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魔女狩りの街(4)

 次の朝。

 昨日の裁判で有罪の判決を受けた者たちが、十数人の兵士たちに護送され、街の中央にある広場へ連れていかれる。罪人たち、縄で固く縛られ、逃げ出すことは(かな)わない。

 ゼフューダの聖職者ベルダード、魔法使いのナーディア、呪術使いとされた老人、それにマーヤーともう1人、でっぷりと太った下唇の厚い男がいた。最後の男は、マーヤーの後で判決を受けていて、その様子をマーヤーは見ていなかった。

 罪人たちが広場へ到着すると、すでに、そこには大勢の人だかりができていた。

 処刑の様子を見ようと、街のあちこちから集まってきた人々だ。


(まあ、そうか。街の人には、結局、娯楽だもんね……)


 日常的な楽しみと言えば、食べることと飲むこと。たまに各地を巡ってくる曲芸団や年に数度の祭日。その程度しか気晴らしのない人々には、罪人の処刑は、またとない見世物、エンターテイメントだった。

 領主もそれを承知で、魔女裁判を公開したり、人びとの目に見えるところで、罪人の処刑を行ったりする。処刑の方法が、派手で残虐であるのは、人びとに対する見せしめの意味もあるが、それ以上に、領民たちの関心を集め、娯楽を提供することで統治への不満を忘れさせる意味合いが強かった。不満をそらせる対象は、領主の政治であり、また、教団のメンバーの横行に対してでもあった。

 処刑の場には、領主ゲスム卿やルダロンの姿はない。場を取り仕切るのは、教団の祭服を着た処刑官だった。処刑官が、(おごそか)かに刑執行の始まりを告げると、人々の間からどよめきが起こる。

 最初に引き出されたのは、ベルダードだった。

 刑吏数人がかりで、広場の中央に立てられた柱に縛り付けられると、鉄の金輪(かなわ)でベルダードの頭が柱に固定される。

「この者は、偽りの神に祈り、また、(まこと)の神を冒涜した罪により舌を抜かれ、また(むち)30を与えられる」

 処刑官の声が響き、人々の間から、おおう、と言う風の音にも似た声が響く。

「始めよ」

 歯を食いしばるベルダードの口に、金属の棒が、無理矢理に突っ込まれ、押し込まれる。その際、血が噴き出したのは前歯が折れたからか、あるいは口の中が傷ついたからか。

 棒の先端は平たくなり、直角近くに折れ曲がっている。それが真下に引かれ、口が力任せに開かされる。ベルダードの口から、叫びとも呻きとも付かぬ声が漏れる。

 刑吏が、鉄のペンチを取り出す。先の方は人の親指ほどの太さがあって、何本もの溝が刻まれてギザギザになっている。それがゆっくりとベルダードの口の中に差し込まれる。

 何とか舌を引っ込めようとするが、その抵抗も空しく、ペンチの先に舌が挟まれる。刑吏が思い切り力を込めて引くと、ペンチで挟まれたところから舌がちぎれ、引き出されたペンチの後から勢いよく血が噴き出した。

 苦悶の叫びが漏れ、ベルダードが思い切り目をつむるのが見える。その様を見て処刑官が満足げに頷き、次の指示を出す。

「用意せよ」

 頭の金輪が外され、柱に縛り付けていた鎖が解かれると、ベルダードはその場にくずおれた。その肩を容赦なく刑吏が掴むと、ベルダードは群衆の方に背中を見える格好で、その場に座らされ、両手に手錠が掛けられる。手錠に付いた鎖の先端は地面に埋め込まれている。

 別の刑吏が、太い鉄の笞を持って現れる。

「始めよ」

 処刑官の声が響くと笞がベルダードの背に叩きつけられる。笞とは言っても、馬を御するのに使うような、しなるものではなく、むしろ棍棒のような頑丈な棒に短い棘を無数に植え付けたものだ。背中の皮が破れ、肉が裂け、辺りに血が飛び散る。一番前で見ていた男が、飛んできた血を浴び、声を上げた。

「1つ」

 処刑官が言うと、刑吏が2回目の笞打ちを行う。ベルダードの口から声にならない叫びが漏れ、舌の抜かれた(あと)から更に血が噴き出す。

 5度目の笞が振り下ろされたとき、骨の砕ける鈍い音がした。

 8回目には、ベルダードは気を失い、10を超えたときには、ただ全身が痙攣するばかりだった。

 30回の笞打ちが終わったとき、すでにベルダードは事切れ、飛び散った骨片と、血まみれの肉塊がそこに転がるばかりだった。

 人々の間から、驚喜と恐れの声が漏れる。


(やっぱり……)


