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シュタイナー商会の暗躍(1)

 突然のことだった。街道脇の森の中から、十数人のゴブリンたちが現れたのは。

 最初見た時は、人間の子供たちかと錯覚した。しかし、次の瞬間、そうではないとわかる。手入れの行き届いた革の鎧に身を包み、身長よりも長い槍を持った、いかにも危険そうな姿。槍の穂先を突き付け、荒々しい言葉を投げつけてくる。

「女、抵抗するな」

「おとなしくしろ。持ってるものを、全部出せ」

「言うことを、聞け」


(ゴブリン、……こんな街道に?)


 最初は驚いたマーヤーだったが、すぐに落ち着きを取り戻していた。隙さえ見せなければ、それほど危険な相手でもない。


(あんまり関わりたい気分じゃないし、殺すのもなんだかな……さっさとスルーしようか)


 気は進まないが、魔法で。手っ取り早いのは、眠らせてしまうことだが、相手の数が多く、一度には無理だ。そう考えていると、落ち着き払ったマーヤーの態度に、ゴブリンたちはいらだった様子で、槍を構えたまま距離を詰めてくる。

「お前、殺されたいか」

「俺たち、怒ると、お前、楽には、死ねない」


(いいよ、それじゃ、ごちそうでもしてあげるかな)


 昔、子どものころからある不思議な記憶を頼りに、マーヤーの創作した魔法。記憶の中の神殿で習った魔法を、再現したものだ。冒険者時代には使ったことのない、その魔法を使うことにする。心の中に、今までに食べたうちで一番豪華なディナーのイメージを思い浮かべ、一時(いっとき)、念を集中する。

 その瞬間、マーヤーとゴブリンたちの間、地面の上に、いくつもの大皿が現れた。どの更にもよい匂いの漂う、いかにも美味(うま)そうな豪華な料理が載っている。ゴブリンたちの目が、それにくぎ付けになる。

 ゴブリンたちの顔に、信じられない、という表情が浮かんだのはほんの一瞬だった。次の瞬間には、ゴブリンたちは先を争って大皿の上の料理に群がり、貪り食い始めたのだった。

 マグニフィスント・ディナー、とマーヤーが名付けた魔法。料理も、皿もいずれも魔法で作り出された幻だ。マーヤーには豪華なフルコースの料理と見えているものが、ゴブリンたちの目にどう見えているのかはマーヤーにはわからない。

 この術は、相手がこれまでに食べたことのある、一番の御馳走を見せるのだ。それを見た者は、他のものが目に入らなくなり、料理の誘惑に勝てず、食べずにはいられなくなる。味も、香りも、食感もすべて幻だが、記憶の中にある最良のものが再現され、いつまでたっても食事は終わらない。むろん、幻である以上、いくら食べても満腹にはならないし、実際に腹が満たされるわけでもない。魔法が解けない限り、食事は永遠に、魔法にかけられた者が飢え死にするまで終わらない。ある意味、とても意地の悪い魔法だ。


(道端でごはん、なんて、行儀悪いけど、ま、許してね)


 幻の料理に、夢中で舌鼓を打つゴブリンたちを置いて、マーヤーはその場を立ち去ろうとした。が、ふと、道端に放り出されたゴブリンたちの武器に目が()まる。

 槍の穂先は、よく磨かれた金属製で、ゴブリンたちがよく使う、石を叩いて加工したものではない。柄も、適当な木切れを使ったものではなく、きちんとした仕事のされた上質のものが使われている。


(まるで、どこかの軍隊の装備品みたいね? 普通の冒険者くらいじゃ、こんないいものは持ってないよ。……人間から奪ったのかな? 手入れもいいし、まだ新品みたいだけど)


 軍隊であれ、冒険者であれ、これだけ上等の装備が持てるほどの者が、ゴブリン如きに後れを取るとは思えない。死体からはぎ取ったにしては新しすぎるし、傷もない。しかも、幾つもある武器のうち、どれか1つだけがそうだ、というのではなく、ゴブリンたちの持っている武器は、どれも一様に、真新しい上等のものばかりだ。これだけ質のそろった品が、まとまった数、ゴブリンの手に入る、というのはあまりに不自然だ。


(なんだろう……、なんか変だな)


 そう思ってみれば、ゴブリンたちが身に付けた鎧も、腰に佩いた剣もすべて手入れの行き届いた上級品だ。

 それだけではない。このまま街道を行けば、日暮れまでにはコルターの街に着く。逆に言えば、ここは街からそれほど離れた場所ではない。コルターは周囲を石壁で囲まれた、そこそこ大きな街だ。そんな街の近くで、しかも街道にゴブリンが出て旅人を襲う、というのも、あまり聞かない話だ。街の近くにゴブリンが住み着くようなことがあれば、たいていは領主の命令によって退治され、周囲の安全が確保されるものだからだ。

 それに、アクロンの村からここまでくる間、マーヤーは何度も野宿をしているが、その間、ゴブリンや他のモンスターに出会ったことはない。つまり、ゴブリンがいるのは、コルターの近くにだけということだ。


(ひょっとして、近くに、ダンジョンでもあるのかな? それとも……)


 胸に湧いた疑念を抑えながら、マーヤーは足早にその場を立ち去ったのだった。


 少し、ペースを速めて街へ向かう。ゴブリンの出るようなところで野宿はしたくなかった。その甲斐あって、マーヤーは日の沈むよりかなり前にコルターの門の前に着くことができていた。

