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シュタイナー商会の暗躍(3)

 だから、何が起きたのか、わからなかった。

 覚悟していた一撃はこなかった。

 代わりに、オークの悲鳴と、そしてオークが倒れる響きが聞こえた。いつの間にか、身体は自由に動く――マーヤーを取りさえていたオーク達は、彼女から離れていた。


(な、何、一体、どうなったの……?)


 目を開けたマーヤの前には、焼け焦げて煙を上げるオークの死体と、マーヤーから離れ、剣を抜いて身構える3人のオークの姿があった。

 オークたちの視線の先を追うと、こちらへ駆け寄ってくる6人の男女の姿があった。一見して、昨夜、宿の食堂にいた冒険者たちだとわかる。

 それを迎え撃とうと、3人のオーク達が進み出る。たちまちのうちに冒険者たちとオークの斬り合いが始まる。が、それは長くは続かない。あっという間に3人のオーク達は血煙を上げてその場に倒れ伏していた。


「大丈夫? ……怪我はない?」

 そう言って、マーヤーの(そば)にやってきたのは、昨晩の少女だった。

「ええ、ありがと。……大丈夫、少し(こす)っただけ」

 ほんのかすり傷。そうマーヤーが言うのを聞き、少女がほっとした様子を見せた。

「よかった。どうなるかと思ってハラハラしてたのよ」

「うん……死ぬかと思った」

 上体を起こしながら、正直にマーヤーはそう言った。実際に死を覚悟していたのだ。

「死なせないわよ、わたしたちの目の前で」

 そう言って話しているところへ、残りの5人がやってくる。

「どうだ、ジャネット。その子は無事か」

「ああ、大丈夫、問題ないわ」

「そうか、それは何よりだ」

 少女に呼びかけながら、先頭に立って歩いてくるのは、一番年かさの戦士だった。剣に付いたオークの血を拭うと、剣を鞘に収め、ゆっくりとマーヤーの方に近づいてくる。それを見ながら、マーヤーは立ち上がって、服の汚れを払った。

「ありがとうございます、おかげで助かりました」

 頭を下げて礼を言うマーヤーに、彼は鷹揚に頷いて見せた。

「あれだけの目にあって、叫び声一つ上げないのはさすがだ。相当、経験を積んでいるようだな」

「ううん、怖くて声が出なかっただけ」

「涙ひとつこぼさずに、かね?」


(あ、値踏みされちゃった)


 確かに彼の言うとおりだった。屋外ならまだしも、ダンジョンのような場所で、うかつに声を上げれば別の危険──新たな敵を呼び寄せる元になる。だから、少々のことで声を上げたりしないのが、体に染みついてしまっている。

「何にしろ、間に合ってよかった。……しかし、あの大木を宙に浮かべた魔法と言い、オーク達を簡単にやっつけた手並みと言い、君は、かなり腕達者な魔法使いのようだな」

 言われて、マーヤーは、(かぶり)を振る。

「それは、買いかぶり。油断して命を失いかけるなんて、未熟な証拠」

「それは、謙遜なのかね? それとも、自分に厳しいのか。君なら、すぐにでも一線級の冒険者になれる、と私が保証しよう」

 困ったな……。そう思いながら、マーヤーが首を振る。冒険者に、実力を測られてしまっている。

「冒険者は、やめました」

 ほう、と、戦士は驚いたような声を上げた。

「なぜだね? まだまだ、いくらでも実力が伸びるのだろうに」

「普通に暮らしたいから。どこかの村に、静かに住みたいから」

「ある意味、とても贅沢な望みだな。君ほどの実力者を、世の中は放ってはおくまい」

「そうなりたくないから、旅をしてます」

 さっさと会話を打ち切りたい。そんなマーヤーの思いに気付かす、相手は言葉を継いでくる。

「旅を? なぜ」

「誰も、わたしを知らない土地を探して」

「ふむ? つまり、そこそこ名が売れているから、ということか」

「ええ」

 戦士の言葉に、マーヤーは仕方なくそう答えた。彼は、マーヤーの言葉から、正確にマーヤーを評価している。

「なら、それは無理だろう。若い娘の1人旅、道中の危険を思えば、いずれどこかで魔法を使う。今日のように。そして、また、魔法使いとして名が売れる。その繰り返しではないのかね」


(う、嫌なことを言うよ、このおっさん……)


 図星を指されて渋い顔をするマーヤーに、戦士は言葉を続ける。

「君の選んだ道に口を挟む気はない。だが、今回は、既に乗りかかった船と思って、私達に付き合ってもらえないかね?」

「付き合う?」

「そうだ。あのオーク達だが、決して奴らだけで動いているわけではあるまい。話に聞けば、オークだけでなく、ゴブリン共も出没しているという。ならば、連中の後ろで糸を引いている奴がいるのは間違いない」

