科学の天才グノーメ(8)
「大体、なんであんたがここにいるのよ」
かんしゃくを起こしかけたマーヤーをごまかすように、ウィーゼルオックスがわしゃわしゃと頭を掻きむしる。ボサボサの髪がゆれて、フケが飛び散る。
「いや、そりゃあれだ、リシフィラにグノーメの作った鳥が飛んできただろ?」
むくれて無言のままのマーヤーにかまわず、彼は言葉を続ける。
「あんなことがあったんだ、きっと、誰かがグノーメのところへ行って、話を付けようとするんじゃないかって思ったね。それで、一足先にここへやってきたというわけサ」
「それで、私達の来るのを待っていたということか」
「そうそう、そういうこと。さすが、大物は話が早いねぇ」
そんな世辞を無視したシーフリートは、不信を隠さない。
「どうしてお前がこの場所を知っていた?」
「ああ、そりゃ言えねえ。秘中の秘、ってやつだ。大体、情報の出所なんて訊くのは野暮だぜ、旦那」
憮然とした表情でシーフリートがマーヤーの方を見る。
「お前の気持ちがわかる気がするな」
そうよね、とマーヤーがうなずくのを見て、またウィーゼルオックスの方に向き直る。
「しかし、お前は本当にあの入り口を開けられるのか」
「もちろんさね。疑ってるのかい、わしを?」
心外だね、と言いながらウィーゼルオックスは、腰をかがめてシーフリートに近付く。それに合わせるように、シーフリートが一歩後に下がる。
「気をつけて、そいつは手癖が悪いから。信用したらだめ」
それを聞いたウィーゼルオックスがマーヤーを一瞥する。
「うるさいねえ、そんなふうに人を悪く言うもんじゃないぜ、まったく、お里が知れるってもんだ」
「なんですって!」
思わず声を荒げかけたマーヤーを、シーフリートが手を挙げて止める。
「よせ。…ウィーゼルオックスと言ったか。無駄な問答はもう良い。本当にできるのなら、実際に開けてもらおうか」
「扉をかィ」
そうだ、とシーフリートが言う。
「残念だが私にはどうにもならない。お前にできるのなら、やってもらおうか。そのために出てきたのだろう」
「ああ、いいともサ」
ウィーゼルオックスがにやりと笑う。
「そんなの、わしにかかれば、お茶の子さいさいだ、ってネ」
そう言いながら、ウィーゼルオックスはぎろりと目を見開いてみせる。そして、シーフリート、マーヤー、そしてフィシスの顔を順に見回した。
「だがな、ちゃんと扉が開いたら、それなりの見返りはあるんだろうナ?」
「見返りだと? ふむ、お前は何が望みだ。金か?」
いやいや、とウィーゼルオックスは首を横に振る。
「そんなもんはいらねえ。その代わりにどうだ、あんた方について行かせてもらう、ってのは」
「何?」
「人が入ったことのないグノーメの里だ、こんな機会を逃す手はねぇ、ってことさネ」
「そうやって付いてきて、何を狙ってるの?」
たまりかねていったマーヤーを、ウィーゼルオックスがせせら笑う。
「いやだねえ、そんなふうに人を疑うことしかできねぇ、ってのは。今からそんなじゃ嫁のもらい手がなくなるぜィ」
「なん…!」
だめだよ、マーヤー、とフィシスがマントの裾を引っ張る。そんな2人の前にシーフリートが進み出る。
「いいだろう、勝手に付いてくるがいい。しかし、何が起ころうと、自分の身くらいは守れるのだろうな?」
言いながら、シーフリートはフィシスの方を目で示す。
「あんな小さな子でさえ、足手まといになったりはしないのだ。大の大人のお前なら、当然のことだろう」
「あ、ああ、そりゃぁ、まあ当然のこったよナ」
少し引き気味に言うウィーゼルオックスにシーフリートが木の根元を示す。
