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シュタイナー商会の暗躍(4)

 オーク達にしてみれば、一体、何が起きたのかわからなかったことだろう。いきなり目の前に、何人もの人間が姿を現し、攻撃を仕掛けてきたのだ。オーク達を取り囲むように、四方八方から人間達が斬り込んでくる。

 四方八方から――実際にやって来たのは、一方向にいる7人だけだ。しかし、オーク達には、周囲を取り囲む何十人もの人間が見えていた。本物の7人以外は、マーヤーの見せた幻覚だ。幻覚を相手に立ち向かい、倒されたと思ったまま、気を失って倒れるオークも少なくない。

 どの相手に対処すべきか迷って、逡巡する、その一瞬が命取りになる。3人の男達が斬りかかって、次々とオーク達を仕留めていく。暴風のように暴れ回る3人に負けまいと、カリーナの放つ電撃の矢がオーク達に襲いかかる。

 その周囲では、ジャネットとポピーがゴブリン達を相手取って魔法を展開していた。

 ゴブリン達の立っている足下(あしもと)が、次第に熱くなり、裸足(はだし)では立っていられなくなる。上等の鎧を纏っているくせに靴を履いていないゴブリン達は、まるでフライパンの上の豆のようにあぶられ、地面から足を上げようとして飛び上がり、傍目には下手くそなダンスを踊っているように見える。

 戦うどころか、熱さに(あらが)うのがやっとのゴブリン達を、不意に巻き起こった旋風(つむじかぜ)が捕え、空高く吹き飛ばす。森の木々よりも高く舞い上げられたゴブリン達は、大地に叩きつけられ、次々と命を落としていく。

 不意を突いたとは言え、もはや戦いではなく、一方的な殺戮だった。


 ゴブリンたちが全滅する頃には、オークも、もう1人も立ってはいなかった。幻覚を見て倒されたオークにも、すでに(とど)めが刺されている。

「片付いたぜ、随分あっけなかったな」

「そうじゃない、魔法で混乱していたからだ。そうだな、マーヤー、君の仕業だろう?」

 バランの言うのにロバートが(こた)え、マーヤーの方へ目を向ける。マーヤーは、表情を変えずに小さく頷いて見せた。

「オーク達には、私達の姿が見えていなかった、というよりは、他にもまだ敵がいるように振る舞っていた。中には、剣を振り回しながら、急に倒れた者もいる。幻覚でも見たようだったな」

 見事な観察だ、と、マーヤーは、内心、舌を巻いていた。

「ロバートの言うとおりだわ。見事な魔法ね。才能あるわよ、あなた。きっと魔法の天才かも知れない」

「天才? ……嫌だ」

 ジャネットの賞賛を聞いて、ふとマーヤーが漏らした言葉は、しかし、誰にも聞こえなかった。

「さあ、これからどうするんだ? オーク達を皆殺しにした以上、後を付けて本拠地を探すのはもう無理だろう」

 そう言ったのは、テッドだった。応えてロバートが言う。

「大丈夫だ。今までに集めた話から、大体の見当は付いている。オークがこっちへ逃げてきたことからも、間違いない。このまま山の方を目指す」

 そう言って、彼が指さした方――山に向かう方には、木々の間を縫って進める獣道がある。おそらくは、オークやゴブリン達が通ってやって来たものだ。

「森の中を、山まで歩くつもりかい、ロバートの旦那」

「おい、よしてくれ。一体何日かかる、ってんだ?」

 テッドとバランの言葉を、額面通りにに聞いて、一瞬でも長旅を覚悟したのはマーヤーだけだった。他のメンバーは、2人の言うのが聞き慣れた軽口だと知っているらしく、全く気にする様子がない。

「わかっているはずだろう? ……カリーナ、君が頼りだ」

「ええ、あたしにお任せください」

 彼女が精神を集中すると、空中に、薄青い球体が現れた。その中に、目の前に見える獣道が映し出される。

 球体の中の映像は、少しずつ変わっていき、獣道の入り口からその先へ、更に奥へと進んでいく。人間が歩くよりも速く、馬で行くよりも速く、そして鳥が飛ぶよりも速く。映像の進むスピードは、徐々に速度を上げていく。


(すごい……さては、この人、精神を飛ばしてるんだ。ここに映ってるのは、心の目で見たものだわ、きっと)


 他の5人には、見慣れた光景なのだろう。誰も驚いた様子も見せず、さして興味があるようでもない。1人、ロバートが映し出される光景を見つめている以外は、他の者達は周囲を警戒し、近づくものがないか注意を払っている。

 ポピーも、さすがに、この状況では、埋葬を言い出したりはしない。

 やがて、山の近くにある洞窟が映し出される。入り口の辺りには、数人のゴブリンが座り込んだり、所在なげに歩き回ったりしている。

「見つけました。きっとここだと思います」

「そうだな。間違いないだろう。……行けるかね?」

「問題ありません。いつでも出発できます」

 2人が言っているのが、テレポート――空間転移のことだとマーヤーは気づいた。


(そうか、精神だけでも、実際に行ったところなんだから、テレポートできるんだ。……ずるい!)


