星降る夜、旅の始まり(ミヨの回想・後編)
◇
「地上に出られたのじゃー!」
「はぁ……。一時はどうなるかと」
僕と『羽なし妖精族』のキュンは、恐怖の『翅アリ妖精族』の巣から地上へと戻ってきた。
二人で思わず地面にへたりこむ。背中のリュックが重い。
「危うくキノコの苗床にされるところじゃったの」
「ほんと、勘弁してよもう」
考えてみれば異世界に来た途端、いきなりのピンチだったわけだ。おまけに特殊能力も祝福も何も無し。これ、一体どういうことなのさ。
荒涼とした景色、あたりはいまだ薄闇につつまている。けれど見上げると空に満ちていた星々の輝きは消え、代わりに東の空がうっすらと青白く光を帯び始めていた。
夜明けが近いのだろう。風は無く、冷たい空気が火照った身体に心地よかった。朝霧のせいか、湿った土の匂いがする。
「――世界を滅亡の危機から救うのは僕たちだ!」
なんて。
あのときは小さな女の子に言われるがまま、ありえない嘘を咄嗟についた。でも、ひと芝居打ったことで、ぼくたちはなんとか地上に出してもらえたんだ。
地面の下で暮らす『翅アリ妖精族』たちは純粋なのか、あっさりと信じ僕たちを解放してくれたわけで。とにかく助かった。
「妖精たち、簡単に信じてくれたね」
僕の声に、小さな女の子――キュンは、淡いピンクの髪を指で整えながら立ち上がった。
「あやつらは頭は良いが迷信深いんじゃ。伝承や伝説を信じているので、それっぽい話をでっち上げれば、まぁ騙せるわけじゃ」
「へぇ……! そうなんだ。君って、いろいろなことに詳しいんだね」
「まぁの。こう見えてもワシは『羽なし妖精族』の賢者……ゲフンゲフン。まぁそれはよい、ところでおぬしの名は?」
「僕は、ミヨ」
「年はいくつじゃ?」
「15になったばかり」
「おぉ、初のぅ」
「ういって……」
時代劇で悪代官が町娘に言うあれ?
「そう言えば自己紹介がまだじゃったの。ワシはキュリオシトリア・ポリメラーゼ・シャーペロン。まぁ長いので『キュン』でよいぞ」
「えーと……キュン、ありがとう」
「礼などいらぬ。お互い様じゃ」
言葉どおり、キュンは屈託の無い笑みを僕に向けた。どうみても幼女。でも言動は大人びていて、なんだか変な感じ。
「しかし、じゃ。なんともまぁ。まさか地下で『地球人類種』に出会うとはのう。これは事によると本当に……」
小さな背丈のキュンは、難しい顔をして考え込んでいる。背格好はどうみても小学校低学年みたいなのに、明らかに深い知性と教養を感じさせる物言いばかりする。
本当はこの子、いくつなんだろう?
でも年齢をいきなり聞くのも失礼だよね……。
とはいえ今のところ事情を知っていそうな、しかも話せる相手はこの子だけだ。
僕がどうしてここにいるのか、これからどうすればいいか。いろいろなことを相談できるとしたら……。
「ミヨとやら、これからどうするつもりじゃ?」
「え……? うん、それなんだけど。実はどうすればいいかわからなくて」
「じゃろうの。帰る場所も無かろうし」
僕の帰る場所がない事を、キュンは事も無げに見抜いている。
「な、なにか知ってるの?」
「知っているかもしれんし、何も知らないのかもしれん。違うのかもしれんし合っているやもしれぬ。例えばあの『翅あり妖精族』の女王が言っていた伝承も、当たらずとも遠からず。意外と核心を突いているのかもしれぬ」
「ぜんぜんわかんないよ……」
「ワシは、この地に流れ星が落ちた瞬間を目撃しての。それであの山の尾根の向こうからを調べに来たのじゃ」
「流れ星……」
「それがミヨ、お主なのかはわからぬ。偶然か必然か運命か。これから見定める必要がありそうじゃが」
キュンは僕をじーっと眺めている。
「僕の身に起こったこと、これからどうしたらいいか……。なにもわからないんだ」
「誰かが導くものではない。どうするかはおぬしが決めることじゃ」
「そんなこと言われても……。あ、とりあえず飴たべる?」
「おぉ、気が利く良い子じゃの」
「子供っぽくない……」
でも飴玉を美味しそうに頬張る顔は、小さな女の子そのものだ。
「ここにいては危険じゃ。夜になれば別の『翅あり妖精族』に捕まるやもしれぬからの」
「とりあえず、進んでみる」
「どこへじゃ?」
「えーと」
僕は途方にくれた。
「とりあえず、流れ星は全て東へ流れていった。日出る、地の果てる方角じゃ」
キュンは独り言のように、明るくなり始めた東の空を見上げながらいった。
「えーと」
「決めるのはおぬしじゃ、ミヨ」
そうか。決めるの僕なんだ。
もう何も無い。
家も、学校も、国も世界も。もう縛るものなんて何も無い。
何処にいくにも自由。
目的は、自分で見つけるしかないかもしれないけれど。
「東へ……。東へいってみようと思う」
「そうか、奇遇じゃのー。ちょうどワシもそっちに向かうつもりじゃ」
「キュン、あのさ」
僕は意を決し、地面に正座をするようにしゃがみこんだ。
「なんじゃの?」
「僕と一緒に旅をしてくれない? お願い」
キュンは腕組みをして考え込んでいたけれど、あるいはそれは「ふり」だったかもしれないけれど。やがてニッと微笑んだ。
「お主がそこまで言うなら仕方ない。共に旅をするのも悪くないの」
「ありがとうキュン!」
「子犬みたいな目をするでない。いくぞな東へ」
「うん!」
山の稜線が黄金色に輝き、群青色だった空をオレンジ色に染めてゆく。
ずしりとリュックが重い。けれどさっきよりは元気が出た。靴紐を締めて、立ち上がる。
僕とキュンは歩きだした。
「時にミヨ」
「ん?」
百歩も進まないうちにキュンが僕の腕をつかんだ。小さくて温かい手。
「ワシのような幼子を歩かせるのはどうかと思うがのぅ」
「……え? えーと」
「鈍いやつじゃのう。ほれ、しゃがまんか」
「わわっ」
キュンは僕の腕をぐいぐい引いて、しゃがませた。
すると背中に回り込んで、リュックをよじ登り、肩に座る。そして僕の両肩から脚をだらりと垂らした。
「ちょ、ちょっとまって!? えぇ……!?」
「これでよしじゃ」
「よくないよ!? 重いじゃん! 僕だけ疲れるし」
ぱし! と頭を叩かれた。
「たわけ! 妖精の幼女が重いわけなかろう!」
「うぅ」
「それにこの柔らかい脚の温もりを、両ほほで感じられるのじゃ! ありがたく思うのじゃ。さぁ立て!」
「あー、もう……!」
確かに言われてみればキュンは見た目ほど重くない。それに首回りや肩が暖かくて気持ちいいといえば……。
行き先である東から昇った朝日が眩しくて、僕は思わず目を細めた。
「見張らしも良いのぅ! さぁ、きりきりあるくのじゃミヨ」
「わ、わかったよ!」
僕はキュンを肩車したまま歩きだした。
こうして――。
二人の旅が始まった。