 法廷で、笞打ち、と聞いたときに(よぎ)った予感は正しかった。教団は、罪人(ざいにん)を生かすつもりなど、なかったのだ。

 人々の見る前で、ベルダードの死体が運び出され、血にまみれた地面に、白い砂が撒かれる。

 その後に、数人がかりで運び込まれてきたのは巨大な鉄の鳥籠だった。

 円筒形の、先端が丸くなったその籠は、大人が座ってようやく入れるほどの大きさで、子供の腕ほどの太さの鉄棒を組み合わせて作られていた。底は鉄の板でできていて、人の指ほどの長さの棘が、(てのひら)ほどの間隔を開けて、無数に植え付けられている。よく見れば、籠の格子も、細く、短い棘が無数に突き出ているのが分かる。

 中に入れられれば、それだけで全身が裂け、血みどろになるだろう。

 鳥籠の後から、連れてこられたのはナーディアだった。死に物狂いで暴れながら、数人の刑吏達に、文字通り地面を引きずられてくる。縄で縛られているだけでなく、彼女の口には(こぶし)ほどの大きさの鉄球が入れられ、分厚い革の目隠しをされている。法廷でまで魔法を使って抵抗したことが、この扱いにつながっているのだ、と、マーヤーは思った。

 ナーディアの後から運び込まれたのは、数個の水桶だった。

「この者は神の禁じた魔法を使い、教団の幹部を傷つけ、あまつさえ、裁きの場でまで魔法を使って神への反逆を示した魔女だ。これより、火によってその罪を清められる」

 人々の間からどよめきが漏れる。これから行われる刑への恐怖ではない。これから始まるショーへの期待から漏れた声だ。

()れよ」

 処刑官の声が無慈悲に響く。

 鳥籠の扉が開かれると、刑吏達がナーディアの全身を縛った縄を切り、同時に彼女の体を持ち上げ、籠の中へと放り投げた。床に投げ出された体に無数の棘が突き刺さり、中がたちまち血で溢れる。ナーディアの口からくぐもった声が漏れ、痛みに耐えかねて転がれば、更に棘が彼女の体を引き裂く。縛られていない両手が手探りに籠の格子を掴めば、そこに生えている棘で、手がズタズタに裂け、血みどろになる。その様子を見れば、刑吏達が縄を切ったのは、彼女にできるだけ激しくもがかせ、自らを傷つけさせるためであったのだ、とわかる。

 重い音と共に、鳥籠の扉が閉じられ、鎖で縛られる。

「用意せよ」

 刑吏達が柄杓で、水桶の中味を鳥籠に掛ける。籠と、中のナーディアが、たちまちぐしょ濡れになる。


(油だ……)


 微かに漂う臭いから、マーヤーは確信した。

 通常、火刑なら、罪人の体の周りに薪を重ねて積み上げ、それに火を付けて罪人を焼く。だが、今回は薪ではなく、油を使うのだ。


(むごい……)


 マーヤーは、思わず目を閉じ、顔を背けた。

「始めよ」

 処刑官の声で、鳥籠に火が付けられる。油のたっぷりかかった籠は、たちまち炎に包まれ、そして、同じように油まみれになっていたナーディアも全身火だるまとなる。

 薪に付けられた火ならば、まず煙が出て、それが罪人の全身を覆う。火が罪人に届くのは、薪が十分に燃えてからのことだ。そのため、体が焼け始めるよりも前に、罪人は煙に巻かれて窒息し、意識を失うことになる。だから、火によって体の焼ける苦しみを味わわなくて済むことも多い。

 だが、ナ-ディアは、意識を失うことを許されず、それどころか、辺りから吹き込んでくる新鮮な空気によって却って意識がはっきりとして、全身の焼ける苦しみを、焦げ爛れた体が炭に変わっていく様を、そして、灰と化した四肢の肉が削げ落ちて少しずつ骨がむき出しになっていく時間をそのまま味わうこととなっていた。

 人々の高揚した声が広場に満ち、歓喜の声が渦巻く中、油から、肉体へと燃え移った火で、ナーディアの体は、ゆっくりと焼かれていく。広場に、肉の焦げる嫌な臭いが立ちこめた。

 半狂乱となって泣きわめく彼女の悲鳴が広場に響き渡り、人々の耳をつんざく。しかし、誰も彼女に同情しようとせず、それどころか興奮した人々は、ナーディアがより一層の苦痛を受けることを求めて叫んだ。やがて彼女の悲鳴が消え、身体が籠の中に崩れ落ちる。

