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ラルシャの決心(3)

 生まれた土地に居着くことができなかった者達。

 なにがしかの不始末をして、村から追い出された者。仕えていた(あるじ)の不興を買い、暇を出されたまま、次の仕官先を見つけることができなかった者。魔物と戦って手ひどい傷を受け、冒険者としてはやっていけなくなった者。犯罪に手を染め、お尋ね者となった者。生家を継ぐことができず、何の才覚もないまま放浪に出た者。仕事についても長続きせず、転々と職と居場所を変え続け、ついに居場所を得られなくなった者。

 そういった者達も、生きるためには食わなければならない。そのため、他の者を襲い、金を稼ぐ。1人よりは2人、2人よりは3人と、効率的に稼ぐために、互いに集まり、徒党を組むようになる。当然、犯罪者集団として、土地を治める者からは討伐の対象とされ、一所(ひとところ)に留まることはできない。

 あるものは、人里離れた山に隠れて山賊となり、またあるものは、各地を転々と流れ歩き、行く先々で荒稼ぎをする流賊(りゅうぞく)となる。

 そういった盗賊は、警備の行き届いた大きな街で仕事をすることはまずない。

 街道で、旅人を襲ったり、小さな村を狙ったりすることが常だ。

 一カ所に留まることのない盗賊は、襲った村からは徹底的に奪い尽くす。同じ村に戻ることはないので、後のことを考える必要がなく、また、襲った相手が少人数なら、自分たちの存在を領主などに知らされないよう、皆殺しにすることを厭わない。


 「とうとう、明日になったわ」

 朝、おはようの挨拶の代わりに、ラルシャはそう言った。明日はモリスとの結婚式だ。

 マーヤーが一緒に住んでいる間、ラルシャは、結婚式でモリスに贈る記念品――2枚のリングを重ね、数種類のハーブを間に挟み込んだ指輪を作ったり、モリスと2人で村の人たちに贈るメッセージを――モリスと一緒に――考えたりと、式の準備に時間を費やしていた。

 式で着るドレスは、決して豪華でもきらびやかでもないけれど、清楚で、美しい、ラルシャの手縫いのものだった。冒険者上がりのラルシャが、裁縫の腕も見事であるのは、マーヤーにとって驚きだった。