「そうね」

 かすかに頷いて同意するマーヤーに、戦士が言う。

「せっかく君が倒したオーク達だが、1人だけ、逃がそうと思う」

「逃がす……?」

「そして、後を付ける。戻っていった先に、連中の根拠地があるはずだ」

 そう言って彼はマーヤーを見つめた。その視線の意味するところは明らかだ。

「わたしも一緒に、来い、と?」

「そういうことだ」


(あー、やだ。でも、助けてもらったんだし、無下には断りにくいなぁ……)


 マーヤーが逡巡しながらも、否定の言葉を発しないのを、肯定と受け取ったらしく、戦士が言う。

「では、よろしく頼む。名乗るのが遅れたが、私の名はロバートという」

「わたしは、マーヤー」

 仕方なく名乗ったマーヤーの背後から、嬉しそうな声が聞こえてくる。

「マーヤー、マーヤーって言うのね。わたしはジャネット、よろしくね!」

 そう言って、右手を差し出してきたのは、あの少女だった。ためらいがちに、そっと手を伸ばしてジャネットの手を握り返したマーヤーに、彼女はマーヤーの杖を差し出した。

「持ってきてあげたわ。大事なものでしょ」

「ありがとう。……あなたも魔法使いなのね」

「うん、そうよ。幻術使い(イリュージョニスト)のジャネット。あなたも幻術使いみたいね。いきなりオークが倒れたのは、幻覚をつかったんでしょう?」

「ええ、そう」


(見てたのか。……いや、ロバートのおっさんもそう言ってたっけか。つまり、ずっと様子を見てて、絶妙のタイミングで飛び込んできた、ってこと?)


 わたしの腕を見るためだろうか。……もしかして、計算ずくで? だとしたら、全く、油断も隙もない。そう思ったが、マーヤーはにっこりと笑みを浮かべて見せた。

「あなたも、随分魔法が得意みたいね?」

 マーヤーの戦いの一部始終を見ていたにしては、彼等の気配は感じられなかった。あるいは、かなり離れたところから、魔法か、魔道具の類を使って覗いていたのかも知れない。魔法であれば、かなりの手練れの技であるはず。言外に込めたその思いを、ジャネットは正しく受け止めたようだった。

「あの、白ローブの彼女」

 そう言って、ジャネットは仲間の1人を指さしてみせる。

「彼女があなたの様子を映し出してくれてたの。だから、あなたのことは、みんなが見てたわ」

「遠感知と幻影魔法の組み合わせ? ……すごいのね」


(だからって、どうして、わたしのことを覗いてたりしたのかな? ……目を付けられてたのは間違いないみたいね)


汎魔法師(マジックユーザー)のカリーナ。なかなかの腕利きよ」

 そう言ってジャネットが彼女を紹介した。

 2人が話していると、ロバートが声をかけてきた。

「用意が調(ととの)ったようだ。……マーヤー、あの浮かんだままになっている木を戻してくれないか?」

 彼の言ったとおり、先刻マーヤーが魔法で舞い上げた大木が、まだ宙高く浮かんだままになっている。

「オーク達は、1人を除いて、全部始末した。木を下ろしたら、生き残りの1人を解放する」

 言われて、ロバートの示した方を見ると、その辺りは血の海で、何人ものオークの死体が転がっている。そんな中、1人だけ、傷もないままのオークが、まだ気を失って倒れている。

 先程は、自分でとどめを刺すつもりだったオーク達だが、こうして血まみれになった死体が折り重なっているのを見るのは、やはり気持ちのいいものではない。そんな思いを振り払い、マーヤーは木を地面にゆっくりと下ろした。かすかに地面を震わせ、大木は大地に転がった。

 それを合図にしたように、黒いケープを(まと)った男が、革紐を器用に使って、小石をオークの方へ飛ばす。戦闘の場でなら、相手に致命傷を負わすこともある投石術だが、今は、大した速度もなく、当たっても、何の傷も負わない程度のものだった。

 頭に石を当てられ、気を失っていたオークが、目を覚まして起き上がる。そして辺りを見回し、血の海に沈む仲間達の死体に目を奪われる。一瞬、何が起きたのかわからない、といった表情を浮かべた後、オークは、一声叫ぶと、スイッチが入ったように急に走り出したのだった。

「逃げる!」

 思わず叫んだマーヤーを、手を振って遮ったのは、白ローブの女性――カリーナだった。

「大丈夫です、見失ったりしませんから」

 彼女の指先が、空中に円を描くと、その中に、逃げて行くオークの姿が映し出される。森の中を駆け抜け、山の方へ向かって一目散に走って行く。これが、先刻ジャネットの言っていたカリーナの魔法なのだ、とマーヤーは気が付いた。


