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テューラの金鉱(2)

 山間(やまあい)から日が射し始め、少しずつ、あたりが明るくなってくる。空は澄み渡り、雲一つない天気だ。少し冷たい風が吹いて、徹夜明けのマーヤーの眠気を吹き飛ばす。それでも、さすがに気分爽快とはいいがたい。


 (さあて、今日はどんな日になるのかな…)


 少し不機嫌な顔で、マーヤーは小屋の方に目を向ける。

 夜中中(よなかじゅう)、錬金術を駆使していた魔法使いは、あれから眠ったのだろうか──もしかしたら、まだ眠っているのかもしれない。そう思うと、少し、気分がとげとげしくなる。


 (いけないな、眠ってないから、いらいらしちゃう…)


 ポーチから、何種類かの葉を取り出して、噛む。眠気を取るハーブは、効き目はあるが、気が立ってくるのをどうにもできない。落ち着きがなくなれば、思考も鈍る。だから、別のハーブを使って、心を落ち着かせることにする。

 ハーブの効き目が現れ、感情の波が心の中から消え去りかけたころ、小屋の扉が開いた。出てきたのは、荷車の御者だ。厩舎の方へ行き、馬を連れてきて車につなぐのが見える。


 (さて、何を運ぶんだろう…?)


 マーヤーが様子を見ていると、小屋の中から、中身がいっぱいに詰まった袋を担いだスケルトンが出てきた。それを、引きずりながら運ぶと、荷車に乗せる。その様子から、中身(なかみ)は、かなり重いもののようだ、とわかる。1つの袋を乗せると、スケルトンはまた小屋に戻り、次の袋を運んでくる。2つ目の袋を車に積むと、スケルトンは小屋の中へ戻っていった。

 それを確認すると、御者は馬に鞭をくれ、荷車はゆっくりと道を進み始めた。

 昨日と同じように、マーヤーは姿を消して、空中から荷車の後を追っていた。

 小屋からも、洞窟からも、あの後、誰も――あるいは何も出てきた様子はない。

 昼少し前、車は峠にさしかかろうとしていた。少し開けた場所で御者は車を止め、1本の木に馬をつないだ。木の根元に腰を下ろし、何かの包みを取り出すのが見える。


 (あ、ごはんだ…)


 パンとチーズの(かたまり)を取り出すのを見て、マーヤーはそう思った。


 (そういえば、わたし、昨日から何も食べてないんだ。…うー!)


 そう思うと急にお(なか)がすいてくるが、どうしようもない。我慢して、御者が食事を終えるのを待つ。


 (さ、って、っと。そろそろいいかな…?)


 食事を終えた御者が、片付けを終えた頃を見計らって、魔法をかける。強い眠気が御者を襲い、1つ、2つあくびをすると、その場で仰向けになって、いびきをかき始める。

 その様子を見たマーヤーは、ゆっくりと、荷車の上に降り立った。


 (この袋だね、小屋から持ってきたのは)


 袋の口を縛っている紐をほどいて、中を見る。そこには、ウズラの卵ほどの大きさのものから、マーヤーの(こぶし)よりも大きなものまで、大小様々な、形も不揃いのたくさんの(かたまり)(かたまり)が入っていた。手に持てば、かなり思い。そして、日の光を受けて、キラキラと金色の光を放って輝いている。


 (金…、本物の?)


 あの洞窟は、金鉱だったのか、と思いが至る。何者かが、山の中で、スケルトンたちに金を掘らせているのだ、と。掘り出された鉱石を魔法使いが錬金術で精錬し、できあがったのがこの袋の中の金なのだ。

 命のないアンデッドなら、どんな過酷な場所でも、危険な環境でも不平を言わず、命じられたままに働く。使う方にして見れば、これほど都合のいい奴隷はない。


 (一体、誰が…?)


 車がどこへ行くか、見定めればわかるはずだ。そう思い、袋の中の、一番小さそうな粒を2、3個取り出してポーチに入れ、再び空に舞い上がると、御者にかけた魔法を解く。

 もっとも、魔法が解けたところで、食後の一番眠い時間だ。すぐに目が覚めるわけでもない。眠りから覚めた御者が、再び車を動かし始めたのは、それから小半時もたってからのことだった。


 峠を越えると、道はなだらかな下りだった。山の斜面を、幾度も折り返しながらずっと先に見える街まで続いている。山を過ぎれば、後は、荒れ地の中を通る一本道だった。


 (行き先はあの街、で、ほぼ確定かな)


 荷車の後を付けるには、マーヤーも街の中へ入らなくてはならない。

 姿を消したり、空を飛んで防壁を越えたりして、門を通らずに街の中へ入るのは、どこの所領でも禁じられている。マーヤーの実力(レベル)なら、見つかる恐れはほとんどないとは言え、もし発見されれば重罪人として追われることになる。


 (先回り、しようか…)


