、あの姿も聖堂にある神像そのまま──教団が想像で作り上げた神のイメージそのものだ。

 妙な夢を見て、つまらぬ失態をさらしたものだ。

 そう決めつけ、神の来臨を信じかけた自分に舌打ちする。

「つまらん。……全く馬鹿馬鹿しい」

 そう呟くと、ルダロンはそのままベッドに戻り、眠りに落ちていった。


 翌朝、定刻通りに起き出したルダロンは、いつも通りに教団の上級司祭の訪問を受けた。

 その顔は紅潮し、いかにも落ち着かなげだ。

「どうしたのだ、ザスタス、何を、そう狼狽(うろた)えておる」

 上級司祭の名を呼んで尋ねる。返ってきた答は驚くべきものだった。

「実は、昨夜、神のご来臨を受けましてございます」

「何、馬鹿な!」

 思わずそう言い掛け、慌てて口をつぐむ。

 そんなことがあるはずがない、と思っていても、部下の前で、神などいるはずがない、とは口が裂けても言えない。神の存在に関することは教団の最大の秘密の1つだ。

「事実にございます。まこと、大広間の神像そのままの神々しいお姿で、私奴(わたくしめ)の前にご来臨なされました」

 感激と確信に満ちた言葉が嘘とは思えない。まして、自分自身にも覚えのあることだ。ルダロンは慌てて言った。

「そのような……、そのようなこと、決して口外してはならぬぞ。神がお姿を現されたのには、必ず我らの知恵の及ばぬ深い思し召しのあるはずのこと。人間ごときがそれを思慮し、神の怒りに触れるようなことがあってはならぬ」

「肝に銘じましてございます」

 ザスタスを去らせようとして、ふと思いついてルダロンは訊いた。

「時に、神は、お前に何か語りかけなかったか」

「いえ、何も。……ただ、私奴(わたくしめ)をじっとご覧になり、やがて、夜の闇に溶け込むように消え去ってしまわれました」

「そうか、わかった。……くれぐれも、誰にも話してはならぬぞ」

「心得ましてございます」

 このようなことがあり得るのだろうか。ザスタスが去った(あと)、ルダロンは思いにふけっていた。自分だけが見たのではない。ならば、あれは本当にあったことなのか。そして、ザスタスが見たのであれば、他にも神の姿を見たものがあるのではないだろうか。それは、ある意味、恐ろしい考えだった。


 その夜、床につくとき、ルダロンの心を不安が(よぎ)った。

 もしかして、また今夜も神――ルー・シャネラーの姿が現れるのではないか、と。

 そのようなことがあり得ない、と思っては見ても、昨夜自分が見たもの、そして上級司祭ザスタスの見たものがある。

 神に(まみ)えることは、聖職にある者に取って、本来ならこの上ない栄誉である。しかし、ルダロンにとっては、畏れよりも恐れが先に立つことだった。ルー・シャネラーなどという神は、この世に存在しないのであるから。

 それとも、彼がそう思って――思い込んでいるだけで、本当はルー・シャネラーは実在するのだろうか? もしそうなら、ルダロンも知らない真実があることになる。

 考えれば考えるほど、答は見つからない。

 ついに、まんじりともせずに、一夜が明ける。その夜、ルー・シャネラーはルダロンの前に姿を現さなかった。


 朝、ゲスム卿の居城へ行くため、聖堂から出ようとしたルダロンの前に、門衛が進み出、跪いて深々と頭を下げた。昨夜の不寝番を務めた2人だ。何事か、と訝る彼に、1人が感極まった様子で言葉を発する。

「猊下、(まこと)に畏れ多いことにございます。昨夜、我々の前に、神が降臨なさいました」

「何、それはまことか」

「はい、我ら両名とも、はっきりと()の当たりに致しました。何という幸せ、何という栄誉でございましょう。これも、一重に猊下の信仰の深さに神が感銘なされてのことかと拝察し……」

 興奮して言葉を続けようとする門衛を、ルダロンは手を振って(とど)めた。

(まこと)の神に使える我らなれば、神が(よみ)しなされることに、何の不思議があろう。しかし、その方らにまでかかる奇蹟のあったとは、実に畏れ多いことではある。されば、よいか、このこと、決して口外してはならぬぞ」

 深々と頭を下げる門衛達を残し、ルダロンは聖堂を後にした。

 このようなことが、あるものだろうか。

 教団の、末端の存在でしかない門衛達が神の姿を見る?

 もし、神が実在するのであれば、これは、一体どんなつもりがあってか。

 ゲスム卿に面会を求めたルダロンは、この2日間の出来事を彼に語った。

「教団の人間の前に神が姿を現した、だと? それがどうしたというのだ。神を祀った聖堂に神が降臨したところで何の問題もないではないか」

 ルダロンの話を聞いたゲスム卿は、そう言い放った。つまらぬことを言いに来るな、とでも言いたげな口ぶりだった。

 無理もないことだった。

 ルダロン以外の者は、ルー・シャネラーも他の神殿の祀る神々と同様の存在、人の前には滅多に姿を現さないが、この世のどこかにいて、人や、その他の有情の行いを見守っていると信じているのだから。この街で、ルー・シャネラーの(しん)の有り様――人格神ではないと言うことを知っているのは彼自身だけなのだ。

 ルー・シャネラーの秘密は、知られてはならないがために隠されているだけではない。語ったところで、容易に理解できないものである故に、秘匿されているのだ。そうルダロンは、信徒や教団の者に説いていた。

