表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/428

異形の僧

 アクロンの村。

 1人の人物の噂を聞いて、マーヤーはここを訪れていた。人の過去と未来を見通し、その予言は()して外れたことがないという隠者。村のはずれの(いおり)に住み、滅多に姿を見せないが、村の人々からは、半ば神のように敬われているという。


 (村のはずれの庵、か。村で聞けばわかるかな…?)


 それでなくとも、さして大きくもない村だ。探し回っても大して時間はかからないだろう。あたりを見回したマーヤーがそう思っていた時だった。ふいに目の前の何もない空間が、陽炎のように揺らいだかと思うと、そこに1人の男が姿を現したのだった。


 (え、テレポート?)


 魔法で姿を隠していたわけではない。姿を消す魔法なら、マーヤーも得意とするところだ。その類の魔法を解いたのなら、こんな現れ方はしない。


 (魔法の使い手だ。それも、かなりの(レベル)の)


 油断なく、目の前に現れた相手を観察する。身長は2メ-トル近くあるだろうか。みすぼらしい、とまでは言えないが、何枚もの布を()ぎ合わせて作られた粗末な(ころも)。体に密着していないその衣のせいでよくはわからないが、その痩身は、何かがあれば簡単に折れそうにも思われる。顔には、人面を逆さにしたようにも見える、奇怪な仮面。仮面と一体になった(かぶ)り物は、逆立ったざんばら髪のような印象を与える。手にした杖は、その身長よりも長く、先端には銀色に輝く三日月形の細工があった。

 「マーヤー…お前はマーヤーじゃな」

 少し低めのテノールが響く。いきなり名前を呼ばれて、マーヤーは驚いていた。旅立ちの日に自分で名付けた、まだ使い始めて3月(みつき)にもならない名で、この男は呼びかけてきている?


 (魔法使いに、心を読まれた…? え? わたし、そんな簡単に心を覗かれちゃった?)


 そんな思いをおくびにも出さず、問い返す。

 「あなたは、だれ?」

 「わしはファービュアス。祈る者にして、神のしもべ。平たく言えば、僧侶じゃよ。待っていたよ、マーヤー」

 「待ってた、って、わたしが来るのを?」

 「そうじゃ。ミレーデルの先触れがあったのでな」

 「ミレーデル、って…?」

 「創世主の使徒の1人じゃ」


 創生主のことは、師から聞いたことがある。もちろん、神話として。すべての始まりときに、この世を──空間と時間、そして天と地を作り出し、神々を生み出した者。物理法則さえもがその創造物であるという絶対者。そして、神々に宇宙に存在するすべてのものと、地上と海と地下にあるすべてのものを生み出させた、原初の存在。

 しかし、その権威を恐れた神々が反旗を翻し、その結果、創世主は今は封印され、名すらも、呼び伝えることを禁じられ、ただ、G、R、Zという3つの文字だけが辛うじて伝承の中に残っている。

 創世主を恐れた神々が創世主を封印しようとしたとき、創世主の側に付いた者達――神々の一部や、原初の生命達もいた。神々との戦いに敗れた彼等は、創世主の使徒と呼ばれ、いつか創世主の封印の解ける時のために、今も世界のどこかに潜んでる。使徒は、人類のほとんどから神々と対立する者として恐れられ、忌み嫌われているが、しかし、一部には使徒を崇める者もいる。

 それが、マーヤーの知っていることだった。

 したがって、通常の人間が、使徒に会うことなど、まずあり得ない。


 「創世主の使徒に会った、って、じゃあ、あなた、神さま?」

 「いいや、わしは神などではない。ただの人間じゃ。じゃが、神であったこともある」

 「神だったことがある、…って?」

 「そうじゃ。遠い昔に、な」

 「それ、村の人から崇められてた、ってこと?」

 「いいや、そうではない。昔、わしは本当に神だったのじゃ」

 ふ、っふ、っふ、と言う笑いが漏れる。

 「わからないじゃろうがな。」


 (わからない! 何言ってるの、この人?)


