テューラの金鉱(3)
夜遅く、人々が寝静まった頃。
夜回りの警備兵が、いつものように街を巡回していた。2人1組で、いくつかの班に分かれて街中を回っている。
ひんやりとした夜気が薄い霧を運び、気のせいか、肌寒さを感じる。
こんな夜は、さっさと見回りを済ませて帰りたいものだ、と思いながら、足早に警備兵は歩く。大通りの店の灯も既に消え、手にした松明の火だけが辺りを照らし出す明かりだ。
冷え冷えとした静寂の中に、自分たちの足音と、鎧の金具の擦れる音だけが、低く響く。昼間なら耳に届かない微かな音が、今は、はっきりと耳に響く。
そんな中。
きし、きし、という微かな音が響いてくる。
石をすりあわせるような、しかし、もう少し乾いた、軽い音。
そして、ひた、ひた、という規則的な音。
気のせいかと思うほどに、静かな響き。
わずかな間の後に意識から消え、しかし、再びどこからともなく聞こえてきて、再び注意を呼び覚ます。
できることなら、気付かぬふりをしてやり過ごしたい、そう思いながらも、追い払おうとするごとに意識の中に入り込んでくる音。なぜか、それは不吉な予感を伴う。
ついに絶えられなくなって、音のする方へ足を向ける。
小走りで通りを少し進み、白く煙った闇をすかすと、そこに、白い影が浮かぶのが見える。
こんな夜更けに外出している者が、街の、普通の住人の筈がない。
「誰だ、そこにいるのは!」
知らず知らずのうちに、声が大きく、早口になる。
誰何に対する答はない。
白い影は、ゆっくりと通りを進み続ける。
「誰だ、お前は!」
いらだって、その影の方に近づいた警備兵の表情が、戦慄に固まる。
歩いているのは、1体の骸骨。警備兵を無視して、かく、かく、と不自然な動きで歩き続ける。
アンデッド。さまよう死者。死して後、安らぎを得られない魂がこの世にさまよい出た怪物。死者にして死者にあらぬ、非死の者。
さまよう死。
死という、生者の持つ、根源的な恐れを振り払い、衛兵は剣を抜き、骸骨を追う。
それに気付いた様子もなく、骸骨は歩き続け、通りの角を曲がった。
走り寄る警備兵が、骸骨の後を追って、同じ角を曲がるが、しかし、そこに骸骨の姿はなかった。
同じ夜。
別の警備兵達が、やはり通りを歩く骸骨の姿を見ていた。
その警備兵達も、やはり骸骨に向かって行ったのだが、もう少しで追いつこうとしたとき、骸骨の姿は闇に溶け込むようにして消えてしまったのだった。
また、別の警備兵達は、街の門が音もなく開き、そこを通って街から出て行く骸骨を見た。
だが、骸骨が通り過ぎた後、門はしっかりと閉ざされ、閂がかかっており、誰かが――あるいは何者かが通り過ぎた様子はどこにもないのだった。
朝になって、夜番の兵達の報告を聞いた警備隊長は頭を抱えていた。
この街に、アンデッドが現れたなどという話は聞いたことがない。だが、それが現れた。
それだけならば、大した問題ではない。住人に被害の出ないうちに始末すればいい。報告にあったのが、この世にさまよい出た死者の骸骨――スケルトンなら、兵を数人差し向ければ済むことだ。
多くの場合、スケルトンというのは、誰かの魔法で作り出されるアンデッドだ。だから、スケルトンを作り出した魔法使いを見つけ、捕えるなり殺すなりする必要がある。これは、それなりに厄介な案件だ。しかし、それほど常識外れの問題でもない。
しかし、兵達の前でスケルトンが消えるとは。
アンデッドの中でも、スケルトンというのは、特別な能力を持たないことで知られている。魔法によって無理矢理この世に縛られた存在であり、特別な力どころか、知性も、意思すらも持たないとされるスケルトンは、魔法使いの命令に従う、操り人形に等しい。
報告では、門を開けて街から出、その後、門にはスケルトンが通過した形跡がなかったとも言う。そのような話は、これまで聞いたことがない。