 今朝は、モリスはやってこない。式の前日には、花嫁と会わないのが習わしだからだ。

 「1日でも会えないと、さびしくない?」

 「は! 明日になれば会えるんだし、これからずっと一緒なんだから。かえって、1日待ち焦がれていた方が、式場での感激もひとしおよ」

 「お腹がすくと、何でもおいしく食べられるようなもの?」

 「まあ! …恋したことのない、お子様にしか言えない台詞ね、それ」

 そんなとりとめのない話をしていたときのことだった。


 (とき)の声。何かの壊れる音、何人もの人々の悲鳴。そういったものを聞きつけ、マーヤーとラルシャは家の外に出た。そこには盗賊達に蹂躙される村の様子が見えていた。


 盗賊たちは、村になだれ込むと、一番大きな建物――村の居酒屋へ押し入った。中にいた数人の客が、突然の闖入者に驚き、あわてて外に飛び出す。

 テーブルが蹴倒され、転がった椅子が踏み潰されてバラバラになる。

 店主を(おど)かし、金目のものと、酒と、食料を出させ、それらを奪い取ると、盗賊達は店主を店の外へ連れ出した。

 続いて村長の屋敷に押し入ると、(かね)と、幾ばくかの宝石類を奪い取り、村長と家族を外へ連れ出す。

 近くの家にも盗賊達は押し入り、同じように家にいた者達を連れ出した。

 連れ出された者達は広場に集められ、剣を持った盗賊達に取り囲まれている。その中に、モリスの姿があるのをラルシャは見た。


 「モリス!」

 「待って!」

 叫んで飛び出そうとするラルシャを、マーヤーが腕を掴んで止める。

 「どうするつもり?」

 「あの人を…、助けなくちゃ!」

 「魔法を使うの?」

 その声に、ラルシャの表情が凍り付く。

 「いいの、…あの人に知られて?」

 「あたしが行かなきゃ。あたししか、あの人を助けられない」

 「平凡な、普通の人になりたいんでしょ?」

 「なりたいわ! でも、あの人なしで、普通の人になんかなってどうするの!」

 そう言って、ラルシャはマーヤーの手を振りほどいた。そのまま駆け出そうとする彼女に、無言でマーヤーは魔法をかけた。

 ラルシャの体が、地面から、わずかに浮き上がる。足が地面から離れ、走ることができない。ばたばたと手足を動かすラルシャは、何が起きたか、すぐには理解できないでいた。

 「行っちゃ、だめ」

 「な、何なの、これ…」

 「わたしが、行く」

 静かに、マーヤーが言った。ラルシャの目が見開かれ、マーヤーに視線が注がれる。

 「わたしが、みんなを助ける」

 「マ、マーヤー?」

 「言わなくて、ごめんね。わたしも、魔法が使えるの」

 「え…、そ、そんな?」

 「あなたは、ここにいて」

 静かな、しかし有無を言わせぬ口調でマーヤーは言う。

 「あなたは、戦わない。あなたは、幸せな、普通の人になる」

 かすかに、マーヤーの口がほころぶ。

 「あなたの幸せのためなら、わたしは魔法を使う。わたしは、魔法使いになる」

 気圧(けお)されたラルシャの口から、言葉は出ない。

 「いい?」

 ゆっくりと地上へ戻されたラルシャの目の前で、マーヤーの姿が消える。不可視(インヴィジブル)の魔法だ、とラルシャは思った。


 ラルシャに告げた言葉の通り、盗賊達を相手に、マーヤーは容赦なく魔法を使った。


 (わたしの魔法で、ラルシャの夢を守る)


 村人達の近くにいた盗賊の体が、不意に宙に舞い上がった。何が起きたのかわからず、ただ、恐怖だけを覚えた盗賊の口から叫び声が上がる。そのまま、盗賊の体は50メートルも浮かび上がり、次の瞬間、真っ逆さまに落ちてくる。音を立てて地面に激突し、首の骨が折れる、と見えた直前、マーヤーの魔法がその盗賊を受け止め、即死から救う。盗賊は、落下の途中で既に意識を失っていた。

 目の前で起きた出来事に、村人達の口からも驚愕と戦慄の入り交じった叫びが上がる。


 (わたしの魔法で、わたしの果たせなかった夢を守る)


 犯人を求めて、辺りを見回す盗賊達の前に、不可視(インヴィジブル)の魔法を解いたマーヤーの姿が現れる。

 あえて、盗賊達の前に姿を現したのは、盗賊達に向かってきたのが自分だと、はっきりわからせるためだ。

 盗賊達には、捕らわれた村人が抵抗しているのではない、と知らせるため。

 村人達には、ラルシャの仕業ではない、と暗に知らせるため。


 (わたしは、もう振り返らない)


 姿を現したマーヤーに、盗賊達が向き直り、剣を構える。その1人の手に持った剣が、急に強い力でもぎ取られ、空に向かって飛びあがったかと思うと、十数本に増える。そして、次の瞬間、頭上から雨のように降ってくる。1本は盗賊の手から離れた剣、残りはマーヤーの作り出した幻影だが、驚きに目を見開いた盗賊には、そんなことは知るよしもない。降り注いだ剣に全身を貫かれた、と観念し、その盗賊は気を失って地面に倒れた。

 幻の剣が消え、残った本物の1本が、倒れた盗賊のすぐ脇に突き立った。


 (ラルシャの夢は、わたしの夢)


 次の瞬間、マーヤーの姿が、2人になり、3人になり、そして、4人、5人と増えていく。10人にまで増えたマーヤーが、手にした投げ矢を1人の盗賊に向かって投げつけた。幻影の投げ矢の中に、1本だけ混じっていた本物の投げ矢を肩に受け、3人目の盗賊が倒れる。

 盗賊が倒れたのは、投げ矢の先に即効性の毒が塗られていたせいだ。毒と言っても、命を奪うほどのものではない。ただ、深い眠りに落ち、数日は目が覚めない。ラルシャに教わった、草の汁で作った薬だ。


 (ラルシャの夢を壊しちゃいけない)


 「ま、魔法使いめ!」

 残った2人の盗賊が、そう叫んで同時にマーヤーに斬りかかってくる。だが、剣が当たったと見えた瞬間、目の前のマーヤーの姿がかき消すように見えなくなる。


 (わたしの夢を壊しちゃいけない)


