科学の天才グノーメ(6)
6日目のことだった。朝食を済ませ、これから出発しようというとき、北の方に、何かが上昇していくのが見えた。握りこぶしほどの大きさの、金色の球。余程注意深くなければ見逃してしまうほどの大きさだったが、マーヤーが見つけたのだ。そろそろグノーメの里が近いとあって、出発の前に探査の魔法で周囲を調べていたからわかったのだった。
「なんだろう?」
魔力は感じない。だから、魔法の物体ではない。しかし、もちろん自然に存在するものでもない。
「明らかにグノーメ達の作ったものだ」
シーフリートが断言する。
「リシフィラへ向かって飛んでいくところだ。グノーメ共、今度は何を考えているかわかったものではない。あれをこのまま見逃すわけにはゆかぬ」
たった2日の雨で、リシフィラは大変な目に遭ったのだ。それを邪魔された後にグノーメ達の送り込もうとするもの。一体何をしでかす器械なのか。どう考えても不安しか残らない。
「考えていても始まらん。先手必勝だ」
シーフリートが右手を振り上げ、球を指さす。その指先から、細く絞られた真紅の光がはなたれ、球に突き刺さる。が、光は球の表面で跳ね返され、乱反射して周囲を明るく照らし出すだけだった。
「む、この魔法が通じぬとは」
ゆっくりと飛んでいた球が空中で静止する。そして、光の飛んできた方――シーフリートの方へ向きを変えると、目標を探すように少しずつ高度を下げてくる。
「こっちへ来る!」
マーヤーが言う。嫌な予感しかしない。
降りてきた球は、3人の目の前で輝きを増し始める。日の光を浴び、それを反射して光っていたのが、自ら光を放ち始め、段々明るく、そして次第にまぶしく輝き始める。その光に照らされた地上が少しづつ暖かくなる。
「あの玉、まるで太陽みたい」
フィシスが言う。その間にも球はまぶしさを増し続け、辺りは汗ばむほどの温度になってくる。
「太陽みたい、どころではない。あれは、太陽だ」
シーフリートが言うのを聞いて、マーヤーが信じられない、と言う顔をする。
「グノーメ達の作った人工の太陽だ。奴ら、あんなものをリシフィラへやるつもりなのか」
「うそでしょ、そんなことされたらリシフィラは…!」
「日照りで木も草も枯らされてしまう。いや、グノーメ達は限度を知らん。それだけでは済ますまい。人が暑さで倒れて死に至るか、あるいは、街を焼き尽くすまでするかも知れぬ」
そう言う内にも気温が上がり、めまいを感じるほどになる。シーフリートの言葉が決して大げさでないことを3人は身をもって知ることになっていた。目の前で、木々の葉がしおれ、色が変わるのが見える。3人が倒れずに済んでいるのは、フィシスの友達が助けてくれているからだ、とマーヤーは思った。
「シーフリート?」
なんとかできないの? そう目で尋ねるのを見たシーフリートが、無言でうなずく。一瞬だけ目を閉じ、何かを念ずると、両手を胸の前でくんで指を複雑に動かす。そして勢いよく差し上げた両掌を球の方へ向ける。
白い靄、と見えたものがまっすぐに球の方へ伸びていき、球をその中に包み込む。たちまちの内に球は真っ白な霧の中に包まれていた。かと思うと、温度が下がり、次第にひんやりとしてくる。同時に、上空から、ピシッという鋭い音が響いてくる。そして次の瞬間、パアン、という音がして球は粉々に吹き飛んでいた。細かい破片が降り注いでくるが、それを木の枝や葉が防いでくれる。
「何をしたの?」
「冷気で包んでみたのだ。熱いものを急激に冷やせばどうなるか、試してみたのだがうまくいった」
「なるほどね」
感心して言うマーヤーに、シーフリートは難しい表情を向けた。
「これで、私達がやって来たことはグノーメ達に知られてしまった。気付かれずに彼等の里へ入り込むのは無理だ」
「仕方ないわ、あんなものを放っておけないから」
「その通りだ。だが、この先は厳しいぞ」
「わしらの太陽が壊されたぞ」
「ほうほう、こうも容易くか」
「なんと、なんと、あんなところでだと」
「壊した者がいるはずだ、すぐ近くに」
「ほうほう、こんな近くへやってきた者がいるのだとは」
「ふむふむ、定めし余程の手練れじゃて」
「いかにも、わしらに知られずにやってきたとは」
「さてさて、それでは、迎えてやらねば」
「歓迎の用意じゃ、支度をせねばな」
「さよう、さよう、たっぷりと楽しませてくれようぞ」
「久々の客じゃ、手抜かりはならぬぞ」
「いやいや、何とも楽しみなことじゃ」
7日目、最後の行程は、山の中だった。グノーメ達に見つかるのを避けて、空を飛ぶのはやめて地上を歩く。不可視の魔法は、所詮人の目を欺くためのもので、それ以外の方法で探られれば役に立たない。グノーメ達がどんな技術を持っているかわからないため、魔法の効果にどこまで頼れるかの確証がなく、できるだけ危険を減らすために山道を行くことにしたのだった。
急な坂や鬱蒼と茂る木々は、行く手の妨げにはならない。不思議と平坦な場所が見つかったり、木々の間に人の通れるほどの隙間があったりして、街道を行くほどとまではいかないものの、通常の山歩きにくらべれば、遙かに楽な道のりだ。
「これは、フィシスの友達のおかげなのだな」
シーフリートの言葉に、そうだよ、とフィシスが笑う。
「ならばよい」
