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ヒーローは君だ(2)

 ローランの村の外れに、古い、放棄された神殿があった。数十年前、疫病で神殿主はじめ聖職者達が全員命を失った折、遺棄され、それ以来誰も近づかなくなったものだ。かつてはこの辺りも村の領域であったのだが、疫病に触れることを恐れて人が寄り付かなくなり、周囲は荒れ地となり、今に至っていた。

 その日の朝早く、その神殿を、1人訪れた者があった。鎧兜に身を固め、万全の装備を整えたアーマザームだった。

 石造りの神殿は、東西南北に正確に合わせて造られ、上から見れば十字型に見える。壁はところどころ崩れ、天井も落ちてはいるが、その外観はいまだ失われてはいない。しかし、北側に作られた入り口の扉はすでに朽ち果てており、人が中へ入るのを妨げるものはなかった。

 入れば、床に敷かれた敷石はあちこちが割れて地肌がむき出しになり、そこから雑草が生えている。天井の落ちたところから差し込む光で、中は十分に明るい。そして、叢の中には時折、全長が50センチを超える大ムカデの姿が見えた。

「ちっ、虫けらなんかに驚いてたまるか、ってんだ」

 重い棍棒を振り下ろして、大ムカデの頭をつぶす。一撃でムカデは命を失い、その場で丸まって、足をぴくつかせる。

 それほど大きな建物ではないとはいえ、それでも、中は一度に50人程度が入れるほどの広さがあった。そして、十字型の間取りの中央には祭壇があり、その向こうには神像が倒れている。そして、南の奥には、これも扉が落ちてぽっかりと口を開けた、奥への入り口が見えていた。

「まずは、あの奥か」

 そう呟きながら、祭壇の横をすり抜けて南の奥へと向かおうとした矢先、祭壇の陰から1匹の蛇が飛び出してきた。

「わ、わわっ!」

 慌てて跳び退(すさ)ろうとするが、金属の小札(こざね)を連ねた鎧は重く、うまくジャンプできない。足をもつれさせて無様にしりもちをついたところへ、蛇が這い寄ってくる。

「こ、このやろっ」

 碌に狙いもせず、力任せに振り回した棍棒がうまく蛇にあたり、蛇を遠くへ弾き飛ばす。

「あ、危ねえ……」

 ようやく体を起こして蛇の飛んで行った方を見るが、すでに蛇の姿はない。

「く、くそ、逃がしちまったか」

 南の奥にたどり着いて、入り口を覗く。その先は下りの階段になっており、暗くてよく見えない。幅は3メートルほど、高さもそれと同じ程度だろうか。

「こういう時は、ま、まず(あか)りだな」

 背負った背嚢(バックパック)から松明を取り出し、火をつける。火打石の立てる、カチカチという音があたりに響く。

「な、何が出てくるかわからないからな」

 右手に棍棒を構え、左手に松明を持つ。ぼんやりと照らし出された階段は、奥まで続いており、先は闇に包まれていて見えない。それほど急な勾配でないのがありがたかった。靴の下で、コツーン、コツンという乾いた音が鳴る。1歩ずつ、ゆっくりと階段を踏みしめながら、アーマザームは進んでいった。

 階段を下りきるまでに、30分ほどかけただろうか。薄暗い松明の明かりで、周囲の壁をにらみ、足下の階段を、少し足を下ろしては力を込めてステップが崩れないことを確認しながら、おっかなびっくりに進み、ようやく平坦な通路に出ることができて、アーマザームはほっと息をついた。靴の下から出る音が、階段の建てる硬い音から、じゃりじゃりとした砂交じりの土が立てる音に変わり、足元の感触が変わったのがわかる。

 松明の明かりで見ると、通路は少し先で十字路になっているのがわかる。右も、左も、そして奥も、松明の明かりだけでは、どこまで続いているのか全く分からない。時折、アーマザームの心を急き立てるように、松明の火がはぜる、ぱちっという音がする。

「一度に奥まで行くのは、やばいかもな……」

 根拠のない思い込みだったが、奥へ進むほど、深い迷宮へ踏み込むような気がして、アーマザームは右の道を選ぶことにした。なんとなく、その方が、地上へ戻りやすいような気がしたからだった。

 進んでいくと、通路は、30メートル近くあり、その先で行き止まりになっていた。そして、一番奥の左右には、それぞれ扉があるのが見える。取っ手の形から、引いて開ける扉とわかる。扉は、いずれも壊れた様子はない。