特殊な能力を持ったスケルトンは、スケルトンではない別のアンデッドの可能性がある。スケルトンよりも強力な、未知のモンスターである恐れが。
当然ながら、次の夜は巡回の警備兵の数が増やされ、それだけでなく、神殿に聖職者の派遣が依頼された。
昨晩、骸骨が目撃された場所だけでなく、街の主だった通り全部に。そして、街の門に。4~5名ずつの班になった警備兵が、いつ骸骨が現れても対処できるよう配置され、門には、警備隊長と共に神殿の聖職者も待機していた。
その、物々しい警戒態勢を、そっと窺っていたのはマーヤーだった。
(昨夜の骸骨が、随分、効果あったみたいね)
何もせず、ただ歩くだけの骸骨が、どれだけのインパクトがあるかわからなかったので、街の数カ所で、警備兵の前に骸骨の姿を見せたのだ。そして、最後には、街から出ていく骸骨の幻も。そう、昨夜、街のあちこちで警備兵達が見た骸骨は、どれも、マーヤーが魔法で作り出した幻影だったのだ。
(今夜は、随分ギャラリーがいてくれて、うれしいな、っと)
昨夜と同じに、真夜中を過ぎ、街がすっかり寝静まるのを待つ。
何も知らない街の住人に、余計な動揺を与えるつもりはなかった。人々に無用の混乱を引き起こすのは本意ではない。
(さあ、そろそろ始めようか…)
街の一番広い大通り。シュタイナー商会の店のある通りを最初の舞台に選ぶ。
探査魔法で、警備兵の位置は正確にわかっている。
できるだけ、兵達から離れた場所を選び、物陰から現れる、といった風に骸骨を出現させる。たちまちの内に、骸骨の姿に気付いて警備兵達が集まってくる。そして、10名ほどの警備兵が骸骨を取り囲み、剣を向けた、と見えたとき、骸骨の姿は夜の闇に溶け込むように消えてしまう。
混乱と驚きの混じった兵達の声が辺りに響く。
(よし、次だ…)
骸骨に向かって警備兵が集まってきたことで、警備が手薄になった場所を選んで、次の骸骨を出現させる。
これ見よがしに通りを進む骸骨の姿に、再び警備兵達が集まってくる。そして、骸骨を取り囲んだ警備兵達の目の前で、再び骸骨は姿を消した。
同じようにして、何度も骸骨は姿を現しては、また消える。それを繰り返しながら、マーヤーは少しずつ、場所を門の方へと移していく。それにつれて、街の中に配置されていた警備兵が、だんだんと門の方へ集められていく。
そして、とうとう骸骨は、門の前で待機する警備隊長達の目の前に姿を現した。
(さあ、いよいよだね。上手くいくといいな)
前方から歩いてくる骸骨の姿を見て、聖職者が前に進み出た。右手に、リーライン神の象徴である母子像を刻んだ水晶をかざし、神をたたえ、破邪を祈願する祈りを唱える。通常のアンデッドであれば、神の力によって、不安定な非死の状態が破れ、死者はあるべき死の状態に――トワイライト・レルムへ送還されるところだ。もちろん、幻影の骸骨にはそんな効果はおよぼない。聖職者の目の前で、骸骨は、煙のように消え失せた。
骸骨が消滅したことで、警備隊長や、兵達の顔に喜びと安堵の表情が浮かぶ。その一方、聖職者は困惑の表情を浮かべていた。神の力で非死の状態が破れても、スケルトンは消滅したりはしない――骨は残るからだ。もし、このように消えるのであれば、それはスケルトンではない。
次の瞬間、重々しい音がし、門が開くのを居合わせた者達は見た。そして、開いた門から、悠然と歩み去る骸骨の姿を。そして、驚く人々の前で、再び門は音を立てて閉じたのだった。昨夜と同様、閉じられた門には閂がかかり、門が開かれた形跡は残っていない。
警備隊長が大声で命じ、門が開かれる。そして、人々の目に映ったのは、ゆっくりと街道を進んでいく骸骨の後ろ姿だった。追撃を命じる警備隊長に、聖職者が、手出しをせずに後を付けるよう告げるのが聞こえる。
(おとなしく付いてきてくれそうだね、うん、よし!)
