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山賊退治(1)

 夜が明けた。

 その日、マーヤーが夜を過ごしたのは、道筋から少し離れたところにある大木の根元だった。

 ほとんど消えかかっていた焚き火を完全に消して始末し、虫や獣を寄せ付けないために焚いていた香を片付ける。

 固く焼いたビスケットと、干し肉、乾燥させたフルーツとナッツの朝食を摂る。

 森の中を南に向かう道は、山の方へと続いている。今日はあの山を越えよう。そう思って身支度を調える。

 それほど高い山でもないし、それほどたくさんの山が連なっているわけでもない。越せば、その先はまた平坦な土地に出られるはずだった。この辺りは、冒険者時代の活動範囲の、ほぼ一番外れに当たる場所だ。活動していたのが、ヤトラの森を挟んで、今いるのとはちょうど反対の方角だったこともあって、マーヤーは、この山から先へはまだ行ったことがなかった。

 季節は初夏。木々や草が茂り、たくさんの羽虫や、小型の動物が活動している季節だが、危険な大型の肉食獣は、この辺りにはいない。少ないとは言え、それなりに旅人の往来もあり、人の通れる道が山の中にも続いていた。自然、マーヤーの足は、その道に沿って進むことになる。そして、マーヤーは知らなかったが、その道を旅する行商人などを狙って出没する山賊が、この山にはいた。

 「止まれ!」

 山の中腹に掛かった頃、道の脇の木陰から、不意に姿を現した男達に、マーヤーは呼び止められた。その風体や人相から、まともな奴らでないことは一目瞭然だ。


 (えっ、山賊? へえ、いたんだ、こんな小さな山なのに)


 いきなり声を掛けられ、驚いたのは一瞬のことだった。彼等から感じられる気配を読んで大体の実力を推し量れば、こうしてまともに相対すれば、さして脅威となるほどの相手でないことはわかる。だから、マーヤーは落ち着いて相手の様子を観察していた。

 山賊達がマーヤーを取り囲む。手には小ぶりとはいえ、凶暴な光を放つ剣が握られている。普通の旅人相手なら、十分な脅威だ。そして中に1人、剣を持たずに杖を握っているのは、あるいは魔法の使い手なのだろうか。

 「旅人か。命までは取らねえ。持ち物をそこに捨てて、地面に手を突け」

 リーダーらしい男が、マーヤーに向かって言う。

 「そうしたら、逃がしてくれるの」

 少しもひるんだ様子のないマーヤーに、リーダーが不敵な笑いを浮かべる。気の強そうな小娘だ、くらいに思っているのだろうか。

 「いいや、俺たちの巣までつれていくさ」

 「で、殺すの?」

 「殺しやしない。働いてもらうさ。掃除、洗濯、飯炊きにな」

 「ふうん」


 (ほんと、いかにもな山賊達だね。まともに相手するのも面倒くさいけど、素通りは、無理だよね…。

 仕方ない、魔法使って、やっちゃうか)


 小馬鹿にしたようにも聞こえるマーヤーの返事に、山賊達の目に凶悪な光が宿る。

 「その場にしゃがんで手を突きな。おとなしく言うことを聞かないと、痛い目見ることになるぜ」

 繰り返し、リーダーが言う。その声には、苛立ちが見える。微塵も怯えた様子のない少女は、明らかに勝手が違うようだった。

 「で、あなたたち、誰に向かってしゃべってるの?」

 その声を聞いて、男は目を剥いた。彼に答えたその声は、目の前の少女からではなく、ずっと離れた後ろの茂みの方から聞こえてきたのだ。ぎょっとして、男が振り返ると、そこにマーヤーの姿があった。慌てて元の方を振り向く。そこにも、ちゃんとマーヤーの姿がある。どういうことだ? 山賊達が、両方のマーヤーを交互に見やり、ざわつき始める。

 「それは、わたしの幻」

 遠くからの声がそう言うと、目の前の――最初に見付けたマーヤーの姿が、ふっ、とかき消すように消え失せた。山賊達の目が、声の方に向く。そこにいる、薄ら笑いを浮かべたマーヤーの方に。

 「あっちだ、追え!」

 山賊達が一斉にマーヤーの方へ向かって駆け出す。走ればほんの数秒の距離だ。しかし、マーヤーは少しも動じた様子はなく、その場から動こうともしない。そして彼等がもう少しで手の届くところまで近づいた途端、マーヤーの姿は陽炎のように揺らめくと、空気中に溶け込むように消えてしまったのだった。

 「ま、魔法か。だまされてたまるか。見えなくなったって、そこにいるに決まってるんだ!」

 すぐに魔法、という言葉が出て、行動に何のためらいもないということは、こういう魔法のあることは承知していた、ということだ。やはり、ローブの男は魔法使いに違いない。そう思いながらマーヤーは彼等の様子を窺っていた。

