テューラの金鉱(1)
澄み渡り、雲1つない夜空。月はなく、今にも地上に降り注ぎそうな満点の星々。
静かに更け行く夜の静けさの中、赤々と燃える焚き火の炎。時折、くべられた木のはぜる音が静寂を破る。
闇の中に明るく輝く炎を見つめ、マーヤーは物思いにふけっていた。
(とうとう、やっちゃった…)
魔法を。本気で、魔法使いとして。
魔法使いでない、普通の人になりたくて、封印しようとしてきた魔法。
今までのように、やむにやまれずでもなく、必要に迫られてでもなく。それと意識しないうちに、つい思わず、でもなく。
自分から戦いに飛び込んで。
避けようと思えば避けられたのに。
大勢の、普通の人の前で、自分が魔法使いであることを隠さずに。あたかも名乗りを上げるようにして。
村での平穏な暮らしと引き換えに。
今までの、通りすがっただけの場所とは違う、ラルシャのいた村。
普通の人に、なれたかも知れない村。
そんな場所に、背を向けた。
ラルシャのために。
(そうなんだ。わたしと同じ望みを追っていたラルシャの夢は壊せなかった。
そんなことをしたら、わたしを否定しちゃうから。
わたしの夢も、わたしは守れなくなる、って思ったから。
ラルシャの夢を奪って、わたしの夢を叶えるなんて、できなかった)
マーヤーが魔法を使わなければ、ラルシャは村を出ることになっていた。
それは許せなかった。
だから、マーヤーは魔法を使った。
自分と同じ夢を持ったラルシャのため。
ラルシャの夢を守るため。
自分の代わりに、ラルシャが夢を叶えるために。
ラルシャに託した、自分の夢のため。
(わたしが得たのは、ラルシャが捨てたもの。
ラルシャが手放したものを、わたしが受け継ぐなんて…)
少し、滑稽な気がして、口元が緩む。
(結局、わたしは、魔法使いの道を選んじゃったんだね)
あの場で、ラルシャを生かせて普通の人になる道を選ぶか、ラルシャを止めて魔法使いとして立つか。その一瞬の決断で、マーヤーは、魔法使いとしての自分を選んだのだ。
(もう、迷わない。…ううん、迷えないんだ、わたしは。迷おうとしても、最後に選ぶものは、決まってるから。
魔法と共に生きる。それしかない、…それしかできないんだ、わたしには)
自嘲ではなかった。
自分の心の奥底で、選んでしまった答。意識の上でどれだけ葛藤しても、結局変わることのない答。それをマーヤーは悟っていた。そして、それが求める魔法使いとして生きる覚悟、それもマーヤーは受け入れていた。
薪が燃え、火が心持ち勢いを失っているのがわかる。星々の位置が変わり、夜は、一層深くなっていた。
(もう、寝ようかな…)
そう思ったときだった。近くを歩く、何者かの気配を感じたのは。
街道からは、離れている。
街道であっても、こんな時刻に通るものなど、普通なら、いない。
(盗賊? それとも…)
急いで火を消し、魔法で自分の姿を隠す。そのまま、ゆっくりと空中に浮かび上がって、闇の向こうに目を凝らす。
(あれは…!)
ぼんやりと、白い影が見える。ぎこちなく、覚束ない足取りで、1歩、また1歩と進むのは、1体の骸骨。そして、その後から追うようについてくる、ローブをまとった人の姿。
(アンデッド…?)
魔法で操られているだけの人骨ではない。アンデッドとして、かりそめの命を与えられたものだ、とマーヤーは確信していた。おそらくは、後ろにいるのがスケルトンを作り出した魔法使い──ネクロマンサーだ。
(どこへ行くんだろう?)
