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ヒーローは君だ(3)

(仕方ないな、見殺しにするのも嫌だから)


 そのまま奥へ進めば、更に地下深くへ降りる階段がある。それは、既にマーヤーが確かめていた。それに向かって歩き始めたアーマザームの前に、不意に白い人影が浮かび上がった。

 全身を覆う白いケープ、のっぺりとした仮面のような白い顔。その目は、ドクロを思わせる、ぽっかりと空いた真っ黒な空洞。眉間(みけん)から突き出した、太く短い角。その足下は闇に溶けるようにぼんやりとかすみ、まるで宙に浮いているように見える。

「な、何だ!」

 あわてて剣を構え、そのまま斬り付ける。が、剣が触れるよりも一瞬はやく、その影はふわりと宙に舞い上がり、アーマザームの渾身の一撃は空を切ることになった。

 ケープの中から突き出した、真っ白な手袋に包まれた手。握った手の、人差し指と中指が揃えて立てられ、上を向く。と、同時に青い火の玉が5つ、白い怪人の周囲に現れ、アーマザームの方へ漂ってくる。

「わ、わあぁぁぁ!」

 火の玉が顔をかすめて通り過ぎようとした瞬間、それを避けようとしたアーマザームは、バランスを崩して尻餅をついた。怪人の口から、甲高い、それでいて静かな、ゆっくりとした笑い声が漏れる。

「く、くそおぉ!」

 それでも何とか剣の切っ先を相手に向けようとする戦意だけは見事だが、所詮彼の武器が相手に届くわけもない。倒れたまま上半身だけを起こして後ずさるアーマザームの方へ、人影がゆっくりと漂うようにしてやってくる。

「く、来るなあぁ!」

 そう叫んだ途端、アーマザームの体が、ふわりと空中に浮き上がった。あわてて手足を振って地面に届かせようとするが、思うようにならない。そのまま、アーマザームの体は宙を漂い、入り口の方へと運ばれていく。そして、階段の上を通り、地上に出て、祭壇の脇にアーマザームの体は放り出されたのだった。

「お、俺は……助かった、のか?」

 何が起きたか話からないまま、アーマザームは辺りを見回した。あの白い人影はどこにも見当たらない。その代わり、彼のすぐ側に立つマーヤーの姿があった。

「お、お前……」

 体を起こそうとするアーマザームに、マーヤーは、膏薬と包帯を取り出して渡す。

「まず、傷の手当てをしなさい」

 有無を言わせぬその口調に、アーマザームは黙って従った。鎧を脱ぎ、マーヤーに言われて初めて、自分の体に付いたいくつもの傷に気づく。途端に、痛みが襲ってくる。

「い、()てて……」

「痛みも忘れるくらい気が張ってたなんてね。困ったものだわ」

 そう言いながら、背中側の、自分では手の届かないところに膏薬を貼ってやる。

「ダンジョン、初めて?」

「あ、ああ、そうだ……」

「最初は、誰かベテランの仲間を探して、それに付いていくものよ。見よう見まねで鎧や武器だけ揃えても役になんか立たない。わかるよね?」

「う、うむ……」

「あんな調子じゃ、いつ死んででもおかしくない。命があったことに感謝しなさい」

 そう言われて、悔しそうに項垂(うなだ)れるアーマザームだったが、ふと気づいたようにマーヤーの顔を見る。

「ってことは、お前、見てたのか」

「死なないように見てやってくれ、って頼まれたから。食堂のおじさんに」


(仕方なかったんだよ、あんなに頼まれちゃ……。本当(ほんと)は嫌だったのに)


「お前は……冒険者なのか?」

「ん、元、ね」

「だ、だったら、俺と仲間になってくれないか。ベテランの仲間がいる、って、さっき言ったじゃないか」

「嫌」

 マーヤーはアーマザームの頼みを言下に一蹴した。

「元、って言ったよね。わたし、もう、冒険はやめたの」

「……」

「仲間くらい、自分で探して? そのくらい、できなきゃ、冒険者、できないから」


(ただでさえ、使いたくない魔法使っちゃてるんだからね)


