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星降る夜、旅の始まり(ミヨの回想・後編)



「地上に出られたのじゃー!」

「はぁ……。一時はどうなるかと」


 僕と『羽なし妖精族』のキュンは、恐怖の『翅アリ妖精族』の巣から地上へと戻ってきた。

 二人で思わず地面にへたりこむ。背中のリュックが重い。


「危うくキノコの苗床にされるところじゃったの」

「ほんと、勘弁してよもう」

 考えてみれば異世界に来た途端、いきなりのピンチだったわけだ。おまけに特殊能力(チート)祝福(ギフト)も何も無し。これ、一体どういうことなのさ。


 荒涼とした景色、あたりはいまだ薄闇につつまている。けれど見上げると空に満ちていた星々の輝きは消え、代わりに東の空がうっすらと青白く光を帯び始めていた。

 夜明けが近いのだろう。風は無く、冷たい空気が火照った身体に心地よかった。朝霧のせいか、湿った土の匂いがする。


「――世界を滅亡の危機から救うのは僕たちだ!」

 なんて。

 あのときは小さな女の子に言われるがまま、ありえない嘘を咄嗟についた。でも、ひと芝居打ったことで、ぼくたちはなんとか地上に出してもらえたんだ。

 地面の下で暮らす『翅アリ妖精族』たちは純粋なのか、あっさりと信じ僕たちを解放してくれたわけで。とにかく助かった。


「妖精たち、簡単に信じてくれたね」

 僕の声に、小さな女の子――キュンは、淡いピンクの髪を指で整えながら立ち上がった。

「あやつらは頭は良いが迷信深いんじゃ。伝承や伝説を信じているので、それっぽい話をでっち上げれば、まぁ騙せるわけじゃ」

「へぇ……! そうなんだ。君って、いろいろなことに詳しいんだね」

「まぁの。こう見えてもワシは『羽なし妖精族』の賢者……ゲフンゲフン。まぁそれはよい、ところでおぬしの名は?」


「僕は、ミヨ」

「年はいくつじゃ?」

「15になったばかり」

「おぉ、(うい)のぅ」

「ういって……」

 時代劇で悪代官が町娘に言うあれ?


「そう言えば自己紹介がまだじゃったの。ワシはキュリオシトリア・ポリメラーゼ・シャーペロン。まぁ長いので『キュン』でよいぞ」

「えーと……キュン、ありがとう」

「礼などいらぬ。お互い様じゃ」

 言葉どおり、キュンは屈託の無い笑みを僕に向けた。どうみても幼女。でも言動は大人びていて、なんだか変な感じ。


「しかし、じゃ。なんともまぁ。まさか地下で『地球人類種』に出会うとはのう。これは事によると本当に……」


 小さな背丈のキュンは、難しい顔をして考え込んでいる。背格好はどうみても小学校低学年みたいなのに、明らかに深い知性と教養を感じさせる物言いばかりする。


 本当はこの子、いくつなんだろう?

 でも年齢をいきなり聞くのも失礼だよね……。


 とはいえ今のところ事情を知っていそうな、しかも話せる相手はこの子だけだ。

 僕がどうしてここにいるのか、これからどうすればいいか。いろいろなことを相談できるとしたら……。


「ミヨとやら、これからどうするつもりじゃ?」

「え……? うん、それなんだけど。実はどうすればいいかわからなくて」

「じゃろうの。帰る場所も無かろうし」

 僕の帰る場所がない事を、キュンは事も無げに見抜いている。


「な、なにか知ってるの?」

「知っているかもしれんし、何も知らないのかもしれん。違うのかもしれんし合っているやもしれぬ。例えばあの『翅あり妖精族』の女王が言っていた伝承も、当たらずとも遠からず。意外と核心を突いているのかもしれぬ」


「ぜんぜんわかんないよ……」

「ワシは、この地に流れ星が落ちた瞬間を目撃しての。それであの山の尾根の向こうからを調べに来たのじゃ」

「流れ星……」

「それがミヨ、お主なのかはわからぬ。偶然か必然か運命か。これから見定める必要がありそうじゃが」


 キュンは僕をじーっと眺めている。


「僕の身に起こったこと、これからどうしたらいいか……。なにもわからないんだ」


「誰かが導くものではない。どうするかはおぬしが決めることじゃ」

「そんなこと言われても……。あ、とりあえず飴たべる?」

「おぉ、気が利く良い子じゃの」

「子供っぽくない……」

 でも飴玉を美味しそうに頬張る顔は、小さな女の子そのものだ。


「ここにいては危険じゃ。夜になれば別の『翅あり妖精族』に捕まるやもしれぬからの」

「とりあえず、進んでみる」

「どこへじゃ?」


「えーと」


 僕は途方にくれた。


「とりあえず、流れ星は全て東へ流れていった。日出(ひいず)る、地の果てる方角じゃ」


 キュンは独り言のように、明るくなり始めた東の空を見上げながらいった。


「えーと」

「決めるのはおぬしじゃ、ミヨ」


 そうか。決めるの僕なんだ。

 もう何も無い。

 家も、学校も、国も世界も。もう縛るものなんて何も無い。

 何処にいくにも自由。

 目的は、自分で見つけるしかないかもしれないけれど。


「東へ……。東へいってみようと思う」

「そうか、奇遇じゃのー。ちょうどワシもそっちに向かうつもりじゃ」

「キュン、あのさ」

 僕は意を決し、地面に正座をするようにしゃがみこんだ。

「なんじゃの?」


「僕と一緒に旅をしてくれない? お願い」

 キュンは腕組みをして考え込んでいたけれど、あるいはそれは「ふり」だったかもしれないけれど。やがてニッと微笑んだ。


「お主がそこまで言うなら仕方ない。共に旅をするのも悪くないの」

「ありがとうキュン!」

「子犬みたいな目をするでない。いくぞな東へ」

「うん!」


 山の稜線が黄金色に輝き、群青色だった空をオレンジ色に染めてゆく。

 ずしりとリュックが重い。けれどさっきよりは元気が出た。靴紐を締めて、立ち上がる。


 僕とキュンは歩きだした。


「時にミヨ」

「ん?」

 百歩も進まないうちにキュンが僕の腕をつかんだ。小さくて温かい手。


「ワシのような幼子を歩かせるのはどうかと思うがのぅ」

「……え? えーと」

「鈍いやつじゃのう。ほれ、しゃがまんか」

「わわっ」

 キュンは僕の腕をぐいぐい引いて、しゃがませた。

 すると背中に回り込んで、リュックをよじ登り、肩に座る。そして僕の両肩から脚をだらりと垂らした。

「ちょ、ちょっとまって!? えぇ……!?」

「これでよしじゃ」

「よくないよ!? 重いじゃん! 僕だけ疲れるし」

 ぱし! と頭を叩かれた。


「たわけ! 妖精の幼女が重いわけなかろう!」

「うぅ」

「それにこの柔らかい脚の温もりを、両ほほで感じられるのじゃ! ありがたく思うのじゃ。さぁ立て!」


「あー、もう……!」

 確かに言われてみればキュンは見た目ほど重くない。それに首回りや肩が暖かくて気持ちいいといえば……。

 行き先である東から昇った朝日が眩しくて、僕は思わず目を細めた。


「見張らしも良いのぅ! さぁ、きりきりあるくのじゃミヨ」

「わ、わかったよ!」


 僕はキュンを肩車したまま歩きだした。


 こうして――。

 二人の旅が始まった。



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