 そんなマーヤーの心の内を見透かしたように、ファービュアスが言う。

 「説明しなくてはいけないだろうな。じゃが、長い話になる。まずは、わしの(いおり)へと招待しようか。…異存はあるかな?」

 首を横に振るマーヤーを見て、ファービュアスは満足げにほほ笑む。次の瞬間、あたりの光景が揺らぎ、次の一瞬には、周囲が灰色の霧に包まれたかと思う。が、次の刹那、2人は小さな小屋の前に立っていた。

 「わしの庵じゃ。むさくるしいところで済まないが、まあ、許してもらおうか」

 そう言うと、ファービュアスは先に立って、小屋の中へ入っていく。マーヤーもその後に続いた。

 自分で言うだけあって、中は床に何枚もの毛皮を敷いただけの何もない部屋だった。毛皮の上に腰を下ろすと、ファービュアスはマーヤーに声をかけた。

 「好きなところに座るがいい。それほど不快ではない筈じゃ」

 その言葉通り、毛皮は厚みがあり、腰を下ろすと長い毛の中にマーヤーの体は埋まるように包まれた。初夏の、結構気温の高い季節というのに、不思議と暑さは感じない。毛皮の中は、むしろ、涼しさすら感じられる。

 「ところで、おまえは、わしを訪ねてこの村へきたのじゃろう。…では、わしのことをどのように聞いた?」

 「未来がわかるって聞いた」

 マーヤーの答えに、ファービュアスは満足そうに頷く。そして、次にはゆっくりと首を振った。

 「違うよ、わしには未来のことなどわからない。ただ、昔のことを思い出せるだけのことじゃ。…お前は、自分の未来を知りたいか?」

 「…うん」


 (まあ、そうだ。未来がわかる、って聞いて会いにきたんだから)


 マーヤーの答を聞いたファービュアスは、じっとマーヤーの顔を見つめていたが、やがて言った。

 「お前の未来は…わからない?」

 「わからないの?」


 (え、うそ?)


 「そうじゃ。わからない。…いや、思い出せない。…そうか、お前は、わしの過去世ではないのじゃな」

 「過去世?」

 「そうじゃ。生き物が死ねば、転生することは知っているかな?」

 「うん、知ってる。御師様にきいたことがある。人が死ねば、他の生き物に生まれ変わる。人間に生まれ変わることもあれば、獣に生まれ変わることもある。うん、だから、獣が死んで人間に生まれ変わることもある、って聞いた」

 「そうか。なら、死んだときよりも、もっと昔の時代に生まれ変わることは聞いたことがあるかな?」

 「死んだときよりも、もっと昔に?」

 「そうじゃよ。例えば、今わしが死んだとしよう。すると、次に生まれ変わるのは、明日かもしれないし、10年後かもしれない」

 「そうね」

 「じゃが、もしかしたら、1000年前の世界に生まれ変わることもある」

 「え…?」

 「信じられないかな」

 「だって、そんなことがあったら、時間、って…?」

 「時間とは、所詮、認識の連続を測るだけのものじゃよ。誰かがいて、時の流れを感じるから時間が流れる――流れるように思える。それだけのものじゃ」

 「ええ? わからない…」


 (ん、っと、一体、何の話になるのかな? …まるで、御師様の講義みたいだけど、はっきり言って、これ、苦手!)


 「そうかもしれないな。それは、今はおいておこう。話の続きじゃ。1000年前に生まれ変わることがあるならば、10年前に生まれ変わることもあるはずじゃ」

 「うん…そうかも」

 「そうだとすれば、10年前に生まれ変わったわしは、今のわしと出会うこともある。それは、わかるな?」

 「…わかる」

 「とすれば、じゃ。今日、お前の出会った誰かが、お前の生まれ変わりであるかもしれない。あるいは、逆に、その誰かが生まれ変わったのが、お前であるかもしれない」

 「え、ええ?!」

 「もちろん、そうでないかもしれない。じゃが、何回か、あるいは何千回か前の生まれ変わりであるかもしれない」

 「ちょ、ちょっと待って、そんなこと言ったら世界中の人が…」

 「そうじゃ。人だけではない。この世のすべて、生きとし生けるものはみな、1つの命の生まれ変わりなのじゃよ。人も、獣も、魔物も、神も、目に見えないほど小さな生き物も、生き物の体を作る小さな生命単位も、すべては同じ1つの存在じゃ」

 「そんな、信じられない」


 (…いや待って、昔、御師様に聞いたような気もする。あの時は、結局、意味が分からなくって、御師様も困ってらしたんだった。じゃ、これ、本当(ほんと)のこと?)


