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魔女狩りの街(1)

 「お前、見かけない顔だな」

 不意に声をかけて来たのは、いずれも同じ意匠(デザイン)の服装をした3人の男たちだった。

 ここは、リスミス。騎士爵ゲスム卿の領地だった。街の中央近くにはゲスム卿の居城――居城と言っても、少し大きめの屋敷、といった外観だが、それでもこの街ではよく目立つ建物だ――があり、それを囲むようして市街が広がっている。

 領地の中央から少し離れたところには、ゲスム卿の城と同じくらいの高さの、直方体の──正に、直方体としか形容の仕方のない飾り気のないシルエットの建物があり、その屋上から下がった垂れ幕には、X字の2本のラインの下端をカーブさせてその先を結合させた図形が書かれている。鋏を縦にしたようにも見え、人の目を90度回転させたようにも見える。

 目の前の男たちの衣装の胸のところには、白い布地に、真紅で、その図形が描かれていた。図形の中、線で囲まれた部分は、鮮やかな、かすかに赤味を帯びた黄色で塗られていて、見る者の目をそこに引き付ける。

「え、わたし……?」

「そうだ、お前だ」

 突然声をかけられ、びっくりして聞き返したマーヤーに、男が言う。

「この街の者ではないな」

「ええ、旅人だから」

「旅人?」

 男の口の端が上がり、目に不穏な光が宿る。


(あ、なんか、やな感じ……)


「この街に何の用があってやってきた?」

「え……、先へ行く途中で一夜の宿を取ろうと思って」

「ふうむ、そうか……」

 右手で顎をさすりながら、男の目がマーヤーに注がれる。

「それなら、この街のことは知らぬだろう」

「……ええ」

「ならば来るがいい。いいところへ連れて行ってやろう。今夜泊まれるところだ」

「え、そんな…」


(親切で、じゃないよね。悪だくみが見え見え、って感じ)


「いらない。宿は、自分で見て探すから」


 そう言って立ち去ろうとするマーヤーの左手を、男がつかむ。ぐい、と強引に引き寄せられ、(ひね)られた手が痛む。

「痛い、何するの!」

「おとなしくついて来な」

「……離して!」

 つかまれていないほうの手で、(スタッフ)を振り上げ、マーヤーの手を握った男の手首を打つ。同時に、それと気づかれないように、痛覚を十数倍に高める幻覚をかける。

「うわ、わわっ!」

 思いがけない痛みに耐えかねて、男の手が離れる。その隙に男から離れ、その場を立ち去ろうとするが、既に別の1人がマーヤーの前に回り込んでいた。あわてて駆け出したマーヤーは、両手を広げた男の胸に飛び込む形となってしまう。

「きゃぁ!」

「おっと、いい具合だぜ」

 慌ててそいつを突き飛ばそうとするが、すでに男に抱きすくめられてしまっていて、離れることができない。

「お前のためを思って言ってやってるんだぜ、俺たちは」

「うそ!」

「嘘じゃない。いいか、この街に来た者は、必ず教団の聖堂へ来ることになってるんだ。家のないものは最初の夜、必ず聖堂で過ごすのが決まりなんだ」

「そんなの、どうせ、あなたが、今、決めたことでしょ」

 両手に力を入れ、杖を使って男の体を突き放す。彼のみぞおちに杖の先があたり、男が呻いてマーヤーから離れる。

 騒ぎを聞きつけてだろう、いつの間にかマーヤーたちの周りには人だかりができていた。しかし、誰もがマーヤーたちの様子を見つめるばかりで、男たちを止めようとする者もいなければ、衛兵を呼びに行こうとする者もない。

「誰か、助けて!」

 マーヤーが大声で叫ぶが、誰も反応しない。周りに集まる人間は増えてくるが、誰も、この様子を何とかしようとはしない。


(な、なに、なんか変……?)


 こんな大きな街中で、しかも、まだ太陽の煌々(こうこう)と輝く真昼間(まっぴるま)だ。人びとの、この無関心さは、いくら何でも尋常ではない。

「まだ、わかってないようだな? この街じゃ、俺たちのやってることが当たり前なんだぜ?」

 余裕の嗤いを見せながら、男の1人が言った。

「ど、どういうこと……?」

「だから言ってるだろう? この街に来たら、教団の聖堂へ来る決まりだ、って。旅人のお前を聖堂へ連れて行くのは当たり前のことだ。だから、誰も邪魔をしようとはしない。おとなしく聖堂へ来ないお前の方が、間違ってる、ってことだ」


(本当……なの?)


 そんなはずはない、と、マーヤーの本能が告げていた。

 たとえ、男たちの言う決まりが本当のことでも、彼らがマーヤーを連れて行こうとしているのは、別のところだ。聖堂へ(いざな)うのなら、もっとやり方があるはずだ。

 だが、ここでこれ以上騒ぎを大きくするのも得策とは思えない。これだけ人々の目が合っては、魔法を使うわけにもいかない。

「……聖堂へ、行けばいいの?」

「そうだ」

「……わかった、行く」

「よし、そうだ。……最初からそう言えばよかったものを」

 聖堂というのは、あの垂れ幕の下がった直方体の建物のことだろうか。

 そう思って、男たちに付いて歩きだそうとしたマーヤーに、しかし、彼らは別の方向を指さした。

「こっちだ」

「こっち? ……聖堂は、あの大きな建物じゃないの?」

 まだ、周囲には街の人々がいる。それを意識して、マーヤーは、あえて大きな声で尋ねた。先頭に立った男が大きくうなずく。

「そうだ、確かに聖堂はあれだ」

「だったら、どうしてそっちへ行かないの」

「その前に、まず行くところがあるからさ。……ついてこい!」

 ぐい、と手首をつかまれ、乱暴に引っ張られる。仕方なく、マーヤーは男の言うままに歩いて行った。

 そのまま、人気のない裏通りへ引きずられていく。それとともに、周囲にいた街の人々も、離れ去っていき、やがて周囲には誰もいなくなる。


(あー、やっぱりこれ、危ないやつだ……)


