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科学の天才グノーメ(10)

 「なんと、あんなところに隠し扉とはなァ」

 感心したようにウィーゼルオックスが言う。

 「だったら、さっさとあそこまで行こうじゃねぇかィ」

 そう言って、さっさと階段のところまで歩み寄ろうとしたときだった。

 「アチッ、熱い!」

 いきなりウィーゼルオックスが飛び上がった。

 「な、なんだぁ、いきなり床が熱くなりやがった、って」

 そう言って一歩後ずさる。戻ったところはなんともないようで、呆けたような顔で、今進もうとした先の床を見つめている。

 「へえ、こそ泥よけの仕掛け、ってわけね」

 「なるほど、簡単にここから出さないということか。何とも念の()ったことだ」

 「飛べばいいよね」

 そう言ったのはフィシスだ。マーヤーとシーフリートが黙ってうなずく。

 「おいおい、あんたらはそれでいいだろうが、わしを置いていかないでくれェ」

 情けなさそうな声を出したウィーゼルオックスを見て、シーフリートが苦笑する。そして、目でマーヤーを促す。

 「この男に、飛翔?」

 そんな魔法をかけたら、何をしでかすかわかったもんじゃないよ、とその目が言っている。今の情けなさそうな声だって、同情を引くための小芝居に決まっているから、と。

 「隠し扉を開けるのは彼の役目だ。罠や鍵が外せるのは彼しかいない」

 まっとうな理由を突きつけられ、渋々マーヤーがうなずく。

 「隠し扉のところまで行ければいいんだよね」

 そう言ってマーヤーがウィーゼルオックスにかけたのは、浮遊の魔法だった。でっぷり太った男がゆっくりと浮かび上がっていく(さま)は、まるで気球のようだ。それを追って、マーヤーも飛翔の魔法で浮き上がる。そして、頃合いを見て、扉の方へとウィーゼルオックスを押しやる。よたよたと揺れながら、ウィーゼルオックスは隠し扉のある辺りの階段に漂っていき、なんとか踏み面に足を掛けた。

 「すぐそこ、壁に隠し扉があるはず」

 マーヤーに言われて、ウィーゼルオックスが眼を凝らして壁に向き合う。こういうときの真剣さと技力(スキル)は、一目置くべきものがある、と、これはマーヤも認めざるを得ない。

 「見つけたぜぃ、罠はなさそうだぞ、っと」

 そう言って壁の一部を押すと、それが向こう側に開いていく。高さはウィーゼルオックスの背丈を幾分上回るほど、幅は人2人が並んで役に通れるほどだ。

 「おお、さすがだな。もう(ひら)いたのか」

 いつの間にかマーヤーの横に(のぼ)ってきていたシーフリートが言う。

 扉の向こうには、通路が続き、天上には白く冷たい光を放つ円盤がいくつも取り付けられている。

 ウィーゼルオックスを先に立てて、マーヤー、フィシス、そしてシーフリートが通路に入ると、背後でゆっくりと扉が閉まり、シャン、という軽い音が響く。

 「おぃ、戻れなくなっちまったァ」

 「そんなことを気にしていても仕方がない。今は、前へと進むのだ」

 後ろを気にするウィーゼルオックスに、シーフリートが言い放つ。通路の奥には、これも金属でできているらしい、観音開きの扉があるのが見える。

 「一本道なのか?」

 「ああ、そうらしい、壁に仕掛けはなさそうだわィ」

 通路に隠し扉はなさそうだ、とウィーゼルオックスが言う。それでも、辺りを探りながら、100メートルほどの通路を30分も掛けて進み、突き当たりの扉まで行く。

 「こいつは、あぁ、本物の扉のようじゃィ」

 そう言って扉の鍵を確かめようとしたときだった。いきなり扉が、向こう側に開いてウィーゼルオックスがたたらを踏んだ。

 「わ、な、なんだよォ」

 ずっでんどう、と前のめりに倒れ込んだウィーゼルオックスが奥に目をやると、そこには、10人ほどの小柄な人々――小人(こびと)達が並んで立っていた。

 「グノーメ…!」

 押し殺した声でシーフリートが言う。

 グノーメ達のいる部屋は天井の照明で明々(あかあか)と照らされ、一列に並んだグノーメ達の後ろには、きらびやかな電飾が輝いている。両脇には奇妙な形の透明な管が何本も立ち並んでいる。管の中は液体で満たされ、それがゆっくりと色を変えながら、かすかに光を放っている。その中を色とりどりの光を放つ、砂粒のように小さな玉が下から上へと流れていく。