 先頭にいた男が剣を振りかぶって、最後にマーヤーの姿があったところへ切りつける。他の男達も後を追って、それに倣う。マーヤーのいたはずのところ、そしてその近くの空間に山賊達の武器が走る。しかし、誰の剣も、(むな)しく(くう)を切るばかりだった。

 「いない、いないぞ?」

 「馬鹿な…、逃げられたのか?」

 「そんな筈はない。足音もしなかったし、枝や葉が揺れた様子もなかったぞ」

 いくら姿を消したところで、茂みの中を進めば枝や葉に触れないわけにはいかず、触れれば音がするし、枝葉を揺らさないわけにはいかない。それがなかった以上、あの小娘はまだここにいるはずだ。そう思って辺りを探ってみるが、全く手応えはない。

 そして、マーヤーがもうここにはいないのだ、と悟った山賊達があきらめて引き上げたのは、小半時もしてからのことだった。


 しばらくして、元の場所にマーヤーは姿を現していた。後から現われ、最初のマーヤーのことを、それは幻、と言った方こそが幻で、聞こえてきた声も幻覚だった。実際のところはマーヤーは、最初の場所から一歩も動いておらず、ただ、魔法を操っていただけだったのだ。


 (目の前で、いきなり姿消したって、だまされてくれないからね、きっと)


 一行の中に魔法の使い手らしい者がいるのを見ての判断だった。魔法の心得があれば、姿を消す魔法があることくらいは知っていてもおかしくない。そんな相手の目の前で消えて見せたところで、見破られるのは間違いない。だから、ちょっとしたトリックを使ってみたのだ。そして、マーヤーの意図したとおり、山賊達は彼女の姿を求めて右往左往することになったのだった。


 (この辺は、物騒なところなのかな…)


 そうつぶやいて、また細い山道を歩き出す。

 昼に一息入れて食事を済ませ、そのまましばらく行くと、遠くに、村らしい家々の屋根が見えてきた。


 (こんな山の中の村、なんだ…)


 だが、近づくにつれ、村の様子が少しずつわかってくる。鬨の声や、悲鳴が風に乗って聞こえてくる。只事ではない。そう思って、用心しながらも、急いで村の方へと近づいていく。近づくにつれ、声の正体がはっきりしてくる。

 村を山賊が襲っている。マーヤーのいるところからもその様子ははっきりと見えた。

 150戸ほどの家の並ぶ集落に、10人ほどの男達が走り回り、何軒かの大きな家に押し入ろうとしている。木の窓覆(まどおお)いをこじ開けてそこから中に入ろうとする者、入り口の戸を蹴破ろうとする者。小ぶりの斧で、板壁を切り崩そうとする者。


 (さっき、出会った奴等の仲間だったりして?)


 まだ距離がある。当然、山賊たちは、マーヤーに気づいた様子はない。


 (これ、放っておいたら、だめだよね)


 魔法を使うまい、と平時には思いながらも、何かあればすぐに魔法で解決することが心に浮かぶ。何年にもわたって魔法に親しみ、また幾多の冒険をくぐってきたことで自然と身についた習慣――(さが)だ。そして、経験を積んだ狡猾な冒険者であれば、利益(メリット)危険(デメリット)を計算して収支がプラスになることを確認してから動くものだが、まだ若いマーヤーには、そういった打算は馴染んでいない。行くと決めたら後には引かない、素直な、あるいは単純な性格がそのまま行動につながってしまう。

 とはいえ、マーヤーには物を壊したり、人を傷つけるような(たぐい)の魔法の心得はない。いみじくも彼女の名、マーヤー――異国の言葉で幻のことだ──が象徴するように、マーヤーの操るのは、その多くが人の心を対象(ヴィクティム)にし、実在しないものを存在するように思わせる幻の術だ。


 (やるならやるで、派手に行こうっ、か!)


 心の中にイメージを描き、それをどんどん具体的にしていく。大きさ、色、形、細部の様子、堅さ、光沢、音、におい。そういったものが心の中にはっきりとした形を取ったとき、うん! と念を込める。

 次の瞬間、マーヤーの頭上に、イメージした通りの巨大なワイバーンが姿を現した。以前、冒険者仲間と一緒に山で行動していたときに遭遇したワイバーンだ。ドラゴンを彷彿とさせる厳つい頭。小さな塔ほどもある巨大な体、牛を軽々とつかみあげる強力な(あし)、全長の半分ほどもある長くしなやかな尾と、その先にある黒光りする毒針。そして何よりも目を引くのは、その巨体を軽々と空に舞いあげる2枚の翼だ。一声咆哮するとワイバーンは、山賊達が暴れ回る村の上空へと向かう。

 風を震わせ、大地に響く雄大な咆哮と、耳をつんざく巨大な羽音(はおと)。思わず空を見上げた山賊達は、そこに思いも寄らない恐るべき怪物を見た。

 「ワイバーンだ!」

 そう叫ぶ声がする。うまい具合に、彼等の中に、ワイバーンを知る者がいたのだ。そうであれば、ワイバーンの凶暴さ、獰猛さ、人間など相手にならないほどの戦闘力も知っているはず、とマーヤーは思った。はたして、山賊達は我勝ちに、クモの子を散らすように逃げ始めた。這う這うの体、というのがまさに似合いの状況だった。