 「そうじゃな。お前には信じられないことかもしれない。じゃが、わしには、わかっている。そう信じているのではない。知っているのじゃ。それが、真実であることを」

 「知ってる、って、どうして?」

 「わしは、自分の過去世を、──この世ができて、最初の生き物が生まれてから、今のわしに生まれ変わるまでのすべての過去世を覚えているのじゃよ。過去の自分であった誰か、あるいは何かの生涯を、すべて思い出せる。だから、出会うもの1人1人が、この先、どんな風に生きるのかが、正確にわかる。未来を予知するのではなく、自分の過去(アーカシックレコード)を覗き見るだけだからじゃ」

 「それじゃ、わたしの未来がわからない、って言ったのは…」

 「わしの過去世の記憶(アーカシックレコード)に、お前の記憶はない。お前は、わしの過去世ではないからじゃ。言い換えれば、お前はわしの来世、言うなれば、未来のわしだからじゃ」

 「あなたが死んだら、わたしに生まれ変わるの?」


 (やだ、わたしがこの人の生まれ変わりだなんて!)


 驚いて顔をしかめるマーヤーに、ファービュアスは笑って言う。

 「いやいや、そうは限らない。いや、わしが死んだら、おそらくは、別のものに生まれ変わるじゃろう。そして、何度も生まれ変わりを繰り返し、いつかはお前に生まれ変わる。そういうことじゃ」

 「神さまだったこともある、って言わなかった?」

 「そうじゃ。いくつかの過去世は神だった」

 「でも、神さま、って死なないんでしょ?」

 「いいや、神も死ぬよ。神が自ら死を選んだ時にな。すべての神が死に絶えた時、おそらく、この世界も消えるのじゃろう」


 (ええ、そんなことあるの? だったら、わたしの前世は…何回か前の前世がこの人で、その何回か前が神さま。じゃ、わたしは神さまの生まれ変わりってこと?)


 マーヤーの表情から、思いを察したのだろうか。ファービュアスが言葉を続ける。

 「一つ、試みに訊こう。谷の(した)に1頭のドラゴンがいて、翼を広げ大空へと(のぼ)り始めたと思うがよい」

 「ん…、ドラゴンが飛んでいくの?」

 「そうじゃ。お前の目の前をドラゴンが天高く(のぼ)っていく様を思い描くがいい。まず、頭が、次に肩が、翼が、腕が、胸、そして腹がお前の前を過ぎていくだろう」

 「ええ、そうね」

 「そして、足がお前の前を過ぎて去っていく」

 「うん」

 「しかし、いつまでたっても、尾が目の前を通リ過ぎぬ」

 「え? どうして?」

 「さて、なぜじゃと思う?」

 「そんなの、わからない。でも、ドラゴンは、とっくに飛んで行っちゃったんだから、尻尾なんて、もうどうでもいいんじゃないの? …それに、どうでもいいけど、もしかしたらそのドラゴン、尻尾なんてなかったかもしれないし」

 「はは、そう来るか。では、ドラゴンはいたのかな?」

 「いたんでしょ? それとも、幻だった? …って、飛んで行っちゃったんだから、そんなの蒸し返さなくっていいと思う」

 「なるほど、面白い答えじゃな」

 「面白い、って、じゃあ正解は何なの?」

 「正解か。さて、何じゃろうな」

 そう言って、ファービュアスは愉快そうに笑った。


 (なに、ごまかしてるつもり? …失礼しちゃうな)


 ひとしきり笑うと、真顔に戻ってファービュアスが言う。

 「…さて、お前に伝えなくてはならないことがある」

 「わたしに? …何を?」

 「魔法、と言えば、お前にはわかりやすいかな」

 「あなたは、僧なのでしょ? だったら、法術?」

 「魔法も法術も、呼び名が違うだけのこと、結局は同じものなのじゃよ。自分の心を使う手法じゃ」

 「わたしに魔法を教えてくれる、ってこと?」

 「教えるのではなく、思い出させる、というべきじゃな。わしと違って、お前は過去世を思い出す(すべ)を知らないのじゃから。過去世で覚えていたことを、思い出す手助けをするのじゃよ」