「どこまで、行くの?」

 裏通りを抜け、街のはずれまで来た時、マーヤーは言った。

「は、そうだな、この辺りでいいんじゃないか」

 嫌らしい目つきで、男が笑う。あたりはもう家もなく、遠くに畑が見えるだけだ。城壁のないこの街は、すこし歩くだけで、街を抜けて荒れ地に出てしまう。

 領主の居城と、聖堂が、遠くに見えるのが、辛うじて、ここが街の近くだということを知らせてくれる。当然、もうこの辺りに人の姿はない。

「少し、楽しんで行こうじゃないか」

「ああ、少しだけ、な」

 3人の男がマーヤーの周りを取り囲んで言う。

「ふうん、楽しんで、ね…」

 彼らの位置を確認しながら、マーヤーが答える。それに(こた)えるように、マーヤーの手首を握っていた男が、ぐい、とマーヤーを引き寄せた。

「そうさ、こうして、な」

 男がマーヤーを抱きすくめようとする。その瞬間、マーヤーの体から、炎が噴き出し、マーヤーの姿は1本の火柱と化した。いきなり目の前に現れた巨大な火炎に目がくらみ、熱気にあおられ、男たちが慌ててマーヤーから離れる。

「な、なんなんだ、こいつは!」

 マーヤーから逃げるようにして距離を取った男たちが一所(ひとところ)に集まるのを見て、マーヤーの口元に薄い笑いが浮かぶ。炎はすでに消え、マーヤーの周りには熱気の残滓すらない。

「楽しませて、くれるのでしょう?」

 マーヤーの右手が肩まで上がり、握った手の指が2本、立てられる。

 次の瞬間、男たちの立っていた地面が音を立てて崩れ、すり鉢状の穴が開く。辺りの地面は粉々に砕け、細かい砂に変わっている。

 砂がゆっくりと動き始め、渦を描くように回り始め、男たちをその中に巻き込んでいく。らせん状に流れる砂に呑み込まれ、男たちは、少しずつ、地面の中へと吸い込まれていく。

 男たちの顔に恐怖が浮かび、冷汗が流れる。引き絞るような叫びが、辛うじて喉から漏れる。が、それも全身が砂の中に埋もれるまでのことだった。

「もう、終わり……かな?」

 小声でマーヤーがつぶやいた時、既にそこに砂地獄はなく、気を失って倒れる3人の男の姿だけがあった。


(こんな街、さっさと、さよならするに限るよね…)


 今更市街に戻ろうとは思わない。戻ったところで、どうせろくなことにはならないだろう。目の前に倒れている男たちが、彼らの言う教団の関係者であるのは間違いない。

 幸い、すでにここは街のはずれだ。行く手を妨げる城壁もない。そう思って、街と反対の方へ歩き始めた時だった。何頭もの馬の蹄の音が聞こえてきたのだ。思わず、そちらへ顔を向ける。


(え、嘘……!)


 僧兵。それも、騎馬の。

 男たちの衣服にあったのと同じ図形の描かれた盾を持ち、鎧兜に身を固めた騎兵がマーヤーの方へ突き進んでくる。

「いたぞ、あそこだ」

「魔女を逃がすな!」

 口々に叫ぶ声が聞こえる。明らかに、彼らの狙いはマーヤーだ。


(まずい……、どうする?)


 どうして、彼らはマーヤーを狙ってやってきた? それに、魔女?

 そんな思いが頭の中を駆け巡り、一瞬、判断力が失われる。そうする間にも、僧兵たちは距離を詰めてくる。


(いけない……!)


 とっさに不可視(インヴィジブル)の魔法を使って姿を消す。悪手だとは承知している。何人もの目の前でいきなり姿を消せば、魔法を使ったのは明白で、しかも、その場を離れる余裕もないため、探されればすぐに見つかってしまう。

「魔女が魔法を使ったぞ」

「魔女の魔法など恐るるに足りん。神の加護を受けた我々の力を見せてくれる」

 そんな声が口々に叫ばれるのが聞こえる。


(やばいかな、魔法使ったの、見え見えだったし……)


 僧兵たちが周囲を取り囲み、ぐるぐると回りながらマーヤーを探していて、隙間から囲みを抜け出すことができない。彼らは、マーヤーが姿を消した場所に、まだ隠れていると確信しているらしかった。徐々に囲みが狭まってきていて、間もなくマーヤーのいる場所に彼らの手が触れる。


(今のうちに、空へ……)


 そう考えた時、僧兵の1人が、マーヤーの消えた場所を狙って投網を打ったのだ。

 姿は消えていても、その場所にいる以上、網から逃れるすべはない。網がマーヤーにかぶさり、彼女の輪郭が(あらわ)になる。

「きゃ! し、しまった!」

 重い網が全身にかぶさり、もがくこともままならない。

「いたぞ、あれだ!」

「取り押さえろ!」

 僧兵たちが、マーヤーに殺到する。あっと言う間にマーヤーは取り押さえられ、網に包まれたまま、縛り上げられていた。


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