そう素っ気なく答えたシーフリートは、言外に、これがグノーメの用意した罠ではないかとの懸念をにじませていた。グノーメの里から遠ざけるように用意された、囮の道筋ではないか、と彼は疑ったのだ。歩きやすい道をたどっていって、知らず知らずのうちにグノーメの里とは全く別の場所へ導かれ、あげく、危険な場所へ追い込まれることになるのではないか、と。実際、グノーメ達ならやりかねないことだ。
そう思ってみれば、今まで通ってきた道合には、もっと歩きやすそうな場所や、人の通った跡らしい場所のあったことに気付く。一見、グノーメの里の方へ続くと見えるそういった場所を進んでいたら、どこへ辿り着いていただろうか。
「方向はこれであってるのよね?」
マーヤーの問いに、シーフリートは、そうだ、と答える。
「里の入り口までは何度か行ったことがある。こんな楽な道ではなかったがな」
その折に、幾度かグノーメ達の仕掛けた罠に遭遇もしたのだ、とシーフリートは言った。
「奴らの技術で作られた科学の罠だ。機械仕掛けだから、姿を消しても役には立たぬ。位置誤認の術も、効果がない」
「人相手じゃないから、幻術はだめ、ってことね」
「そうだ。どんな仕掛けかはわからぬが、近付いた者を感知して罠が作動する」
蜘蛛の巣のような投網が飛んできたり、真っ黒な粘つく汁が降りかかってきたり、細かい砂粒が雨のように注いできたり、あるいは無数の羽虫が襲ってきたり、とシーフリートが遭遇したことのある罠を数え上げる。いずれも、相手の命を奪うようなものではないが、愉快なものでないことは間違いなかった。
「それがグノーメ達の性格だ。悪意など、全くない。悪戯を仕掛けて、引っかかった相手を笑いたいだけの、無邪気な感覚なのだ。やられる方は、とてもそうは思えないのが残念だが」
「そうなの」
「だから、彼等は悪いことをしているなどとは夢にも思っていない。せいぜいが詫びればそれで許される程度の悪ふざけ、そのくらいにしか考えていないし、おそらくは、悪戯を仕掛けられた相手も、一緒になって喜んでいるとの思いだろう」
「困ったものね、まるで子供だわ」
「その子供が、天才揃いだから困るのだ」
「天才の子供なら、ここにもいるけど」
そう言ってマーヤーがフィシスを見る。
「フィシスは悪さなんてしないよ」
少しふくれて言うフィシスに、そうね、とマーヤーが微笑んで答える。
「別にフィシスを悪く言うつもりじゃないよ。同じ天才でもやることが違う、って思うだけ」
そう言ってフィシスの頬をつついてやる。
「フィシスは人を困らすようなことはしないものね」
もう、と言いながらフィシスがマーヤーを見返す。
「フィシスは業の善し悪しくらいわかるもん」
ああ、そうだったっけ。前にもフィシスがそんなことを言っていたのをマーヤーは思い出す。因果応報――善い行いには善い報い、悪い行いには悪い報い、と言うのは誰でもが漠然と知ってはいることだが、フィシスは僧団の教理としてしっかりたたき込まれているのだろう。フィシスがこういう話をするときは茶化さない方がいいのをマーヤーはわきまえていた。
ごめんね、と言ってフィシスの頭をなでてやる。それで少し機嫌が直ったらしいのを見て、ほっと息をつく。
「なるほど、フィシスも天才の子供というわけだ」
納得したようにシーフリートが言う。
「しかし、そろそろ注意しろ。グノーメの里の入り口が近い」
その言葉でマーヤーの顔に緊張が戻る。
「どこにあるの?」
「この先の峠にベラッカの木があるのがわかるな」
シーフリートの指さす方を見れば、確かに1本の巨木がそびえている。通常のベラッカの数倍もある大樹だ。
ベラッカは、かつて神聖帝国の時代、神々が人間に下賜したと伝えられる果樹だ。1年中、ほとんどいつでも実をつけ、熟し具合によって味が変わる。神聖帝国では街道沿いに植えられることも多く、ごくありふれた木の1つだったが、今は滅多に見かけることがなく、実は高値で取引されている。
「あれが目印だ。あの木の根元に里への入り口がある。そこをグノーメが出入りするのを見たことがあるのだ」
「ずいぶんわかりやすい目印ね」
ああ、とシーフリートがうなずく。
「だが、わかりやすいということは、それだけの備えもしているということだ。知っている者には、あの木は、うっかりここに近付くなという警告でもある」
「それって、つまり…」
「その通り、簡単に近づけないような仕掛けがある。あの木の周りは見通しの良い草地だ。近付けば簡単に見つかるし、招かざる客に向けた罠もある」
「罠、ね…」
「だから、まず歩いて近付くことはできぬ。地面に何が仕掛けられているかわからん」
落とし穴のような可愛げのあるものなら良いが、グノーメ達のすることだ。もっと不愉快なものがあるに違いない、とシーフリートは言った。
「前に来たとき、偶然迷い込んだ兎が、草原の中でいきなり消えるのを見た。注意して見たが、そこに穴などなかった」
だから、飛翔の魔法を使うのだ、とシーフリートが言う。ただし、高く飛んではいけない。姿を消し、地面からわずかにだけ浮いた状態で木に向かって進むのだ、と。
「それで、安全に入り口まで行けるの?」
マーヤーの問いに、シーフリートは首を振った。
「わからぬ。しかし、他に打てる手立てもない以上、それで試す他はない」
「グノーメ達は自由に行き来してるんでしょ? なら、罠にかからないで済む方法はあるはずよ」
「それはそうだ。だが、生憎と私達にはそれがわからん以上、どうしようもないではないか」
調べている時間もないのだ。そう言われてしまえば従う他はなかった。3人は、ベラッカの木を目印に山道を進んで行った。