「右か、それとも左の扉か……?」

 一時(いっとき)迷うが、扉はどちらも同じ大きさ、形そしていて、なんの目印もない。アーマザームは、松明を持った方の手で()けやすい右側の扉を選ぶことにした。

 取っ手に手をかけ、思い切り力を込める。錆びた蝶番(ちょうつがい)がきしみ、嫌な音を立てはしたが扉はたやすく開き、中の様子が松明で照らし出される。そこには木の(ひつぎ)があり、腐って壊れかけた蓋が割れて外れていた。

「こ、ここは墓場なのか」

 そう彼がつぶやいた時、棺の中に横たわっていた死体が、むくりと体を起こすのが見えた。すでに白骨化した(むくろ)が、ゆっくりと立ち上がるのを、アーマザームは驚愕の中、身動きもできずに見つめていた。棺の上に乗っていた蓋の残骸が、音を立ててぱらぱらと崩れる。

「で、出やがった……!」

 体が震えるのがわかる。いや、これは武者震いだ。そう自分に言い聞かせ、右手に注意を向ける。大丈夫、武器は、ちゃんと持っている。ムカデも蛇もやっつけた棍棒だ。アーマザームはそれを頭の上に振り上げた。

 スケルトンの動きは、それほど素早くない。体を敏捷に動かす筋肉がなく、関節を柔軟に滑らせる軟組織のない体。かくん、かくんという音が聞こえてきそうな、ぎくしゃくした動きで、何とかバランスを取りながら、それでも、確実に前方に進んでくる眺めは、しかし、人の心に恐怖を呼び覚ますものだ。

 すでに死んだ者が、いまだ生きている者を死者の仲間に引き入れようとやってくる姿。死の国の住人が、本来ありえないはずの姿でさまよう姿。人間の心の奥底にある死への恐怖を呼び起こす姿。その手に何も持っていなくても、それは、人を恐れさせるに十分なものだ。

 アーマザームの口から、勇気を奮い起こそうとしてか、それとも恐怖に耐えかねてか、激しい叫び声が発せられた。

「うわあぁぁぁっ!」

 大声とともに、棍棒をスケルトンの頭めがけて振り下ろす。狙い通りに棍棒はスケルトンの頭に命中し、頭蓋骨を粉砕した。カシャッという低い音と共に、バラバラになって吹き飛んだ頭蓋骨が床に落ちるのと同時に、スケルトンの身体が倒れ、骨の山になってその場でバラバラに崩れる。

「や、やった……」

 足の震えが止まるまで待ち、今、スケルトンの出てきた棺に目を向ける。松明で照らされて、何か光るものが見えた。それが、死者とともに棺に入れられたであろう宝飾品(ジュエリー)といくばくかの金貨であることを知ると、アーマザームは、無造作にそれを取り出した。

「お宝だ……、よし」


 そんな彼の様子を、こっそりと隠れて見ている者があった。もちろん目の前のことにしか注意の向かないアーマザームは、気が付かない。


(やだ、危なっかしい。……まさか、あの子、ダンジョン、初めて?)


 それは魔法で姿を消したマーヤーだった。酒場で店主に言われて、後を付けてきたのだった。アーマザームに、遺棄された神殿の話を訊かれ、しゃべってしまったのはいいが、彼が1人でそこに入っていくつもりだと知り、あわてて止めようとしたものの、一向に聞く様子がない。みすみす若者を死なせるようなことをしたくない、と店主に言われて、仕方なくやって来たのだった。


(1人で来るなら来るで、それなりの準備というものがあるでしょうに)


 ダンジョンならあってもおかしくない(たぐい)の罠。暗い通路の影や天井に潜んでいるかも知れない毒虫や、あるいはもっとたちの悪いモンスター。

 もちろん、ベテランの冒険者であれば、こんな小さな神殿跡に、それほど大層な危険のないことは勘でわかる。そういった勘の働く者が、それと見極めた上で入ってくるのなら、それはいい。しかし、何の経験もない初心者が、どんなことの起こる可能性があるかを考えもせず、何の備えもなしにダンジョンへ入るのは無謀だ。無知は、直ちに死につながる。


(罠なんて、想像もしたことないんだろうな、あれじゃ。通路を自分以外の誰かが歩いているかも知れない、なんてのも、考える余裕もないんでしょ、きっと)


 スケルトンが出現する前も、戦いの後も、アーマザームは隙だらけだ。(ひら)きっぱなしの扉から、誰かが入ってくる可能性など思いも寄らないことに違いない。無防備な背中を扉に向けて、棺の中を漁っているのでは、周囲への注意など払いようもない。アーマザームへのマーヤーの評価はいきおい(から)いものにならざるを得ない。初心者であることを言い訳にすれば、その代償は自分の命で支払うことになる。


(で、これからどうするつもりかな……?)


