星降る夜、旅の始まり(ミヨの回想・中編)
僕は妖精たちの放った光の輪に捕えられた。
見えないロープで縛られたみたいに身体が動かない。
「わ、わっ!? 何するのさ!」
『だまれ、謎の異種族め……!』
空中に小さな光が次々に出現すると、背中に翅を持つ妖精へと姿を変えた。光の輪は妖精たちの魔法か何かに違いない。
『巣に連れ帰って』
『苗床に』
口々に物騒な事を言っているけれど、これってかなりピンチなんじゃ?
急に視界が歪んだと思った次の瞬間、別の場所に居た。
「あ……あれ?」
そこは広くて丸い空間だった。壁は土と岩で出来ていて、直径10メートルほどのドーム型。所々に黒い通路みたいな穴が見える。
そして壁一面にはキノコが無数に生えていた。それらは手のひらサイズの大きさで、白くてぼんやりと青白く光っている。
照明器具は見当たらないのに、光るキノコのおかげで空間自体が淡い光で照らされているみたいだった。
よく見るとキノコの傘の上に、大勢の妖精たちが座っていた。一つの傘に一匹(?)あるいは数匹ほど。全員が女の子の格好をしている。
彼女たちは傘の縁に腰掛けたり、うつ伏せに寝そべったりしながら、僕を興味深げに観察している。
「妖精が沢山いる……!」
どうやら妖精たちの暮らす、地下空間に連れ込まれたみたいだ。
『人類種のようね……?』
『髪が黒い亜種だわ、伝承で聞いたことがあるわ』
『やはり星から降ってきたのかしら……?』
『向こう側の世界が崩壊したって……』
僕を観察しながら、こそこそと何やら議論している。
気がつくと光の輪は消えていた。身体は自由に動くけれど、周囲には兵士みたいな格好をした妖精が何匹も浮かんでいて、睨みを利かせている。
やがて急に静かになった。妖精たちの視線が、一番高い場所に生えている大きなキノコの上に向けらる。
そこに姿を現したのは、6枚の翅を持つ女王みたいな妖精だった。色は真っ白で他の妖精たちとは明らかに違う風格がある。左右に赤い妖精を従えている。
『この者が……?』
『表層界の荒野にて捕まえました。見たことのない人類種です!』
僕と最初に出会った金髪の妖精が、女王に恭しく説明する。
全くなんてやつだ。いきなりこんな目に遭わせるなんて。
『……見たこと無い人類種……。空の異変に関係しているのかもしれません。伝説にある「星降る七日間」ではないかと長老会で議論になっています』
おぉ……!? と部屋全体がざわめいた。明らかに動揺している様子が窺える。
『「星降る七日間」ですって!?』
『太古より5回あった、あの「星降る七日間」……!?』
『鏡面世界が滅んだんだわ……』
どうやら空に流れる無数の流れ星は、地球の異変と関係しているみたいだった。
鏡面世界だの「5回あった」だのというのは何のことかわからないけれど。世界が滅んだという話が聞こえてきた。
あぁ、やっぱりかと納得する。
『先日も珍しい「羽なし妖精」を捕まえたばかりです』
『そして今夜は「黒い髪の人類種」とは……』
『不吉です、ただ事では』
「あの……!」
僕はたまらず声を出した。なんとなーく事情は飲み込めてきた。
『攻撃の意思を見せたら束縛する』
「しません、そんなこと。僕は……地球からきたんです。その、よくわからないけど、無くなっちゃって。気がついたらここ……じゃなくて荒野にいて。これからどうすればいいか」
僕自身よくわからないので説明のしようがないけれど、世界が無くなった。
分かる範囲で説明すると、妖精たちは、まぁ……! とか、おぉ? とかそれなりに話を聞いてくれた。
もしかして話せばわかる感じかもしれない。
こんな異世界に飛ばされて、何をどうすれば良いのか相談したかった。
『……そういう事情でしたか、「地球人類種」の少年よ。私たちは、地下で暮らす「翅アリ妖精族」です』
「翅アリ妖精族……!」
地下で暮らす妖精なんてか珍しいなぁ。でもそれって普通、ファンタジーなら「ドワーフ」とか「ノーム」なんていう種族じゃないかなぁ?
