科学の天才グノーメ(9)
幅3メートルもある巨大な鏡。高さは2メートルもあって天井に届くほどだ。その前にグノーメ達が集まっている。背丈は一番大きい者でも1メートルに満たないほど。頭の大きさに比べると身体が小さく、それでいてずんぐりとした印象を与える。彼等は鏡に映し出された光景を見て、興味深げに語らっていた。
「とうとう、中へ入って来おったぞ」
「ほうほう、蜂をやっつけたようじゃな」
「しかも扉を開けるとは」
「なになに、あれはそう簡単には開かぬはずじゃったが」
「余程の手練れ、そういうことよな」
「ほうほう、壁に触れずに降りてくるわい」
「さようさよう、注意深さも筋金入りじゃ」
鏡には、階段を降りてくるマーヤー達4人の影が映っていた。不可視の魔法で姿を隠しているからだろう、その本当の姿が鏡に映っているわけではない。だが、代わりに4人の形をした赤い影のようなものが鏡の上にはっきりと浮かび上がっていて、4人の動きは手に取るようにわかる。
「ではでは、歓迎をせねばならぬな」
「彼等には、何がよかろうの」
「鳥か」
「いやいや、鳥は前に壊されておる」
「さようさよう、鳥は使えぬ」
「さてさて、何が良いかいの」
「ふむふむ、竜なら良いかいの」
「うむうむ、それなら面白かろう」
「竜じゃ、竜じゃ」
「歓迎の竜じゃ」
下の方から、ばさ、ばさ、と音がする。それを聞いてウィーゼルオックスが立ち止まる。
「なんだ、嫌な音がしてくるぜィ」
マーヤーも立ち止まって耳を澄ます。彼の言うように、何か大きな生き物の羽ばたきのような音が響いてくる。
「私達が入ってきたのが気付かれたのか…それとも、リシフィラへ行く何かか?」
「生き物じゃないよ、心が通じない」
羽ばたきは次第に大きくなり、すぐにそれは、やかましいほどになっていた。そして、穴の下の方から、1頭のドラゴンが姿を現わした。鈍い銀色に輝く、全長3メートルはあるが、ドラゴンとしては小型の部類で、広げた翼も壁に触れるほどではない。
「あれが作り物なの?」
そうだよ、とフィシスが答える。
ドラゴンはマーヤー達のいるところまで上がってくると、身体の向きを変え、空中で静止する。ゆっくりと首を回し、マーヤー達の姿を睨め付けるような動きをする。
「間違いねえよ、見付かってるぜィ」
甲高い声でウィーゼルオックスが叫ぶ。
「そのようだ、先制攻撃!」
ドラゴンが、口を開きかけたのをみてシーフリートが叫んだ。本物のドラゴンなら、息吹を吹きかけてくるところだ。作り物のドラゴンが同じようにするかどうかはわからないが、ぐずぐずしてはいられない、と反射的に動いていたのだ。
青白い電光が、開き掛けたドラゴンの口の中を貫く。喉の奥でまぶしい閃光がきらめき、ずうん、と腹に響く大きな音がする。そして、数秒遅れてドラゴンの口の中から黒煙が吹き出してくる。息吹ではない。嗅いだことのない、鼻につんとくる、それでいて甘ったるいような臭いが辺りに広がった。
それでもドラゴンはひるまず、シーフリートの方へ手を伸ばし、近づいてくる。その動きから、シーフリートの位置を正確に掴んでいるのだ、とわかる。視覚以外の方法で相手の居場所を探っているのだ、と。
2発目の電光がドラゴンの胸を襲う。そして間髪を入れず、3発目、4発目の電光が続けざまに叩き込まれると、ドラゴンは全身から力が抜けたようになり、翼が動きを止める。支えをなくした体がゆらりと揺れ、穴の底へ向かって真っ逆さまに落ちていく。
「いやぁ、肝を冷やした、びっくりしたぜ、全く。しかし、それにしてもさすがだねえ、ああも簡単にドラゴンをやっちまうなんてサ」