骸骨を追うのは、聖職者と警備隊長の他に、30名ほどの兵士達。手にしたたくさんの松明の火が見える。
マーヤーの作り出した幻を、聖職者が、それと見破っていないらしいことに安堵する。
おそらく、スケルトンでないとは気付いていても、それが実体のない幻影だとは思っていないに違いない。
聖職者は、神の教理と、生死の理には通じていても、魔法の専門家ではない。そして、大抵の魔法使いは、炎や稲妻、あるいは氷や石といった手段を使って敵にダメージを与える種類の魔法を好むか、さもなくば、人の心に直接干渉して操る術を得意とし、幻術を使う者、それも、マーヤーほどに熟練した幻術師の数は少ない。
したがって、聖職者のほとんどは幻術には精通していないはずで、まして、目の前に現れたのが、幻術で作り出された幻であることに思い至る可能性は低い。
聖職者達は、だから、自分たちの追っているのは、姿はスケルトンであっても、その実体は、もっと別の悪い何か――たちの悪いアンデッドであると思い込んでいるはずだ。
(疑心暗鬼…自分たちの勝手な思い込みで、本当のことが見えなくなってるんだよね。お気の毒様)
得体の知れない、未知のアンデッド。そう思い込んでいるからこそ、聖職者も、警備兵も、前を行く骸骨にあえて手を出そうとしないのだ。
そのような、思い込みによる自縄自縛も、幻術師の得意とするところで、ある意味、これも幻術の一種と言えなくもない。
やがて、道なりに山を登り、峠を超え、空が白み始める頃、骸骨と、それを追う者達は、山の中の洞窟――あの金鉱の前にやって来ていた。骸骨は、真っ直ぐに洞窟の中に入っていき、そして姿が見えなくなる。
「スケルトン奴、洞窟の中へ入っていったぞ」
「…あの中に、一体何がある?」
警備隊長と聖職者が言い交わしていると、小屋を見つけた兵士達が言う。
「隊長、あんなところに小屋があります!」
隊長が、何やら指示を出すのが見える。20人ほどの兵士達が、聖職者と共に洞窟の入り口の周りを取り囲み、一方、残りの兵士達は、警備隊長について小屋の入り口に向かう。
(小屋の中にいるのは、錬金術師だったよね、確か)
マーヤーの知る限りでは、大抵の錬金術師は学究肌で、知識こそ、広く深いものの、魔法そのものの使用に長けている者は少ない。もっとも、だからと言って、この場にいる相手が与しやすい相手だという保証はどこにもないのだが。
扉が激しく叩かれ、しかし何の応答もないのに業を煮やした兵士達によって、扉が蹴破られる。同時に、小屋の中から炎の玉が飛び出し、先頭の数名の兵士達が吹き飛ばされる。
(あ、やっぱりだ)
錬金術師が簡単に捕まるなどとは、マーヤーも思ってはいなかった。自分で魔法を使うのが不得手であっても、魔法の力を持った道具は使える。そして、錬金術師の多くは、そういった魔法の道具の製作にも、扱いにも長けているものだ。
小屋の中には、錬金術師の用意した魔法の道具が、どれだけあるかわからない。小屋にしても、見かけ通りの、木でできた安普請の小屋ではないだろう。うっかり飛び込めば、どんな仕掛けがあるかわからない。中から火の玉を打ち出してきたことにしても、もしかしたら、兵士達への挑発、と言うこともあり得るのだ。
その一方で、聖職者に引き連れられ、10人ほどの兵士達が洞窟の中へ入り込んで行くのをマーヤーは目にしていた。洞窟の中には、罠などないのは、マーヤーが自分で確かめている。
(さあ、どうなるかな…)
警備隊長が指示を出すのが見える。数人の兵士達が松明に火を付け、合図と共に、一斉にそれを小屋の中へ投げ込み、あるいは小屋の屋根へと放り投げていく。藁葺きの屋根が松明の火であぶられ、黄味がかった煙が上がり、やがて、小さな炎が見え始める。
(火攻めだ。なるほどね…)
まともに兵を突入させないだけの分別は持ち合わせていたようだ、とわかる。屋根が燃え上がり、小屋全体が炎に包まれるのに、さほどの時間はかからなかった。
しかし、中から誰かが飛び出してくる気配はない。
(諦めて焼け死ぬ、なんて筈はないよね。何か仕掛け、してるよね…)
