表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/428

科学の天才グノーメ(7)

 マーヤー達は、やがて草原(くさはら)に出た。その先は、シーフリートの指示に従い、魔法で飛んで行くことにする。飛ぶと言っても、上空を行くわけではない。むしろ、浮いたまま地面を行く、といった感じだ。遠目に見たなら、立ったまま、地面の上を滑っているようにしか見えないだろう。とは言っても、無論、不可視の術で姿を隠すのは忘れていない。機械仕掛けに幻術は通用しないとわかっていても、グノーメ達に正確な位置を知られなければ、それでもいくらか有利になると思ったからだ。魔法を使わないグノーメ達は、マーヤー達のように見えないものを直接見る(すべ)はないだろう、との判断からだった

 程なくして3人はベラッカの木にたどり付いた。見上げれば、深い緑色の肉厚の葉に交じり、幾つもの赤い実が見える。実は大小さまざまで、大きなものは大人の握りこぶしほどの大きさがあった。

 「この木の根元ね」

 「そうだ、注意しろ。どんな仕掛けがあるかわからんからな」

 そうシーフリートが行ったときだった。ざわざわと葉擦れの音がする。風もないのに枝が大きくしなって揺れると、いくつもの実がマーヤー達の頭上から落ちてきた。

 「きゃぁっ!」

 こぶし大の実がまともに頭に当たったマーヤーが叫ぶ。実が砕けて、ベラッカの汁が髪の毛をびしょ濡れにする。他の2人は、落ちてくる実を上手に躱し、マーヤーのように汁まみれになったりはしていない。

 「ひどいよ!」

 自分の不覚というのはわかっているが、どうしてわたしだけ、といった顔でマーヤーは2人を見た。笑いをこらえるのに苦労しながらシーフリートが言う。

 「まずは、その程度で済んで幸いだった、と言わねばなるまい。もっと危ないものが降ってきたかも知れないのだからな」

 「すごい顔だよ、マーヤー。それに、すごいにおい!」

 フィシスの言うとおり、実のかけらが汁で張り付いて、マーヤーの髪も顔もぐしゃぐしゃになっていた。そして、熟れたベラッカの酸っぱいにおいが辺りに広がって、むせ返るようだった。そのため、不可視の魔法で姿を隠していても意味がない。魔法を解いたマーヤーの姿が現れる。


 「あれあれ、ベラッカの枝が揺れたぞ」

 「さてさて、ベラッカの枝が揺れたな」

 「ほうほう、誰かが里に近づいてきたようじゃわい」

 「ベラッカの実が落ちたぞ」

 「ずいぶんたくさん実が落ちたな」

 「さよう、さよう、しこたま汁が飛んだわい」

 「定めし、上はすごいにおいじゃ」

 「いかにも、すごいにおいじゃろう」

 「ならば、来るじゃろう」

 「ふむふむ、そろそろ来るじゃろう」

 「近づいてきたやつら、びっくりすることじゃろう」

 「うむうむ、肝を冷やすじゃろうて」

 「いやいや、それで済むならよいがな」

 「なになに、そんなことでは済まされまいて」

 「さてさて、これから見物(みもの)じゃのう」

 「さよう、さよう、いかにも楽しみじゃ」


 「…もしかして、これが罠なの?」

 泣きたいような気になりながら言ったマーヤーに、シーフリートが、はっとする。

 「気をつけろ、危険な奴らがやってくる」

 その口調に、マーヤーとフィシスも息を呑む。どこからか、小さな羽音が聞こえてくる。

 「蜂だ!」

 最初に気付いていったのはフィシスだった。

 「そうだ、ベラッカのにおいに惹かれてやってくる…キラー・ワスプ、ラマンサーだ」

 羽音のする方を振り返れば、そこには十数匹の蜂の姿があった。毒々しい赤い線の入った金色の体、ルビーのような色をした眼。日の光を受けて美しく輝く羽は、広げれば人の顔を覆い尽くすほどの大きさがある。