緊張が解けたからか、口早にまくし立てるウィーゼルオックスを無視してシーフリートが言う。
「こうも簡単に見つかるとはな。これがグノーメ達の実力か」
「不可視の魔法も役に立たなかった、か。厳しいわね」
「所詮、目をごまかすだけの術だからな。お前の言ったとおり、他の方法で相手を見つけるような奴には通用しない、わかっていたことだ」
まあね、と少しトゲのある声でマーヤーが言う。
「それで、次は何が出てくるのかしら」
「さてさて、なんという乱暴な奴らじゃ」
「さようさよう、歓迎の使者を撃ち落とすとは」
「いやいや、こちらが一言もしゃべらぬうちに攻撃をしてくるとは」
「うむうむ、可愛げのかけらもないことよ」
「思うに、野蛮人には仕置きが必要じゃ」
「しかりしかり、躾をするべきじゃ」
「ではでは、ここはあの手で」
「ほうほう、あれを使うのか」
「いやいや、多少は怪我もしような」
「よいよい、それも一興」
「うむうむ、省みさせれば良いのじゃ」
ピン!
ピアノの一番高い音のような金属音が響いた。その瞬間、階段を支えていた金属のレールがいくつもの断片に分かれ、その上に乗っていた踏み面が崩れ落ちる。足下が崩れて、マーヤー達は何もないところに放り出されてしまう。下を見れば穴の底は、鉛色の平らな床だ。遠近感がはっきりせず、どのくらいの深さがあるかはすぐにはわからない。
「フィシス!」
慌てて彼女の手を掴んだマーヤーが、まだ効果の残っている飛翔の魔法で体勢を立て直し、空中に静止する。それを見て、フィシスも飛翔の魔法で空中に浮き上がる。びっくりしたよ、とその目が言っている。
少し遅れてシーフリートも2人の脇に上ってきた。してやられた、と舌打ちをする。
「罠…などではないな。どこかから操作されたに違いない」
シーフリートの指さす方を見れば、階段が崩れたのはマーヤー達がいたところだけで、他の部分は元のままだった。
「明らかに私たちを狙ったのだ。穴の底へ突き落とそうとしてな」
そう言われたとき、ウィーゼルオックスのことに思いが至る。彼には飛翔の魔法はかかっていない。
「奴は…やられたのか」
その言葉に下の方へ目をやったマーヤーは、ふわふわと、まるでタンポポの綿毛のように落下していくウィーゼルオックスの姿を見た。
「無事みたい」
あきれたわ、と言うマーヤーの声に、シーフリートも肩をすくめ、ふっと息を吐いてみせる。
「なんとも、食えない奴だ」
魔法の道具でも使っているのか、ゆっくりと落下していくウィーゼルオックスは、しかし、飛翔の魔法のように自由に空中を移動したり、上に上がることはできないらしかった。彼の後を追って、マーヤー達も下へと降りていった。
「なかなか器用なことをするではないか」
ようやく床に着くことのできたウィーゼルオックスは、背後から掛けられた声に振り返った。見れば、ゆっくりと降下してきたシーフリートが、ちょうど彼の背後に降り立ったところだった。続いてマーヤーとフィシスもシーフリートの側に着地する。
「おやおや、皆さんもおそろいで。さすがですなぁ、魔法の力でしたっけか。わしもかけてもらっておけば良かったナ」
「その必要もなかったみたいだけど」
「ああ、そりゃまぁね、備えあればうれしいな、ってサ」
そこは、直径が30メートルもある円形のホールだった。螺旋階段のある壁は、下へ下るにつれて少しずつ広がっていて、中はちょうど細長い円錐のような形になっているのだった。
「階段を地道に下るよりは、あぁ、確かにちぃとばかり楽だったよナ」
「あんたみたいに太ってたら、よっぽどそうでしょうね」
おい、とウィーゼルオックスが低い声で言う。