 「なぜ?」

 「ミレーデルが、わしにそう告げたのじゃ。マーヤーに、心の最奥を感じ取るための手助けをせよ、と。はっきり、お前の名前を言ってな」

 「どうして、そんなことを言ったの?」

 「さて、それはわしにはわからない。創生主の使徒だけの知る、何かがあるのじゃろう」

 「わたしに使徒が関わってる、ってこと?」

 「そういうことじゃな。お前は、創生主の使徒と縁がある」

 「わたし、神さまに敵対するつもりなんて、ないんだけど」

 「なるほど、それはそうじゃろう」

 「あなたに魔法を教わったら、神さまの敵になっちゃうんでしょ?」

 「ほう、なぜそう思う?」

 「使徒は神さま──神々の敵。そう教わったから」

 「なるほど、そうか」

 「だから、あなたも神々の敵。そうじゃないの?」

 「違うな」

 ファービュアスはあっさりと言ってのけた。

 「神々と使徒が戦ったのは、創生主が姿を消すまでのこと。その後の神々と使徒は、争ったりなどしていない」

 「本当?」

 「嘘など言わない。…それとも、お前の知っている神話に、創生主がいなくなった後で神々と戦った使徒の話があるのかな?」

 「そ、それはないけど…」

 「そうじゃろう。それが真実じゃ。神々と使徒は、互いに求めるものが違う。だから、決して交わりこそしないが、決して相手を憎んでなどいない。過ぎた過去にはこだわっていないのじゃ。だから、お前がわしから何かを学んでも、神々の敵になることなどない」


 (ほんとなんだろうか? …うん、きっとこの人は、嘘は言わない。そんな気がする。それに、すべての生き物はみな、同じ1つの存在だって言ったよね。それが嘘じゃなければ、この人は、誰かを傷つけるようなことはしない。そんなことをすれば、自分を傷つけて、自分を不幸にするだけだから。わたしがこの人の未来なら、この人が未来の自分を破滅させるようなことをするわけがない、きっと。だから…、信じてみる?)


 「じゃから、安心するがいい。それに、わしの教えることは、神々に逆らうことではない。神々も知っていることじゃ。よいか、心の最奥を感じ取れるようになった時、お前は、過去世を思い出せるようになる。心の最奥を自在に操れるようになった時、お前の作る幻は、現実のものに変わることができる」

 「幻が、現実に?」

 「そうじゃ。心の最奥に触れた時、お前は、この世のありとあらゆるものが、幻のようなものであることを知る。ありもしないものを、心が、あると思い込んでいるが故に、あると──現実のものと感じているだけだということを知る。そして、幻を作り出せるお前は、それを現実にする(すべ)を知ることになるのじゃ」

 「本当なら、まるで神さまみたいね? …それとも、使徒? でも、本当にそんなふうになれるのかしら?」

 「もちろん、すぐに、そうはなれない。わしは、ただ、そうなるための種をまくだけじゃ。わしにできるのは、せいぜいそのくらいのことじゃよ」

 「ふうん…?」


 (また、はぐらかすようなことを言うんだね、この人は。いったい、何を教えてくれる、っていうのかな? あ、でも、それより…)


 「わたしは、魔法を捨てるのよ? そのつもりで、こうして旅をしてる」

 「そうしよう、と思いながら、果たせないだけのことじゃろう。お前の旅のことは覚えている。お前は魔法を捨てられない。だから、受け入れることだ。今は拒んでも、いずれそうなる。いや、そうなった、と言おう」

 「ええ?!」

 「そもそも、お前はなぜ魔法を捨てようとする? それだけの才能を持ちながら、なぜ、魔法を捨てるることを思い立った?」

 「…いやだったから。自分の将来を誰かに決められるのが、いやだったから。それが御師様でも」

 「ふむ、決められたくない、か。しかし、未来はもう定まっている。未来のお前と関わった者のことをわしが覚えている以上、誰が決めたにせよ、もう、未来は変わらないのじゃよ。創世主が、この世を創造し終わった時、すべてのときが完成し、すべてのものの生涯も造られ、未来は定まったのじゃ」


