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アーサーの仇討ち(1)

 真夏の日差しが容赦なく照りつける。雲一つない空は輝くような青。湿気のない風が時折吹き抜け、さわやかな涼を運んでくる。

 街の通りの向こうには、領主の城が見える。賑やかなこの街は、しかし、暮らすのには向かない、とマーヤーは感じていた。


 (もっと静かで、のんびりできるところ、が、いいな…)


 沢山の人の中に埋没できれば、目立たずに日々を送ることはできるかも知れない。だが、領主の居城に近いここは、住む人の馴染んだ習慣が多い。それを、人を縛る、といった印象でマーヤーは捉えていた。


 (でも、しばらくなら、居てもいいかも)


 ヤトラの森をでて、5か月ほど。まだ、旅慣れたとは言いがたい。しばらく、腰を落ち着けて疲れを()やしたい、と思わなくもない。その点なら、行き交う人も多く、旅人も多いこの街なら、マーヤーもさして目立つことなく、逗留できるはずだ。

 そう思って大通りを歩いていたときだった。

 「見つけたぞ、魔法使い。そこを動くな!」

 不意にマーヤーの背後から声をかけたものがあった。振り返れば、白銀色に輝く鋼板鎧(プレートメイル)に身を固めた男が、マーヤーをにらみつけている。

 鷹のような目、筋の通った高い鼻梁、威厳を(かも)し出す豊かな口ひげ。整った顔立ちと逞しい体つき。盾に描かれた紋章から、地位のある騎士であるとわかる。

 だが、マーヤーを呼び止めたその声は、紛れもなくこの男の発したものだ。どれほど立派な相手だからと言って、わけもわからずに、言うことを聞くわけにはいかない。まして、相手が既に剣を抜き、マーヤーの方へ突き進んで来ようとしているとあっては。


 (な、何、この人? …どっか、飛んじゃってる? 睨まれただけで、なんかチリチリするよ、これって殺気、ってやつ? あー、やばい!)


 驚きに声を失ったマーヤーが、まじまじと男の顔を見つめていると、横合いから声をかけたものがあった。最初の騎士に劣らぬ堂々とした姿。赤みがかった長髪と、豊かな顎髭が目立つ精悍な顔つき。落ち着いた、威厳のある姿は、見る者に安心と信頼を抱かせ、そして権威を感じさせずに置かない。

 「何事か、バランゲス。このようなところで、何をうろたえておる」

 「フォーレイトン殿…!」

 バランゲスと呼ばれた、若い騎士の動きが止まる。

 「バランゲス、これはいかなる真似か。聖なる騎士の地位にある者が、無用の殺人を犯してはならぬ。また、聖なる騎士の地位にある者として、私は無用の殺人を見逃すことはできぬ」

 そう言って、彼も剣の柄に手をかけた。それを見たバランゲスが、あわてて言う。

 「フォーレイトン殿、あの者こそは、我が父の(かたき)。この場で討ち果たすこと、お見逃しください」

 「親の仇だと? ならば、正式の場で事の是非を明らかにしたうえで、正当な裁きを下すべきであろう。このような衆人の耳目の前で、いきなり剣を抜くなど言語道断の振る舞い。見逃すわけにはゆかぬ」

 「そのような裁き、私の、この曇りなき(まなこ)(くだ)せば足りること。下賤な平民の身に、なんの配慮が要りましょう」

 「例え、平民の身であれ、神に使える聖なる騎士が、そのような短慮は許されぬ。力なき、平民こそ、我らの守るべき迷妄の徒である」

 そういったフォーレイトンの目が、マーヤーに向けられる。と、その目が一瞬見開かれる。

 「愚か者め、この者…いや、このお方は、平民などではない、エフライサス…子爵だ。我らよりも優れた家柄、爵位ならお前よりも上の身分の貴族ではないか」

 「げ、な、何ですと? この小娘…いや、この少女が、子爵?」

 「そうだ、エフライサス領の領主たる身分のお方だ」

 フォーレイトンがマーヤーの方へ顔を向け、その視線を落として言う。

 「貴女は、エフライサス子爵。違いありませんな?」

 「え? わたし?」

 驚いて訊き返すマーヤーに、フォーレイトンが言葉を重ねる。

 「貴女の父君はアルトラークス・ゼルフィア公。そうでありましょう?」

 「確かに、そう…だけど」


 (うん、ファービュアス様の教えてくれた名前だ、違ってない。…でも、わたし、家から出された子なんだけど)


