襲撃、ヒャッハー強盗団(前編)
◇
ちゅん、ちゅちゅん……という小鳥の声で目が覚めた。
朝日が閉め切った雨戸の隙間から差し込んでいる。
「ん……」
そういえばここは宿屋。野宿とは違って、暖かいベッドは心地よくて、もう一眠りできそうだ。っていうかもうずっと寝ていたい。
抱き枕は暖かくて、ふわふわと心地良いし、いい香りがする。
あれ? 抱き枕なんてあったっけ?
「……良いのじゃー……」
僕の腕の中で『抱き枕』が寝返りを打った。長くて柔らかい赤毛から、ちいさな顔が出てきた。
「って、キュンかよ!?」
「うーん、うるさいのー。まだ早かろう……」
抱き枕になっていたのはキュンだった。羽なし妖精の小さな女の子。もぞもぞと寝ぼけまなこで僕のシャツに顔をこすりつける。そしてダンゴムシみたいに丸くなった。
「また入ってきてるし!? 自分のベッドがあるでしょ」
「んー? 良いではないか、まったく初いやつじゃのぅ……」
「初いっていうか、毎朝毎朝びっくりするんだけど」
「じゃが心地よかろうー? うりうり」
「やめろよくすぐったい」
「照れんでもよい……。それとも、愛らしいワシに劣情を抱いたかのぅ……?」
「何だよレツジョーって」
意味がわからない。
「朝は冷えるでのぅ。こうしていると楽に起きられるんじゃー」
すりすりと僕の身体に手足をこすりつけてくる。
手足が冷えると眠れない、朝も手足が冷たいと起きれない。
キュンは何かと言ってはベッドに潜り込んでくる。
でも、それって更年期とかお年寄りのセリフのような……。
「冷え性ってさ、おばあちゃんみた――痛ってぇ!?」
「さーて、そろそろ起きるとするかのー」
キュンは僕をつねると、おもむろに立ち上がって隣のベッドへとジャンプ。その先の窓を両手で押し開けた。
途端に明るい朝の光が部屋の中を照らす。
塵がキラキラと輝いている。くしゃくしゃの長い赤色の髪をキュンは整えはじめた。
「まぶしい……」
「いつまで寝てるのじゃ、まったく若いのにだらしないのう。ほれ起きて出発の準備じゃ」
「もう、勝手なんだから」
仕方なく僕もベッドから起き上がった。
◇
身支度を整えて、出発の準備を整えた。
宿の向かいの屋台で携帯用の固いパン、それとチーズやジャーキーみたいな干し肉、アーモンドみたいな木の実を二人分、数日分として購入する。
「二人分で銀貨2枚……」
「そろそろ路銀も尽きてきたのう」
「どうしよう」
「ま、なんとかなるじゃろ。次の町で考えるとしようぞ」
「そんなお気楽な……」
元々、このお金は最初に立ち寄った村で、荷物を売り払ったお金だ。キュンの所持金は銀貨6枚だけだったし、もう使い道の無い品物を村の雑貨屋で売って得たのが、この世界ではじめての収入だった。
売ると言っても、流石にスマートフォンを売る気にはなれなかった。想い出の品だし、かつて暮らしていた世界の証拠品なんだもの。
何の役にもたたなくなったスマホの電源を切ってリュックの底へ。
他に売れそうな品物は、小型の懐中電灯、あるいは着替えなんかもいいかもしれない。けれど実用品を売ると後で困るかもしれないから、簡単には手放せない。
色々考えたあげく、リュックの中にゴミ袋がわりの、半透明なビニール袋がいくつかあった。ためしにこれを見せてみたら、店主は大興奮。
「絹じゃない!? 薄くて、軽い。こんなの見たことがない! ど、どこで手にいれたんだ? 魔法の国、ファーデンブリアか?」
「聞いて驚くでないぞ、これはモエティール山脈の奥深くに生息する、火竜! その卵の殻の内側にある膜じゃ。貴重な品じゃからのぅ。頭に被って竜の加護を得るもよし」
とかなんとか。キュンが実に適当なことを言って納得させてくれた。
ついでに空になったペットボトルの容器も見せてみたところ、全部で金貨7枚、いや10枚で買い取ると言う。
どれくらいの価値かキュンに聞いたら、「二人でたらふく食べてよい宿に泊まってちょうど金貨1枚じゃ」と教えてくれた。
金貨一枚は日本円なら1万円、いや2万円ぐらいかな?