 行き先がわかっていれば、空を飛ぶマーヤーの方が遙かに速い。

 街の近くまで行って地上に降り、人目のないところで不可視(インヴィジブル)の魔法を解くと、1時間ほど歩いて街の門の前に出る。

 そのまま、マーヤーは門の前に並ぶ、街へ入ろうとする人々の列の最後尾に着いた。荷車の速さで、ここまでたどり着くのは夕方近くなる、とマーヤーは計算していた。


 (車を引いてたのは普通の馬だし、魔法の道具は持ってなさそうだったから、まず、外れはないよね。他の街へ行く、って選択肢もないだろうから…)


 だから、夕方まで、街で時間を潰そう、とマーヤーは考えていた。

 本当なら、尾行する相手から目を離すのは、してはならないことだった。だが、あの御者と荷車の様子なら、これで問題ない、とマーヤーは踏んでいた。


 (それに、…ごはん! おなか、すいた)


 食べられるときに食べておきたい。そう思ってもいたからだった。

 門衛の前に出たマーヤーは、この街へ来た目的を、単に次の街へ行くための通過地点だ、と答え、求められただけの通行税を支払った。コルターの時のような、変な誤解を招かないよう、小銭は混ぜずに、銀貨3枚を出す。そのついでに街の名を聞くと、テューラ、という答だった。

 にぎやかな通りで、食事のできる店を探す。夕餉時にはまだ早く、マーヤーの外に客はいなかった。具がたっぷりのシチューとサラダ、中くらいのパンを3個と一塊(ひとかたまり)のチーズ。ウェイトレスがあきれてマーヤーの顔を見直すほどの量を注文すると、程なくして運ばれてきた料理を一気に平らげる。


 (よっし、っと。元気、出た)


 店を出ると、そろそろ日暮れが近い。マーヤーは街の門へと急いだ。

 予想通りなら、もうそろそろ荷車が街に着くころだ。門限が近くなって、町へ入ろうとする人の数は増えており、雑踏の中、マーヤーは人混みに紛れながら門の方を窺っていた。

 やがて、待っていたものが門を入ってくるのが見えた。


 (来た。予想通りだ)


 マーヤーが見張っているとは夢にも思わない御者は、そのまま車を進め、一番広い通りの方へ向かっていく。街の中心らしいその道へは、他にもたくさんの人が歩いていき、マーヤーはその中に混じって、少し離れて荷車の後を付けて行った。

 通りにほかに車はなく、人通りの多い中を、車はゆっくりしか進めず、見失う可能性は低い。やがて、車は1軒の大きな店の前で止まった。


 (あ、あれ、見たことある…)


 掲げられた看板には、(てのひら)の上に載った地球の絵。そして、その下に書かれた、シュタイナー商会という文字。残光を浴び、その金文字がきらりと輝く。


 (ここにもあるんだ、シュタイナー商会…)


 おそらく、大きな街のどこにでも、支店があるのだろう、と思い、納得する。それだけ、幅広い商圏を持ち、国に大きく入り込んでいるのだ。

 ファービュアスの残した「シュタイナー商会の(たくら)みのいくつか」と言う言葉が甦る。それにマーヤーが関わるという予言。


 (この前は、モンスター用の武器や武具。今度は、スケルトンの金鉱、って、一体、何なの、この店は?)


 コルターで出会った冒険者達に、もっとよく話を聞いておくべきだった、と悔やんでみても仕方がない。こんな街中(まちなか)に堂々と店を構えている以上、裏で何をしているかはともかく、少なくとも表向きはまともな商人の組織の筈。それも、とてつもなく巨大な組織だ。

 店の中から現れた数人の男達が、金塊を入れた袋を荷車から降ろし、建物の中に運び込むのを見て、マーヤーは足早にその場を立ち去った。


 その晩は街の宿屋で過ごしたマーヤーは、翌朝、門が開くのを待って街を後にした。

 魔法で姿を消し、空を飛んで、金鉱に戻ると、小屋の扉が閉ざされているのを見、洞窟の中へと踏み入れた。

 中に罠はない筈だ、と、今回はマーヤーは思った。ここで金を掘り出しているのは間違いない。予想通りなら、中はスケルトンたちの働く場所。周囲の様子に注意を払う能力のないスケルトン達が出入りしている以上、罠はないに違いない。…少し乱暴な推測だが、きっと間違っていない、とマーヤーの勘が告げていた。

 音を立てないよう、洞窟の中は歩かない。魔法で地上からわずかに浮き上がったまま、空中を進む。

 思った通り、洞窟の中に灯りはない。スケルトンは肉眼でものを見るのではない以上、スケルトンだけのいるところなら、照明など意味がないからだ。

 暗闇の中で、その場にあるものを感知する魔法が役に立った。視力を得るのではなく、その場にあるものを探知し、感知する魔法だ。そこにある物を直接見るのではなく、どこに何があるかを知ることができる。この魔法のおかげで、マーヤーは肉眼を持たないスケルトンたちと、同じ条件で洞窟の中を動き回ることができた。