「そんなに人を悪し様に言うんじゃねぇよ、…ったく」
憎々しげに言った彼に、失礼、と軽くマーヤーが言う。
「それより、ここがグノーメの里の入り口なの?」
そうだろう、とシーフリートが言う。
見渡せば、階段の一番下の段のすぐ側に、大きな扉のあるのが見えた。周囲を取り巻く壁と同様、それもくすんだ色の金属でできているようだ。
「あそこから、里へ抜けられるのではないか」
「みたいね」
2人の言い交わすのを聞いて、ウィーゼルオックスがしゃしゃり出る。
「へっへっへぇ、それじゃ、ここは一番、わしの出番というこって」
そう言いながら、腰をかがめ、早足で扉の方へ寄っていく。少し間を開けてマーヤー達がその後を追う。
扉の高さは、ウィーゼルオックスの身長の倍くらいはある。小人族のグノーメには、明らかに大きすぎる扉だ。
「さっきのドラゴンも、ここから出てきたのかしら」
「わからんな。作り物なら、このホールのどこかに格納庫があってもおかしくない」
「でも、それなら、わたしたちが降りてきたときに出てきそうなものじゃない?」
「既に1頭壊されているのにか。…いや、待て、そう言えばあのドラゴンはどうしたのだ。あそこから落ちたのなら、この辺りに転がっているはずではないか」
シーフリートの言うとおりだった。広いホールには、マーヤー達4人の他には誰もおらず、何の調度もない。シーフリートの魔法で壊され、ここに落ちてきているはずのドラゴンも見当たらない。
「つまり、このホール自体が何かのカラクリ仕掛けということだ」
「つまり、罠?」
「それはわからん。しかし、その気になれば、いつでも私達を窮地に追い込めるのは間違いないだろう」
「なのに、何も仕掛けてこない」
うむ、とシーフリートがうなずき、首をひねる。
「グノーメ達、一体何を考えている」
その目が扉の前のウィーゼルオックスに向き、またホール全体を見渡し、天井の方に向けられる。どこにも変わった様子はなく、何かを仕掛けてくるふうでもない。
しばらくして、扉の前で何かごそごそしていたウィーゼルオックスが、処置なし、というように両手を挙げた。
「だめだ、こいつぁ、扉じゃねェ」
何、とシーフリートがウィーゼルオックスの方を見る。
「扉みてぇな形はしてるが、こいつは偽物だ」
「そうなのか」
「ああ、間違いねぇ。嘘だと思うんだったら、自分で試してみるがいいぜィ」
むむ、とシーフリートが唸った。
「だったら、本物の出口はどこなのだ」
「知らねぇな、この周りの壁や床、手当たり次第に全部調べろってか? 日が暮れて、朝になっても終わりそうにねぇぜ」
ふん、とつまらなさそうにシーフリートがマーヤーの方を見る。
「見つけられるか、マーヤー」
やれやれ、とマーヤーが肩をすくめる。やってみるから、と言って目を閉じる。本当は腰を下ろして瞑想に入ればその方が効率がいいのだが、スカートで、ウィーゼルオックスのような者のいる前でそれはしたくなかった。代わりに手に持った杖に精神を集中する。魔力を蓄える器としての利用ではない。何か、はっきりとした、意識を向ける対象があった方が集中がしやすいからだ。
杖に精神を集中し、他のものを意識から閉め出す。そうやってトランス状態に入ると、今度は次第に周囲の空間を心の中に取り込み、次いで床へ、壁へと感覚を広げていく。周囲のものすべてに心を這わせ、床や壁に変わったところがないかを感じ取っていく。
それが、30分も続いただろうか。
「見つけた」
ゆっくりと目を開いてマーヤーが言った。
「階段の途中。壁を半周くらい登ったところ」
そう言って、扉を感知した場所を指で指す。
「あの壁が隠し扉になってる」




