山賊退治(2)
「お前さんはどこまで行くのかね」
夕食のテーブルを囲みながら、若者の父親が訊いた。
若者の名はヨハン、父親はトーマスといった。
「あてはないの。どこか、静かに暮らせるところを探して」
「なんだね、まるで雲をつかむような話だね」
正直に答えたマーヤーに、あきれたように母親――アンナが言う。
「親や兄弟はいないのかね」
「いない。わたし1人だけ」
ふうん、と母親が言う。
「それで、静かに暮らせるところを?」
「そう。1人だけだから。安心してゆっくり暮らせるところを探してる」
そうかい、と言ったのはトーマスの方だ。
「以前はここもいい村だったが、山賊が近くに住み着いてしまってな」
「ああ、今じゃ、静かに暮らすのは無理だろうね」
トーマスの言葉に、アンナも相槌を打つ。
「山賊?」
つまり、山の中に山賊がやって来た? そう訊けば、トーマスが頷く。
「ああ、北の山だ」
(あ、やっぱりあの連中だったんだ)
「そういや、お前さんはどこから来たんだね。まさか、北の山からじゃないだろうな?」
「ううん、そっちじゃない」
(ごめんね。嘘だけど、そっちから来たなんて言ったら怪しまれちゃうし)
咄嗟にマーヤーは嘘をついたのだった。山賊のいる山を、無傷で抜けてくるなど、普通の旅人、それも丸腰の少女にできる筈のないことだから。幸いに、別の方から続く別の街道がこの近くで合流している。そちらから来たと言えば、疑う者はいない。
「そうかい、悪いことは言わない、あの山には近づかないほうがいいよ。女の子1人で山賊に出会ったら、只じゃすまない、とんでもないことになるからね」
(いや、…もう、出会ったんだけどね)
「とんでもないこと、って…?」
どうなるか、見当のついているマーヤーがしれっとして尋ねると、トーマスが難しい顔で答える。
「さらわれちまうのさ。そして、山賊達のねぐらで働かされるらしい。殺されることだけはないらしいが、それも、荒くれの山賊達のことだ。本当かどうか、わかったもんじゃない」
さらわれたら最後だ、もう逃げられない。多勢に無勢、どうにもなるもんじゃない。そう父親が言葉を結ぶ。
「山賊、ってそんなに大勢なの?」
「全部で10人とちょっとだな」
マーヤーの問いに、今度はヨハンが答える
「全員剣を持ってるし、1人、魔法使いがいる」
「魔法使い?」
やはりそうだったのか。そう思いながらマーヤーは聞き返した。
「ああ、火の玉を出したり、姿を消したりするんだ。そいつが出てきただけで、みんな逃げ出しちまう」
「そう。それで、あいつらの、なすがまま、なの」
そんなふうに聞き返しはしたものの、それが当たり前のことなのだ、と思う。山賊達はともかく、魔法使いがいるのでは、ヨハンの言うように村人達が逃げ腰になるのも仕方のないことだ。
「最初は、青年団が出て立ち向かったんだ。剣を持った奴等だけだったら何とかなったのさ。けど、魔法使いが出てきたら総崩れだ。後は奴らの好き放題さ」
「それで、今日みたいになったの」
「見てたのか。そうさ、あいつらが来たら、みんな家の中に隠れてじっとしてるしかないんだ」
口惜しそうにヨハンが言う。だが、マーヤーは別のことを考えていた。青年団がいて、最初は立ち向かおうとした。今も、その戦う意志は残っているのだろうか。
「青年団、って、もういないの?」
「いるさ。数だけならやつらの3、4倍はいる」
「大勢いても、剣を持った相手には勝てない?」
「そんなことないさ。魔法使いさえいなければ」
(そうかもね。山の中で出会った奴ら、そんな腕達者には見えなかったし)
昔の冒険者仲間とは、気配からして違う。おそらくは碌に武芸の練習もしたことのない素人集団だ、とマーヤーは踏んでいた。
「ヨハンの言うとおりさ。今じゃ、誰もが逃げ腰だ。あいつらがどこかへ行くのを期待して待つしかない、って様だ」
口惜しげなトーマスの言葉に、マーヤーが振り返る。
「山賊達、って、どっかへ行くの?」
「いつまでも、こんな村を襲ってても、大して実入りがない、となればそうなるだろう」
「そうなりそうなの?」
そうなれば、もう村は襲われなくなる。事態はそう言う方向に動いているのだろうか。しかし、そう期待したマーヤーに答えたアンナの言葉は、ネガティヴだった。
「当分は、だめだろうね」
「ああ、奴らがいなくなるころには、村は何もかも盗られて、一文無しだろうな」