 洞窟は、かなり奥まで続いている。うっかり周りのものに触れたりしないよう気を付けながら、マーヤーは先を急いだ。

 洞窟の奥の方から、岩に何かを打ち付ける音が響いてくる。音のする方に行ってみると、そこでは、何体ものスケルトンが、素手や、あるいは粗末な道具で地面を掘っていた。そして、別のスケルトン達が、掘り出された岩塊を運び出して、一カ所に積み上げている。


 (あれが、金…金の鉱石)


 洞窟からスケルトンたちが運び出してきた鉱石だ、とわかる。そして、ここは、無数の死者たちが永遠に奴隷となって働く、まさに地獄の金鉱なのだ。

 スケルトンは、隠れて様子を窺うマーヤーに気づく様子はない。おそらく、命じられた以上のことはしない、あるいはできないのだ。


 (…これだけわかれば、十分)


 マーヤーは、そっと、その場を後にした。

 洞窟から出ると、そのまま空高く浮かび上がって、その場を離れる。とりあえずは、またテューラの街へ戻ることにする。


 (さて、これからどうするか、よね…)


 金鉱の黒幕がシュタイナー商会なら、これもファービュアスの予言したことの1つなのだろう。シュタイナー商会の(たくら)みのいくつかに関わる、との予言。


 (死んだ人を、あんな(ふう)に奴隷にするなんて、許せることじゃない。うん、それはわかるし、そう思う。でも…)


 義憤は感じる。しかし、自分はそのために戦うべきだろうか?


 (わたしは、正義の味方じゃない。だから、できることなら、やってもいいけど、できないことまで無理にはやらない…って、やりようがないし)


 そもそも、こういう罪――これが法で裁くべき罪だとしてだが、それを裁くのは領主の勤めだ。マーヤーが――意に反してながら――所領持ちの貴族だとしても、ここはマーヤーの治める所ではない。そうであれば、マーヤーには何の権限も責任もない。


 (つまり、この土地の領主様に頑張ってもらうのが筋だ、って思うんだよね)


 この土地を収めるのが誰かは知らなかったが、調べるのはむつかしくない。居城を探して会いに行くことは──一介の市井人、つまり普通の人には無理でも、貴族の身分を明かせば不可能ではないはずだ。以前出会った聖騎士の話では、マーヤーの父親は名の通った大貴族とのこと。ならば、その娘に対しても、相応の礼を取ってくれるに違いない。

 もちろん、その前に、マーヤーがエフライサス子爵であることを、相手に信じさせなくてはならないが。供も連れず、庶民の身なりをしたマーヤーが、事前のアポイントもなく見知らぬ貴族の居城を訪ねたとして、取り合ってもらえるかどうかはわからない。貴族らしい所の全くないマーヤーを、領主が相手にしてくれるかどうか。ブローチがあっても、領主に会うことができなければ、用をなさない。悪くすれば、身分詐称を疑われて投獄されかねない。


 (それに、それ、やりたくないんだよね…)


 まともに領主に面会して、力を借りたりすれば、それは、おそらくマーヤーの両親の耳にも入るに違いない。そうなれば、マーヤーの足取りは、両親の知る所となるし、両親と対面する可能性も出てくる。そうでなくとも、貴族の社会に関わりを持ちたいとは――その社会の一員として関わりたいとは思わなかった。だから、その選択肢は捨てることにする。

 それだけではない。シュタイナー商会のような有名な商人であれば、貴族とつながるパイプも太いはず。だから、ひょっとしたら、領主とシュタイナー商会がつながっている可能性すら否定できない。そうだとしたら、直接領主に会うことは、逆効果でしかない。仮にマーヤーの身分が受け入れられ、貴族として遇された所で、いや、そうなれば余計に、邪魔者として片付けられてしまうかも知れない。

 もちろん、領主の知らないうちに、シュタイナー商会が金を採掘している可能性も高い。もし、そうなら、領主としても隠し金鉱を放っておくわけにはいかないはずだ。領内の資源は基本的に領主の、あるいは帝国の所有するもの。それをいかに大商人と言え、個人が占有することは許されない。採掘にスケルトンを使っている以上、商会と領主が癒着しているのでなければ、あの金鉱は非合法のものであると考えてよい。


 (うーん、さあ、どうしよう…)


 シュタイナー商会のような大物が関わっていなければ、話は簡単だ。近くの神殿に行き、山の中でスケルトン――アンデッドを見たことを知らせればよい。そうすれば、神殿から、死者の魂に安らぎを与えるために聖職者が派遣されて、スケルトンはアンデッドの身から解き放たれ、金鉱の経営者は神の名の下に処断されることになる。

 シュタイナー商会のことを知らなければ、マーヤーは迷わずにそうしていたはずだった。

 だが、金鉱が、シュタイナー商会につながるものであることが、問題を難しくさせていたのだった。


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