表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/428

ラルシャの決心(2)

 翌朝。朝食を済ませたころ、1人の青年が訪ねてきた。

 「ラルシャ、起きているかい」

 「ああ、モリス、今日も早いのね」

 「君の顔を見ると、1日元気になれるからね」

 「ま、うまいこと言って。…ああ、紹介するわ、この子、マーヤー。この子に、結婚式であたしの付き添い役を頼むつもりなの」

 「へえ、そうなのかい。…彼女は、君の親戚か何か?」

 「違うわ、あたしに親戚なんていない、って知ってるでしょ? …昨日(きのう)出会った、あたしの友だち」

 「昨日?」

 「そうなの。森の中で道に迷って、あたしが拾ってあげた、旅慣れない旅人」


 (な、なんなんだ、それ…。拾って、って、猫の子じゃないんだし、すっかり、わたしがポンコツじゃない! …って、あ、この人が、ラルシャの旦那様になる人?)


 そうマーヤーが気づいたのは、マーヤーと話している時とは打って変わったラルシャの口調と声音(こわね)からだった。

 「へえ、ラルシャと同じ旅人なのか」

 「あら嫌だ、あたしはもう、どこにも行かないのに」

 「おっと、そうだったね。君は、僕と一緒にいるんだった」

 「そうよ、あなたを置いて、どこにも行ったりしないから」


 (あー、仲のよろしいことで…。うん、見てるだけで、おなか一杯になりそう)


 「で、彼女が君の付き添い役なんだね」

 「そう。村長様のお許しが出れば、ね」

 「そうか、じゃ、さっそく村長様のところへ行って、お願いしてこないか」

 「いいわね。じゃ、これから、すぐ」

 そう言って、ラルシャがマーヤーの方を振り返る。

 「かまわないかしら、マーヤー?」

 問題ない、とマーヤーは首を縦に振った。


 村長の屋敷──といっても、他の家よりは多少大きい程度の家は、村の中央から、やや東によったところにあった。庭を散策している、恰幅のよい初老の男にモリスが声をかける。

 「おはようございます、村長様」

 「おお、モリス、それにラルシャ。よい朝じゃな。…そちらの娘御は? 見かけぬ子じゃが」

 「結婚式で、あたしの付き添い役をしてもらおうと思ってるんです」

 「ほう、そうじゃったか」

 「許していただけますでしょうか」

 「ふうむ。…そちらは、ラルシャのお身内かな? あ、いや、ラルシャに身寄りはないんだったか」

 「はい、あたしの友人です」

 「おお、そうか。なるほど、ラルシャの式のために、この村までおいでくださったのか。ならば、付き添い役を許さぬなどとは、言えまいな。よいとも、ぜひ、ラルシャに付き添ってくだされ。…名は、何といわれるかな」

 「マーヤー」

 「そうか。では、マーヤー、よろしく頼みますぞ」

 「はい」

 「ありがとうございます、村長様」


 村長の家を辞すると、モリスは、これから仕事だから、と言って去っていった。

 「あの人、毎朝来るの?」

 「うん、そう。ああやってあいさつに来ないと、1日が始まった気がしないんだってさ」

 「それは、あなたも一緒じゃないの?」

 「ま! 何を言うのかな、この子は」

 「当たりね? 顔に書いてある」

 「っ! …ええ、そうよ。悪い?」

 「そんなことない。まぶしいだけ」

 「まぶしい、って…。あなた、ずいぶん言うわね」

 話しながら、ラルシャとマーヤーは村の中をゆっくりと歩いていた。

 秋の空は輝くばかりに晴れ上がり、涼しい風が吹く。遠くで鳥の声がする。

 村長の家の近くにある大きめの建物は、村に1軒だけの居酒屋。そのそばには広場があって、小さな神殿がある。それらを取り巻くように数十軒の家が立ち並び、その向こうには畑が見える。収穫を前に、忙しく働く人たちの姿があり、家畜の声が聞こえる。