(ふうん、わたしのことも、こうやって見てたんだ…)


彼奴(きゃつ)め、山の洞窟まで走るつもりなのか?」

 石を投げた男が言うのに、法衣を着た女性が答える。

「それは無理でしょうね。いくらオークでも、山までは体力が持たないでしょうからね。どこかに仲間がいると思っていいでしょうね。」

「だったら、その場で一網打尽にしてやるぜ。それが世のため、人のため、ってな」

「それがいいのでしょうね。ここのところの、彼らの暴れ方はひどすぎます。わたくしたちが裁きを下しても、神はお許しになるでしょうね。」


 逃げ去るオークの姿を見守りながら、マーヤーは冒険者たちと挨拶を交わしていた。オークに石を投げた黒ケープの男はバラン、法衣を着た女性は、尼僧(プリーステス)のポピーといい、のこる1人の戦士はテッドと名乗った。

 自己紹介を終えると、ポピーが仲間達に向かって声を掛けた。

 「さあ、テッドにロバート、それにバランも、手伝っていただけませんでしょうか。いくらオークとはいえ、死体をこのままにしておくのは、神々のお喜びにならないことでしょうからね」

 ポピーに言われて、男達は街道から外れた森の中に穴を掘り始めた。それを見て、オーク達の死体を埋葬するのだ、とマーヤーは気づいた。既に日が高く昇り、辺りは日差しに照らされて汗ばむほどになっている。死体をこのまま放っておけば、(じき)に腐り始めてひどいことになる。

 男達もそれがわかっているからだろう。不満を口にすることなく、黙々と地面を掘り続けている。手伝って、と口にはしたものの実際にポピーが手を動かすわけではない。

 やがて、十分に深い穴が掘れ、死体を運ぶ段になる。マーヤーは、その役を買って出ることにした。といっても、手で死体を運ぶわけではない。魔法で浮かべ、穴まで、空中を(ただよ)わせていくだけだ。

 魔法をかけるため、オークの死体に注意を向けたマーヤーは、身につけた鎧や、放り出された武器が、昨日のゴブリンと同じ、上質のものであることに気づいていた。

 死体を穴に入れると、掘り出されていた土をその上にかぶせるのも、マーヤーが魔法ですることにした。


(この人は、尼さんだから、弔いもするのね。そういえば、今まで、死体のことなんて、考えたこと、なかったな……)


 大抵は、戦いの後で死体を顧みる余裕などなかったから、というのがその理由だったが、マーヤーも、マーヤーの仲間だった冒険者達も、死者の埋葬に携わったことはなかった。まして、人間でもない相手の冥福など、仲間の僧侶ですら、口にしたことはなかった。ポピーの信じる神は、そういったことを命じるのだろうか。

 塚穴の前で神への祈りを捧げるポピーを見て、マーヤーは、そんなことを考えていた。

 埋葬の終わった頃、仲間を呼ぶカリーナの声がした。

「オークが、仲間と合流しました。オーク達と、ゴブリンの集団です」

 見れば、森の中で車座になって座っている十数人のオークのところへ、息せき切って走ってきたオークが、たどり着いたところだった。周囲には、数人ずつの、いくつものゴブリン達の集団も(たむろ)している。

「よし、支度しろ、切り込むぞ」

 ロバートの声に、おう、と答えて冒険者達が武器を構える。


(え? ……ええっ?)


 驚いてマーヤーが一同を見回す。オーク達のいる場所は、ここからかなり離れたところの筈だ。なのに、冒険者達は、目の前に相手がいるような様子で戦闘態勢を取っている。

「テレポートの魔法、知らないわけじゃないよね、マーヤー?」

 ジャネットの声に、はっとする。

「テレポート、って、行ったことのないところへは行けないはずじゃ?」

「ううん、はっきりと見たことのある場所なら大丈夫。ほら、カリーナは、ああやって魔法で行き先をはっきり見てて、場所もわかってる。だから、テレポートできるのよ」


(そうなんだ……!)


「あなたも行くのよ。用意はいい?」

「……うん、いつでも」

 これが、このパーティーのやり方なのか。道理でマーヤーのピンチにすぐ駆けつけられたわけだ。納得したマーヤーは、戦いの場で使う魔法を選ぶことにする。幻術は、イメージが命だ。戦場であれこれ迷っていれば、効果は半減どころか皆無になる。

「頼むぞ、カリーナ」

「お任せください」

 ロバートに言われ、カリーナが魔法を使う。それは、テレポート、などという簡単なものではなかった。空間転移。自分と、自分の周りの空間をまるごと目的の場所へ送り込む魔法。

 一瞬の後、マーヤーと6人の冒険者は、同時にオーク達の前に姿を現わしていた。


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