 ベラッカの木に潜み、実を食べに来た人間や動物を襲う肉食蜂だ。ラマンサーに刺されれば体に卵を産み付けられ、意識を失ったまま、体の中で孵った幼虫の餌になる。

 蜂たちは、シーフリートとフィシスには目もくれず、ベラッカの汁にまみれたマーヤーに群がってきた。走って逃げようにも、マーヤーの足では蜂の速度にかなわない。かといって空へ上がれば、グノーメ達に見つかる恐れがある。

 「伏せて、マーヤー!」

 フィシスの声に、マーヤーが地面に突っ伏すと、突風が吹いて襲いかかろうとしていた蜂の群を吹き飛ばした。空高く舞い上げられたラマンサーたちは、いったんは上空で様子見をしているふうだったが、しばらくすると、また猛然とマーヤーをめがけて飛んでくる。シーフリートの作り出す魔法の矢が、次々とラマンサーの体を貫くが、その程度では巨大な蜂は殺せない。一瞬ひるんだ様子を見せはするものの、次の瞬間には、また獲物をめがけて突っ込んでくる。

 「厄介な奴らめ…!」

 マーヤーに近付いてくる蜂はその都度突風に阻まれて、マーヤーの体に触れることはできないが、しかし、何度飛ばされても諦めようとはしない。シーフリートの得意とする巨大な火球(ファイヤー・スフィア)は、ラマンサーを簡単に吹き飛ばすことができるが、同時にマーヤーを巻き込む恐れがあるため、使うことができない。


 (こんなことで…!)


 歯を食いしばり、ようやく身を起こすと、べとつく髪をかき上げて、自分を狙ってくるラマンサーの群をマーヤーは見上げた。


 (でかいけど、でも、結局は蜂――虫なんだよね!)


 思い直して、蜂たちをめがけて魔法をかける。眠りを招く魔法。小さな相手にほど、強い効果をもたらす魔法。それまですごい勢いで飛んでいた蜂たちが、急に速度を落としたかと思うと、酔っ払ったようにでたらめな軌跡を描き始め、次第にその動きが鈍くなる。そして、1匹、また1匹と地面に降りて――あるいは落ちて、そのまま動かなくなる。最後の1匹が地面に落ちたところで、ようやくマーヤーは立ち上がった。

 「殺した…のではないな」

 「ええ、眠らせただけ」

 ようやく息をついたマーヤーにフィシスが近寄ってくる。

 「そのベタベタをなんとかしないとね」

 そう言いながら、マーヤーの髪、顔、肩をなでるように手を動かす。直接触れるわけではないが、フィシスの手がかざされたところから、ベラッカの汁が蒸発し、洗い流したようにきれいになっていく。

 「ありがと。…これは、フィシスの魔法なの?」

 「清めの法術だよ」

 そうか、とマーヤーは納得した。フィシスが法術を使えるというのは本当だったのだ。疑ったわけではないが、改めてそれを目の当たりにすれば、フィシスが僧としての能力を身につけているのだ、と思い知って、幼い姿がいかにも不釣り合い(アンバランス)に見えてくる。