 いくつものポケットの付いた、灰色を基調とした、それぞれに違った色の服に身を包んだグノーメ達。服と同じ色の帽子をかぶり、丸い眼鏡を掛けている。その中に、1人だけ、片眼鏡を掛けている者がいた。他の者より幾分背が高く、そして誰よりも伸びた白髭は、いかにも年配のように見える。

 「やあやあ、皆さん、ようこそわし等の里へ」

 片眼鏡のグノーメが進み出て、両手を広げて言った。低い、心地よい響きのバリトン。

 「しかし驚きましたな、ここまでやってこられるなどとは」

 彼がそういうと、周りの者が一斉にしゃべり出す。

 「さようさよう、まさか壁の扉を見つけられようとは」

 「ふむふむ、あのホールから抜け出すとは」

 「いやいや、世の中は広いもの」

 「さてさて、長生きはするものじゃ」

 楽しげな彼等の様子に、シーフリートとマーヤーは呆気にとられていた。互いに顔を見合わせながら、囁き交わす。

 「わたしたちを殺そうとした…のよね?」

 「そうとしか見えなかったが…しかし、この様子は何なのだ」

 作り物のドラゴンに、階段を崩して穴の底まで落下させる仕掛け。どちらも一つ間違えば致命的なカラクリだ。

 「あのドラゴンはおじさん達が飛ばせたの?」

 2人が(いぶか)しんでいる(あいだ)に、そう尋ねたのはフィシスだった。それを聞いてグノーメ達の顔に喜色が浮かぶ。

 「それそれ、あれはわし等の傑作じゃ」

 「自分で飛んで、見るもの聞くもの、全てわし等の方へ送ってくる」

 「わし等の言葉を運びもするしな」

 「いやはや、あの竜が失われたのは惜しいことじゃて」

 「なになに、また作ればいいだけのこと」

 「さようさよう、今度はもっと丈夫な奴をな」

 「いやいや、魔法ごときで壊れたのは、わし等の未熟よ」

 「ふむふむ、それは一理ある」

 「ならばこそ、魔法を跳ね返す竜じゃ」

 「よしよし、意欲が湧いてきたぞ」

 すっかり無視された格好のフィシスは、それでも、楽しそうにグノーメ達の言葉に耳を傾けている。そして、言葉の途切れたところを見計らって次の質問を発する。

 「あのドラゴンは、火を吐くの?」

 それを聞いて、またグノーメ達が一斉にしゃべり出す。大勢の声が入り交じって、誰がしゃべっているのか聞き分けられない。

 「そうじゃよ、火でも氷でもお望み次第じゃ」

 「いやいや、電光も煙も出すぞ」

 「さようさよう、どんな息吹(ブレス)もお好み次第じゃ」

 「竜の体の色が変われば、息吹も変わる」

 「ほうほう、そんな仕掛けもあったよな」

 「いやいや、それでも魔法でやられてしもうた」

 「なになに、今度は負けぬ奴を作ろうわい」

 「さようさよう、次は新しい竜じゃ」

 そこへようやく身を起こしたウィーゼルオックスが不満げに言う。

 「階段を崩してわし等を落としたのも、お前達の仕業かョ」

 「さようさよう、あれも大した仕掛けじゃろう」

 「うむうむ、大抵の者は引っかかる」

 「いやいや、足下(あしもと)がなくなれば、立ってはおれぬ道理じゃい」

 そう言ったところで、ようやくグノーメ達は4人が傷1つ追っていないのに気付いたようだった。

 「おやおや、誰も怪我などしておらぬ」

 「それそれ、あそこから落ちても平気だったとは」

 「いやいや、これも魔法の技か」

 「そうそう、魔法じゃ、魔法の技じゃ」

 「なになに、そんなものが通用するのか」

 「ふむふむ、気には()らんが、事実は事実じゃ」

 「そもそも、魔法というのは何物じゃ」

 「いやいや、わし等にそれはわからぬ道理」

 「ではでは、そこな客人(まろうど)に聞いてみようぞ」

 「うむうむ、それは良い知恵じゃ」

 それで衆議決したのか、片眼鏡のグノーメがフィシスの前に進み出る。

 「ということじゃ、どうか、魔法とは何か、どんなものかを教えてくれぬか」

 え? とフィシスが目を丸くする。答に詰まってマーヤーの方を仰ぎ見る。それを追って、いきおいグノーメ達の視線もマーヤーに集まる。

 「ま、魔法…?」

 突然の質問に面食らったのはマーヤーも同じだった。日頃から魔法を使い慣れて――使い慣れすぎていて、改めて訊かれると答がすぐには出てこない。それをシーフリートが引き取って言う。