 「そうか、そうだな…」

 そう言うと、アーマザームはゆっくりと立ち上がった。

 「……村へ、戻る」

 そう言って歩き出そうとする彼に、マーヤーは声をかけた。

「その剣は、持ってっちゃだめだよ」

「……何でだ? ダンジョンの中で見つけたんだぞ、俺が」

 不満げにそういうアーマザームに、マーヤーが首を振り、きっぱりと言う。

「スケルトンの持ってた剣、ってことは死んだ人の剣でしょ? そんなもの持って村に行って、墓荒らしだと思われたいの?」

 えっ、とアーマザームの表情が驚きに凍り付く。そんなことは考えてもいなかった、というように。

「神殿の地下のお墓。(ひつぎ)に入ってた、ってことは、死んだ、この村の人よ。死んだ人が持ってたものを勝手に持ってきた、なんて、ばれたら、どうなるの?」

「そんなぁ」

 情けない声を出してみせるアーマザームに、マーヤーは厳しい目をして言う。ここで甘いことを言っても、何にもならないから。

「とにかく、剣はだめ。宝飾品(ジュエリー)も、村で見せちゃだめ。金貨も、この村では使わない方がいい」

 未練がましそうな表情をしたものの、マーヤーの言うことが正しいと悟り、アーマザームは剣を放り捨てた。


 2人が神殿を出て、歩き始めたときだった。不意に地鳴りがとどろき、地面が大きく揺れ始めたのだ。

「地震!」

「うわ、で、でかいぞ」

 アーマザームがよろけて転ぶのを尻目に、マーヤーは咄嗟に魔法で空中へ舞い上がって地震から逃れた。立っていられない、というほどの規模ではないが、滅多に起こることのない災害に、アーマザームは青ざめてその場にへたり込んだ。

 マーヤーにしても、魔法や何かの仕掛けではない、本物の地震に遭うのは初めてだった。ただ、地面が揺れるのであれば、地面から離れてしまえばそれで問題はない、と彼女の知識が告げるままに難を逃れたのだ。

 激しく揺さぶられ、2人が出てきたばかりの神殿の壁が崩れ、天井が落ち、あっという間に瓦礫の山に変わる。頑丈な、きちんと手入れされた建物なら、大した被害もなかっただろうが、崩れかけた古い神殿はこの揺れには耐えられなかったのだ。

 激しい揺れは、1分も続いただろうか。辺りを見れば、さほど大きくはないが地割れがあり、ところどころ、地面が陥没したりもしていた。思ったよりも大きな地震だった、ということか、あるいはこの辺りの地盤が緩かったのか。おそらくは後者だろう、とマーヤーは当たりを付けた。

「村は!」

 マーヤーが振り返る。村の方で、幾条もの煙が上がっているのが見えた。

「行かなきゃ!」

 空高く上ると、マーヤーは村の方へと飛び始めた。(じき)に、村が見えてくる。倒れた家、柵が壊れて家畜が逃げ出している牧場、呆然と立ち尽くしたり、座り込んだりしている人々。そういった光景が目に入ってくる。元々地盤が緩かったことに加え、粗末な造りの家が多かったためだろう。予想よりも大きな被害が出ているのがわかる。

 マーヤーは、燃え上がっている家の前に降り立った。この辺りには数軒の家が並んでおり、放っておけば、火は燃え広がる。


(魔法は嫌なんて言ってられない。荒っぽいけど、仕方ない……!)


 空中浮遊の魔法を目一杯の力でかける。燃えさかる家の屋根が、外壁が、柱が、家具が、順々に空中へ舞い上げられていく。少しずつ見えてくる家の中に、幸い、逃げ遅れた人はいない。空中へ浮かべた家の残骸に、効力固定の魔法をかけ、マーヤーの注意が離れても地上へ落ちてこないようにする。水を作り出したり、火を消したりする魔法の心得がない以上、燃え尽きるまで安全な場所に留めておく以外、どうしようもないのだった。

 しかし、それを見た村の人たちは、まるで魔物を見たような目でマーヤーを見ていた。無理もない。燃える炎を空中に舞い上げ、それを操る女。いつ、その炎が自分の方へ飛んで来ないかわかったものではない。マーヤーと面識がなく、人となりを知らない者に取り、魔法を操る彼女は恐怖の対象でしかない。いきなり村を襲った地震、そしてその後に現われた恐ろしい魔女。それが村人達のマーヤーを見る目だった。