 マーヤーの見守る前で、棺の中の財宝を背嚢(バックパック)へ詰め込むと、アーマザームはそのまま通路へ出、反対側の扉に手をかけた。こちらの扉も、先程のものと同様、簡単に(ひら)く。が、その向こうには1体のスケルトンが、アーマザームを待ち構えていたのだった。

「な、なにぃ!」

 半ば悲鳴のような声。それでも逃げ出さずに、咄嗟に棍棒を構えたのは見事と言えた。スケルトンが両手を伸ばし、アーマザームの首に手をかけようとするのを、振り上げた棍棒で払いのけ、もう一度大きく振りかぶって、スケルトンの頭に棍棒を打ち下ろす。頭蓋骨を砕かれ、スケルトンはその場に崩れて動かなくなる。

「ま、待ち伏せてやがった。……嘘だろ」


(やれやれ。この神殿の話、きちんと聞いてこなかったみたいね)


 昨夜(ゆうべ)の店主の話をちゃんと聞いていれば、こんなことにはならなかったはずだ。そうマーヤーは考えていた。マーヤーが聞いた話では、この神殿は、夜になると周囲を数体のスケルトンが歩き回り、近づく者がいれば襲いかかってくるという。


(つまり、スケルトン達は、統率がとれている、っていうことよ? だったら、誰かが操ってるんじゃないか、ってことも考えなきゃ、でしょ。あんな大きな音を立てて地下へ降りてきて、大声出して、スケルトンを倒したら、気づかれてて、不思議ないでしょ)


 スケルトンを倒したアーマザームは、部屋の中にあった棺を調べていた。この棺の中からも、何枚かの金貨や銀貨が見つかったらしく、せわしげに背嚢に突っ込むのが見えた。


(お宝集めね。気持ちわかるけど、でも、そんなことばっかりしてたら、君、死ぬよ)


 棺の中に毒虫でもいたら。この暗い地下室の中の棺の中、松明の明かりだけではそれを見落とす可能性は高い。スケルトンには何の害もない虫や蛇も、人間には十分脅威になる。


 やがて、アーマザームは部屋から出ると、通路を戻り始めた。そして、十字路をそのまま先へ進む。


(左右に気を配りなさい、ってば!)


 心の中で突っ込みながら、マーヤーも後を追う。

 この通路も、30メートルほど先で行き止まりになっていて、突き当たりの左右両側の壁に、それぞれ扉があった。アーマザームが足早にそこへ近づこうとしたとき、やおら両方の扉が開くと、中から1体ずつのスケルトンが通路へ出てきたのだった。

「え、出てきた?!」

 動きこそのろいが、その向かう先ははっきりしている。スケルトン達は、明らかにアーマザームを狙ってやって来ている。そして、2体の内、数歩遅れて歩いてくる方のスケルトンの手には、1本の剣が握られていた。

 他のスケルトンのようなむき出しの骸骨ではなく、すり切れた、ぼろぼろの衣服を纏い、これも古びて虫の食ったようなブーツを履いている。それが、刃先が床に擦る程の角度で剣を持った手を揺らしながら、歩いてくる。

 アーマザームは棍棒を振りかざすと、先に歩いてくる、武器を持たない方のスケルトンに殴りかかった。大きく弧を描いて横からスケルトンの頭を殴りつけると、動きの鈍いスケルトンは、頭蓋骨を砕かれて動かなくなる。

 が、その攻撃でアーマザームはもう1体のスケルトンに背中を見せた格好となっていた。これまでの3体とはまるで違った素早さで、スケルトンがアーマザームに斬り付ける。鎧の背中に貼られた小札(こざね)が数枚はじき飛び、アーマザームはあわてて数歩だけ逃げた。


(あ、やられる?)