……なんて事を思ったけれど、ややこしくなるので口には出さなかった。
あれ? 記憶が変な部分は残っている。これはゲームか何かの知識みたいだけれど。
『私たちは数百世代にわたり、このクーン・ヤン平原の地下を支配し、暮らしてきました。この荒野にはあちこちに無数の「翅アリ妖精族」のコロニーが存在します』
「へぇ……! そうなんですか」
なるほど、僕はアリみたいな妖精に拾われたわけか。
でも機嫌を損ねるとエサになっちゃうのかな? 一抹の不安を抱えたまま適当に相槌をうって話に耳を傾ける。
『拾った獲物は壁に練り込んで、キノコの苗どこにするのですが……』
「まじですか!?」
エサになるより怖いじゃないか。
壁から生えているキノコは全部そういった獲物から生えてるヤツ? もう恐ろしくてキノコを見られない。
『「地球人類種」の少年』
「あの、名前はミヨです」
『「地球人類種」の少年ミヨよ。あなたは六回目の「星降る七日間」の衝撃により、こちら側にはじき出された世界の記憶……。可哀想な欠片なのかもしれませんね』
妖精の女王は哀れみを込めた声で言った。
「かけら……」
はは、と思わず力のない笑みがこみ上げる。だって欠片だなんて。
帰る家も世界も無くなって、僕はその破片みたいなものだなんて。ひどすぎない?
『少年ミヨよ……。荒野をさまよい歩いてもやがて力尽き息絶えるだけでしょう。ここで暮らしてはどうですか?』
女王が優しい笑みを浮かべる。一瞬、地下の暮らしか……。引きこもりみたいで楽かもね、なんて考えが脳裏をよぎる。
『良い考えね。壁に練り込んで苗床に』
『良い茸が育ちそう……』
『人類種から生えた茸を乾燥させ煎じると……』
妖精たちがコソコソ喋っているのが耳に入って、僕は震え上がった。
「いっ……いやいや!? お誘いは嬉しいんですけど僕には……その」
『その?』
妖精たちが僕に注目する。
返答次第では『じゃぁキノコの苗床に』と言われかねない。
どうしよう。
目的はないけれど、とりあえず「用事があるので!」とでも言おうか。
と、その時だった。
「そやつじゃ! そやつこそが世界の鍵! ついに鍵を見つけたのじゃ!」
穴の向こうから女の子の声が響いた。
「え……?」
通路らしい穴の闇の向こうから声と光がだんだん近づいてくる。
やがて姿を現したのは、小さな背丈をした六歳ぐらいの女の子だった。
淡いピンク色の長い髪に緋色の瞳。すこしだけ尖った耳。ここに来て初めて出会った人間だった。でも知っている人種じゃない事はひと目でわかった。
左右には例の兵士みたいな妖精が浮かんでいる。きっと僕と同じく捕まってしまったのだろう。
『「羽なし妖精族」の苗床候補生よ、それは本当ですか?』
「本当じゃとも! その者とワシを地上に出すのじゃ。さすれば、この世界の連鎖崩壊を止られようぞ……!」
幼女とは思えない堂々とした様子で妖精たちに訴えると、妖精たちに大きな動揺が広がった。
「お主を探していたのじゃ……!」
女の子は僕のほうに駆け寄ってきた。よほど怖かったのだろう。
目には涙を浮かべている。勢いよく体当たりするみたいに飛び込んできたので、思わず僕は腰をかがめて抱きとめた。
「君、大丈夫……!?」
「――貴様! いいから話を合わせるんじゃ!」
「え……?」
「キノコの苗床になりたくなかったらの!」
「それはなりなくないけど……」
「ならば言われたとおり、自分は『世界の鍵』ですーと言うのじゃ! ほれ!」
怖い目つきで睨みつけながら僕の腹にパンチを入れてきた。なにこの幼女、痛いんですけど!?
「いっ……!? えっ、えぇ……?」
「はやくせんか!」
あぁもうどうにでもなれ!
「あーっ!? 思い出した!」
僕は意を決し、大声で叫んだ。
『お、大人しくしろおまえらー!』
『こ、拘束するぞ!』
『……おまちなさい。「地球人類種」の少年ミヨ、何を思い出したのですか?』
兵士たちを妖精の女王が制止する。
「僕は……えと、世界の鍵でしたー!」
「そうなのじゃー!」
二人で笑顔でダブルピース。もうやけくそだ。
◇
これが――
僕と「羽なし妖精」キュンの出会いだった。
<つづく>