「ならば、まずは、あの扉を開けてもらおうか」
「へっへ、そんなことなら、わしの十八番だ。そこでよぉーく目を開けて見ていてもらおうか、ってナ」
そう言いながらウィーゼルオックスは、ひょこひょことベラッカの木の方へと歩いて行く。まっすぐに行かないのは、罠でも避けているからだろうか。
「本当に、あんな奴を連れて行くつもり?」
苛立った様子を隠さずにマーヤーが言う。
「仕方あるまい、扉が開かなければ先には進めぬ道理だ。…それに、里の中で何があろうと、奴の面倒を見るのは奴自身だ」
「危なくなっても放っておく、ってこと?」
「自分の身を守れなければ死ぬだけだ。…別に、奴に限ったことではないぞ」
なるほどね、とマーヤーはうなずき、大きく息を吐いた。
そんなマーヤーの方にフィシスが寄ってくる。ねえねえ、と服の裾を引っ張ってマーヤーの気を引く。
「あれが、マーヤーの懲らしめたい相手?」
そう! ときっぱり言うマーヤーに、フィシスが優しく言う。
「めずらしいね、マーヤーがそんなふうに言うの」
「人間ですからね。…嫌いなやつだっているよ。どうしても好きになれない相手」
そうだね、とフィシス。
「でも、悪い縁を招いちゃ、良くないよ」
ふ、とマーヤーが小さく笑う。
「そりゃ、心がけてはみるけどね」
そう言っているところへ、おおい、という声がする。見れば、ウィーセルオックスが手を挙げて呼んでいる。
「開いたぞォ」
なるほど、腕前の方は確かだったわけだ。そう思いながら、フィシスを連れて、シーフリートと一緒にベラッカの木の方へ向かう。飛翔の魔法はまだ効いているので、地面の上を踏まずに行ける。が、木に近づいたところで、ウィーゼルオックスが声を掛ける。
「おぉ、っと、だめだだめだ、そっちの方を通っちゃいけない」
「なんだと?」
「もう一歩でも進んでみなょ、ベラッカの実が降ってくるからナ」
「そんなことがわかるの?」
そう言ったのは、さっきベラッカの汁の洗礼を受けたマーヤーだ。それがわかっていれば、あんな目に遭わずに済んだのに、とその目が語っている。
「あたりきよ、わしの目は節穴じゃねぇんだゼ」
ウィーゼルオックスの言葉に大きく頷いたのはシーフリートだった。
「どうやら、罠が仕掛けられているようだ。お前にはそれがわかるのだな」
「そういうことさ、このくらいのもんがわからなくちゃ、やってられねえからさョ」
それを聞いて、シーフリートがマーヤーに目配せする。
「道理で、お前があのタイミングで姿を見せたわけだ。私達が罠にかかるのを黙って見ていたのだな」
「おぉ? 一体何の話だィ」
「その方が高く売り込めるからな。実際に罠にかかる前と後じゃ、お前の価値も変わろうというものだ」
罠の存在とその怖さを知った後の方が、罠を見つけられる者への評価は上がる。それを承知で、ウィーゼルオックスは3人が罠にかかるのを待っていたのだ、とシーフリートは言ったのだ。
「おっと、そいつはお前さんの言ったことだ。わしには、何のことかわからねぇ、ってナ」
ふん、とシーフリートが鼻を鳴らす。
「どうでも良いことだ。だが、この先、同じことをすれば只では済まんと覚えておけ」
「嫌だねぇ、そんな言いがかりは。一緒に組む前と組んでからじゃ、そりゃ、立場も、気の配り方も変わるのが筋じゃろうに」
そうだな、とシーフリートが言う。
「それはお前の言ったことだ。わかっているなら、それで良い」
4人は、開いた扉の前に立っていた。扉の向こうは、灰色の壁。まっすぐに掘り下げられた巨大な穴を取り巻いて下りの螺旋階段が続いており、壁全体がぼんやりと光を放って、中は薄明るい。階段の一段一段は、少しの汚れもない真っ白な板で、それが細い銀色の金属のレールに支えられている。