 この街の門が閉まるのは、日没の後、最初の鐘が鳴る頃と聞いていた。鐘が鳴るのは、日没から日の出までの時間を12に分け、都合12回。季節によって、鐘の鳴る時間の間隔は異なり、夏の間は、日没から、ほどなくして最初の鐘が鳴る。もっとも、日の出の時間も遅くなるので、門限はその分遅くはなるのだが。

 門の前に並ぶ、通行者の列の最後にマーヤーは着いた。列にいるのは、外壁の外での畑仕事から戻ってきた農民たちがほとんどで、それに、幾組かの商人たち、それに巡礼らしい旅人などが混じっていた。

 門の前には2人の門衛が立ち、順に訪れる者たちの身元を確認していた。町に住む、顔見知りの農民たちはそのまま通し、旅の者はその都度、街へ来た目的を聞いて通行税を徴収する。

 マーヤーの前に入っていった巡礼が、銀貨2枚を払うのが見えた。


(通行税は2カシーテ、ね)


 あいにく、銀貨は1枚しかない。高額の銀金貨や金貨を出して釣りをもらうのは面倒だし、懐が温かいとみられて、高く吹っ掛けられるのも避けたい。そう思って、マーヤーは小銭を数えた。

 列の最後に並んだマーヤーが、銀貨と銅貨、黄銅貨を混ぜて2カシーテを差し出したのを見て、門衛が訊く。

「旅をしてきたのか?」

「ええ、そう……です」

「この街へ来た目的は?」

「え、っと、その、一晩の宿を求めたくて…」

「よそから来た者は、通行税は3カシーテ、銀貨3枚だ」

 値段を聞いてマーヤーが驚いた。

「え、でも、さっきの人は確か銀貨2枚、って」

「あれは巡礼だからだ。……金がないのか?」


(あ、まずったみたい?)


 気まずい顔をして何も言わずにいるマーヤーを見て、門衛達は何やら察したように、互いに顔を見合わせ、うなずき合って言う。

「そうか。……ああ、わかってる、聞くまでもないな。門を入って、最初の角を右だ。3番目の辻を左に回って行け。その通りに、店が並んでる」

「……お店?」

「ああ、そのために来たんだろ? 通行税はいい。さっさと行くがいい。」

「あ、ありがと……」


(……な、何? なんだか、わたし、同情されちゃってる?)


 意味が解らないままだったが、それでも、笑顔を作って頭を下げ、門を通る。その背中に、門衛たちの言葉が投げられる。

「俺たちも、仕事が済んだら行ってやるからな。楽しみにしてな」

 楽しみに? その言葉がマーヤーの耳に引っかかる。


(なんか、変だよ? ……でも、いい、っか。とにかく行ってみよう。宿の場所だよね、きっと)


 教えられたとおりの道筋をたどった。門から入った広い通りを行って、最初の十字路を右に折れる。それから、3番目の十字路を左へ曲がる。

 すでに日は沈み、あたりは少しずつ薄闇に包まれ始めている。しかし、その道筋は両側にいくつもの店が並び、どの店もとりどりの明るい色に塗られ、入口の前に灯をともしていて、通りはとても明るく、活気もある。

 人通りも多いが、しかし、道を行く人々の様子に、何か奇妙なものを感じる。そんな様子を見ている内に、冒険者時代の記憶がよみがえってくる。はた、と気づいて道筋の店々をよく見て、それがなんであるかに気づく。


(ちょ、ちょっと、ここ、娼館ばかりじゃない!)


 ようやく、門衛の最後の言葉の意味が解ってくる。街へ来た目的もはっきりせず、通行税を払うのに小銭をかき集めているマーヤーを見て、生活に困り、体を売って金を稼ぎに来たのだと誤解したのだ。

 たちまち、顔が真っ赤になる。


(なに、ひどいよ、それ! わたし、そんなふうに見られちゃったの?)


 すぐに(きびす)を返し、通りから出る。こんなところにぐずぐずしていて、声をかけられるのを待っているつもりはない。

 だが、思い起こしてみれば、実際のところ、暮らし向きが苦しくなり、生きるために身を売る女性は少なくない。夫に先立たれ、あるいは親を亡くして稼ぐ手立てがないまま、街へ流れる者を何度となく目にしていたのをマーヤーは思い出した。


(それだけ、この街にもそういう人がいる、ってことか。……女の子の1人旅、って、そういうふうにみられる、ってこと、忘れてたな。別に、門衛さんが悪意があったわけじゃないんだよね)


 そう考えながら、通りを歩いていく。人通りの多い方へと道を選びながら行くうち、1軒のかなり大きな店舗が目に付いた。鮮やかな青で掌の上に地球が載った絵を描いた大きな看板が出ており、その下にはシュタイナー商会と書かれた金文字が読める。


(シュタイナー、って……あ!)


 その名には覚えがあった。アクロンで出会ったファービュアスが、これからマーヤーの身に起きることを告げた時に出た名だ。


(シュタイナー商会の(たくら)み……、って、なんだか不穏よね。ん、だめだめ、関わっちゃいけないよ、わたし)


 ファービュアスに、平凡な生活は手に入らない、と言われはしたが、まだ、夢をあきらめたわけではない。

 だから、予言された名に出会ったからといって、関わりを持つような真似をしたいとは思わなかった。ファービュアスの予言が決して外れることのないものであると知ってはいても、素直にそれに運命をゆだねるつもりもない。

 それに、目の前にあるシュタイナー商会の建物。普通の、雑貨を売るような、小売りの店ではないようだった。したがって、見も知らぬマーヤーが、簡単に入って行けるようなところでもない。

 これ以上、この場に長居をするべきではない。そう思い、心の中で強く頷く。

 足早に、マーヤーは店の前から立ち去ったのだった。


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