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魔女狩りの街(3)

 教団の聖堂の大広間。

 壁の一方は完全に開かれていて、聖堂の前にある広場から中を望むことができるようになっている。中で行われていることを、訪れた人々に見せるために作られた、専用の場所だ。

 日が高く昇り、あたりが温かくなったころ、ここで、公開の裁判が開かれていた。

 神、ルー・シャネラーを否定した者を裁く法廷。リスミスの街の人々の前で、誰もがその様子を見られるようにして行われるものだ。法廷での裁きが公明正大であることをアピールする場でもあり、また、民衆へ提供される娯楽の場でもある。

 法廷の奥、正面の壁の前には、巨大な神像が置かれ、その前にある大きな机の向こうには、きらびやかな、紫の衣をまとった男が座っている。頭には、幾つもの二等辺三角形を重ね並べた黄金の法冠をかぶり、小さな金色の円盤を幾つも並べた肩掛をつけている。

 その左には、少し離れて1人の貴族が座り、机の上に肘をついて組んだ手の上に顎をのせて、広場に集まる人々を、気怠(けだる)そうに見ている。

 正面に座るのが教団の(おさ)ルダロン、左にいるのが領主ゲスム卿だった。

 2人の座る机の右側には、何枚かの書類の置かれた机があって、その向こうには告発官がいる。法廷で裁かれるものの罪状を読み上げ、ここで裁かれる理由を明らかにする役割の者だ。

 反対側に置かれた机に座る3人は書記官。裁判の成り行きを克明に記録すると共に、手元にある過去の裁判の記録を見て、必要なときにそれを参照して意見を述べるのがその役目だった。

 そして、その前には十数人の兵士が並び、裁判の進行に支障が出ないよう目を光らせている。

 最初の被告は、1人の聖職者だった。引き締まった筋肉質の体、黒髪に長い顎ひげを蓄えた偉丈夫。体のあちこちに、おそらくは拷問でできたものらしい傷が見え、その内のいくつかはまだ治っていないらしく、血がにじんでいるのが見える。両手に枷をかけられ、数人がかりで鎖で引き立てられ、何度も抵抗しながら、無理やりに法廷の中央に引き出される。

 ルダロンが、机の上に置かれた書類のうち、一番上の1枚を取り上げると、告発官が立ち上がり、罪状の説明を始める。

「猊下、この者ベルダードは、ゼフューダと申す偽りの神に仕える聖職者だと申しております。神の教えに背き、人の傷を治すため、偽りの神ゼフューダに祈り、魔法を使いました」

 ルダロンが、軽くうなずく。そして、告発を続けるよう促した。

「魔法は、(まこと)の神の忌み嫌い、厳に禁じるところなれば、この男の罪状は明白でございます。さらに、この男は、真の神の名を冒涜し、邪心の徒であることを自ら明らかにしました」

 ゲスム卿は、告発官の語る言葉を、時折あくびを噛み殺しながら、退屈そうに聞いている。告発官の言葉は続く。

「真の神を軽んじ、偽りの神を崇める邪教の徒、厳しく罰せらるべきであると、小官は考えます」

 告発官の発言が終わると、ルダロンが書記官の方に尋ねる。

「この者には、いかなる罰が適当か」

 手元の分厚い本を開き、書記官の1人が答える。

「真の神の名を冒涜した、その舌を切り取り、(むち)30を与えるのが適当と考えます」

「よいだろう。そのように」

 ルダロンの言葉を聞いて、ベルダードが怒りの声を上げる。

「ふざけるな! 何が真の神だ。貴様等の神こそ偽りの偶像ではないか!」

 枷を掛けられた両腕を振り上げ、豪雷の如く声を張り上げるが、すぐに彼を引き立ててきた兵士達に押さえ込まれ、その場に平伏させられる。

「連れて行け」

 無理矢理に鎖がひかれ、引きずられるようにしてベルダードが法廷から連れ出されると、次の被告が連れてこられる。今度の被告は、真っ赤な髪をした、若い女性だった。

「この者は、ナーディアと申す魔女でございます」

「魔女?」

街中(まちなか)で魔法を使って教団の幹部を傷つけ、兵士達によって捕えられました。本来なら、殺傷の咎で通常の法廷で裁くこともある事案ではありますが、真の神の禁じ給うた魔法による事件なれば、当法廷にて取り扱うこととなったものにございます」

 そこで、告発官が言葉を切り、ゲスム卿の方に目をやる。

「よい。ここで扱え」

 軽く手を振って、ゲスム卿が言う。

「ありがとうございます。されば、本件は当法廷の預かりとして、猊下の采配を仰ぐこととさせていただきます」

 告発官の言葉が途切れた時を狙って、ナーディアが叫ぶ。

「何言ってるんだい、あたしにいやらしいことをしようとしてきたのは、あの連中じゃないか。降りかかる火の粉を払って、何がいけないって言うのさ!」

「魔女の分際で()を言うか」

 書記官の1人が言い、もう1人がそれに続ける。

「この女は、法廷侮辱罪にも当たったぞ」

「何、勝手なこと言ってるんだい! このインチキ野郎めが」

 ナーディアの声を無視してルダロンが書記官に言う。

「この者に適当な処罰は何か」

「鉄の籠に入れて、生きながら焼くのがよろしいと考えます」

「何だって!」

 真っ青になってナーディアが叫ぶ。

「では、そのように」

 そうルダロンが言った瞬間、ナーディアの眉がつり上がる。

「ふざけたこと、言ってるんじゃないわ! ……ファイヤー!」

 その叫ぶと同時に、巨大な、一抱えもある大きさの火の玉が現れ、ルダロンに向かって飛んだ。が、それがルダロンの間近まで来たと思った瞬間、ふっ、と初めから存在していなかったかのように消え失せる。