 離れたところで、誰かの泣き叫ぶ声が聞こえた。そちらへ目を向けると、倒れた家の前で1人の女性がうずくまり、誰かの名を呼んでいる。マーヤーは、そちらへ走った。

 倒れて崩れた家。落ちた屋根の下に、子供らしい小さな手が見える。聞こえてくる泣き声はその子のものだろう。ためらわずに、マーヤーは魔法を使った。屋根が浮き上がり、その下に倒れている柱が宙に舞い上がと、その下に小さな子供の姿が現れた。幸い怪我はしていないようだ。落ちた屋根の隙間に身体が挟まり動けなくなっていたのだろう。身体の大きな大人であれば、大けがをしていたに違いない。

「早く、助けてあげて」

 母親らしい女性は、マーヤーの声を聞いていたかどうか。ただ、子供の姿が見えると、その体を抱き上げて、その場を走り去った。狂ったように叫びながら、駈けていくその姿は、まるでマーヤーを恐れて逃げ出したかのようだ。それを見送ると、マーヤーは次の場所へ向かった。

 他にも助けの必要な人はたくさんいた。目に付くまま、マーヤーは人々を助けに回ったが、どの人もみな、マーヤーに向けるのは忌避と恐怖の目ばかりだ。地震の被害に平生を失い、次に現われたものが助けであると信じられず、新たな脅威の訪れを恐れるばかりだったのだ。

 やるせない気持ちになりながら、地割れに落ちた老人をマーヤーが助け上げているとき、やって来るアーマザームの姿が見えた。ほっとした気分で、マーヤーは彼を迎えた。彼をおいてこなければよかった、と今になって思う。

「戻ってきたのね」

「あ、ああ……」

 張り詰めた口調のマーヤーの声に、マーマザームが、少し怯えたような顔で答える。マーヤーが魔法を使う様は、遠目に見えていたに違いない。

「だったら手伝って!」

「お、おお……」

 彼がいつもの調子を失っているのは、地震に怯えたからだろうか。それともマーヤーの魔法を見たからか。そんなことをもいながら、マーヤーはアーマザームに指示を出す。

「あの倒れた木の下敷きになってる人がいる。来て」

「あ、ああ……」


(もう、こんな忙しいときに!)


 ピシャッという音がする。マーヤーがアーマザームの頬を打っていた。

「しっかりして! 英雄の卵がこんな時に何をしてるの!」

 凜としたその声に、アーマザームの表情が変わる。不意に電気が通じたように、その目に光が戻る。

「こっち!」

 アーマザームを呼んで、大木の倒れているところへやって来ると、マーヤーは魔法で木を浮かべ上げる。一瞬で状況を悟ったアーマザームが、下敷きになっていた男を引っ張り出す。魔法が解かれ、大木はゆっくりと地上へ戻され、かすかに揺れた。

「お前は……魔法使いだったのか」

「そう」

 確かめるようにアーマザームが言い、表情を表わさずにマーヤーが答える。

「なら、何でもできるんじゃないのか」

 マーヤー1人で、村の人々を救うことができる。そんな期待と、思い込みの籠もった目を彼はしていた。だが、それは買いかぶりというものだ。幻術師のマーヤーには、現実の物に効果のある魔法は、ほとんど使えない。

「無理。せいぜい、物を浮かべるくらい」

「十分じゃないか、それで」

「違う。……君の力がいる」

「俺の?」

 怪訝な声でアーマザームが言う。魔法使いと知ったマーヤーに、どうして自分が必要なのかわからない、という顔だ。

「うん。……いい、わたしに命令して」

「お前に……命令?」

「そう。倒れた木を持ち上げろ、壊れた家の屋根をどけろ…って。村のみんなに聞こえるように」

「なぜだ?」

 不思議そうに問いかけるアーマザームに、マーヤーは今までのことを手短かに説明した。いくらマーヤーが魔法を使っても、村人達を助けても、人々の信頼を得られないのだ、と。

