山賊退治(3)
(…もう、いいかな)
街道を外れ、木々の間に隠れ、マーヤーは不可視の魔法を使って姿を消した。そして、飛翔(フライト)の魔法で空中へ舞い上がると、山賊たちの住む北の山へと向かった
(村を襲った連中、隠れ家へ向かってるはずよね。さらった人を連れてるなら、そんなに早くは来れない筈)
そう思って村から延びる道筋に目を凝らす。
はたして、山の方へ向かう山賊たちの姿が見えた。捕らえた女性たちを脅して歩かせながら。当然、その歩みは遅い。脅された女性たちは、逆らいはしないが、所詮は普通の村人、山賊たちの歩調に合わせて歩くだけの体力はない。マーヤーは、その様を空中から見下ろしていた。
(あの中に、魔法使いらしい姿は見えないな。今なら簡単に蹴散らせるけど、…だめだめ、がまん、がまん)
辛抱強く、山賊たちの後を追う。道は次第に細くなり、木々や茂みの間を縫いながら進む山賊たちの姿は、樹木に隠されて上空からはとらえにくくなる。
それでも相手の姿を見失わないのは、障害物を通して向こうを見通すことのできる魔法の力だった。一度見つけた相手なら、視界を遮られたくらいでその位置を見失うことはない。
(ふうん、こんなところを通るんだ。簡単には見つけられないわけね)
やがて、山賊たちは、山の中腹にある洞窟へと入っていった。
(あそこが隠れ家なのね…)
姿を消したまま、洞窟の前に舞い降りる。洞窟の外に見張りはいない。
(不用心…なんじゃ、ないか。こんなところに見張りが立ってたら、いかにも、ここに誰かいます、って言ってるようなものだしね)
危険な獣のいる場所でもない。ここまでの道順を考えれば、人がそう簡単にやって来るような場所でもない。ならば、見張りの必要もないことか。
洞窟の入口へ近づいてみる。中を覗くと、奥へ行くにつれ、ゆっくりと下っているのがわかる。
(ふうん、ずいぶん深いんだ…)
10メートルほど行くと、その先はホール――少し広めの自然の空間になっており、そこからいくつか枝分かれした小さめの横穴がある。
ホールには5人の山賊がいた。火がたかれ、その周囲に、思い思いに座ったり、立ったりしている
(あれで、半分にならないくらい…、残りは奥の穴にいるってことかな? さらわれてきた人たちも、どれかの穴か…)
そのうち、外から何人かの話声が聞こえてくる。
(あ、誰か入ってくる…山賊? ううん、女の人の声もする。山賊だけじゃないんだ)
入ってきたのは、7人の女性たちと、山賊が1人。女性たちの持つ籠に、山菜が入っているのが見える。
(山菜採り、か。こんなふうに働かされてるんだ。昨日の山賊が言ってたのは本当だったんだ)
「おーい、帰ったぞ!」
女達と一緒に入ってきた山賊が叫ぶ。奥の穴から、数人の女性が出てくると、山菜の入った籠を受け取って、奥へと消えていく
(これから料理、って感じかな、やっぱり)
マーヤーは、女性たちの入っていった後を付けて行った。果たして、そこには竈があって、数人の女性たちが働いている姿が見えた。
竈には火は入っていない。
その代わり、真っ赤な石らしいものがあって、それが熱を出して煮炊きに使われているようだ。煙突がないため、熱気がこもって暑い。汗をかいて、半ば朦朧として座り込んでいる者もいる。
(あの石は、魔法の…じゃないか。熱くしたのは魔法で、かもしれないけど、あれはただの石ね。なるほど、これなら空気が濁らないわけか。…きっと、魔法使いの考えたことだね)
このやり方には覚えがあった。冒険者として活動していた時に何度も使った方法だ。
迷宮の中などで、暖を取ったり、食事を作る時、火を焚く代わりにこうして熱を手に入れるのだ。魔法で熱せられた石は、なかなか冷めないし、空気を悪くすることもなくて済む。
しばらくすると、また、別の山賊が帰ってきた。2人の女を連れている。女たちは両手に水桶を持っており、それにはなみなみと水が入っている
(水汲みかぁ、あれはきついよね…、って、女の細腕でそれをさせるのか。村でもやってたんだろうけど、共同井戸ならそんな遠くじゃないんだし)
修業時代にはマーヤーもやっていたことではある。もっとも、マーヤーの場合は魔法の修練という意味合いもあったため、素手ではなく、魔法を使っての仕事だったから、事情は大分異なる。重い水瓶を魔法で空中に浮かべて運ぶのは、集中力の鍛錬になり、それなりの疲れはあっても、肉体的な負担はない。
やがて、日の沈むころになって、料理が出来上がる。ホールには山賊たちが集まっている。数えると、全部で16人。そのうちの1人は魔法使いのようだ。
女たちは料理を運び、給仕をし始めた。
今日の稼ぎはどうだったとか、街道沿いで荷馬車を襲ったとか、東の方で狼を見たとか、そんな話をしながら食事が進む。その間に、酒に酔って、わめきだす者、大声で歌を歌う者、女たちを殴りつける者、と喧噪が繰り広げられる。