 「やはり、そうでありましたか。私は神帝ゼフューダに使える聖騎士の(おさ)、ザザロ・フォーレイトン。これなるは、同じく聖騎士、アーサー・バランゲスにございます」

 その場に(ひざまず)くフォーレイトンを見て、いぶかしげな顔のまま、不承不承バランゲスもそれに(なら)う。

 ファービュアスに自分の出自を聞かされてはいたが、マーヤーは少なからぬ衝撃を感じていた。

 フォーレイトンが、マーヤーの身分を見て取ったのは、胸に付けたブローチのせいだ。ファービュアスは、それを、見る者が見たとき、マーヤーの身分を知るためのものだと言っていた。

 だが、実際のところ、マーヤーは自分の身分のことなど考えたこともなかったし、ましてそれが領地を持った貴族であることなど、想像したこともなかったからだ。

 ファービュアスに言われたときも多少の驚きはあったが、今、こうして、(れっき)とした貴族身分の、それも聖騎士の地位にある者から言われると、改めて衝撃を受けずにはいられなかった。

 「貴族ですと…この魔法使いが、本当に?」

 なおも、信じられぬという面持ちでバランゲスが尋ねる。

 「魔法使い? そうなのですか、子爵」

 「え、ええ、魔法の心得は多少…」

 「なるほど、確かに高貴な身でありながら、魔法に長じた方々はおられる。あなたもそうしたうちのお一方(ひとかた)ということでしょうか」

 「高貴な? …魔法使いが、高貴ですと?!」

 驚きの表情を隠せないバランゲスに、フォーレイトンが言う。

 「そのような身であって、優れた魔法の使い手は少なくない。我らでは、滅多に目に触れることはかなわぬだけのこと」

 落ち着いていうフォーレイトンの言葉に、我慢できない、といった表情でバランゲスが叫ぶ。

 「ならば、この場で決闘を申し込みます、それなら我らの流儀に背くものではないはず。この(かた)が、平民にあらぬ、貴族なれば、堂々の勝負を挑む権利が我らにはあり、それを受ける義務がこの方にはあるはず」

 「なぜ、そのように猛るのだ。バランゲス、そもそも、この方が父の仇というは、いかなる仕儀か。仔細を申してみよ」

 フォーレイトンに問われ、バランゲスの語ったことは、こういうことだった。


 2年前、バランゲスの父、ヘンリーは、辺境守備隊長として、エストリューズ帝国とアイゼローム帝国との国境を警護する任務に就いていた。

 許可なくアイゼローム帝国へ入ること、あるいはアイゼローム帝国からエストリューズ帝国領に立ち入ることは、当時も今も両国の法で禁じられており、そういった者を捕らえるのがヘンリーの任務だった。

 その時、ヘンリーは禁を犯して国境を越えようとした母子(おやこ)を捕えるため、手勢を連れて追っていた。だが、彼が母子を追い詰めようとしたとき、1人の魔法使いが現れたのだ。

 その魔法使いは、まだ年端もいかぬ少女と見えたが、しかし、彼女の振う魔法はヘンリーと部下達を翻弄し、配下の魔法使いさえも力が及ばぬほどだった。

 ヘンリーは、辛うじて魔法使いの妨害を打ち破って母子を討ち取ったが、同時にヘンリーも魔法使いによって命を奪われたのだった。


 「その魔法使いが、エフライサス子爵であると、そう申すのか」

 「いかにも」

 「バランゲスよ、その時、その場に居合わせたのか?」

 「いえ、そうではありません」

 「ならば、なぜ、エフライサス子爵が、その魔法使いだと言い張るのか。根拠を述べよ」

 「父に同行していた魔法使いの1人が、生きながらえて報告いたしたからです。その魔法使いは、幻影を以て、その魔法使いの姿を(えが)き出して見せてくれました。以来、私はその姿を胸に刻み、(かたき)と追い、探し求めていたのです」