「ずいぶん深いよ」
中を覗き込んだフィシスが言う。穴の差し渡しは優に10メートルを超えている。底の方まで光に照らされてはいるものの、階段の続く先はよく見えない。
「へえぇ、なんだってこんなに深い穴を掘ったんだろう。グノーメってのは、そんなに地上が怖いのか。案外、太陽が苦手だったりしてナ」
違うな、とシーフリートが言う。
「元々彼等は土の精なのだ。さればこそ、深い地の底を好むが道理というものだ」
「土の精…なの? それなのに魔法が使えないなんて」
「言い伝えではそうだ。地の底に生まれた彼等は、地中の恵みを自由に享受できる。それがグノーメに、魔法ではなく科学を選ばせたのだろう」
「地中の恵み?」
「金銀や宝石、様々な鉱石、鉄や水銀、鉛や硫黄、燃える石や燃える水、それに不思議な力を放つ重い石。そういった地の底に眠る様々な物のことだ。地の底からあふれてくる高熱もグノーメは使いこなすという」
「魔法にも使う物よ?」
そうだな、とシーフリートがうなずく。
「グノーメの選んだのが、なぜ魔法でないか、はわからん。彼等の守護神アーリンストーンが知識の探求者だからかも知れぬ。はっきりしているのは、彼等が魔法を必要としてはいないということだ」
そう言いながら、シーフリートはウィーゼルオックスに先頭に立つように促した。
「わしが? そりゃまたなんでだ」
わかりきったことではないか、とシーフリートが答える。
「この先どんな仕掛けがあるのかわからんのだ。ならば、罠を見つける術に長けた者が先に行くべきこと、贅言を要しない」
む、と言葉に詰まったウィーゼルオックスの背を、シーフリートが軽く押す。有無を言わさぬその態度に、渋々ウィーゼルオックスが一歩を踏み出しかける。が、すぐに立ち止まって言う。
「あんた方、ここへ来るときは魔法で姿を消していたろう?」
シーフリートが黙ってうなずく。
「どうだい、ここでも一つその魔法を使ってみちゃ。その方が見つからなくて済むんじゃないか、ってナ」
いいだろう、と答えてシーフリートがマーヤーの方を見る。軽くうなずいてマーヤーは不可視と、見えないものを見る魔法を全員に掛ける。
「断っておくけど、人の目をごまかすだけだから。それ以外の方法でものを見つけるような相手には通用しない。覚えておいて」
ウィーゼルオックス以外の者には言わずもがなのことだが、手短かに魔法の効果を説明する。いつかのように、不可視の魔法を過信してしくじるようなことがあっては困るからだ。
「さて、それでは行くとしようか」
シーフリートが宣言し、入り口の扉を閉めると、中は、暖かさを通り越して暑さを感じるほどだった。ウィーゼルオックスを先頭に、マーヤー、フィシス、シーフリートの順に階段に足を踏み入れる。階段は人間が2人横に並べるほどの幅で、手すりはない。1段の高さは15センチほどだろうか。緩やかだが、その代わり段数が多くなっている。手すりのない左側を避け、どうしても右側の壁の方に身体を寄せたくなる。
「気持ちはわかりますけどな、うっかり壁に触っちゃいけませんぜ、って」
ウィーゼルオックスがそう言ったのは、壁に何かの仕掛けを見つけたからだろうか。
それを聞いたマーヤーに、ウィーゼルオックスは、さぁてね、ととぼけてみせる。
「何事も用心、ってもんでさぁナ」
グノーメが、人の心理を読んで仕掛けをしてるかも知れない、と言うのが彼の言い分だった。特に、グノーメの身長より高いところは気をつけた方がいい、と。