やがて、騒ぎつかれてか、山賊たちが1つの穴へ入っていってしまうと、食事の間、何も食べさせてもらえなかった女たちは、食卓を片付け、残飯を漁り始めた。
それが済むと、山賊たちとは別の穴へ女達は入っていき、マーヤーはその後をつけた。そこは、女達の寝室のようだった。
着のみ着のまま、汚れて破れた毛布にくるまって寝てしまう彼女たちを見て、マーヤーは洞窟を出た。ホールには1人不寝番がいたが、気づかれることはなかった。
夜、村人たちはまた声を聞いた。
「助けて…」
「帰りたい…」
「こんなところは嫌…」
「あの子が死んだ…」
「守れ、お前達の愛するものを…」
「見捨てるな、かけがえのない者達を…」
翌朝。
夜が明けて間もなく、2人の女が1人の山賊に連れられて出ていくのをマーヤーは見ていた。彼女たちの手には水桶がある。彼女たちは、山道を歩いてどこかへ消えていった。
それとは別に、2人の女が大きな袋を担いで出てくる。こちらも、1人の山賊に連れられて山道を歩いていく。ちらりと袋の中から覗いていたのは、どうやら汚れ物のようだった。
(ああ、あれは洗濯かな。じゃ、川へでも行くんだ、きっと)
30分ほどたって、たっぷりと水の入った桶を持った女たちが戻ってくる。その姿が洞窟の中へ消えて10分もしたころ、また、彼女達が空の桶を持って出てくるのが見えた。都合、5往復、3時間ほどかけての水汲みだった。その間に、洗濯を終えたらしい別の2人も戻ってきていた。
(脅されて、なんだろうけど、がんばるなぁ。って、そうじゃない! 今に見てなさい…)
日が少し高くなったころ、5人の山賊たちが洞窟を出ていった。村の方へ続く道へ歩き去って行く。
(また、村を襲いに行くのね)
マーヤーはそれを黙って見送った。
そして、日が中天にかかる頃、村へ行った山賊たちが戻ってくる。彼等が村から奪ってきたのは酒と食料、それに2人の女が連れてこられていた。
(また、さらわれてきてる。山賊たちもたいがいだけど、村の人たちも、なんだか、な…)
昨日のように、ただ隠れて息を殺しているだけでは、山賊達はやり放題だ。もっと毅然と立ち向かわなくては。そう思っても、マーヤーにはどうすることもできない。村人達にしても、最初からこんなふうではなかったのだろうから。
昼下がり、数人の山賊たちが洞窟から出てくる。彼らは徒歩で、行く方向も村とは違っている。また、4人の女を連れて出てくる2人の山賊たちの姿もあった。
日が少し傾き始めるころ、一団の山賊たちが、獲物を手に戻ってくる。数羽の山鳥だ。
(なるほどね、村から奪った食料だけじゃないんだ。ああやって狩りもしてるのね)
それと入れ替わるようにして、また、水桶を持った女たちが出ていく。朝と同じように5往復の水汲みだ。それが終わるころ、山菜採りに出かけていた女たちも戻ってくる。
次の日のこと。
夕暮れ間近、村人の1人が、山賊にさらわれていった娘の1人の姿を見たのだ。
「お、おい、マーサ、マーサじゃねえか」
マーサ、と呼ばれた娘は、しかし返事をしない。
「マーサ、お前は山賊達にさらわれていったんじゃねえのか。逃げ出してこれたのか」
だが、彼女はそれに答えず、ふい、と木の影に隠れてしまった。そして、村人が、彼女の姿が隠れた木の側へ行ってみると、そこには誰もいなかった。
「マーサ、マーサ!」
大声で名前を呼ぶ。しかし、誰もその呼びかけに答えるものはなかった。
その夜のこと。
昨日までと同じように聞こえてきた女達の声の中に、マーサの名を呼ぶ悲しげな声が混じっているのを、村人達は聞いた。
次の日も、マーヤーは山賊達の隠れ家の近くに身を隠し、彼等の様子を見守っていた。毎日の日課の水汲み、洗濯、狩りと採集。そして、村からの略奪。当たり前の日常のようにそれらが繰り返される。
そんな日々が10日も続いただろうか。
村の人々は、毎夜のように連れ去られた女たちの声を夢に聞き、彼女たちへの思いを募らせていた。そして、彼女たちを連れ去った山賊達への怒り、そして何もできなかった自分たちへの苦い思いも。知らず知らずのうち、後悔が憎しみに変わる。声を聞く間、山賊達への恐れは姿を隠し、じっとしていられない気持ちが膨れ上がる。
その間も、女達は、山賊たちのために働かされ、時折、新しい虜囚が連れられてくる。そんな様子を、マーヤーは見守り続けていた。これまでの所、女達は働かされるだけで、殺されたり、乱暴な目に遭わされる様子はないようだった。それが山賊達の良心なのか、それとも、貴重な労働力ゆえの気遣いなのか、は、マーヤーの知るところではなかった。
ある真夜中、マーヤーは魔法で姿を消して、山賊たちの洞窟へと入り込んでいった。