 ギリギリまで手を出さないつもりではいるが、それでもいつでも助けに入れるよう、魔法の用意はする。得意な魔法は幻術だが、それ以外の術が全く使えないわけではない。スケルトンからアーマザームを助け出すくらいのことなら、何とかできる自信はあった。

 そんなマーヤーの目の前で、アーマザームとスケルトンが互いの武器を振りかざして戦っていた。アーマザームの武器の使い方も素人だが、スケルトンの方も、動きの悪い骸骨のこと、その太刀筋は単純で、見切りやすく、避けやすい。その上、スピードがなく、威力の方もそれほどではなかった。

 とはいえ、アーマザームの棍棒はスケルトンの剣に遮られてなかなか相手に届かず、その一方で、浅いとは言え、アーマザームの腕や肩には幾筋もの傷が刻まれ、血が流れている。


(このままじゃ、危ない、か)


 マーヤーは、スケルトンの履くブーツを狙って魔法をかけた。空中浮遊(レビテーション)。重力に逆らって、ものを浮かび上がらせる魔法。それをかけられ、急に片足を持ち上げられる格好となったスケルトンはバランスを崩し、よろけて倒れかかる。それでも、何とか倒れないように、けんけんをしながら踏ん張って体勢を整えようとするが、その隙を突いて、アーマザームの棍棒の一撃がスケルトンの頭を粉々に打ち砕いたのだった。


(さて、これからどうするのかな……?)


 アーマザームは、通路の奥まで行くと、今スケルトンの出てきた扉を開け、部屋の中へ入っていった。


(ガサ入れしに行くか、やっぱり)


 しばらくして出てきたアーマザームは、続いてもう1つの部屋の中にも入り込む。

 それを見ながらも、マーヤーは辺りに気を配るのを忘れない。スケルトンを操っていた何者かが、まだ、この地下にいるはずだからだ。

 彼女の見立てでは、4体のスケルトンはアンデッドではない。動いていたのは、確かに何十年も前に死んだ人間の骸骨だが、それは、単に素材として使用されているだけ。マーヤーは、魔法の種類をそう分析していた。

 命のないものを、あたかも生きているかのように動かすアニメーションの魔法。何者かが、それを人間の骸骨にかけたのだ。人形に魔法をかけて生きた人間のように動かす魔法使いは、時々いる。アニメーションの魔法をかけた誰かは、それを人間の白骨死体にかけ、アンデッドのように見せていたのだ。


(そういう魔法を使える相手、って、結構厄介なのよね)


 当然、アーマザームが1人で(かな)う相手の筈はない。物を動かす魔法そのものは、決して難易度(レベル)の高いものではない――むしろ、魔法使いなら誰でも使える程度(レベル)のものだが、それを骸骨に使っているあたりが、一筋縄でいく相手でないことを窺わせる。魔法の技量(レベル)よりも、センスの問題なのだ。

 そう考えていると、部屋の中を物色し終わったのだろう、アーマザームが部屋から出てくるのが見えた。そして、通路を戻ってくるが、途中、スケルトンの手にしていた剣を拾うのを忘れない。生憎と、鞘はその場に落ちていなかったが、刃の輝きから、かなりの業物(わざもの)であることがわかる。柄に施された細工も、それに使われている細かな宝石や貴金属も、それがただの剣ではないことを物語っている。


(スケルトンの持ってた武器だよ、もしかして呪いの品物、っていう発想は……ないよね、やっぱり)


 魔法で操られるだけのスケルトンが、こんな上等そうな剣を持っているのはなぜか。そんなことを考えて……、といっても彼には無理だろう。そう思いながらマーヤーやアーマザームの様子を窺っていた。

 アーマザームは、何回か剣を振ってみて、使えそうだ、と判断したのだろう。棍棒を腰のベルトに戻し、抜き身のままの剣を持って歩き始めた。血は止まっているようだが、スケルトンに付けられた傷はそのままで、手当てをした様子もない。そして、十字路まで来ると、左の方、通路の更に奥へと向かおうとする。


(だめだ、こりゃ)


 傷の手当ても満足にせずに、更に奥へ行くのはあまりに無謀だ。もし、スケルトンの持っていた武器に遅効性の毒や、病気をもたらすようなものが塗られていれば、一歩ごとに彼の命は縮まっていく。見たところ、そんな様子はなさそうだが、そういった危険に考えが及ばないことこそが一番危ない。そして、スケルトンの動きの意味も理解していない。このまま放っておけば、生きて帰ることは不可能だ。



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