アンナに相槌を打ったトーマスの言葉に、マーヤーは軽い失望感を感じていた。
(ふうん…。結構大きな村だよね。だいぶ前からあるんだろうな)
「ここ、って、そんな新しい村じゃないんでしょ?」
「ああ、爺さんの爺さんのそのまた爺さんもここに住んでた」
「そんな長い暮らしが10人やそこらの山賊でだめになっちゃうの」
「なにしろ、田舎だからな」
(どこかの領主様の下、ってわけでなさそうだものね)
おそらくは、最初にあった小さな集落に、自然に人が集まってきて今のような形になったものなのだろう。したがって、どこかの領主に従うわけでもなく、誰の支配も受けない代わりに庇護も受けられない、そんな場所なのだ。何かあれば、自分たちで解決するほかなく、それができなければ、消え去るほかはない。
(そうだよね…。他人事だけど…でも、あの山賊たちにはあいさつしたい気もするかな…)
山の中でいきなり襲ってきた相手。気に掛けるほどの大した相手ではないが、またこんなところで関わってしまった。ならば、もっと関わってみようか。彼等のやり口も、方っておくには忍びない。長い冒険者暮らしが、知らないうちにマーヤーにそう思わせていた。
夜中。マーヤーは、家族の寝室ではなく、居間を借りて、その床で寝ていた。
土地の風習で、夜寝るときは、服を着ないまま、全員が同じ布団の中に入るのが常だ。家族でないマーヤーがその中に入れるはずもなかった。服は着たまま、毛布にくるまって横になる。その辺りは野宿の時と同じだ。家の中とは言え、マーヤーにとってはたまたま通りすがっただけの、何が起きてもおかしくない場所だから。
寝つきがよくなく、マーヤーは何度も寝返りを打っていた。そんなマーヤーの心の中を占めていたのは、昼間の山賊達のことだった。
(そうだね、うん、やっぱり、やっちゃうか…)
真夜中、村の中に低い声が響く。
かすかだが、耳に染み渡る力強い声。
無視することを許さぬ権威と魅力を感じさせる声
寝付けないでいた者がそれを聞いた。寝入りかけていた者がそれを聞いて目を覚ました。
「わしらの開いた村を…」
「わしらの開いた畑を…」
「失うな…」
「手放すな…」
「こで手にした平和な日々を…」
「忘れるな…」
そんな声が幾度ともなく繰り返される。指図とも、恨み言とも取れる言葉が、抗いがたい響きと共に聞こえてくる。しかし、声音ははっきりしていても、その言葉は聞き取りにくい。心に強く訴えてくるようで、それでいて、何を求めているのかは曖昧だ。ただ、何かを強く求められていることだけが、聞いた者の記憶に残るだけだった。
空が白むころ、家族が起き出す気配でマーヤーは目を覚ました。
冒険者としての経験から、周囲の気配に敏感に反応するようになっている。毛布を片付けて居住まいをただしたところへ、ヨハンが顔を出す。
「おはよう」
マーヤーに声を掛けられ、驚いたようにヨハンが答える。
「ああ、おはよう、もう起きていたのか。よく眠れたか」
「ええ、ありがとう。眠れたわ」
そう答えたマーヤーに、ヨハンがためらいがちに訊く。
「お前、夜中に何か聞かなかったか?」
「何か…、って?」
怪訝そうな顔をしてみせるマーヤーに、ためらいがちにヨハンが言う。
「どこかで呼んでいる声…、そんな感じだったな」
「呼んで? …誰を?」
「わからないな。もしかしたら、俺たち全員を呼んでたのかもしれない」
「ふうん? 誰が呼んでたの?」
「わからない、知らない声だった」
しらばっくれてみてはいるが、実際は、あの声はマーヤーが魔法で作り出したものだ。そんなことはおくびにも出さず、話しこんでいるところへ、ヨハンの父母が起き出してくる。彼等も、やはりその声を聞いたと言った。
「やっぱり夢じゃなかったんだ」
マーヤーが言うのに、ヨハンの父親が、間違いない、と答える。
「あれは、とうに死んだ、爺様の声だったような気がする」
「何だって、おやじ、そんなことがあるもんか」
「ヨハンのお父さんも聞いたの」
驚いて言うヨハンに、マーヤーが言葉を継いだ。父親の言葉をより印象づけるように。その言葉に、トーマスがはっきりと答える。
「聞いた、カミさんも聞いたそうだ。もっともカミさんには、先代の神殿主の声に聞こえたそうだがな」
「そうなの」
心の中で笑みを浮かべてマーヤーが言う。あの声は特定の誰かの声ではない。聞く者が、自分自身で思った通りの声に聞こえ、そう印象づけられるのだ。