 果樹の立ち並ぶ向こうには小川が流れ、水車がゆっくりと回っている。

 反対側には、高い山が見え、そのふもとには森が広がっている。昨日、マーヤーが迷った森だ。

 村の真ん中を通る広い道を行けば、その先は街道につながる。マーヤーが森を抜けてたどり着こうとしていた道だ。

 時々出あう村人は、ラルシャの顔を見て明るい顔であいさつを交わしていく。傍らのマーヤーに向けられる目も、見知らぬものに対する多少の好奇の思いは見られるものの、温かく、優しいものだ。

 「あなたがめずらしいのかな。村の外の人間なんて、滅多に来ないからね」

 「そうなの」

 「ああ、何にもない村だからね。田舎過ぎて、領主様の顔だって誰も知りゃしない」

 「村長さんも?」

 「そうだね、もしかしたら、村長様なら、会ったことがあるかもしれないね」

 「領主、ってやっぱりいるのね」

 「一応はね。でも、領主様のことを思い出すのは、年に1回、役人が回ってくる時くらいだからね。普段は誰も気にしたことがないだろうね」

 「平和なのね?」

 「のんびりしてるよ。毎日、何の変わったこともない日々」

 うん、と大きく伸びをすると、ラルシャは自分の家の方へ足を向ける。

 「マーヤーには退屈かな? 居酒屋の他は、お店なんかも、ほとんどないし」

 「ううん、好きよ、こういうところ」

 「そうか、だったらよかった」


 ラルシャの家に戻ることには、日は中天近くに上っていた。

 昨夜は気が付かなかったが、ラルシャの家の周りは、花畑のようになっていて、何種類もの草や、数本の木が植えられていた。主に薬草、毒草の類で、大抵はマーヤーの見たことのあるものだったが、中には、マーヤーの知らないものも何種類かあった。

 「家の周りに、こんなにたくさんの薬草を植えてたら、魔法使いです、って言ってるのと同じじゃない?」

 「ああ、知ってる人ならそう思うかも、って、そうか、旅をしてれば薬草の見分け方くらい知ってるわね。でも、ここで育ててるのは、だいたい、食用だからね」

 「食用?」

 「そうよ。昨日のキノコの毒消しみたいに、そのままじゃ食べられない野草と一緒に食べるやつとか、肉を保存するための香草とか、料理の味がぐんと引き立つハーブなんかね」

 「そうなんだ…」

 「そういうのを、月に1回、(いち)が立つときに売りに行くのよ。ああ、多少は薬草の類も入れてね、熱さましとか、咳止めみたいな、ね。あたしが遠くから流れてきた、ってのは知られているから、多少、めずらしいものがあっても、変に思われたりはしないのさ」

 「ふうん…?」

 「ああ、草の種類がわかるんだったね。確かに、あなたの目には薬草に見えるものもたくさんあるよ。でも、薬草を料理に使うこともできるの。そうすると、また、違った使い方ができるものなのよ」

 「そう、知らなかった」

 「まあ、そのうち、食べさせてあげる。そうすれば、納得するから」

 「うん、でも、結婚したら、この花畑はどうするの?」

 「ああ、花畑、っていうか、この家はそのままにしておくつもり。…それとも、あなたが住む?」

 「え?」

 「もしも、だけど。マーヤーがこの村に住むなら、家が必要よね。だったら、どうかな、ってね」

 「これだけの草花の面倒は見れないけど…」

 「そこは、あたしが手を貸すわ。…だから、考えておいてね」


 昼食を済ませると、ラルシャは、マーヤーを森へ誘った。

 「マーヤーは薬草がわかるのよね、だったら、この森に生えてるハーブを教えてあげる」

 「それ、わたしをこの家に入れようとしてる?」

 「ん? それもいいわね」

 しれっとして答えるラルシャに、マーヤーは肩をすくめた。


 (そうね、ここに落ち着いてもいいのかな…)


