科学の天才グノーメ(11)
「あなた方は、人間にしては賢い部類のようだ。歓迎しますぞ」
改めて片眼鏡のグノーメが言う。
「わしはポゥヌ、お見知りおきを」
彼に倣って、他のグノーメ達も、ティイ、リィテ、ロゥヌ、クァヌ、リシャヌ、ハィテ、トゥモ、マガヌ、ハッコと順々に名を名乗る。マーヤー達にはグノーメ達の見分けは難しかったが、それでも着ている服の色や形で区別ができた。
グノーメ達に続いてマーヤー達もそれぞれの名を告げる。
「いやいや、人間の名とは、口にしづらいものじゃのう」
「さようさよう、ウィーゼル何とか…は、長すぎるわい」
「ほうほう、フィシスとは、また良い名であるわ」
そんなふうに、また、口々に言い始めるのを制してシーフリートが言う。
「なぜ、私たちがやってきたかわかるか」
幾分、居丈高な口調だった。しかし、ポゥヌはにこにこしながらそれを聞き流した
「さてさて、何か子細はあるのでしょうが、それよりも、まずはわし等の発明でもご覧に入れましょうかな」
そう言いながら、先に立って部屋の奥に並ぶ扉の1つを開け、マーヤー達を手招いた。
はぐらかされた格好のシーフリートが憮然としながら、後に続く。マーヤー達もその後を追った。
案内された部屋には、グノーメ達の発明品が所狭しと並べられ、まるで博物館の一室のようだった。
「いやいや、人間にここを見せるのは、里始まって以来のことでしてな」
「人間がここに来たことがあるのか?」
いやいや、まさか、とポゥヌが笑う。
「ここへ来られるほどの賢い人間はあなた方が初めてだ。これは誇って良いことですぞ」
そう言いながら、彼は発明品の説明を始めた。
「この円盤は雨を降らせる器械、こちらの玉は小型の太陽、このラッパを吹けば、たちまち大風が起きて竜巻になるもの、そちらの花は一息嗅いだだけで誰でも眠ってしまう。そのベルトは締めただけで力が3倍に強くなるのだし、その石は、地面に埋めておけば、百キロ四方が激しく揺れて、どんな堅固な要塞でも崩してしまう」
どうです、すごいでしょう、と言わんばかりに早口でまくし立てる様子は、まるで、気に入ったおもちゃを自慢する子供のようだ。
「まるで、魔法の品のようだ」
感心したようにそう漏らしたシーフリートに、とんでもない、とポゥヌが言った。
「科学ですぞ、科学。科学で作られた、誰でも扱える品々です」
胸を反らせて誇らしげに言う。
「わし等の里、トゥリールの何物にも替えがたい技術。それが生んだ品々ですぞ」
そうだな、とシーフリートが受ける。
「その技術のおかげで、私達の町は大変なことになった。それは知っているのだろうな」
苛立った口調で言ったシーフリートの言葉も、グノーメ達には違った受け止め方をされてしまう。たちまち例のごとくグノーメ達の言葉が辺りに響く。
「ほうほう、さては堪能していただけましたな」
「さてさて、それは重畳」
「うむうむ、きっと感心していただけましたろう」
「さようさよう、人間の思いも寄らぬ技であればこそ」
そして、ポゥヌがまた別の部屋へマーヤー達を誘う。
そこは、見たこともない装置の並ぶ広い部屋だった。歯車や滑車の組み合わさった、何に使うのかわからない器械。何本もの棒状の部品の並んだ油まみれの装置。人の手に似た金属の腕のような機械――どの手にも、槌やナイフ、刷毛や錐といった道具が握られている。そうかと思えば、その脇には、虹色に輝く細い糸が、幾重にも絡まって回転しつつ、複雑に動いているのが見える丸いガラス球。ほかにもたくさんの機器が部屋中に並んでいる。
「なんなの、ここ?」
わけがわからないといった様子で、しかし興味深そうにマーヤーが言うと、グノーメ達が一斉にしゃべり出す。
「ほうほう、早速お目に留まりましたかな」
「さてさて、これこそわし等の自慢の工房」
「さようさよう、わし等の発明した品を作る場所」
グノーメ達は、マーヤー達が驚くのが楽しくてたまらない、といった様子だ。秘匿、という言葉は、彼等には縁がないようだ。ありったけのものを見せびらかして自慢したい。そんな気持ちがありありと見える。
「つまり、お前達の発明品はここで作られたわけだ」
凶悪な雰囲気でシーフリートが言う。
「であれば、ここがなくなれば、もはや何も作れぬ道理」
流石にこれにはグノーメ達も驚いた様子だった。
「なになに、何ということを言う」
「さようさよう、科学を冒涜する輩」
「いやいや、決して許せぬ暴言」
「黙れ!」
ぺちゃくちゃとしゃべり始めるグノーメ達を、シーフリートが一括した。
「お前達の仕業は目に余る。そのことの報いをもたらすために私は来たのだ」
そう恫喝され、グノーメ達が震え上がる。命の危険をすら感じて怯えているのがはっきりと見て取れる。そんな様子を見て、シーフリートが嗤う。
「口ばかりが達者な奴らめ、黙ってそこで私のすることを見ているがいい」
「だめ!」
そう言ってシーフリートの前に立ちはだかったのはマーヤーだった。それを無視してシーフリートが早口で呪文を唱える。一瞬のうちに精神を集中し、魔法の効果を現わすための手法だ。シーフリートほどの力量なら呪文の詠唱は必要がないが、それでも呪文を唱えて精神の集中を助ければ、それだけ早く魔法をかけることができる。普段あまり使わない魔法であれば、その方が効率が良い。