 そんな様子を遠目に見ながら、マーヤーは村の方へと歩いて行った。

 しばらくして、喧騒が去る。静けさを取り戻した村の様子を察してか、家々から人々が様子を見に外へ出てくる。そして、道筋に立っているマーヤーを認めて、めずらしいものでも見るような人々の視線が行きかう。


 (失礼しちゃうな…)


 やがて、数人の若者がマーヤーの方へやってきた。胡乱げな目つきを隠そうともしない。マーヤーに話しかける者、マーヤーを無視して仲間同士で言葉を交わす者、様子は様々(さまざま)だ。

 「お前さんは誰だね。この村の者じゃないが、あいつらの仲間でもなさそうだ」

 「ワイバーンだ、と叫ぶ声が聞こえたが、ワイバーンって、(なん)なんだ?」

 2番目の質問に答えたのは、近づいてきた若者達の1人だった。

 「ワイバーンは、ドラゴンみたく巨大な、凶暴な怪物だ。で、ワイバーンはどこにいるんだ」

 「いや、それよりもあいつらはどこへ行っちまったんだ? お前、知ってるんじゃないのか」

 あるいは遠慮がちに、またあるいは咎めるような口ぶりで若者達が言う。彼等の中に、ワイバーンを知る者がいたのはちょっとした驚きだ。

 彼等の目は一様に見慣れないよそ者――マーヤーの方へ向けられている。

 「あいつら、って山賊たちのこと? だったら、逃げてったわ」

 「逃げたって?」

 驚いたように若者1人が言う。山賊が逃げたのがそれほど意外だったのだろうか? それとも、この若者はワイバーンの恐ろしさを知らないだけだろうか。

 「ワイバーンに驚いて」

 マーヤーがそう言うと、別の若者がびっくりして叫ぶ。

 「ワイバーン! ワイバーンがどこに?」

 その様子からして、彼はワイバーンのことを知っているようだ。その目に浮かぶのはワイバーンへの恐怖だ。

 「もういない。どこかへ飛んで行った」

 「飛んで…? 一体お前さんは何なんだ?」

 「旅行者…旅の者だけど」

 ようやく若者達の注意が自分に向いたのを感じて、マーヤーが答える。

 「それがどうしてこんなところにいる?」

 「通りかかっただけ」

 少し素っ気なく答える。街道近くにある村だ、旅人が通りかかるのは不思議ではない。だから、若者達もマーヤーの答を奇異には思わない。軽く頷くだけで、誰も疑問は挟まない。そんな彼等に、マーヤーは訊いてみた。

 「…ね、この村に泊まれるところはない? あんまり野宿の気分じゃないし」

 それを聞いた若者達の反応は、あまり(かんば)しくないものだった。

 「宿屋か? そんなものはここにはない。そんなに人の通る道筋じゃないからな」

 「ああ、滅多に余所(よそ)の者はここへは来ない。宿屋なんてやってても、客なんて、まずないからな」

 そんな言葉を聞いて、少し気落ちした様子のマーヤーを見て、若者の1人が声を掛けた。ちょっと小太りの、人のよさそうな男だ。

 「今夜泊まるところを探しているのか?」

 「ええ、そう」

 「俺のところへ泊めてやってもいい。だが、またあいつらが来るかもしれない」

 あいつら…山賊達のことだ、とマーヤーは思った。では、日に何度も山賊達はやって来るのだろうか? だが、それよりも、宿にありつけそうなことの方がマーヤーには大事だった。


 (あ、ラッキー。やっぱり言ってみるものね)


 「かまわない。あいつらが来たら、その時はその時。野宿よりは安全でしょ」

 「そうか、ならついてきな」

 そう言って、若者がマーヤーを手招きする。


 (危なそうな人じゃない…よね)


 マーヤーは、彼の人柄を(はか)りながら、その、ゆっくりとした歩みの後について行った。村の中心から、幾分外れたところにある、あまり大きくない家がその男の住まいだった。

 「おい、帰ったぞ」

 「ああ、お帰り…、って、その子は誰だい?」

 若者の母親らしい女が顔を出す。

 「旅人なんだそうだ。今夜泊めてほしいとさ」

 それを聞いた母親が、驚いたように言う。

 「旅人? …こんな女の子1人でかい」

 「そうらしい。あんな奴らが出るようなところで野宿させるわけにもいかないだろ」

 「たしかにそうだね。…ああ、お入り、そんなところに突っ立っていちゃしょうがない。…お前も気が利かないよ、さっさと入れておやりよ」

 後ろの方はマーヤーを連れてきた若者への小言だ。それを聞いて、マーヤーは深々と頭を下げた。

 「ありがとう…お世話になります」

 そんな様子を見て、母親が満足げな笑みを浮かべた。


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