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シュタイナー商会の暗躍(6)

 オーク達の人海戦術で、バランは次第に洞窟の奥へと追われていった。この洞窟がどれほどの深さがあるのかはわからないが、いつまでもこの状態を続けることはできないし、それに、体力にも限界がある。いずれ、追い詰められ、捕えられてしまう。

「……くそ、焼きが回ったぜ」

 本当なら、最初にオークに出会った時点で引き返すべきだった。あそこで欲をかいたのが間違いだったのだ、とわかってはいる。初めて体験した、強力すぎる不可視の魔法の効果に酔っていたのかも知れない。

 追ってくるオークやゴブリンの足音や声から逃げながら、バランは、いつしか、洞窟の一番奥と(おぼ)しき場所までやって来ていた。突き当たりには、頑丈そうな造りの、黒光りする扉があった。

「何だ、この扉は? ……ええ、ままよ!」

 今更迷っても仕方がない。そう思って、扉を思い切り引っ張ってみる。鍵はかけられておらず、重い手応えと共に、扉は開き、中の様子が(あら)わになる。

 中には、1人のローブを纏った男がおり、上等な造りの椅子にかけてこちらを見ていた。人間のようだ。

「騒がしいと思ったが、こんなところまでやって来おったか」

 咄嗟(とっさ)に部屋の中へ飛び込むと、バランは扉の脇へと飛び退いた。まだ、姿は現れていないはずだった。

「不可視の魔法か。笑止」

 男は、正確にバランのいる方を向いてそう言った。

「まさか、魔法が解けたのか……?」

 呆然として口にしたバランの独り言を聞いてか、男は馬鹿にしたように言う。

「生憎だな。その魔法、わしには解けぬ。かなりの手練れのものがかけたようだ。だが、魔法を解かずとも、わしには貴様の姿がはっきりと見える」

「な、んだと……」

 他人のかけた魔法を解くには、魔法をかけた者よりも優れた技量(レベル)での魔法解除を行う必要がある。しかし、不可視の魔法ならば、あえてそれを解かなくとも、見えないものを見るための魔法がある。魔法をかけた者との技量の差がどれだけあろうと、別の魔法で感知するのであれば、その差は問題にならない。

 しかし、そんなことを知らないバランは、男の言葉にただ戦慄するばかりだった。不可視の魔法の通じない人間。マーヤーの魔法でさえ、信じがたいものだったのに、それを簡単に破れる者がいるなど、完全に彼の想像の外だった。

「殺すのはたやすい。だが、その前に語ってもらうぞ。ここで何をしていたかを、な」

 言うと、男は右手を肩の高さに上げ、(たなごころ)をバランに向けた。その瞬間、耐えようのない眠気がバランを襲った。一瞬のうちに意識が闇に落ちる。深い眠りに落ちてその場に崩れ落ちたバランが、魔法の効果を失い、姿を現す。

 そんなバランを見下ろし、男は小さく鼻を鳴らした。

「他愛のない奴め」

 そう言って、一歩歩み寄ろうとしたときだった。

 扉の向こうで、耳をつんざくばかりの轟音と、まばゆい銀色の光が走ったのだ。

「何事ぞ!」

 男が出てみると、オークとゴブリンが、(ことごと)く通路に倒れ伏し、耳を塞いで転げ回っている。そして、その向こうからゆっくりと1人の少女が歩み寄ってくるのが見えた。マーヤーだった。

「な、何だと……!?」

 男の姿を見つけると、マーヤーは手にした杖を脇にかいばさみ、両方の掌を合わせた。合掌してくっつけた掌を少し緩め、間に空間を作る。その途端、両掌の間の空間に目も眩むばかりの銀色の光球が出現し、次の瞬間、光球は一条の光芒となって男を直撃していた。

 轟音がとどろき、何も聞こえなくなる。銀光に目をやられ、何も見えない。男が死を覚悟した次の瞬間、激しい眠気が襲い、彼の意識は深い闇に消えていった。


 洞窟の中から響いてきた轟音を、ロバート達は聞いていた。

 同じ音を、洞窟の外にいたオークやゴブリン達も聞き、あわてて中へ駆け込んでいく姿が見える。

「何があった…?」

「マーヤーだわ。何をやったのかわからないけど、あの子しか考えられない!」

 ロバートの言葉に即答したのはジャネットだった。無事ならいいけど。そう思って口にした言葉だった。

 少しして、またあの轟音が聞こえてくる。そしてそれを最後に、何も聞こえなくなると、待つだけの、苛立たしい時間が流れ始める。

「静かだわ。見張りのはずのオークもゴブリンも出てこない。……マーヤーが何かしたんだわ」

 ジャネットが言った。半分の期待と、あと半分の、無事を祈る気持ちが言わせた言葉だった。

 小半時ほど経ったろうか。洞窟の中から姿を現したマーヤーを見て、ジャネットの言葉が正しかったのだと冒険者達は知った。マーヤーのすぐ後ろには、バランが続き、もう1人、眠りこけたままの黒ローブの男が宙を漂ってついてくる。

