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ラルシャの決心(1)

 日は、西に傾き始めている。山間(やまあい)の日没は早い。あと、いくらもしないうちに太陽は山際(やまぎわ)に隠れ、辺りは暗くなるだろう。


 (まずったな、どっちへ行けばいいかわからなくなっちゃった…)


 山越えのため、少しでも近道をしようと街道を外れたのがいけなかった。それと、木に成った果実を採ろうと、欲を出したのもよくなかった。

 木と木の間は、割合と間隔があって、草もあまり茂っていないから、と、森へ踏み込んだのだ。街道が、森を大きく迂回して、道なりに行けば遠回りになりそうなとき、時々、楽をするためにやっていることで、今まで勘が外れたことはなかった。

 だが、今日は勝手が違っていた。

 進むほどに木々は鬱蒼とし、葉が空を覆い隠して方角の見当もつけにくくなる。頭の上には、木々の枝が伸びて絡み合い、魔法で空へ浮かび上がるのも簡単にいきそうにない。背の高い木々の下に生えているのは背の低い草と苔、それにキノコくらいで、潅木はなく、道が塞がれていないのが救いだ。


 (運が悪いと、今夜はこの森で野宿? …やだなあ)


 これだけ木と木の間隔が狭い場所では、火を焚くだけの場所を確保するのもままならない。季節は秋の初め。夜になっても、さほど寒くなるわけではないが、どんな動物が潜んでいるかわからない場所で、火もなく眠るのは避けたかった。


 (とにかく、行けるところまで行ってみる、か…)


 少しずつ、辺りが薄暗くなってくる中を、足早にマーヤーは進んでいった。

 と、少し離れたところで、人の影らしいものが動くのが見えた気がした。はっとして目をこらす。逢魔が時の薄明かりが見せた幻ではない。間違いなく、人間の姿だ。こんな山の中にいるのは、近くの人里の住人か、それとも、魔物の(たぐい)だろうか。

 「ねえ、そこに誰か、いますか」

 思い切って声をかけてみる。すると、人影は足を止めて、こちらを振り返った。

 「誰、あたしを呼んだのは?」

 答えたのは、若い女性らしい声だった。


 (よかった、人間だ)


 「わたしです、道に迷ってこまっています」

 その声を聞いて、彼女がマーヤーの方へやって来るのがわかった。

 「こんな山の中の森にいる、あなたは、誰?」

 少し警戒しているらしい、とわかる。無理もない、とマーヤーは思った。街道から離れたこんなところを通る旅人など、まず、いない。そんな怪しい相手に、躊躇(ためら)いもなく近づいてくるからには、彼女は、よほど情に厚いか、あるいは腕に覚えがあるかに違いない。

 「旅をして、うっかり道を見失いました」

 「旅人? …こんなところを通る旅人?」

 彼女はマーヤーのすぐ近くまでやって来ていた。薄暗がりの中でも顔立ちがはっきりとわかる。マーヤーより年嵩(としかさ)の、割としっかりした体つきの女性。手に持った籠にはキノコがたくさん入っている。大きな青い目が、マーヤーを正面からじっと見据える。

 「…嘘ではないようね」

 そう言うまでのわずかな()。少し緊張してマーヤーは彼女の言葉を聞いていた。

 「いいわ、ついていらっしゃい」

 先に立って歩き出す彼女の後について、マーヤーは歩き始めた。山の中を歩きなれているらしい彼女の足取りは速く、マーヤーはついて行くのがやっとだった。

 それでも、森から出ないうちに辺りはすっかり暗くなる。足下(あしもと)が見えなくなり出す前、彼女は取り出したランタンに()を入れた。赤みがかった黄色い光が、うっすらと(あた)りを照らし出す。

 「もう少しで村に出るわ。足下(あしもと)に気をつけてついてきて」

 森を抜け、人里に出ることができた頃には、辺りはすっかり闇に包まれていた。遠くに村の家々の明かりが見える。

 それから30分も歩いただろうか。マーヤーは、村から少し離れたところにある1軒の家に案内されていた。

 「まさか、これから野宿でもないでしょう? 今夜は泊まっていきなさい」

 「え? でも…」

 「嫌? …あ、もしかして、あたしが怖い? 怪しい人だと思ってる?」

 「そんな、怪しいなんて」

 「だったら、いいでしょう? それに、あなたに頼みたいことがあるし」

 「わたしに?」

 「そう。あなたに」

 そう言って、マーヤーを家の中に招き入れる。

 「ああ、まだあなたの名前を聞いてなかったわね。あたしは、ラルシャ。あなたは?」

 「マーヤー」

 「そう、なんか、ふわっとしてて、やさしくて、いい響きね」

 「ありがと」

 家に入ると、ラルシャはランタンを天井から下がった鎖にかけた。部屋の中が、ぼんやりと照らし出される。その明かりを頼りに、しまってあった蝋燭を取り出すと、それに火を付け、ランタンの明かりを消す。