「な、なんだって……」

 呆然としてナーディアが言う。ルダロンの口角が(かす)かに上がる。

「つまらぬ真似を。そのような魔法が通用すると思うが愚か」

 既に、兵士達によって、ナーディアは取り押さえられ、身動きできなくされている。

「連れて行け」

 いかにも馬鹿馬鹿しい、と言った風でルダロンが手を振ると、ナーディアはもがきながら、法廷から連れ出されていった。


(抗魔のテュアーウィ、ってやつかな。初めて見た……)


 裁判の順番を待たされて、部屋の隅にいたマーヤーは、この一部始終を見ていた。

 テュアーウィとは、地中深いところからごくまれに見つかる鉱石や宝石に、魔力を封じ込めたもの。おそらくは、自分に向けられた魔法の効果を無効化する効果を持たせているのだろう、とマーヤーは当たりを付けていた。老師からそういう魔道具のあることは聞かされていたが、まだ、実際に見たことはなかった。

 おそらくはゲスム卿か、またはルダロンか。地位のある者が身を守るためにそういった魔法の道具をも身に付けているのは、しかし、めずらしいことではない。


(まあ、腹が立つのはわかるけど、でも、こんなところで魔法を使うのは、だめだよね……)


 公開裁判の場に、領主が臨席するのは、開廷前に被告全員が聞かされていたことだ。無礼な真似をして、無駄に罪状を重ねないように、との一般的な警告だ。警備をする(がわ)にしてみれば、当然のことでもある。その上で、あんな真似をした以上、ナーディアの極刑は動かないだろう。

 もっとも、マーヤー自身も、初めはここで魔法を使うことを考えていた。だが、教団の(おさ)や領主のいるところで、魔法に対して何の備えもされていないと考える方が間違っている。そう思って、考え直すことにしていたのだ。

 ナーディアのような、直接的な魔法は論外として、空を飛んだり、テレポートして逃げ出すような場合に対しても、当然、何らかの備えはしてあるはずだ。高位の者が持つ抗魔のテュアーウィ以外にも、何かの仕掛けがあってもおかしくない。それでなければ、このような形での公開裁判は行えない。それに、万一、被告が本当に悪意のある魔法使いであれば、裁判を見に来ている広場の領民を襲いかねない。そのような真似が起こらないよう、領主が手を打たないはずがないのだ。


 次に引き出されたのは、年取った痩せぎすの男だった。彼の罪状は、教団の司祭が彼の孫娘を見初め、結婚を望んだが、それに反対したこと。そのために、教団の司祭に呪いを掛けて、司祭に不幸が起きるようにしたのだという。


(ほとんど言いがかりじゃない……)


 呪術、というものは確かにある。きちんとした魔法を習得していない者が、超自然的な力を求め、多くの場合、一回だけの使用のために、呪文や呪符などを呪術師から教えられて使用するのだ。

 聞く方も、教える呪術師の方も、しっかりした理論的な裏付けを知らないまま、経験則だけで伝えている術のため、人によって効果もまちまちで、実際に使ってみて、何の効果もないことも珍しくない。呪術の効果は、それを使う者の思いの強さによって決まるからで、呪術の手順と効果の間に決まった関係(レート)などないからだ。

 が、時としてそれが本当に効果を現し、しかも、使った者自身も思っていなかったほどの威力を発揮することもあるため、呪術というのは決して忘れ去られることなく、また、その怪しげな響きと共に、ある種の畏怖と嫌悪を持って人々の心に残り続けている。

 だから、老人が実際に呪術を使ったことがない、と言いきることはできない。


(でもねえ……)


 マーヤーは思う。教団の人間が、マーヤーにどんなふうに誘いを掛けてきたか。そして、先刻判決を受けたナーディアがなんと言っていたか。教団の人間は、決して品行方正で高潔な存在というわけではないのだ。むしろ、人から恨まれ、嫌われていて不思議はない。そうマーヤーは確信していた。だからこそ、こういった形で、教団に逆らう者を公開の場で処断することで、街の人々が教団に反抗しないよう、操作しているのではないだろうか。

 そんな思いにふけっていた時だった――老人に下された判決は、マーヤーの耳には入ってきていなかった。

「次の被告を連れてこい」

 ルダロンが言い、兵士がマーヤーの手枷に付けられた鎖を引く。


(あ、わたしの番、なんだ……)


 今、この場で逆らっても仕方がない。そう思って、素直に付いて、法廷に出て行く。

「この娘は、街で魔法を使いました。衛兵から逃げようとして魔法を使い、神の怒りに触れて捕えられた者です。自ら魔女であると認めております」

「魔女と認めた?」

 意外そうにルダロンが言い、少し誇らしげに告発官が答える。

「自白しております」

「では、最も適当な刑は何か」

「街の中央広場で晒した(のち)、絞首の上、火あぶりにするのが適当と考えます」

「絞首か?」

 書記官の答えに、ルダロンが意外そうに聞き返す。

「尋問の前に、進んで自白しておりますので、罪一等を減じるのが適当でありましょう」

 「では、そのようにするがよい」

 書記官の説明に、ルダロンが納得して言う。


(あ、やっぱり殺す気なんだ…)


 罪一等を減じられたところで、死刑に変わりはない。ただ、生きたまま焼かれる苦しみを味わわずに済むのが、自白による恩寵、ということだ。


(ま、いい、っか……)


 どうせ、わかっていた通りのことだ。そう思って、マーヤーは、兵士に引かれるまま、おとなしく法廷を出て行った。


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