「バランが……。マーヤーに感謝しなければいけないでしょうね」

「え、あの子、本当に1人で片を付けちゃった、ってことなの? 嘘でしょ?」

「お、おい、本当なのかい、あの子1人で?」

 口々に言う冒険者達の言葉が聞こえてきて、マーヤーは小さく溜息を吐いた。


(あー、なんてことなの、こんな筈じゃなかったのに……)


 浮かない顔をしたまま、迷わずにマーヤーは冒険者達のいるところへやって来る。マーヤーには、不可視(インヴィジブル)の魔法のかかった5人の姿が見えているらしかった。

 それでも、ロバートは不可視の魔法を解除する。他の4人も彼に倣った。

「マーヤー、洞窟の中にいたオークやゴブリン達は……」

「魔法で、しばらく動けない。死んではいないけど」

 ロバートの問いに、手短に答えると、マーヤーは宙に浮いている男を指し示した。

「彼が、オークやゴブリン達の主人(マスター)、……だと思う」

「こいつが……この男がか」

「そうさ、ロバート、こいつは魔法使いだ」

 そう答えたのはバランだった。

「マーヤーの不可視(インヴィジブル)の魔法も通じねえ奴だ。あっという間にやられちまったよ」

「お前がか、バラン」

 バランの腕をよく知っているロバートが、驚いて聞き返す。

「全く、どうしようもねえ。こいつの術で、手もなく眠らされちまって、気がついたらマーヤーに助けられていた、ってことだ」

 吐き出すように言うバランに、マーヤーが声をかける。

「あの中で、見つけたのよね、何か」

 ああ、とバランが頷く。

「ゴブリンやオークの武器や鎧は、シュタイナー商会の品物だ」

「なに、シュタイナー商会だって? シュタイナー商会が襲われたなんて話、聞いたことがない。誰かそんな話を聞いたことがあるのかい?」

「そうじゃねえよ、テッド。シュタイナー商会から盗まれたんじゃねえ、シュタイナー商会が売ってるんだ、ゴブリンやオーク用に造られた武器や鎧を、な」

「何だと、本当か」

 驚きの余り、半ば叫ぶよう言ったロバートに、苦々しそうにバランが答える。

「間違いねえよ、ロバート。武器はともかく、鎧はゴブリンの背丈に合わせて造らなきゃ役に立たねえ。洞窟の中には、ゴブリン用の新しい鎧が、シュタイナー商会の商標(マーク)入りの箱に入れてしまわれてたんだ」

「それが本当なら、シュタイナー商会が裏で絡んでることになるな。これは、一筋縄ではいかん。私達の手には余る事件だ」

 いくつもの商会が、オークやゴブリンに襲われている事件。それを思い出してロバートが言う。そして、ここへ来る前に見た、立派な装備を身に着けたゴブリンやオーク達のことも。

「詳しいことは、彼を調べればいい」

 表情を見せず、マーヤーが眠ったままの魔法使いをロバートの前に引き出してみせる。空中浮遊の魔法を解き、ゆっくりと、目を覚まさせないよう注意しながら、地面に下ろす。

「眠っている内に縛った方がいい」

 淡々としたマーヤーの言葉に頷くと、テッドがロープを取り出し、魔法使いをぐるぐる巻きに縛り上げる。

「早めに立ち去った方がいい。オークもゴブリンも、そのうちに正気に戻るから」

「その通りでしょうね、でも、なぜ、止めを刺さなかったのでしょうね?」

「そんな時間はなかったから」

 ポピーの疑問に、素っ気ないくらい簡単にマーヤーは答えた。

「時間がなかった、だ? ……いったい、あのすさまじい魔法は何だったんだ? (はた)で見ている俺が、死にそうな気分だったぜ」

 興奮気味にそう言ったバランに、つまらなさそうな顔を向けてマーヤーが言う。

「イリュージョン・ブラスター。……所詮、まやかし」

「まやかしだとお? あんなすさまじいのがか」

 冗談は寄せ、とでも言いたげな様子のバランの肩を、後ろから叩いたのはジャネットだった。

「人間相手に本気を出したら、幻術師(イリュージョニスト)は、ほとんど無敵なのよ、バラン」

 そんな言葉に、バランが黙り込む。

 マーヤーの使う魔法は、ほとんどが幻術、幻覚の類だ。戦意を失わせたり、気を失わせることはできても、命まで奪うことは、基本的にできない。今回使った魔法、マーヤーがイリュージョン・ブラスターと名付けたそれも、幻術と幻覚を組み合わせて光芒を作り出し、相手に衝撃を与え、目が見えず、音が聞こえなくなったと錯覚させるだけの術だ。実際に相手の目や耳を潰したわけではない。魔法にかかった相手は、自分で固く目を閉じ、両手で自分の耳を押さえているだけのこと。魔法の効果が消え、正気に戻れば、すぐにでも元通りに動けるようになるものだ。