「旅の方、あんたには聞こえなかったか」
「ごめんなさい、寝てたから」
あえてそう答える。村の者ではないマーヤーには聞こえなくてもいい声だから。
「そうか、…まあ、それも、もっともだ」
「おれ、ちょっと行ってくる。村の奴らに聞いてみてくる」
そのまま、ヨハンは家の外へ飛び出していったが、しばらくして戻ってきた。心なしか、息遣いが荒い。
「ラルフの奴も聞いたそうだ。それから、シュルツも。マークの奴は聞いてないって言ってたけど、マークのおやじには聞こえたそうだ。ほかにも、たくさん聞いた奴がいる」
「そうか、うちだけじゃなかったのか」
少し緊張した様子で父親が言った。
「ああ。だが、何を言ってたのかは、みんな違っているみたいだ」
「どんなふうにだ」
「どこにも行くなって言ってた、って奴がいる。負けるな、って聞いた奴もいる」
「誰の声だって言ってた?」
「それも、みんな違うことを言ってる。死んだ爺様の声だ、っていう奴もいる。村長の声だって言う奴もいた。神さまの声に聞こえた奴もいたな」
「村長…村長には会ったのか」
「まだだ」
「そうか、だったら俺が言って来よう」
そう言ってトーマスが戸口の方へ向かう。慌ててヨハンが後を追った。
「おやじ、おれも行く」
「わたしも、行っていい?」
2人が言うのに、マーヤーも続ける。
「何? …ああ、ついてきな」
2人に従って行くと、村の真ん中あたりにある村長の屋敷に、十数人の村人が集まっていた。その誰もが、夜中に声を聞いた者たちだ、とマーヤーは見当を付けた。それを見て、ヨハンの父親が驚いて言う。
「おいヨハン、ずいぶんとたくさんの連中がいるな」
「みんな、声を聞いたんだ」
近づいて行くと、人々の話し声が聞こえてくる。
「ああ、わしも聞いた」
「俺もだ、気のせいなんかじゃない」
「そりゃそうだ、夢や気のせいでこれだけのものが同じ声を聞くわけがない」
「あれは、長の声だったって言う奴もいる」
そう言われて慌てて否定しにかかったのは、おそらく彼が村長だろう。
「ばかな。わしじゃない。…わしがあんなしゃべり方をしたことがあるか?」
「おいらには、死んだ爺様の声に聞こえた」
「おれは、先代の神殿主様だと思う」
「馬鹿いえ、先代様はとうに亡くなっておられる。神殿だって、もう誰も残ってない」
「へ、おいらの爺様だって、とっくに死んじまってら」
「じゃあ、あれは死んだ人間の声だっていうのか」
「そうかもしれない、ご先祖様が呼び掛けてるんだ」
「何をだ?」
「よくわかんねえけど、村のことを言ってた気がする」
「そうだ、大事な村だと言ってた」
「忘れるな、って言ってたじゃないか」
人々が話し合っているとき、遠くから鬨の声が響いてきた。気づくと、北の方から、数人の山賊たちがこちらへやってくるのが見えた。
威勢のいい声を上げながらも、ぶらぶらと、見た目は呑気そうに、手に手に獲物を持ち、歩きながらやってくる。村人達が抵抗などしない、と決めつけて舐めきっているのだ。それを見て、村長が叫ぶ。
「山賊どもだ、みんな早く家に入れ」
たちまち、大慌てで人々が自分の家に逃げ帰っていく。そして、固く扉を閉ざし、窓に木の窓覆いを下ろす。
マーヤーもヨハン達に手を引かれて駆け出し、ヨハンの家の中に隠れた。
遠くで、何かを叩き付けるような音や、山賊たちの上げる喚声が聞こえる。
家畜の叫びや何か重いものが倒れるような響きが続く。
「あんた、絶対出るんじゃねえぞ。じっとしてれば、奴らはそのうち帰ってくからな。出たら、連れてかれる。隠れてれば助かる」
睨むような目で見つめながらヨハンが言うのを聞き、マーヤーが不快になる。
(そんなの、ひどいよ? だったら、わたしが魔法で…。
ああ、だめだめ…それじゃ何にもならない。逃げても山賊は、またやってくる)
昨日のように、ワイバーンに驚いてでならともかく、誰かの手によって追い払われれば、仕返しに来るのは間違いない。そうマーヤーは思い直した。
(安直なことは、やっちゃだめ、だめ)
思わず握りかけた手を、深呼吸して開く。今はヨハンの言うとおりにしておこう。なんとか気持ちを抑えて、聞こえてくる音に意識を向ける。
ばりばり、という何かが壊れる音。それに、何人かの絶叫が続く。怒りと驚愕の入り混じった男性の叫び。恐怖におびえる女性の悲鳴。女性の声が次第に遠ざかっていくのが聞こえる。
(連れていかれちゃうんだ…!)