 「私達にとっての魔法とは、お前達にとっての科学と同じようなものだ」

 それを聞いた途端、またグノーメ達が喧喧囂囂としゃべり出す。

 「なになに、魔法は科学と同じか」

 「いやいや、そんなはずはない」

 「さようさよう、科学は誰もがわかるもの」

 「うむうむ、科学はすなわち探求の手法(メソッド)

 「そもそも、森羅万象、科学で測れぬものはなし」

 「それそれ、科学は世界の模型化」

 「ではでは、魔法は」

 「さてさて、誰にもわかるのか」

 「いやいや、そんなはずはない」

 「さようさよう、魔法使いは孤高の存在と聞く」

 「ふむふむ、であれば魔法は科学ではない」

 「ではでは、魔法とは何物」

 そして、また片眼鏡のグノーメがシーフリートの顔に視線を向ける。

 「そういうことじゃ、魔法とは一体何であろうか」

 うんざりした顔でシーフリートがマーヤーの方に目をやる。

 「魔法は…知恵の技」

 ようやく思いついたままをマーヤーが言う。

 「なになに、魔法が知恵の技じゃと」

 「そう、知識じゃない、知恵の技」

 グノーメ達がてんでにしゃべり出す前に、マーヤーが言う。

 「知識の積み重ねじゃない、真理を見通す能力(ちから)。理屈を超えて真理を悟って、それを自在に操る力」

 むむ、とグノーメ達が考え込むのをみて、マーヤーはほっと息をつく。

 やがて、グノーメの1人が口を開く。

 「さてさて、知識と知恵がどう違う」

 「うむうむ、知恵とは知識の積み重ね」

 ちがうよ、とマーヤーが言う。そしていきなり幻術を使って、グノーメ達の前に巨大な炎を作り出す。それを見たグノーメ達が、慌てて後ずさる。

 「これを見て、炎だと思ったよね」

 そうじゃそうじゃ、と声が上がる。

 「それが知識。赤く輝いて、熱くて、実体のない、上へ上へと流れる空気が炎。そう知っていることが知識」

 ほうほう、うむうむ、とまた声が上がる。その先を言わせる前にマーヤーが言葉を続ける。

 「炎を見て逃げたよね、なぜ?」

 答えを待たずに――答えを言われる前にマーヤーが言う。グノーメ達がしゃべり出したら、また収集がつかなくなるから。

 「熱かったから。火傷しそうだったから。そうよね? そうやって、危険を避けようとするのが知恵」

 なるほど、とグノーメ達の声が上がったのに満足して、幻の炎を消す。それを見たグノーメ達の顔に、一瞬、驚愕が走る。

 「作り物のドラゴンが壊された、これは知識。ありのままの事実。ドラゴンを壊したのは魔法、これも知識」

 そう言って、グノーメ達を見渡す。

 「今度作るときはもっと丈夫なドラゴンを――魔法に負けないドラゴンにしよう、って思う、これは知恵」

 うむうむ、とグノーメ達がうなずく。

 「知識じゃない、知恵でこの世を理解して自在に操る力、それが魔法」

 わかったかしら。そう結んだマーヤーに、片眼鏡のグノーメが手を叩く。

 「いやいや、お見事。知識が知恵でないのはわかりましたわい」

 しかし、と彼の言葉は続く。

 「おわかりでしょうが、知恵がすなわち魔法でもありますまい」

 そうね、とマーヤーが応じる。確かにそこには飛躍がある。

 「知恵を力に、実際に働く力に変える手法(メソッド)、それが魔法」

 「ほうほう、手法ですと」

 「知識じゃわからない。やってみなくちゃわからない」

 だから、言葉で説明するのは無理よ、とマーヤーは言った。それでも納得していない様子のグノーメを見て、マーヤーが言う。

 「石を投げたら飛んでくよ?」

 それが? といぶかしげなグノーメを見て、マーヤーが言う。

 「どうやって投げたら遠くまで飛ぶ?」

 「それは、そう、適切な角度で、適切な力を加えれば良いこと」

 「それは知識。でも、知識があっても、実際に自分でそれができる? 自分の体が、その通りにコントロールできて――動いてくれる?」

 ああ、とようやく片眼鏡のグノーメがうなずいた。

 「つまり、体験――体得ということでしょうかな。実に興味深い」

 しかし、後に続いた言葉は否定的だった。

 「であれば、誰もが共有できるものでもない。誰にもの役に立つものではない、ということでしょうな」

 そう言われてみれば、マーヤーもうなずく(ほか)はなかった。


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