 それでも、ルダロンは、兄であるゲスム卿にルー・シャネラーの秘密を語って聞かせた。そして、なぜ、ルー・シャネラーの顕現があり得ないことであるかも。

 一渡りの説明を聞いたゲスム卿は、吐き捨てるように言った。

「つまり、ルー・シャネラーなどという神は存在しない、と言うことか」

 兄の言葉に、やはり、それが普通の者の理解か、とルダロンは歯がゆく思った。神から授ったものではなく、自らの考え出した教理ではあるものの、それは常人には理解しがたい深遠な真理なのだ、と、それが彼の思いだった。

「そうではない、救世主にこの世の救い手となるべく権威を与える橋渡しの役がルー・シャネラーなのだ。人間が知らなかった、生死の(ことわり)、それを救世主に授ける役割を果たした者がルー・シャネラーだ。ルー・シャネラーとは特定の神ではなく、救世主に真理が伝承されたこと、それ自体を言う。それを象徴させたのが、聖堂にあるあの像だ」

 何とか説明を試みようとするルダロンに、ゲスム卿は、顔の前で大きく首を振って見せる。その表情は、苛立ちを隠さない。

「お前の言う理屈は、わしには分からぬ。要は、ルー・シャネラーとは、人前に姿を現せるような存在ではない、ということなのであろう?」

「その通りだ」

 仏頂面で答えるルダロンに、顔をしかめてゲスム卿が言う。

「ならば、お前達の前に現れたのは、ルー・シャネラーではない。そういうことではないのか」

「そうだが…」

「ならば、神の偽物、そういえば済む話ではないのか」

「そう簡単にいくものならば苦労はしない。ルー・シャネラーの姿を見たものは、あれが(まこと)の神の降臨であると信じ込んでいるのだ」

「なまじ、ありもしない神の姿を、普段から人目に触れさせていたのが(あだ)となったと言うことか」

「そうだ。神の姿を見せ、神とはこういうものだと示せば、人は易々とそれを受け入れる。救世主も、神による権威付けをしやすくなる。そのための便法だったのだ」

「それが裏目に出たわけだな」

 そこで、ふむ、とゲスム卿は考える。

「ならば、その偽物――偽のルー・シャネラーが現れたのは何ゆえだ?」

「なぜ、とは?」

「お前のしたことでないのは間違いない。そうだな?」

「もちろんだ」

「教団の者の仕業でもあるまい」

「そのとおりだ」

「ならば、教団以外の者の仕業ではないか。誰かが工作して、お前達に偽のルー・シャネラーを見せた、そういうことであろう」

「確かにそうだ」

 言われてみれば兄の言う通りだ。そう思ってルダロンが頷く。

「では、その目的は何だと思う」

「目的だと?」

「そうだ。誰のしたことであれ、何の意味もなく、そのような真似をするはずがない」

「それは、もっともだ」

「では、そのような真似をして、誰に、何の利益がある?」

「……むむ、わからぬ」

 唸るだけの弟を見て、ゲスム卿の顔に赤みが差す。

「では、なぜおまえは困っておるのだ? いるはずのないルー・シャネラーが、姿を現したからではないのか」

「そうだ」

「ルー・シャネラーがいると、信じられて困るのはなぜだ」

「教団の教義に反するからだ」

 正確には、信じられて――誤解されて困るのは、ルー・シャネラーが実在するということではなく、ルー・シャネラーがあのような姿の神であるということだ。しかし、それを兄は理解しない。

「しかし、その教義を知るのは、教団にはお前だけ。そうなのであろう?」

「そうだ」

「ならば、ルー・シャネラーが現れて、教団の教義が否定されたと知る者は、お前以外にいない。そういうことではないか」

「その通りだ」

「では、なぜ困る?」

 ルダロンの言うことが今ひとつ理解できない。そんな口調でゲスム卿が訊いた。ルダロンしか知る者がないのなら、そんな教義が否定されたことなど、誰も知る由もないではないか、と。

「ルー・シャネラーの現れた理由がわからぬ。誰のしたことにせよ、その目的がわからぬ以上、この先、何を仕掛けてくるのかがわからぬ」

「仕掛けられて困るようなことがあるのか?」

「ルー・シャネラーが、われわれの側に立つならよし、そうでなければ、教団の根本が否定される」

「教団が否定されては困るということだな」

 ため息交じりに言うゲスム卿に、ルダロンが答える。

「すでに教義が否定された。そのうえ、教団のしていること。あり方について疑念を持たれるようなことになれば、大変なことになる。教団の存続までが危うくなる」

「そうか。そして、教団が立ち行かなくなれば、わしの統治にまで影響が及ぶ。なるほど、これで問題が見えてきたというものだ」

 ようやく納得した、とゲスム卿が言う。

「では、どうすればいい。兄上にとっても、捨てておけないことだろう」

 ルダロンの言葉に、ゲスム卿の目の奥に暗い光が宿る。

「わしの、抱えの魔法使いを遣わそう。今宵より、聖堂の中に入らせる」

「魔法使い、だと」

「そうだ。聞けば、ルー・シャネラーが姿を現したのは、夜中というではないか。だから、魔法使いに夜の聖堂を見張らせる。もし何者かが、妙な画策をしておれば、見つけ出して始末するであろう」

「し、しかし、魔法使いを聖堂へ入れることは……」

 教義に反する。そう言い掛けた弟を、ゲスム卿は手を上げて制した。

「それは、お前が何とかごまかせ。どうせ、魔法を禁じているのは、教団に法術を授かった者がおらぬゆえの、権威を保つための方策であろう。何とでも理屈をつけろ」

「……わかった」

「決して、しくじるのではないぞ」


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