 「においを嗅ぎつけて、別の蜂が来ると困るもんね」

 「そうね、助かったわ」

 そう言っているところへシーフリートが姿を現わす。

 「こっちは片付いたぞ」

 その声に振り返れば、地面に落ちたラマンサーは、いずれも止めを刺されて転がっている。そればかりか、地面に落ちたベラッカの実も、焼け焦げて真っ黒になっている。

 「実も燃やしちゃったんだ」

 フィシスの言葉にシーフリートは、当然だ、と答える。

 「実のにおいに惹かれて新手に来られてはたまらん」

 「やはり、罠だったのね」

 「そうだ。もっと早く気付くべきだった」

 舌打ちをしながら言うシーフリートに、マーヤーが肩をすくめる。

 「前に来たときは、実は落ちてこなかったの?」

 「あの時は、ここまで近付かなかったからな。様子を見ただけなのだ」

 あ、そう、とマーヤーが言う。

 「それで、入り口の場所はわかっているのよね」

 シーフリートは無言でうなずいた。

 「だったら、行こう?」

 そう言って、じっとしたままのシーフリートを促すが、彼は動き出そうとしない。

 「何なの?」

 「入り口をどうやって開けたものか、思案していてな」

 え! とマーヤーが目を剥く。

 「どういうことなの! ここまで来て、そんなことを言う?」

 「蜂共を片付けながら、入り口のところまで行ってみた。場所はすぐにわかる。扉の位置もだ。しかし、開き方がわからん」

 「鍵がかかっている、ってこと?」

 「そのとおりだ」

 そんなあ、と、マーヤーがうんざりした顔で言う。

 「鍵を開く魔法、知らないの?」

 「試してみた、とっくにな」

 しかし、シーフリートの魔法では扉を開くことができなかったのだ、という。

 「それじゃ、どうするの」

 そうマーヤーが言ったときだった。

 「へっへっへぇ、皆さん、お困りのようですナ」

 3人が来たのと反対の木陰から、1人の男が姿を現わしたのだった。まばらに髪の生えた禿頭。とろんとした腫れぼったい目。受け口ではないが、よく目立つ分厚い下唇。口元には下卑た薄ら笑い。ほこりにまみれたようなくすんだ緑のマントに身を包み、少し腰をかがめてこちらを窺っている。

 「何だ、お前は」

 そんな男を、きっと睨み付けていったのはシーフリートだった。

 「いやぁ、そんな怖い顔はなしにしましょうぜ。そんな怪しい(もん)じゃごぜぇません、って。ほら、そこのあんたとは、もうお馴染みじゃないンかい」

 「ウィーゼルオックス!」

 思わずマーヤーが叫ぶ。その嫌そうな声を聞いてシーフリートが怪訝そうに振り返る。

 「知っているのか?」

 うん、とマーヤーがうなずく。

 「小汚いこそ泥よ」

 吐き捨てるように言った声を聞いて、ウィーゼルオックスが、へへへ、と下卑た笑いを浮かべる。

 「そんなに邪険にしなさんな、って。ちっとばかし、お前さんと考えが違うだけのことじゃねえか、ってナ。おっと、そっちの可愛子(かわいこ)ちゃんとも初めてだなァ。いやぁ、ちっちゃい子は純真でいいなァ」

 そう言ってフィシスの頭をなでようと手を伸ばすのを、マーヤーがぴしゃりと払いのけた。フィシスも、身を引いてマーヤーの後ろに隠れている。

 「子供相手に、汚い手を出すんじゃないよ! 怖がってるじゃない」

 へへ、と口元の笑いを隠さないウィーゼルオックスを睨み付けてマーヤーが言う。もちろんフィシスが彼を怖がったりしていない――嫌がっているだけなのは承知の上だ。

 そんなマーヤーとウィーゼルオックスを代わる代わるに見て、シーフリートがうさんくさそうな表情を見せる。

 「ウィーゼルオックス…、察するにシーフのギルドネームだな」

 「ご名答。由来はすばしこいイタチと、雄牛でしてナ」

 「小狡いイタチと去勢牛よね」

 彼を睨み付けながらマーヤーが言う。

 「何をしに来たのだ?」

 今にも爆発しそうなマーヤーの表情を横目で見ながらシーフリートが言った。

 「ぃやー、その、なんだ、扉を開ける手が必要らしいと思って、だナ」

 「なぜそんなことを知っている」

 「ああ、そりゃ、わしはこれでも結構耳がさといもんで」

 「泥棒の特技よね」

 そう吐き捨てるように言ったマーヤーの声にウィーゼルオックスが反応する。

 「そんなふうに言うもんじゃありませんよっと、お嬢さん。人間みんな平等、職業に貴賎はないんだから。困ったときはお互い様、助け合うのが人道、ってもんでしょうとサ」

 上目遣いに、揉み手をしながら言うその目は、内心が決して口先通りでないことを窺わせる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