 バランゲスの言葉にうなずくと、フォーレイトンはマーヤーの方へ向き直った。

 「この者の申すこと、事実でありましょうや、子爵」


 (思い出した…。うん、そんなことがあったよ、確かに。あー、とっくに忘れていたって、そんなの)


 「確かに、あったわ、そういうことは…」

 「聞かれましたか、私の言った通りではありませんか」

 「重い病気にかかった子供を医者に診せたくて、国境を越えようとしたお母さん。許可が出るまで待ってたら、子供が死んじゃう。そう思って、国境を越えたんだった」

 「そうだ、それを父は追ったのだ。法を守るために」


 (法…確かにそうだ。でも、あの時、わたしは放っておけなかったんだ。それで、仲間が止めるのを振り切って…)


 「卑劣な犯罪者の手にかかって、父は命を落としたのだ。私には、父の無念を晴らす権利がある。そうではありませんか、フォーレイトン殿」

 「バランゲスよ、罪人つみびと(ただ)すのであるなら、なおのこと、裁きの場に委ねるべきではないか」

 「聖なる騎士には、いかなるところ、いかなる時でも、悪に対する裁きを下す権利があるはず。それも、我が帝国の定めではありませんか」

 そう口調を強めるバランゲスに、フォーレイトンが言う。

 「だが、お前は、魔法を使う相手と立ち会ったことがあるのか? 剣と剣を取っての戦いなら格別、魔法の使い手相手に戦う技をお前は知っているのか? それでも、この方に決闘を挑むというのか。無謀ではないか」

 「なんの、聖騎士たるもの、いかなる相手であろうと、決して背を向けたりなどせぬものと、フォーレイトン殿の日頃の教え、忘れておりませぬ」

 「バランゲス…」

 困惑顔のフォーレイトンが言葉を失う。


 (誰が止めても、止まるわけがないよね…。ああ、まだ冒険者になったばかりのころだったな、魔法を使うのが面白くなってきたころで、でも、まだ腕が未熟で…。死なせるつもりじゃなかったんだよ、本当は)


 「お前の言うことは間違っておらぬ。…さて、子爵、どうされる? 決闘の申し込み、お受けになりますか」


 (嫌だ、って言ったら、裁判かな…。こっちの人も、わたしの味方、ってわけじゃないんだし。それに…)


 逃げることはできない。そう決心したマーヤーが口を開く。

 「いいよ、受ける」

 「おお、よく言った、怖気づくかと思っていたぞ」

 「慎め、バランゲス。…本当によろしいのですか? しかるべき場であれば、貴女には、後ろ盾もありましょう、側に立ってくれる者もありましょう。だが、決闘となれば、1対1の、誰の助けもない戦いとなりますぞ」

 「かまわない。決めたから」

 「いい度胸だ、魔法使い」

 「控えよというのだ、バランゲス。…では、正式の決闘として、不肖、私が見分(けんぶん)(つと)めさせていただくこと、お許しいただけましょうか」

 「え? は、はい」

 「決闘の日取りに、求めはありましょうか」

 「ううん。いつでも」

 「よくぞ言った、なれば今すぐ、直ちに立ち会い願おう」

 マーヤーの言葉を聞いて、間髪入れずにバランゲスが言う。

 「…されば、決闘の場所へご案内いたします。バランゲス、先に立って、案内申せ」

 おう、と意気込んでバランゲスは足早に歩き始めた。マーヤーとフォーレイトンがそれに続く。

 「本当によろしいのですか?」

 マーヤーの横に並んだフォーレイトンが尋ねた。

 「ヘンリーが後れを取ったのであれば、並々ならぬ腕前とは拝察します。だが、あの者の勢いに押されて決闘に臨まれるのが賢明とは私には思えませぬ。今なら、私が良きように計らいますぞ?」

 小声で言うファーレイトンの言葉を、マーヤーは首を振って遮った。

 「お気遣い、ありがとう。でも、いいの」

 かすかに口元をほころばせて言うマーヤーに、フォーレイトンはそれ以上の言葉を続け得なかった。

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