 目の前の相手が消え失せ、驚いたのは一瞬のこと。盗賊達は、横に立つ、別のマーヤーに斬りかかるが、それも、同じように、剣がかすめた瞬間に消えてしまう。


 (わたしの夢は、ラルシャが叶える)


 更に2人ずつの幻のマーヤーを消滅させ、盗賊達が次のマーヤーに狙いを定めようとする。が、その時、地面から吹き出すように無数の(のみ)が現れ、2人の盗賊に向かって飛びついてきたのだ。


 (わたしの夢は、他の人に委ねる)


 「うわ、わ、!」

 何百もの蚤に飛びつかれ、思わず顔を覆い、飛び退()こうとする。急に無理な動きをしたため、バランスを崩し、転びかける。その隙を突いて投げられた投げ矢が、盗賊達に突き立っていた。


 (わたしの魔法が、わたしの夢を守る)


 広場にいた盗賊達は、もう残っていない。だが、騒ぎを聞きつけて、家々を襲っていた盗賊達が戻ってきたのだった。


 (ラルシャのために、魔法を使う)


 駆けつけてくる盗賊達は、6人。意識をなくして倒れている仲間達を見、何が起きたのかを瞬時に理解する。そして、彼等の目はマーヤーに注がれていた。


 (わたしのために、魔法を使う)


 胸の前で、マーヤーは両手を合わせる。合わせた手の中に銀色の光球が現れ、次の瞬間、銀色の光芒が盗賊達を包み込み、耳を(つんざ)くような轟音が辺りに響いた。


 (わたしは、魔法を使う。これからも)


 幻術の光と音に、目と耳を奪われて地面に転がる盗賊達を、マーヤーは毒塗りの投げ矢で刺していく。倒れたまま、幻の光線を浴びたと信じて固く目を閉じ、耳を塞いでいる彼等を仕留めるのは、赤子の手をひねるようなものだった。


 盗賊を全滅させて、マーヤーはラルシャの前に戻ってきた。

 マーヤーが最後に使った魔法の影響で、村人達も今は、何も見ず、何も聞いていない。


 (もう、普通の人には戻れない…なれない)


 村人の前で姿を現し、魔法を使うところを見せたのだ。戦いが始まった直後から、村人が、マーヤーを見る目は今までとは違うものになっていた。それは、モリスも同じだった。

 「マーヤー…」

 もし自分が戦っていたら、マーヤーを見る村人のあの目は、自分に注がれることになっていたのだ。そうなったら、もう村にはいられなくなっていた。そして、もしかしたら、モリスと一緒にいることも。…彼に限ってそんなことはない、と信じたかったが、すぐにはその確信は湧いてこなかった。

 「ごめんね、結婚式に出られそうにない」

 ラルシャは、黙ってマーヤーを見つめていた。

 「あなたは、幸せになってね」

 そして、マーヤーは、魔法を使って姿を消した。


 夕刻。

 既に村を襲った盗賊達は、意識を失ったまま縛り上げられ、居酒屋の倉庫に放り込まれていた。いずれ、領主のもとに引き渡されることになるだろう。

 村人達はそれぞれの家に戻り、明日の結婚式は、予定通り行われることになっていた。

 いなくなったマーヤーの代わりに、ラルシャの付き添い役は、村長の孫娘が行ってくれることになっていた。


 ラルシャは、ブック・オブ・シャドゥを棚から取り出した。そして、しばらくの間、じっとそれを見つめる。

 「マーヤーが、くれた、あたしの夢。マーヤーのくれた、あたしの未来」

 ラルシャは、自分の魔法使いとしての過去に、ブック・オブ・シャドゥに頬を寄せた。そして、胸に抱きかかえる。

 一筋の涙。

 そして、書物を目の前に差し上げると、一声、最後の呪文を唱えた。

 瞬間、手にした書物が炎に包まれる。手放すと、本のページが、1枚、また1枚と、炎を纏いながら風に飛ばされ、見る間に燃え尽きて灰となって消えていく。


 翌日。村の広場で結婚式が執り行われ、村の人々の祝福を浴び、ラルシャとモリスは結ばれたのだった。


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