だったらゴミ袋3枚と空のペットボトル1本で、金貨10枚は破格の高値かもしれない。
これで取引成立。
なんとかこの世界で暮らしていく日銭を得ることができた。
でも僕の荷物を切り売りして、全部売り払ったらいよいよ一文無し。それに強盗だか盗賊だかに襲われた、なんて話も宿屋の食堂で耳にしたし気をつけないと。
節約のため、飲み物は空いたペットボトルの容器に、広場で水を汲む。元々ペットボトルは三つあったのでこれは残りの二つ。キュンと僕とで使うことにする。
この世界にも水筒はあるけれど、大きくて重い。
ペットボトルは軽くて丈夫。しかも透明。本当はものすごいハイテクでチートな素材なんだなぁと、今更ながらに気がついた。もう、遅いけどね。
「さて、東に進むなら商人の馬車にのせてもらうのが一番じゃが……って、おいミヨ?」
街の出入り口付近には、必ず駐馬場というか、馬車を止めて荷物を商人同士がやりとりする場所がある。小さな村でも、大きな町でも、かならずだ。
狙うならそこが一番いい。
「荷運びを手伝います。その代わりとなり町まで乗せてもらえますか?」
大きくて重そうな荷物を別の荷馬車から、自分の馬車へと運んでいる、人の良さそうなおじさんを狙う。
笑顔で愛想よく、低姿勢でいくのがコツ。
「おぉ、いいとも! 助かるよ」
「こちらこそ。連れの妹と二人なんですが、構いませんか?」
「もちろんだとも。荷の積み降ろしが一番堪えるからねぇ」
おじさんは木箱をもって運んでいる。ずいぶん重そうだ。
「手伝います」
「これは陶器入りの木箱だからね、お姉ちゃんにはちと重いかもしれんが……」
「僕、男なんで」
「あれま、そうかい。じゃぁ頼むよ、気をつけてな」
「はいっ」
これで取引成立。
旅をはじめてからいままで、4ヵ所ほど町や村を渡ってきたけれど、だんだんコツが掴めてきた。
荷物を運ぶのは重労働。でもお金をくださいと言って近づく「プロの荷運び屋」は敬遠されるみたい。けれど運ぶのを手伝うから乗せてほしいと言うと、大抵は成功する。
どうも荷物運びの労働力だけじゃなく、旅の退屈を紛らわせる意味もあるみたい。
「ずいぶん、手慣れてきたのぅ」
「感心してないで手伝ったら……」
「いたいけな幼女に荷運びをさせる気かの?」
「もう。いいよキュンは。リュックを見張ってて」
「これも立派な仕事じゃー」
荷物は30箱ほどあった。ずしりと重くて大変だったけど、無事に運び終えた。
陶器を買い付けに来たというおじさんは商人だった。ほら、お食べと言って果物をふたつくれた。
見たことの無いオレンジ色の果物は、かじるとシャリっとしていて、薄味のバナナみたいな不思議な味だった。
僕とキュンを乗せて馬車は走り出した。
以前乗せてもらった蜥蜴ではなく、普通の馬の馬車。御者席にはおじさんが一人。すぐ後ろの荷台に僕とキュンが座る。
荷台は幌のおかげで日差しもきつくない。荷物が崩れないように、時々押さえるのも大事な仕事だ。
街を出て振り返ると、砂漠の中のオアシス都市がどんどん遠ざかって行く。
馬車は荒涼とした場所を進んでいく。
しばらく進むと建物の2階ほどの高さのある岩山が林立する場所にさしかかった。
おじさんは僕たちに身の上話をずっとしていた。奥さんが厳しいこと、子供が言うことを聞かないなどなどだ。
僕は相づちをうちながら、話を聞いていた。
「君、ミヨくんだっけか。まさか……旅人かい?」
「え? あ、はい。旅人といえば……旅人かな」
どうして「まさか」なんだろう?
「ミヨよ、この世界では『旅人』というのはのぅ……」
キュンはそこまで言いかけて、ぎゅっと僕の袖をつかんだ。
「う、うわっ!?」
突然、おじさんが叫んで手綱を引いた。馬が嘶いて、馬脚を乱す。
「キュン危ない!」
「きゃぅ」
突然、馬車が急減速。
キュンを抱き寄せながら縁に掴まる。荷物が激しく揺れたので、咄嗟に足で押さえつける。
「ふぅ……あぶなかっ……」
「す、すまぬのうミヨ」
「怪我はない?」
「大丈夫じゃ」
よかった、とほっとしたのもつかの間。
「なんてことだ。旅人と一緒で運が良いと思っていたのに……。すまないね君たち、面倒ごとに巻き込んでしまったみたいだ」
おじさんが御者席で呻いた。
「え……?」
目の前に五頭の馬がいた。
馬上では「いかにも」ガラの悪そうな面構えの男たちが手綱を握っている。
上半身に袖無しの革ジャンパー。モヒカン頭やスキンヘッドで頭に入れ墨をしているものもいた。
コンビニの前にウンコ座りしているヤンキーとは違う、本物のドキュンだ。本能が危険だと警告を発している。
ていうか異世界でも怖い人は革ジャンにモヒカンなんだね。
でも実際に目の前にいると怖い。心臓がバクバクいいはじめている。
「よーし、無駄な抵抗はするなぁ!」
手に持ったトゲのついた棍棒や、湾曲した剣を振りかざした。
「俺たちは、荒野の支配者!」
「ヒャッハー義勇団!」
「「ヒャッハー!」」
「ぎ、義勇団て?」
「盗賊じゃい」
「えぇ……!?」
これって大ピンチなんじゃ?
<つづく>