 しばらくして火勢が弱まると、全身火ぶくれになったナーディアの姿が現れた。もはや彼女はほとんど動かず、ただ、かすかな痙攣を繰り返しているだけだ。衣服は既に燃え落ちており、赤むけの裸体が人目にさらされる。

 その体に、刑吏が追加の油を掛けると、再び火が勢いよく燃えさかる。ナーディアの体は見る見るうちに炭化して黒くなり、そして、最後には無残に砕けた骨を残すだけとなっていた。

 完全に火が消えると、刑吏によって、籠が広場から運び出される。焼け焦げた地面に、再び白い砂が撒かれた。

 続いて、引き出されたのは、呪術を使ったという老人だった。

「この者は、身を顧みず、教団の司祭に呪いを掛けた罪により、斬首される」

 処刑官が言うと、老人は、広場の中央に(ひざまず)かされ、首を前に延ばすよう促される。抵抗の気力もないのか、老人は、されるがままになっていた。

「始めよ」

 覆面をし、幅広の剣を持った刑吏が進み出る。そして、勢いよく剣を振りかぶり、老人の細い首めがけて打ち下ろした。人々の(あいだ)から叫びが漏れる。

 ぼくっ、という鈍い音がする。老人の頭が上に跳ね、血が飛ぶ。が、首はつながったままだ。老人が大きく叫んだ。

 取り乱したように刑吏が再度剣を上げ、打ち下ろす。だが、今度も首は落ちていない。老人が、また叫びを上げる。

 結局のところ、老人の首が落ち、絶命したのは5度目に剣が振り下ろされた時のことだった。

 老人の首と体が片付けられ、白い砂が撒かれると、刑吏達がマーヤーを広場の中央へと連れ出した。

「この者は、街で魔法を使った魔女である。神を畏れ、自ら罪を自白したことの恩寵により、今日より3日後、絞首の上、焼かれる」

 人々の間から上がった声は、驚きを表すものだ。同時に、この場で処刑が見られない事への失望と不満も。

「それまでの間、この者はこの場で晒されるものとする」

 また、別の期待を持った声が上がる。晒された者は、その期間が終わるまで、街の者が好きなように扱うことができる定めだ。罪人を殺したり、逃がしたりしない限り、何をしても咎められることはない。それが若い娘であれば、死よりも辛い屈辱を味わわされることもめずらしくない。

 刑吏が、首枷を持ってやって来る。枷は大小3つの穴が開いた厚い板で、それぞれの穴から、罪人の首と手首を出すような造りになっている。枷には鎖が付けられ、その先は地面に埋め込まれている。これをはめられたまま、広場に放置されるのだ。

 刑吏がマーヤーに枷をはめて鍵を掛ける。その上で今まで縛られていた縄が解かれる。足は縛られていないが、枷につながれた鎖は短く、上半身を起こすことはできても立ち上がることはできない。そんな状態で晒されれば、やってくる連中に、面白半分に何をされるか想像できようというものだ。


(さあて、いよいよだ……)


 既にマーヤーは一計を案じていた。役目を終えて立ち去ろうとする刑吏に声をかける。

「ねえ、鍵、取れてるよ?」

 馬鹿な、と振り返った刑吏の目には、なるほどマーヤーの言うとおり、鍵が外れ、枷がとれかけているのが見えた。そんなはずはない、と思いつつも、彼は慌てて鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。

 もちろん、鍵が外れているはずはなく、刑吏の見ているのはマーヤーの見せた幻だった。しかし、そそのようなことに気付くはずもなく、刑吏は焦って、がちゃがちゃ音を立てながら、何度か鍵を左右に回してみた。


(あ、開いた!)


 刑吏が何度もでたらめに鍵を回したため、本当に鍵が開いたのを見たマーヤーが、刑吏の目に魔法をかける。

「目、目が見えない!」

 刑吏が思わず目を抑えて後ろに下がる。その隙に、マーヤーは刑吏を押しのけると、鍵の外れた枷を取って地面に放り捨てた。

 マーヤーが駆け出すのを見て、人々が怒号を上げる。同時に処刑官が叫ぶのが聞こえる。

 「逃がすな、捕えろ!」

 しかし、その時には既にマーヤーは魔法で姿を消し、上空へ舞い上がっていた。人々が消えたマーヤーの姿を求めて辺りを探し回るが、もちろん既に広場にマーヤーはいない。

 マーヤーの逃走で混乱に包まれた広場から、どさくさに紛れて、残るもう1人の罪人が姿を消したが、それに処刑官が気付くのは、更に時間が経ってからのことだった。


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