 「そこに座って待っててくれる? 食事の支度をするから」

 「ええ、はい。…何か手伝いましょうか?」

 「いいよ、気を遣わなくたって。お客さんなんだから」

 そういいながら、ラルシャはてきぱきと動き、どんどん仕事を片付けていく。しばらくすると、食欲をそそる、ハーブらしい香りが部屋中に漂い始めていた。

 「お客さんに料理を出したことなんてないから、口に合うかどうかわからないけど、ね」

 そう言って出されたのは、キノコをメインに、数種類の野菜とハーブを合わせた料理だった。


 (ん…?)


 皿の中のキノコの1つに、マーヤーは目をとめた。

 「あら、どうしたの?」

 「あの、このキノコ、って、もしかして…」

 「ん、知ってたのね。そう、小人の家、って言われてるやつ」

 「…やっぱり」

 「あ、毒キノコ、って話? 大丈夫、その毒は一緒に煮てあるハーブで消してあるから」

 「え、ハーブ?」

 「そう。中に赤い葉っぱが入ってるでしょ。それが毒消しになるの」

 「そうなんだ…」

 「ね、小人の家が、どうして有名だか知ってる?」

 「…毒があるから?」

 「それもあるけど、でもね、毒があっても食べようとする人が後を絶たない、ってくらい、おいしいの。だから、食べてみて」

 そう言いながら、ラルシャは自分の皿から、小人の家を取って頬張ってみせる。そのまま飲み込むが、特に変わった様子はない。

 「ほら、なんともないでしょ」

 小人の家の毒は、すぐに効果がが出ることで有名なのをマーヤーは思い出していた。(あた)れば、たちどころに深い眠りに落ち、この世のものとは思えない恐ろしい夢を見るという。そして、4人に1人は全身から血の汗を流し、そのまま絶命する。残りの3人も、1週間から10日は眠り続け、運が悪ければ、二度と目が覚めないとされている。


 (うん、ものは試し!)


 意を決して、マーヤーは小人の家を口に運んだ。

 「おいしい…!」

 「でしょう? このハーブが秘伝でね。知ってる人の間じゃ、随分高い値がついてるの。ところが、さっきの森の中には、それが、たくさん生えててね。いくらでも手に入るの」

 「小人の家も?」

 「そう、小人の家も、あそこで採れるの。…あ、でも人にしゃべっちゃだめだからね」

 「うん、言わない」

 「これ、村の人も、実は知らないのよね」

 「そうなの」

 「そう。だから、あたし達だけの秘密」


 (う、なんかノリのいい人…)


 ラルシャの心づくしの料理を食べ終え、食後にハーブティーが出される。それを飲みながら、ラルシャが言う。心もち、頬が赤く染まって見える。

 「頼みたいことがある、って言ったよね」

 「ええ」

 「あたし、結婚するの」

 「まあ! おめでとう」

 「それでね、あなたに、花嫁の付き添い役をお願いしたいの。村の習慣でね、花嫁花婿にそれぞれ1人ずつ、同性の付添がつくことになってるの。何でも、悪魔が花嫁と花婿に目を付けないように、誤魔化すんだって、そんな言い伝えがあるらしいんだけどね」

 「わたしに? …いいの、わたしなんかで?」

 「うん、ご覧の通り1人暮らしでね、他に頼める人がいないんだ」

 「親戚とか、いないの?」

 「なにしろ、随分遠くから流れてきたからね。家族や親戚どころか、この辺には友達もいないんだ」

 「遠くから?」

 「そう。…あ、別に悪いことして逃げてきたんじゃないからね。これでも、昔は冒険者だったんだ」

 「冒険者、だったの」

 「そう。それであちこち旅をしてたから」

 「村の人たちは? 村に知り合いとか、いない?」

 「ああ、それはきちんと付き合ってる。村全員、顔なじみだよ。でもね、こういうことを頼めるほどの仲、っていう相手はいないんだ」

 「それでも、見ず知らずのわたしより…」

 「かえって、村の誰も知らない人間の方がいいんだよ。あたしとの関係も、適当に推測してもらえるからね」

 「そう、それならいいけど」

 「引き受けてくれる?」

 「いいわ。…で、式はいつなの?」

 「今日が9月の9日だから、ちょうど1週間後ね。それまで、この家に泊まってもらうわ。いいよね?」

 「もちろん」


 (こういうのも、いいかな。これって、普通の人らしい暮らし、だよね?)