 自在に精神を飛ばせるカリーナの魔法があれば、およそ、この世にテレポートできない場所はない。行ったことのない場所、知らない場所へは行けない、というよく知られた転移魔法の制約が、取り払われてしまうのだ。

「ねえ、ロバート、テレポートするのよね? あ、一気に殴り込み?」

 2人の会話に気づいたジャネットが、はしゃぐように言うのを聞き、ロバートが眉をひそめる。

「無茶なことを言ってはいかん。連中の根拠地に、どれだけの数がいるのもわからずに飛び込んでどうする」

「……でした~」

 そう言って、ジャネットがペロリと舌を出す。

「ジャネット、気がせく気持ちはわかるけど、まずは、様子を見て、でしょうね。今までの情報からして、かなりの数のオークやゴブリンがいるはずでしょうからね」

「ポピーの言うとおりだな。で、どうするつもりなんだ、旦那? これから、全員で行って偵察かい」

「無茶でしょ、テッド、これだけの人数で行ったら、すぐに見つかってしまうでしょうね」

「いや、見つからずに済むんじゃねえか。ジャネットに頑張ってもらえりゃ、よ」

「透明化の魔法の話をしてる? ……いいけど、あれ、まとめて全員にかけるのって結構大変よ。1人でもおかしなことをしたら、魔法が解けて、全員の姿が見えちゃうし」

 そんなふうにジャネットの言う魔法に、マーヤーは心当たりがあった。


(ああ、集団隠蔽(マス・ハイド)か。誰か1人でも相手に()れられたり、しゃべったりしたら解けちゃうものね、あれ。それに纏まって動かないといけないし)


 もっとも、術が高度になれば、(さわ)られたり、声を出したくらいでは姿を現すことはなくなる。だから、ジャネットの(レベル)がどのくらいのものか、とマーヤーは考えた。ただし、いくら腕が上がっても、集団にかける魔法である以上、術が解ければ、全員が姿を現すことに変わりはない。

「そこは、何とか上手くやりゃいいんじゃねえか?」

「そう言うけど、この前もあなたのドジで、全員が丸見えになっちゃったんでしょ? うっかり石に躓いたくらいで」

「あ、あれは、大ムカデを()けようとしたからだったろうが」


(あ、その程度で解けちゃうレベルか……)


「わたしよりも、マーヤーの方が上手くやれるんじゃないかな?」

 バランが言い返すのを無視して、ジャネットがマーヤーの方に目を向ける。

「あなたなら、どうかな?」


 (あ、振られちゃった。くそ!)


 内心の思いを隠し、笑顔を作って応える。

「ん、わたしなら集団隠蔽(マス・ハイド)は使わない。1人ずつに不可視(インヴィジブル)かけた方がいいと思う」

 それを聞いたジャネットが目を丸くする。

「なによ、集団隠蔽(マス・ハイド)って? そんな魔法、聞いたことないわ。わたしが言ったのは、範囲隠蔽(アンシーンエリア)よ? ……それに、不可視(インヴィジブル)を全員に、別々に? ……確かに、その方が行動しやすくなるけど、そんな何回も魔法を使えるの?」

「……できるけど」


(あ、しまった、やらかした……?)


 背中にひやりとしたものを感じ、おもわずそう思ったが、もう遅かった。うっかり自分の能力を白状してしまったことに気づく。


範囲隠蔽(アンシーンエリア)……、さわられたり、しゃべったりだけじゃなくって、誰か1人でも範囲から出たら、終わっちゃう魔法か。しまった、先に確認しとけばよかった)


 そう後悔するが、後の祭りだ。

「じゃあ、決まりよね? 全員であそこへ移動だわ。そうよね、ロバート?」

「いいだろう。だが、確認しておきたい。マーヤーの術はジャネットのと違うらしいからな。君の魔法は、どんなものなのかね?」


(仕方ないな……)


 マーヤーは、自分の使う不可視(インヴィジブル)の魔法の効果を説明した。この魔法も、他の魔法と同様、魔法使いの技量(レベル)によって、効果が大きく変わるからだ。

 魔法のかかったものは、他の誰にも見えなくなること、ただし、熱を感知する相手や、コウモリのように視力を使わずにものの所在を探知できる相手には効果がないし、触れることもできること。1人1人にかける魔法なので、誰か1人の魔法が解けても、他のものには影響がないこと。しゃべったり、何かに触れても姿は現れないこと。飲んだり食べたりはできるし、傷ついたくらいでは魔法は解けないが、眠ったり、あるいは死んだりすれば姿が現れること。魔法をかけられたものが、自分で姿を現したいと思えば、魔法が解けること。何もしなくても、20時間で魔法の効果はなくなること、など。