 (強引に言うわね、未来が変えられない、なんて。じゃ、一体何のために生きているっていうのかしら)


 そんなマーヤーの心を見通したように、ファービュアスが言葉を続ける。

 「お前の未来について、いくつか教えておいてやろう」

 「わたしの未来はわからない、って言わなかった? あなたの過去世じゃないから、覚えていない、って」

 「そのとおりじゃ。しかし、お前がこの先出あう者の多くは、わしの過去世じゃ。そういった者のことなら思い出せる。それを聞かせよう。すべて、わしの過去世の体験じゃ。そうすれば、いずれ、わしの告げたのが偽りではないことがわかるだろう。ただし、いつのことか、時は言わないでおこう。順序もこの通りではないが、あえてそうする。フィシス…フィシスソフィアという少女の僧に会う。彼女といっしょに、お前は長く旅をする。シュタイナー商会の(たくら)みのいくつかにお前が関わる。その中で、昔の仲間に出会う。プリティアという若い女戦士に会い、仲間になる。しかし、最後には彼女を殺す。夢幻騎士団(イリュージョンナイツ)がお前の運命に大きな──いや、むしろ決定的な関わりを持つ。アンデッドの魔法使いに出会う。そして一緒に旅をする。彼は、お前の最後の時を見届ける」

 他にも、ファービュアスは多くの名を上げた。マーヤーがこの先関わる者たちの名を。

 「波乱万丈ね。平凡な暮らし、無理なの?」

 「あいにくじゃ。そういうお前の姿を見た者はない。お前の助けで平凡な暮らしを得た者はいるがな」

 マーヤーは、かすかに血の気が引くのを覚えた。

 「夢はかなわないの…? 僧侶のあなたなら、それは、わたしが罪を犯したから、って言うのかな?」

 「罪? 人の――あらゆる者のすることに罪などない。ただ、(おこな)いには結果が伴う。それが好ましいものか、好ましくないものかの差があるだけじゃ。罪などと言って、(おこな)いを裁くものなどない。神でさえも、な」

 「罪を犯せば地獄に落ちる、なんて言ってた人もいたけど」

 「行いに応じた先への転生はある。しかし、罪への罰ではない。それが行いの結果というだけで、善悪の別──判断などない、ということじゃ。水が高いところから低いところへ流れ、煙が風に乗って空へ上るのと同じこと。ただ、そういうものである、というだけにすぎない」

 「じゃあ、わたしは死んだらどうなるの? もしかして、それも、あなたの記憶にあるんじゃないの? わたしを知ってる誰かの経験で」

 「明察じゃ。たしかに、過去、お前の最後のときに立ち会ったことはある。何度でも、それこそ、何度も、数え切れぬ程じゃ。なにしろ人であった時の記憶に限らないからな」

 「教えてくれる?」

 「残念じゃが、できない。それは禁じられているからな」

 「誰に?」

 「使徒と、神々に」

 「使徒と神々…って、一体、そんな大変な話なの?」

 おもわず、最後の方が叫び声になる。それを聞いたファービュアスはゆっくりと(かぶり)を振った。

 「言いすぎたかもしれないな。これ以上は言うことはできない。だから、別の話をしよう。わしは、お前の両親のことなら覚えている──過去世じゃからな。だから、なぜ、スワレートがお前を育てることになったかも覚えている。なぜ、お前に冒険者としての仕事をさせたかも。お前が習い覚えた魔法が幻術なのがなぜかも。──心の最奥にアプローチするすべを習い覚えるため、スワレートが選んだのじゃ」

 「御師様の名前も知ってるのね。…わたしの親、って、誰?」

 「名の知られた大貴族じゃ。お前の持っているそのブローチ。それが、お前の親の紋章の1つを象ったものだ」

 「これが?」

 「そうじゃ。だから、スワレートは、それを身に付けているよう言ったのじゃ。見るものが見れば、お前は軽々しく扱われてよい者ではない、とわかるように。…名を聞きたいか?」