男の方の声は、もう聞こえない。気を失ったか、それとも殺されたのか。マーヤーの心に怒りが芽生える。他人事、と昨日思ったのが嘘のようだ。壁越しにとは言え、実際の襲撃の場に居合わせたことが、マーヤーの心を変えていた。
およそ3時間も過ぎただろうか。
ふと気づくと、外で物音がしなくなっている。
「行ったらしいな」
ヨハンの父親がつぶやく。今日の襲撃はこれで終わりということか。声からして、2人の女性が連れ去られていたようだった。
「連れてかれた人がいる…」
「ああ、そうだ」
マーヤーの言葉に、力ない答が返ってくる。
「どうなるの、その人たち」
「戻ってこれたものはおらん」
トーマスはそれだけしか言わなかったが、マーヤーにはわかっていた。山賊たちのところで働かされるのだ。昨日、彼らの言っていたとおりなら。
(ごはん、もらえるんだろうか…)
それよりも手荒にされたりしないだろうか。そんな思いが胸をよぎる。だから、無駄とは思いつつも尋ねてみた。
「助けに行けないの?」
父親は苦々しそうな顔で首を振る。
「奴らの住む山の中へか? 無理だ」
(それもそうか、何てったって、向こうのホームだものね)
「第一、どこに奴らの隠れ家があるかがわからん。待ち伏せでもされれば皆殺しにされかねん」
「そうなんだ…」
父親の言葉に、マーヤーは納得する。
「さあ、今日はもう奴らは来ないだろう。出ても大丈夫だ」
窓を開けながら父親が言う。家の中に外の光が入り、明るくなる。
「そう。…じゃ、わたしは行きます。泊めてくださってありがとう」
「何、気にすることはない。困った時はお互い様じゃ」
お礼に、といって、3枚の銀貨を差し出す。冒険者時代に使ったことのある、普通の宿屋の相場程度だ。固辞しようとするヨハンの父を説得してそれを受け取ってもらい、家を後にしたマーヤーを追ってきたのはヨハンだった。
「街道まで送ろう」
「ええ、ありがとう」
ヨハンの申し出を、マーヤーは素直に受けることにした。断れば変に勘ぐられそうだ、と思って。
(…いいんだけどな、別に、そんなの。
1人の方がいいんだけど、そんなこと言わないほうがよさそうね)
途中、山賊たちに戸口を壊された家が見える。
家の中も荒らされ、血が飛び散っている。
傷を負って、隣人らしい男に手当てを受けている老人がいる
「襲われたのは、あの家なのね」
「ああ、ローザの姿がない。…連れていかれたんだ」
口惜しそうに声を絞り出して、ヨハンが言う。
「知ってる人?」
「そりゃそうだ、こんな小さな村だからな。みんな子供のときから一緒さ」
そう言って、少し押し黙る。遠い目をしたのは、ローザのことを思い出していたからだろうか。
「気の強いところがあるが、いい奴だった。…もう帰ってはこないだろう」
強く目を閉じ、ヨハンが何度も首を振る
「そう、もう会えないの…」
「そうさ、これっきりな」
それ以上、ヨハンは何も言わなかった。
やがて、2人は、村はずれに出た。南の方を指さしてヨハンが言う。
「それじゃ、気を付けて行きな。向こうの方は山賊たちもやってこない。いい旅をな」
「ありがとう」
ヨハンと別れ、少し歩く。振り向くと、もうヨハンの姿は見えなかった。