 そんな説明を聞いて、驚きを隠せなかったのはジャネットとカリーナだった。

 ジャネットは、単純に、自分の使う魔法との効果の差に驚き、カリーナは、その内容からマーヤーの能力(レベル)を推察して、その才能に驚嘆していた。

「では、20時間以内に魔法をかけ直せば、効果を伸ばせるのかね?」

「ええ、そう」

「そりゃ、すげえ。いくらでも隠れていられるわけなんだな」

「大したもんだわ、そりゃ。だったら、もう迷うことはないな、旦那?」

 ロバートの質問に答えたマーヤーの言葉に、冒険者達が口々に言い、内心でマーヤーが肩をすくめる。

「そうだな。では、頼めるかね、マーヤー」

 軽くうなずくと、マーヤーは全員に、順々に魔法をかけていく。範囲隠蔽(アンシーンエリア)のように、全員が同じ魔法の影響下にあるわけではないため、互いの姿を見ることもできない。だから、魔法をかける前に、一人一人に、その場所を動かないように注意をしておく。

「お、おいおい、みんな、そこにいるんだろうな?」

「いますよ、テッド。ちゃんとここに」

「みんな、元の場所にいるんだな? では、カリーナ、君の番だ」

「転移ですね。……このまま、魔法を使ってもいいのでしょうか、マーヤー?」

「大丈夫。魔法を使っても、武器を使っても、姿が現れたりはしないから」

 それを聞いて、ジャネットが大声を上げる。

「何なのよ、それ!」

「え? ……何、って」

 一体何を言われたのかがわからず聞き返すマーヤーに、ジャネットが興奮して言い返す。

「魔法使ったり、武器で攻撃したら、姿が現れるもんでしょ、普通?」

「あ……そうだっけ?」


(あちゃー、またやった?)


 今まで気にしたことのなかったことだ。自分がいつも使う魔法だから、それが当たり前だとマーヤーは思っていた。しかし、考えてみれば、そこまでの腕ではない魔法使いはめずらしくないのだった、と、今さらながらに気付く。

「……いいわ、今そんなこと言ってもしょうがないから」

「そうですね。……転移します」

 次の瞬間、カリーナの魔法が効果を現し、7人は、洞窟の近くに移動していた。マーヤーの言ったとおり、誰も姿を現している者はいない。

 カリーナの魔法で見たように、洞窟の入り口の前には、数人のゴブリンがうろついている。どのゴブリンも、昨日(きのう)マーヤーが出会ったのと同じ、上等の武器と鎧を身につけている。

「ここのゴブリン達も、いい武器を持ってるな」

 ふと、そう言ったバランを、テッドがたしなめる。

「気をつけろよ、奴ら、結構耳がいいんだぜ」

 範囲隠蔽(アンシーンエリア)のように、仲間内の声を外に漏らさない効果は、不可視(インヴィジブル)の魔法にはない。いつものジャネットの範囲隠蔽(アンシーンエリア)のつもりで仲間に話しかければ、ゴブリン達に聞きつけられる恐れがある。

「そうだったな、いけねえ」

 声を低くしてバランが言う。

「で、これからどうすりゃいい? こうやって見ててもいいんだろうが、何もせずに、立っているだけ、ってのも退屈なもんだぜ。……結構でかそうな洞穴(ほらあな)だ、いっそ、俺が中へ入って様子を見てきてやろうか」

 バランの言うように、洞窟の入り口は、結構大きい。ゴブリン達の脇をすり抜けて中に入るのは難しくなさそうに見える。

「いつものことだけど、落ち着きのないことね。まあ、性格だから仕方ないんでしょうけどね」

 ポピーの言葉をバランが笑い飛ばす。

「へ、必要とあれば、いくらだってじっとしてるぜ。けどな、できることがあるのに、何もしねえ、ってのはどうも性に合わなくてな。……どうだ、ロバート、行ってもいいか?」

「いいだろう、だが、危ないと思ったらすぐに引き返すんだ。中に、どれだけの奴がいるかわからんからな」

 簡単にバランに同意を与えたのは、彼の性格を知っているからか。あるいは、これがいつものやり方なのか。思わず、マーヤーは言わずにいられなかった。

「魔法を、過信しないで。所詮、それは、目をごまかすだけのまやかしだから。……暗いところでは意味がない」

「なに、心配はいらねえよ。それに、ゴブリンだけならともかく、オークもいるしな。オークは暗いところはだめなはずだ。中は明かりがあるだろう」

 姿を消してダンジョンに入る場合の問題点がこれだった。明かりを持ち歩けないのだ。暗い中、明かりを持って行っても、明かりそのものにも不可視の魔法がかかれば、その明かりは周囲を照らすことができない。逆に、明かりに不可視の魔法をかけなければ、明かりだけが闇の中を漂うことになり、簡単に見つけられてしまう。

「わかった。任せた」

「そう来なくっちゃな」

 かすかに、地面を踏む音がし、バランが洞窟へ向かっていったのがわかる。

「いいの? 行かせて」

「あいつは腕利き(ベテラン)だ。信じよう」

 重ねて尋ねたマーヤーに、ロバートの落ち着いた声が返ってきた。


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