 そして、洞窟内でマーヤーが倒した相手は100人近かった。その全部に止めを刺そうなどとすれば、その間に魔法から覚めた相手に逆襲される恐れがある。眠りの魔法をかけた魔法使い以外には、だから、それ以上何もせず、さっさと洞窟から立ち去るほかはなかったのだ。

 傍目には、どれほどすごく見えようと、それが幻術の限界。本物ではない、という一線は越えられない。マーヤーが決して忘れてはならない戒めだった。ファービュアスの言った言葉、その示す境地には、マーヤーにはまだ遠いのだった。

「よし、とりあえずは街まで戻ろうか。カリーナ、頼むぞ」

「仰せのままに」

 ここでぐずぐずしていても始まらない。魔法使いを訊問するにしても、オークたちの間近なこの場所では都合が悪い。正気に戻ったオークやゴブリンに逆襲され、魔法使いを奪い返される前に、安全な所へ行く必要があった。

 カリーナの魔法が効果を現わすと、一行は、コルターの街の城門のすぐ近くに立っていた。

「さて、これからどうするか……」

 そう呟いて辺りを見回したロバートは、そこにマーヤーの姿がないことに気づいた。

「……? マーヤー?」

 その声で、他の5人も、マーヤーがいないことに気づく。

「マーヤー、あなたどういうつもり? 勝手にいなくなっちゃうなんて、何考えてるの!」

 ジャネットがそう叫んだ時、頭上の空から、マーヤーの声が響いてきた。

「ごめんね、勝手にいなくなって。……でも、わたしは、もう行きます」

「行く……って、まだ、事件は終わってないのよ!」

「そうね。でも、わたしが力になれることはない。……だから、お別れ」

「待って!」

 だが、それ以上、言葉は返ってこなかった。

「よすんだ、ジャネット。冒険者はやめた、と、マーヤーは言っていた。無理に引き止めようとしても無駄だろう」

 ロバートに言われ、それでもジャネットは、空のかなたを見つめていたが、やがて、諦めたように(かぶり)を振った。

 もとより、声の場所にマーヤーがいるはずはない。魔法で、声だけを響かせていたのだ。既にマーヤーは、冒険者たちから、かなり離れた場所を歩いていた。


(助けてもらった借りは返したから、っと)


 転移(テレポート)の直前、マーヤーは不可視(インヴィジブル)の魔法で自分の姿を消していた。そして、カリーナの魔法でコルターの近くに転移すると、すぐに冒険者達から距離を取って、その場を立ち去ったのだった。


(きちんとしたあいさつもなし、って、ちょっと無作法だけど……ごめんね。でも、あのまま一緒にいたら、ずるずる仲間に引き込まれそうだったし、余計な事件に巻き込まれるのも御免だし)


 シュタイナー商会。確かにバランはそう言っていた。ファービュアスの予言に出てきた名前。それが、はっきりと事件の形を取って、目の前に現れた。そして予言の通り、その(たくら)みに関わってしまったのだ。

 ロバートの言っていた通り、名の通った商会が絡んだこの事件は、まともに立ち向かうには分が悪すぎる。熟練の冒険者たちにとってすらそうである以上、1人で旅をするマーヤーの手になど、到底負えるものではない。

 マーヤーが恐れたのは、事件への対応を口実に、冒険者パーティーに引き込まれ、仲間にされてしまうこと、そして、シュタイナー商会の企みに、一層関わりを持ってしまうことだった。


(もう、これで冒険は沢山だわよ、ってね。わたしは、わたしの好きなように行くんだから)


 そう思いながらも、しかしこのままでは済まない、という予感をマーヤーは(いだ)いていた。ファービュアスの予言が当たった以上、そして、それが本当にファービュアスの記憶であるならば、この先、さらにシュタイナー商会の事件にマーヤーは巻き込まれる。「シュタイナー商会の(たくら)みのいくつか」とファービュアスは言ったのだ。

 面倒ごとと、平穏な生活からの離別の予感。

 しかし、それは、悪いことだけではない。


 (ファービュアス様は、あんなにたくさんの未来を予言したんだよ? だから、それが全部本当になるまでは、わたしは生きてるってこと。つまり、予言が全部本当になるまで、わたしは死なないんだよ? これ、ちょっと、すごくない?)


 ファービュアスの予言は、ある意味、不死の保証でもあるのだ。そう気が付いて、マーヤーは、すこし、いい気分になる。


 (さあ、不死身のわたしは、これからどこへ行こうかな…)


 昼下がりの街道を、マーヤーはコルターを後にして歩き始めたのだった。


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