抜け道か、あるいは、何かの魔法の道具か。マーヤーにも知る手立てはない。
数時間して、小屋が完全に焼け落ち、跡形もなくなった後も、焼け跡に錬金術師の死体らしいものは確認できなかった。兵士達が小屋の後を調べていたが、錬金術師の死体はもとより、抜け穴も見つけられず、また、魔法に使われた道具や、錬金術のための装備なども何も残されてはいなかった。
同じ頃、聖職者を先頭に、洞窟から兵士達が姿を現す。何人かは軽い傷を負っているようだが、重傷の者は見当たらず、それほど激しい戦いがあった様子も窺えない。
(あ、あっちも終わったんだ…)
もとより、洞窟の中にいたのは、普通の――死者を死体に縛り付けているだけのスケルトンだ。聖職者がいれば、アンデッドの状態から解かれ、本来の死体に戻ることになるのは、予想できたことだ。
兵士達の何人かは、鉱石の入っているらしい袋を担いでいる。調べれば、ここで金を採掘していたことははっきりするはずだ。
兵士達は、尚しばらくの間、小屋の焼け跡を調べていたが、やがて、何も見つかるものがなかったらしく、全員が引き上げていく。
(これで、一応は落着、後は、報告を聞いた領主が、どう出るか次第かな、なーんて、わたし、そんなに甘くないんだな…)
姿を消したまま、空を飛んで、テューラの方へ急ぐ。そろそろ、シュタイナー商会の荷車が鉱石を運び出すため、街から金鉱の方へ向かっているはずだ。
峠を越えて、少し行ったところで、マーヤーはこちらへ向かってやって来る荷車の影を見つけた。兵士達が金鉱を発見し、スケルトン達が一掃されたことなど、知るよしもなく、何の警戒もなく、のんびりと車はやって来る。
(さて、と、ちょっと、いたずらをしてあげましょうか…)
荷車の御者は、峠で休息を取っていた。前方を見渡しても、道を通る者は人っ子一人いない。いつもの、見慣れた山道だ。このまま行けば、日暮れまでに金鉱へたどり着けるはずだ。
そう思って、山道を下り始めたとき、御者は、自分が30人ほどの警備兵に取り囲まれているのに気付いた。
今の今まで、これほどの兵士達の姿は見えなかった。それが、いきなり姿を現したかと思うと、手に手に剣を構え、自分を取り囲んでいるではないか。何が起きたか、咄嗟に理解できず、御者は頭の中が真っ白になっていた。
「お前は、どこへ行く?」
警備隊長が訊く。道の先には、あの金鉱しかないのはわかっている。
ならば、そこへ行こうとしているこの荷車の御者は、その一味の者に違いない。
言い訳すら口にできないまま、御者は縛り上げられ、兵士達と共に、テューラの街へ引き返すこととなっていた。
御者が、兵士達の存在に気付かなかったのは、マーヤーの仕掛けた魔法のせいだった。
不可視の術ではない。群衆や、あるいは軍勢の存在を気取らせないようにする魔法。姿を見えなくするのではなく、単に、そこにいる者への注意を引かせないようにする魔法だ。兵士達にかけたわけではないから、彼等はそんな魔法が使われたことに気づきもしない。
魔法をかけられた御者は、前方からやって来た兵士達に気付くことなく、逃げ出すこともなく、まんまと彼等に囚われることとなったのだった。
錬金術師が逃げ、その証言を得ることができなくなったが、その代わりに、御者の口から事の次第を聞くことができれば、事件の全容を知るのは容易になる。
マーヤーの仕掛けた工作だった。
(わたしのやることは、これで全部、かな…)
これ以上、目立つことをするのは性に合わない。そう思って、さっさとその場を立ち去ることにする。が、一つだけ、気になったことがあった。
(小屋の錬金術師、どうなったんだろ?)
火をかけられるよりは早く、逃走の準備を整えていたはずだった。それでなければ、あの焼け跡の、完璧なまでに何も残さない状況は考えられない。
だとしたら、どの時点で危険が迫ったことを察知しただろうか。幻の骸骨を追ってきた兵士達が、洞窟前にやって来たときか。それとも、もっと前か。それとも…?
(まあ、いい、っか)
今、そんなことを気にしてみても仕方ない。そう思って、再び旅路へと戻っていくマーヤーだった。