 「あなたの相手のこと、聞いていい?」

 「え、あ、ああ、もちろんよ。村の生まれで、ずっとこの村で暮らしてる。村でも評判の働き者でね、とても気のいい男なの」

 「素敵な人なのね」

 「当然でしょ。ただ、あたしみたいな冒険者くずれじゃないから、魔法なんて、見たこともないし、魔法使いに会ったこともないのよね」

 「魔法…あなたは魔法使いなの?」

 ラルシャの言葉に出てきた、魔法、という単語にマーヤーが反応する。

 「それは、ないしょ。彼はもちろん、村の誰かの前で魔法を使って見せたことなんか、ないから」

 「そうなんだ…」

 「若い頃は…、って、今でもまだ若いけど、あたしは結構いろんなところ飛び回って活躍してたの。だけど、最後の冒険で、パーティー全滅の目にあって、あたしだけが何とか逃げ延びたんだ。それでようやくこの村にたどり着いて、こうやって暮らしてるわけ」

 「それで、冒険者、やめたの」

 「そうよ。村で平和に暮らしている内に、もう、あんな生活に戻る気がなくなってね」

 「平和に、っていうより、いい相手が見つかったから、かしら?」

 「言うわね、マーヤー。…うん、そうよ。彼に出会ったからよ」

 「魔法も、使わないの?」

 「そう、魔法使いじゃない、平凡な…普通の女になるの」

 「それで、彼との愛に生きるのね。…すてき!」

 それは、マーヤーの本心からの言葉だった。

 「あなた、よくそんな歯の浮きそうなこと言えるわね…」

 「だって、だって、そんなの、とってもすごいから!」


 (すごいよ、すごい、うらやましい! わたしが願ってること、この人は、かなえちゃったんだ。うん、わたしも頑張らなくっちゃ!)


 まさか、マーヤーがそんな目的のために旅をしているなど知るよしもないラルシャは、マーヤーの真意を掴みかね、呆気(あっけ)にとられていた。そもそもラルシャは、マーヤーが魔法使いだなど、夢にも思っていない。

 「すてき、っていうか…、まあ、そんな魔法なんか使う女だ、って思われたら、嫌がられちゃうかもしれないしね」

 「冒険者だった、ってことは?」

 「それも、秘密。…追われてるんじゃない、って信じてくれたし。そりゃ、最初は、なんで女1人で旅してるんだ、みたいに思われもしたけどね」

 そう言いながら、ラルシャは、マーヤーも1人で旅をしていることに思い至る。

 「そういえば、あなたも旅人なのね?」

 どうして? と、その目が訊いてくる。

 「…育ててくれた人が亡くなって、身寄りがなくなったから」

 え、とラルシャの顔に驚愕が浮かぶ。

 「悪いこと聞いちゃった…?」

 「ううん、かまわない。それで、どこか落ち着いて暮らせるところを探してる」

 「ふうん、そうなんだ。…ひょっとして、あなたも冒険者だったり? …なんてね、そんなはずないか。冒険者が森の中で道に迷ったりはしないよね」


 (あちゃー、痛いところを…、って、まあそう思うよね、普通。確かに、今日のわたしは、だめな子でしたよ)


 まあ、そのおかげで魔法使いだと思われなかったわけだから、と自分に言い訳をしてみる。マーヤーの渋い表情を見て、ラルシャが続ける。

 「それで、旅を? …近くの街か村に行けば、それでよかったんじゃなかったの?」

 「ん、なかなか、そうもいかなくて…」

 行った先で、おかしな宗教団体に出会ったり、地震に遭ったり…、と、あたりさわりのないところだけを口にしてみる。だから、さっさとそこを出てきてしまったのだ、と、嘘にならない程度にごまかしてみる。

 「あらー、そりゃあ、運のないことね。同情するわ…」

 そう言った後、真顔に戻ると

 「だったら、この村に住んでみたら?」

 そうラルシャは言ってきたのだった。

 「結婚式まで1週間、ここで暮らしてみれば、どんなところかわかるでしょ? それで気に入ったら、村に住めばいい。ね、考えてみて」


 (あ、それ、ありかな…。この人が受け入れてもらえてるんだから、わたしもここに落ち着いて、って、うーん、そんな簡単に行くんだろうか)


 「あ、今、考えこまなくていいからね」

 「え、ええ、わかってる」


 その夜、マーヤーはラルシャと同じベッドで眠り、ろうそくが燃え尽きた後も、話に花を咲かせたのだった。



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