 「両親の? …聞かせてくれるの?」

 「知りたければ、な」

 「じゃ、教えて」

 「よかろう。…で、名を聞いたら会いに行くのか?」

 「違う。絶対、出会わないようにする。そのために、教えて」

 「ははは。ならば言おう。お前の父は、アルトラークス・ゼルフィア・キルバネラス・ジュラック・エフライサス・フォールストード・バーミス・ラッセラー」

 聞くなりマーヤーは吹き出した。

 「それ、嘘でしょ。長すぎるわ」

 「長いのは、所領の名を連ねているからじゃ。領地を多く持つ貴族は、みな、そうなる。普通の名なら、アルトラークス・ゼルフィアというところじゃよ」

 「ふうん」

 「母の名は、フロイシェリーナ・ゼルフィア・ユラーダベレア」

 「それも、最後は所領なの?」

 「そうじゃ。同じように言うなら、お前の名は…」

 「あ、それ、聞きたくない。わたしの名前は、わたしがつけたから」

 「そうか。他の名は、もう、ない、というのじゃな。ならば言わずにおこう。お前が両親に会いたくないなら、2人の所領には近づかぬことじゃな」

 「そうするわ。出会ったら、平凡に暮らすのは無理そうだから」

 「平凡、とは言うがな、お前は、平凡な暮らしに固執したいのではないだろう。そうであるなら、そのように旅などしていない筈じゃから。魔法を身に付けたことも、人が決めたことだからと言って、それにこだわることはないはずだ。…わかっていて、旅をしているのだろう?」

 「…うん、もしかしたら、そうかも」


 (やだ、見透かされてるみたい。怖い。これが、過去世すべての記憶(アーカシックレコード)の力かしら)


 「ならば、こだわりを捨てればいいのではないかな。人が決めたからと言って、それに背を向けることにこだわっていても益はない。人から与えられたからと言って、それを拒むのに固執するのは己の未来を狭める事。それを与えた誰かに縛られる事でもある。そうは思わないか?」

 「忠告、してくれるの?」

 「忠告? わしはそんなことはしない。お前が決めることだ。お前が決めなくては、お前が納得できないだろう。わしは、お前がわしの言うことを聞くなどとは思わない」

 「うん、聞かない。聞いたら、わたしが、わたしを否定しちゃうから」

 「それでいい。お前はお前の思うままに行けばそれでいい」


 そろそろ日の落ちる時刻だろうか。しかし、窓1つない(いおり)の中は、変わらず明るいままだった。どこかに光源があるわけではない。しかし、部屋の中は昼間のような明るさに包まれていた。


 「さて、ミレーデルより託されたことじゃ。その話をしよう」

 「魔法?」

 「そうじゃ。だが、魔法を教える、とは言っても、言葉で教えられるようなものではない」

 「うん、わかる」

 「教えるのは、心の──深層心理の使い方じゃ。言葉で聞いて、意識が理解しても、それでどうなるものではない。お前の、深い心がその感覚を感じ取って、体験しなくてはならない」

 「魔法、って結構多いからね、そういうの」

 「知っているなら話が早い。それゆえ、お前の心にわしの心が触れ、心から心へ、その感覚を伝えなくてはならない。それには、深い心に触れるための瞑想を覚える必要がある」

 「うん、それもわかる。魔法を覚えるときは、たいてい瞑想の練習からだから」

 「しかし、それを教える時間はない。わしの命は間もなく終わる」

 え、とマーヤーの顔に驚愕が浮かぶ。

 「それも、過去世の記憶…じゃないよね? これから起きることだから」

 「過去世の記憶じゃよ。わしのではなく、村に住む者の。わしが死んだことは、村の者には、じき、知れるからな。わしの周囲におる人々の記憶をたどれば、わしの身に起きることは大体わかる」

 「じゃ、どうやって魔法を教えてくれるの?」

 「お前は何もしなくてよい。今夜は、夜通し深い瞑想に入れ」

 「え、瞑想…?」

 「心の中を空にして、深い無念無想の境地に入るのじゃ」

 「それだけ? たったの?」

 「それで十分じゃ。明日の朝になれば、わかる。…いや、明日ではまだ、わからないかも知れないか。しかし、いずれわかる時が来る。それまでは、何も気にしなくてよい。いや、わしから何かを学んだことも忘れてしまってかまわない」


 (気にしなくても、って、そんな言われ方されたら気になっちゃうじゃない…!)