部屋の天井に、黒っぽい靄のような者が現れる。次第にそれが広がっていき、嵩を増して黒雲のように広がっていく。雨を降らす魔法だ、とマーヤーは思い出した。冒険者時代に何度かこの魔法は見たことがある。ごく狭い範囲に、たとえ部屋の中であっても雨を降らせる魔法。ただし、降る雨は只の水とは限らない。毒液が降ることもある。たちまちの内に金属を溶かす強酸の雨が降ることもある。
「だめよ!」
そうマーヤーが言うと、広がり掛けていた黒雲が見る見る内に小さく、薄くなり、そして消えてしまう。魔法排除の術。魔法を――ある程度効果のある本格的な魔法を習い始めるとき、師に身につけさせられた魔法。危険な魔法を暴走させないように、あるいは自分の魔法で自分自身に危険が及びかけたときのために、絶対に必要な術として徹底的に仕込まれたものだ。自分のかけた魔法ならほぼ間違いなく、そして他の者の魔法なら、力量の差に応じて打ち消すことができる。そして、使う術の種類でなく、純粋に魔法使いとしての力量だけを比べるなら、いかにシーフリートといえどマーヤーの敵ではない。
「なぜ邪魔をする」
いらだたしげに言ったシーフリートに、毅然としてマーヤーが言う。
「シーフリート、やりすぎてはだめ」
「やりすぎだと? ならば、彼等のしたことはどうだというのだ」
「グノーメには、悪意がない、って言ったよね」
「甘いぞ、悪意があろうとなかろうと、したことはしたことだ」
「彼等のしようとしたことは、食い止めたよ」
「何っ…!」
シーフリートが殺気のこもった目でマーヤーを睨む。が、次の瞬間には、彼は意思の力でその敵意を抑え込んでいた。深く息を吸って吐き、ゆっくりと首を振って、静かに言う。
「お前とやり合うつもりはない。まともに立ち会えば、私が負ける。まして、今はフィシスまでいる」
決してマーヤーの言葉に納得したのではない、と言外に言うのがわかる。力で敵わないから従うだけだ、と。
「それで、お前はどうするつもりだ。彼等をこのまま好きにさせておくのか」
ううん、とマーヤーが首を振る。そしてポゥヌの方へ向き直る。さっきまでとは打って変わって怯えた様子の彼にそっと近づく。そしてシーフリートを指さして言う。
「彼が何をしようとしたか、わかる?」
ガクガクとポゥヌが何度も首を縦に振る。
「あなたたちの工房を跡形もなく潰して、あなたたちを皆殺し。…冗談じゃなく、彼はやるよ。ここを壊しても、きっとまた新しい工房を作るに決まってる、ってわかるから」
黙って首を振るポゥヌは歯の根が合わず、まともに受け答えができない。
「この里に、あなたの仲間は何人いるの? 50人? 100人? それも、全部殺されるよ」
顔面蒼白のまま声を呑んだポゥヌがマーヤーの顔を見つめる。
「今はわたしが止めたけど、次は、彼が1人でやってくる。そのときは、誰も止めないよ?」
すくみ上がって無言のままのポゥヌを、そしてグノーメ達をぐるりと見渡す。
「きっと、また新しい何かを発明して、それで何とかしよう、って考えてる。そうよね? …でも、発明はあなたたちだけの専売特許じゃない。魔法使いも発明するよ、新しい術を。あなたたちの新しい発明を打ち破る、新しい魔法を」
そう言いながら、ポゥヌの考えていることが、マーヤーには手に取るようにわかっていた。
「発明合戦だ、なんて思わないでね。あなたたちはゲームのつもりでも、相手はそう思ってくれないから。里をまるごと消し去る魔法、かけられたらそれで終わりだよ? シーフリートは、そんな魔法、いくつも知ってるし、新しい魔法だって作り出せるから」
そう言って、ポゥヌの目を見つめて言う――幾分優しい口調で。
「ね、どうしたらいい、って思う?」
「どうしたら…、どうすればいいというので?」
冷や汗を流しながら、ポゥヌはようやくその言葉だけを絞り出した。そんな彼に、にっこりと微笑んでマーヤーが言う。
「リシフィラに、来ない?」
「…に、人間の住むところに?」
そうよ、とマーヤーが言う。
「見せたいんでしょ、発明を…自分たちがどれだけすごい技術を持っているか」
「さ…さよう、それこそがわし等の望み」
「だったら堂々と見せに来ればいいんじゃない。いきなり発明品だけ送り込むんじゃなく。そうすれば、町の人たちも、ちゃんと見てくれるよ」
「は、果たしてそうなりますでしょうや。本当に、人間はわし等を受け入れてくれるでしょうか」
大丈夫だよ、きっと。そうマーヤーが言う。
「でも、その前に、誰かがリシフィラへ…領主様のところへ行かなきゃ。領主様がうんと言えば、あとは何とでもなるから」
領主、と聞いてポゥヌが震え上がる。
「そんな方に会って…、もし、もし機嫌を損ねたりしたら大変なことになるのでは?」
「大丈夫、そんなことにはならない…させないから」
そう言ってシーフリートの方を見る。
「シーフリートなら、領主様に謁見できる、よね。グノーメとの仲を取り持つことだって。…だって、ザノールから町を救った英雄なんだから」
それを聞いて彼が目をきつく閉じるのを、マーヤーは楽しげに見つめていた。マーヤーの魔法で一掃したザノールは、シーフリートが1人で殲滅したことになっている。あの時の貸し、返してもらうから。そうマーヤーの目が言っていた。