スケルトンの動きに精彩がないのは、まだ、作り出されて間がなく、トワイライト・レルムから引き戻された心識が、アンデッドの体になじんでいないからか。
気になったマーヤーは、スケルトンとネクロマンサーの後をつけることにした。知性や自我を持たないスケルトンはもとより、ネクロマンサーも、こんな夜中、人間に遭遇することは想定していないのだろう、マーヤーに気づく様子はない。
(死人をアンデッドにするなんて、まともな人間のすることじゃない、って、御師様は言ってた…)
マーヤーは、死者の眠りを妨げたり、あるいは生命をもてあそぶ類の魔法は一切教えられていない。が、アンデッドという存在、その成り立ちや特徴についてはきちんと学ばされている。生と死の仕組み、そしてアンデッドという存在を理解した上で、そういったものに関わる魔法に手を出さないこと、それが師のマーヤーに施した教育だった。
スケルトンは、死んだ生物の心識が肉体を離れ、トワイライト・レルム――中陰の世界にある内に、トワイライト・レルムから死者の心識を呼び戻して、命をなくした死体に封じ込めたものだ。
既に死んでいる肉体は、徐々に腐敗が進み、やがて白骨化する。そのプロセスはアンデッドとなった後も止まることはない。多くの場合、死後、ある程度の日数が経ち、腐敗の進んだ状態の死体がアンデッドにされるため、アンデッドとなった時点ですでに骨だけとなっていることが多く、また、腐肉が残っていても、程なく骨だけの姿となることから、スケルトンの名で呼ばれている。
知性や自我はなく、アンデッドを作り出した魔法使いの命じるまま、何も理解しないままに行動するか、あるいは、外界からの刺激に反応するだけの反射的な行動しか取らない。悪意のある魔法によって死体に囚われた、哀れな死者がスケルトンだ。
その体は、魔法によって動いているため、骨や腐肉によっては実現できない筈の運動能力を持つ。魔法がスケルトンの体に馴染むほどに、その行動はスムーズになり、運動能力も向上していく。マーヤーが追ううち、スケルトンの動きが少しずつ滑らかになり、そして歩く速度も増していくのがわかった。それは、それだけのわずかな間に、スケルトンの動きを向上させるだけの能力が、ネクロマンサーに備わっていることの証でもある。
(もしかして、結構、面倒な相手かも。関わるとやばい…、かな?)
そんな思いが浮かぶ。スケルトンのような、五感や意識を持たないアンデッドには、マーヤーの得意とする幻術は一切通用しない。スケルトンには、見たり聞いたりする能力がない以上、幻を見ることもできないないからだ。
(でも、見ちゃった以上、放っとくわけには、ね)
正義感、というわけではない。魔法使いとして生きようとは思っても、冒険者になるつもりはないし、まして、正義の味方を気取る気などない。
あったのは、ただ、無視できないという思い――引っ掛かりだけだ。ノブレス・オブリージュなどという言葉こそマーヤーは知らなかったし、自分を特別な立場だという思いもなかったが、師から受けた薫陶によって植え付けられたそんな思いが、マーヤーを動かしていた。
どれだけ、歩いただろうか。スケルトンは、荒れ地を過ぎ、森の中に入り、山の中へと進んでいく。時折低木の枝にぶつかって枝が折れ、骨に残った腐肉が飛び散るが、当然スケルトンはそれを意に介さない。むしろ、後を追うネクロマンサーの方が枝を避け、飛んで来る腐肉を避けるために身をひねり、あるいは地面の苔に滑りかけたりして歩きづらそうだ。スケルトンには苦にならない上りの道も、ネクロマンサーには、結構しんどそうに見える。空を飛んで跡を追うマーヤーには、その様は、むしろ滑稽にさえ見えた。
やがて、東の空がうっすらと明るくなり始める頃、スケルトンは森を抜け、洞窟の前にたどり着いていた。
よく見れば、崖の中に直径3メートルほどの穴が穿たれ、その周囲の木々が切り倒され、20メートルほどの半径の半円形の広場ができている。左手には、やや大きめの小屋があり、右の方には、荷車が通れるほどの幅の道が見える。
ネクロマンサーが何か指示をすると、スケルトンは、そのまま、洞窟の中へと消えていった。それを見届けると、ネクロマンサーは小屋の前に行き、中に向かって声を上げた。やや間があって扉が開き、中からもう1人の魔法使いらしい姿が現れる。灰褐色の薄汚れたローブを纏った姿。二言三言言葉を交わすと、2人は小屋の中へ入っていった。
(仲間がいたんだ。…一体、ここは何なんだろう?)
洞窟の中で、スケルトンが何をしているのか、が気になる。中へ入ってみることも考えるが、マーヤー1人では、罠が仕掛けられていたりした場合、対処ができない。いくら魔法で姿を隠しても、機械仕掛けの罠は回避できないし、五感を欺く類の魔法はスケルトンには通用しない。
中にどれだけのスケルトンがいるかもわからない。先程のネクロマンサーの様子を見た感じでは、スケルトンを洞窟へ送り込むのは初めてのことではないようだ。うっかり取り囲まれるようなことになれば、逃げ出せるかどうかわからない。魔法使いにしても、あの2人だけとは限らなかった。転移魔法の心得がないわけではないが、あまり得意な魔法ではない。咄嗟の場合、魔法に失敗する可能性もあった。
(少し、様子を見るしかないかな…)
近くにある木の内、一番高い大木を選び、できるだけ上の方の枝に降りると、そこに腰をかける。広場の右手から延びる道を見れば、木々に隠れながらも、同じ道幅を保ったまま峠を越え、麓の方まで続いているのがわかる。
日が昇り、だんだん暖かくなってくる。秋晴れの穏やかな日だ。そよ吹く風が心地よい。洞窟からは、物音も聞こえず、誰かが出入りする様子もない。小屋に消えた魔法使い達も、あれっきり姿を見せる気配はない。かすかに眠気がするのを感じ、あわてて両手で頬を叩く。うっかり眠れば、――すぐに気付かれはしないだろうが――魔法が解けて、姿が現れてしまう。
(いけない、昨夜は寝てないんだ…、って、1晩徹夜したくらいで何やってるのよ、わたし!)