 「気になるか。…いや、気になってどうしようもない、と言いたそうじゃな」


 (当たり前じゃない! って、わかってて言ってるのね)


 「スワレートから教わったのではないか? 鉄球でスライムを取る方法を」

 「鉄球でスライム?」


 (あー、それ、ずいぶん昔、子供のころに習ったやつだ)


 表面がなめらかで、つるつるとしているくせに、その本体はぶよぶよとしたスライムは、押せばへこんで広がり、剣で差せば穴も開くが、またすぐ元の形に戻ってしまう。丸い鉄球で押さえれば、押さえられたところはへこみ、地面に押し付けられるが、すぐに広がって元の塊に戻ってしまう。押さえられたところも、いつの間にか鉄球の下から抜け出して、逃げ去ってしまう。何度やっても、鉄球でスライムを取り押さえられる道理はない。

 最初に瞑想の仕方を習ったとき、師は、この問題をマーヤーに出した。目の前に何匹ものスライムがいる。手元にあるのは鉄の球1つ。どうすればスライムはいなくなるか、と。

 何日も悩んだ挙句、マーヤーが出した答えは、何もしない、だった。

 目の前のスライムに目を奪われ、意識を囚われて捕まえようとするから、無駄な努力を繰り返すことになる。何もせずに、取り合わないでおけば、スライムはいつの間にか消えていってしまうのだ。それがマーヤーのたどり着いた答えだった。


 (って、なんで今それを言う? …あ、雑念に取り合うな、って言いたい?)


 師が、スライムという言葉で表したのは、瞑想中に浮かんでくる雑念だった。それをなくすにはどうすればよいか、それが鉄球とスライムの問題の本当の意味だった。

 瞑想中に浮かんでは消える雑念を、押さえよう、消し去ろうとして意識を向ければ、雑念は消えるどころかかえって心いっぱいに広がってしまう。逆に、取り合わないで放っておけば、雑念は浮かぶ間もなく消えていくようになる。


 「思い出したようじゃな、スワレートの教えを」

 「つまり、今度もそうしろ、っていうこと?」

 「そうじゃ。何も考えず、期待することもやめて、心を静めていればそれでいい。スライムのいない心じゃ」

 「ずいぶんと持って回った言い方ね」

 「その方が、昔の修行を思い出して、お前にはよくわかるのではないか、と思ってな。実際、これからわしが教えるのは、もう少し命があれば、スワレートが教えていたかも知れないことじゃしな」

 「御師様が?」

 「完全な形で、とは言えないだろうが、そのつもりではあったな」

 「なるほど、あなたは御師様の生まれ変わりでもあったわね」

 「そうじゃ。だから、今度(このたび)こそは、お前に伝える」

 厳かに、ファービュアスはそう宣言した。その口調に、師スワレートを思い浮かべ、マーヤーは姿勢を正していた。

 毛皮の中で姿勢を整え、体を安定させる。幾度か体を揺すってみて、一番安定した状態を見つけると、ゆっくり目を閉じ、意識からすべての思いを取り払う。深い、闇の中に包まれ、ゆっくりと深いところへ降りていくような感覚がマーヤーの心を包み込む。それは、雑念の作り出した幻影とわかっている。音、におい、心地よく涼しい空気。そういったものの一切の感覚に取り合わず、無視しようとも思わず、意識が消えていく感覚に心を委ねる。

 同じ時、マーヤーの前で、ファービュアスも同様に深い瞑想に入っていた。


 マーヤーの心にファービュアスの心が触れる。

 互いの心の最奥、変転する心にして、常ならぬ心、世界を認識する心にして、これまでに心に触れたすべてのものを収蔵する心(アーラヤ)