「わたしが1人で動いていても、だめだから。魔法使いじゃ、人の心を動かせない」

「俺ならできる、って言うのか」

「そう。だから、早く」

 わたしじゃ、怖がられるだけだから。その言葉に、アーマザームはのろのろと頷く。

 わかった、と言うとアーマザームは村の中の、一番被害の大きな所へ進み出る。何軒もの家が倒れ、潰れている。アーマザームは大声で叫んだ。

「この家だ。屋根をどけてくれ」

 言われたとおりに、マーヤーが魔法で屋根を浮かべ上げる。その下から、倒れている人の姿が見つかる。血が流れいてるが、息はあるようだ。アーマザームは、近くにいる村人に声をかける。

「おい、そこのあんた、手伝ってくれ、人が倒れてるんだ」

 アーマザームの声に振り返った数人の村人がやって来ると、家の中から怪我人を運び出していく。彼の幾分低めの、張りのある声は、人を引き付ける力があるようだ。


(不条理だけど……わたしの声じゃ、誰も言うこと聞いてくれないんだよね)


 人付き合い、というものをマーヤーは、ほとんどしたことがない。これまでの人生のほとんどを、師と共に暮らし、時折冒険に出るだけだった彼女にとって、他の人間と触れる機会は少なく、人の心を掌握するような状況に出会ったこともなかった。魔法を使えば、人の心を掴むことは可能だ。しかし、それが容易(たやす)くできるからと言って、実際に魔法で人の心を操るのは彼女の望むことではない。

 人の上に立つ、あるいは人を導く能力を磨く機会もなく、また、そんなことを望んだこともない。リーダーとしての資質は、彼女にとって、まったく縁のないものだ。魅力的な語り、人の心に深く切り込む声。そう言った能力には、マーヤーは恵まれていない。かといって、それで不自由を感じたことはない。しかし、今のような状況にあって、それは、マーヤーにできることが著しく制限されることを意味した。

「マーヤー、こっちだ」

「うん、今行く」

 だから、今、人々を助けるためには、彼が必要なのだ。冒険者としては全くの素人でも、アーマザームには、人の心に入り込む力がある。少なくとも、マーヤーよりは、人々に語り掛ける力がある。それで、マーヤーは彼を前面に出すことにしたのだ。魔法を使う自分を指揮して、救助の先頭に立てば、人々の目は彼に向く。目立つリーダーがいれば、何をしていいかわからなくなった人々は、それに魅かれてやってくる。

 しばらくすると、2人は神殿の聖職者たちがやって来るのに出会った。街道から見えたあの(のぼり)を上げていた、ユラニアンス神殿の聖職者たちだ。彼らは、法術で傷ついた人々の怪我を直し、水といくばくかの食料を配っていた。

「建物の下敷きになった人たちを助け出している者がいると聞いたが、あなたたちのことだったか」

 マーヤー達を見て、一番階位の高そうな男がアーマザームに言う。

「見たところ、この村の者ではないようだが」

「ああ、この村へは昨日着いたんだ」

「旅の方か。そのような方に手を差し伸べていただけるとは、実に(かたじけな)い」

「苦しい時は、お互い様さ」

 素っ気なく答えるアーマザームに、深く頭を下げると、聖職者達は去って行った。


 日が西に傾き、辺りが金色の陽光に包まれる頃、救出作業を終えたマーヤーとアーマザームは、ユラニアンスの神殿の方へ向かっていた。神殿前の広場には、家をなくした人々が集まってきていた。疲れ果ててうずくまっていた人々の目に、アーマザームの姿が映る。彼を見た人々の目に光が戻る。

「おお、あの人だ」

「うちの子を助けてくれた方……」

「本当だ、あの方だ」

 立ち上がると、人々はアーマザームの方に集まってくる。後ろに下がって、マーヤーはその様子を見つめていた。釈然としないが、どうしようもない。人々が求める英雄は、怪しげな魔女ではなく、颯爽としたリーダー然とした若者の姿。理屈ではなく、心の奥に刻まれてしまっている、共通のイメージなのだ。


(これで、いいかな……)


 もう、ここですることは何もない。村人の前にはアーマザームがおり、救援に当たるユラニアンス神殿の人達もいる。もはや、マーヤーは必要とされていない……違う、いない方が、いい。

 人々の目を避け、そっと立ち去りながら、マーヤーは呟いた。

「アーマザーム、君、英雄(ヒーロー)に、なれたね?」

 

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