 午後いっぱい、マーヤーとラルシャは森の中でハーブやキノコを探して歩いた。ラルシャの言った通り、マーヤーが見たことのないキノコや知らないハーブ、草そのものは知っていても、マーヤーの知らない効き目のある薬草などが森には何種類も生えていた。

 「今の季節だと、こんなものね。もう少し前だと、もっと変わったハーブがあったし、これからもう少したつと、また、違うナッツが手に入るの」

 「すごいのね」

 「うん、もう1月くらいかな。そうしたら、また、教えてあげるからね」

 「…それ、わたしが村に住むこと、前提ね?」

 「あ、そうなるかな」


 (はあ、どこまで本気なのかな、この人は…)


 日が陰り出す頃、籠にいっぱいのキノコと野草を抱え、2人はラルシャの家に戻ってきた。テーブルの上においた籠の中身を、ラルシャが仕分け始めるのをマーヤーは、側で見ていた。

 「これは、肉の保存に役立つハーブ。こっちは小人の家の毒を消すハーブね」

 「ああ、それが、昨夜(ゆうべ)言っていた…」

 「そう、秘伝のハーブ。…あ、その草は気を付けて」

 「え?」

 「汁に触れると、痺れるからね。うっかり触っちゃいけないよ」

 「…毒?」

 「毒、って言ったら、まあ、そうかもね。その汁を使うと、とても強い眠り薬ができるの。矢に塗って、大きな獣を生け捕るのに使ったり、もし人に飲ませたら、…そうね、1月(ひとつき)は目が覚めないかも」

 「そうなんだ…」

 一通り仕分けを済ませると、ラルシャは棚にキノコやハーブを片付けていく。と、その時。

 「あ…この本」

 棚の上に置かれた1冊の本にマーヤーの目が留まる。

 「ああ、それね…」

 歯切れ悪くラルシャが言う。見られたくないものを見られた、といった風に。口を濁していう彼女の様子から、マーヤーはその本が何であるかを悟っていた。

 手書きの本。慣れない手で、しかし丁寧にページが綴じられ、装丁された書物。魔法を学んだ者なら、その最初の課程で作ることを学ぶもの。ブック・オブ・シャドゥ。日を浴びせぬ書。人目に(さら)さぬ書。学んだ魔法や、知識、日々の修行の進み具合、見聞きした物事。そういった者を記録するための、自分だけの書物。

 マーヤーも、肌身離さず持っているそれを、ラルシャが持っていても不思議はない。

 「何が書いてあるかわからないでしょ? あたしにしか読めない本だから」

 ラルシャは、ぱらぱらとページをめくって見せた。その言葉通り、何が書いてあるかはマーヤーには読めない。無意識のうちに書物に込められたラルシャの魔力が、他の者の目からその内容を隠しているのだとわかる。たとえ、魔法使い同士であっても、他人の書物は読むことができない──相手の承諾がない限りは。

 魔法使いにとって、自分自身の生涯にも等しいそれ。もし、それを手放すとすれば、本当に魔法と決別する時だ。だから、通常、魔法使いがそれを手放すことなど考えられない。


 (結婚したら、魔法使いじゃない、普通の(ひと)になる、って言ってたよね。この本、どうするのかな…)


 マーヤーが自分の書物を手放せないでいるのと同様、ラルシャにとっても、その書物を手放すことには抵抗があるはずだ。だが、本当に彼女が普通の人間になろうとするのなら。


 (捨てる、ううん、捨てられるのかな…)


 もちろん、書物を手放したところで、魔法が使えなくなるわけではない。実際、魔法使いの中には、自分のブック・オブ・シャドゥを持たない者もいる。

 だが、ずっと持ち続けてきたその書物を捨てるということは、魔法を捨てることの決意を、自分自身に対して宣言することだ。特に、修業の初めから書物に慣れ親しんできた者にとっては。魔法を使えなくなるのではなく、使わなくなることの決意。その思いを自分の心に刻み込むことを意味する。

 「そうね、わたしには読めない」

 マーヤーが言うと、そっと微笑んでラルシャは本を棚に戻したのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