 2人の阿頼耶識(アーラヤ)が触れあって、同じ感覚を共有する。

 ファービュアスが過去世の記憶に思いをはせる。

 その心の動きがマーヤーの心に伝わる。

 マーヤーの心が、過去世の記憶に思いをはせ、心の最奥にしまい込まれていた記憶を垣間見る。

 記憶は、その瞬間、実体験となって甦る。

 心の認識したものが、一時(ひととき)現実となって実際の姿を取る。

 心に()かれた情景が、現実として認識されたものとなる。

 この世のありとあらゆるものは、心が認識したものであることを()る。

 心が認識しただけの、実際には存在しない、実体のないものがこの世のすべてであることを()る。

 この世に生きるあらゆるもの──有情は、同一の存在であることを思い出す。

 すべての有情が同一の存在であるゆえに、同じ時に、同一の幻想を共有することを()る。

 すべての有情が、同じ幻影(マーヤー)を認識し、実体と思い込むことでこの世が存在し、あらゆるものが同じ世界に存在するとわかる。

 マーヤーの心の最奥が認識したものは、すべての有情の認識するものとなるのだと()れる。

 マーヤーが認識しようと意図したものが、幻影(マーヤー)となり、あらゆる有情に共有され、世界の中に現実として認識され、幻影が現実世界の存在と認識されることになることを()る。

 深い瞑想の中で、阿頼耶識同士を触れ合わせ、ファービュアスはそういった諸々のことをマーヤーに体験させていった。


 ゆっくりと、マーヤーは瞑想から覚めていった。

 既に朝になっていた。小屋の中では日が昇ったことはわからないが、マーヤーには、今が日の出のすぐ後であることがわかっていた。

 瞑想中に感じたこと、()ったことは、既に心の最奥にしまい込まれ、もはや意識に(のぼ)ることはなかった。瞑想中、何を感じたかすら、記憶に上っては来ない。

 しかし、既に伝授が終わったのであることをマーヤーは()っていた。


 (終わったんだ。…ファービュアス様は…?)


 ほんの一時とは言え、自分の師であった人物に、尊敬の念を払わないではいられなかった。マーヤーは、ファービュアスの方に目を向けた。


 (…死んでる?)


 その場に座ったままの彼を見たマーヤーは、既に彼の(アーラヤ)がそこになく、トワイライト・レルムに去っていることを悟っていた。


 (昨日言ったのは本当だったんだ。まもなく命が終わる、って…)


 そっと、死者に向けた祈りを捧げる。死者の来世が不幸なものにならないことを願う祈りだ。


 (さすがに、このままにしてはおけないよね…。埋めてあげるのがいいのかな)


 そう思ったときだった。小屋の扉が開き、数人の村人が入ってきた。彼等の目がファービュアスに向けられ、次いでマーヤーに向けられる。

 「ファービュアス様は、()かれたのだな」

 1人の男が言う。それは問いではなく、確信に満ちた断言だった。

 「ええ、()かれました」

 そう答えたマーヤーに、男は頷いた。

 「かねてより、ファービュアス様はそう言っておられた。だから、今日の朝、ここへ来て後のことをよろしく頼む、と」


 (さすがだわ、なんて手回しのいいこと!)


 「貴方は、マーヤーか」

 「ええ。…ファービュアス様に聞いたのかしら?」

 「そうだ。ファービュアス様の最期に立ち会うのは、マーヤーという少女だと言われていた。それが貴方なのだな」

 「そう。わたしがファービュアス様の最期の時に立ち会った」

 「貴方に感謝を。…後のことは、わし等が引き受ける。貴方には、心を乱さずに旅立ってもらうように、と、言いつかっている。決して引き留めたりするな、とも。そして、何も尋ねてはならん、とも」


 (ああ、そうか。でなきゃ、何訊かれるかわからないし、訊かれて、この人達にわかる答なんて無理だものね。本当(ほんと)に、未来の見える人だったんだ)


 「…わかりました。では、ファービュアス様の心に従い、わたしはこれで去らせていただきます」

 「貴方の旅路に、幸多からんことを」

 それだけ言い交わすと、マーヤーは庵を後にした。

 転生が事実と知らされ、彼がいつかは自分に転生するのだと知った今、ファービュアスの死を悲しむ理由はマーヤーにはなかった。

 弔いへの参列もせず、マーヤーは村を後にしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