ほんの少し、冒険者暮らしから離れたくらいで、と自分を叱りつけ、ポーチから1枚の葉を取り出して、噛む。ラルシャにもらった、疲れのとれる薬草だ。たちまち眠気が取れ、気分がリフレッシュされる。
そのまま、日が中天に上り、少し西に傾いた頃。小屋の扉が開き、ネクロマンサーが姿を現した。
(出てきた…)
待つのは退屈だし、緊張を強いられることもあって、あまりうれしいものではない。冒険者をしていた頃には、何日もの間、仲間と共に姿を消して潜んでいたこともあったが、できるなら、そんなことをしなくて済めばいい、というのが本音だ。ようやく動きがあったことに、マーヤーは、ほっとしていた。
ネクロマンサーは、洞窟の前を素通りし、右手の道に消えていく。マーヤーは、木の枝から舞い上がると、姿を消したまま、その跡を追った。昨夜、スケルトンの後をついて歩いていたときとは打って変わった軽快な足取り。なかなかの健脚のようだった。
時折、周囲を窺い、あるいは後ろを振り返りしているのは、何かの気配を感じでもしたのだろうか。だが、上空のマーヤーに気付く様子はない。
そのまま、山道を登り、峠にさしかかったところで、反対側から1頭の馬に引かれた荷車がやって来るのに出会った。御者が何事か話しかけ、ネクロマンサーがそれに答える。だが、マーヤーのいるところには、その内容は聞こえてこない。
(ふうん、あの車も仲間なんだ。…で、あっちは、魔法使いじゃなさそうね)
ネクロマンサーと別れ、荷車は先程の洞窟の方へと向かって行く。少し迷って、マーヤーは荷車の方を付けることにした。魔法の心得のない相手の方が、気付かれる心配が少ないことが一つ。それに、今、荷車には、空の袋以外、何も積まれていない。だから、洞窟から――あるいは小屋から、何かを運び出すのに違いない。それに興味を引かれたからだ。
荷車が洞窟の前の広場に到着すると、御者は馬を車から外し、小屋の裏手へ連れて行く。マーヤーのいた場所からは見えなかったが、そこに厩舎があるらしかった。
御者は荷車から袋を取ると、小屋の魔法使いを呼び、一緒に小屋の中へ入っていった。既に、日は山際に隠れようとしている。
(もう日が暮れるね。夜道を行く気はないだろうな…)
車から馬を外したことからも、荷車がここを発つのは明日のことだろう。マーヤーはそう推測していた。それでも、この場所から目を離すわけにはいかない。
(今夜も徹夜だね、ここで。…ちょっと、きびしいな)
高い木の枝に降り立ち、不可視の魔法をかけ直すと、ポーチから取り出した葉を噛む。疲れを癒やすハーブと、代謝を上げて寒さから体を守るためのハーブ。これで、一晩を過ごすことができる。
日が沈んでしばらくした頃、小屋の窓に明かりがともるのが見えた。そして、扉を開けて魔法使いが出てくる。手にランタンを持ち、洞窟の方へ歩いて行くと、そのまま洞窟の中へ姿を消した。
(ふうん、何をしに…?)
1時間も経った頃、再び魔法使いが姿を現した。その後に、6体のスケルトンが続いて出てくる。スケルトン達は、2体一組になり、前後に並んで1本の棒を担いでいる。棒の中央には布でできた袋が吊られ、その中には何か、重そうなものがたくさん入っているようだ。
魔法使いが扉を開くと、スケルトンは小屋の中に入り、しばらくすると、空の袋の下がった棒を担いで出てきた。そのまま、また、洞窟の中へ戻っていく。
(何だろう、あれ?
もしかしたら、あれを車で運ぶつもり? …だったら、明日、車が出てから調べればいい、っか。
洞窟の中から持ってきた、ってことはあの中で見つかった物、だよね?)
マーヤーが見張りを続ける中、真夜中になっても、小屋の灯は消えなかった。それだけでなく、時折、小屋の中から、奇妙な刺激臭が漂ってくる。時間が経つにつれ、臭いは、別のものに変わり、そのたびごとに、マーヤーは顔をしかめずにいられなかったが、そのうちのいくつかは、マーヤーに覚えのあるものだった。
(錬金術だ、これ…)
小さい頃、師の工房で、嗅いだことのあるものだ。幼いマーヤーは、その臭いにどうしても我慢ができず、泣いて師を困らせたものだ。
そろそろ、夜明けが近くなった頃、ようやく、小屋の灯が消えるのが見えた。漂ってきた臭いも絶え、魔法使いは休息に入ったらしかった。




