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キュンの願い


 ◆


 キュンはあれからずっと祈り続けていた。

 まるで瞑想するように、両手を胸の前で合わせ目を閉じている。


 やがて頬を涙が伝い落ちた。

「……キュン」

 横で見守っていた僕は、背中を支えようとしたけれど、手を引っ込めた。大切な祈りが中断されてしまう気がして、ただ見守ることにした。


 少しばかり前、六角形の暗い入り口を潜った僕とキュンは、一瞬で『最果ての塔』の最上部に立っていた。

 何百メートルあるかもわからない塔を、ひたすら階段で上ることを覚悟していた僕は拍子抜け。思わず安堵の深い息をはいた。


 塔の屋上は円形で、直径50メートルほどはあるだろうか。

 遮るものはなにもない、360度の大パノラマ。残念ながら日は暮れて、うっすらとしか見えないのだけれど。

 空には満天の星が瞬いている。天の川がとてつもなく濃くて幅広い。まるで銀河の中心にいるみたいだ。

 僕たちが立っている場所は、まさに祭壇のような所だった。

 東側の海の方が一段高くなっていて、献花台のようになっている。

 床のタイルは風雨に晒されて朽ち果て、隙間から緑の草が生えている。いつの時代のものかさえわからない。古くて高い塔。それが『最果ての塔』だった。


 祭壇の前で静かに祈り続けているキュンは、不思議な光に包まれているようにも見える。


 ここにきてから、時間はそんなに経っていない。

 遠くから波の音と、どこか悲しげな風の音が聞こえてくる。


 不思議なこともあった。ここにたどり着いてから、僕の迷いや不安は綺麗さっぱり消えていたのだ。

 キュンとは違って、僕の中に「祈り」は無かった。


 祈りを捧げたい相手や、大事な願いも思い付かない。

 ここまで旅をして来て目的地に到着したことで、何か……迷いのようなものが吹っ切れたのかもしれない。

 胸の中のモヤモヤが消えた気がした。


 今は広大な夜空を見上げる。今は静かに、大切な旅の相棒の祈りが終わるのを待つことにする。


 キュンの祈りが終わったら、塔を降りてジュードさんのもとに戻ろう。階段を登らなくて済んだのは幸いだったけれど、下りは流石に階段で降りていかなければならないみたいだ。


「……ミヨよ」


 不意にキュンの声がした。

 小さな手が僕の腕を、しっかりと頼るように掴む。


「祈りは届いた?」

「そうじゃの……。確かに逢えたのじゃ、懐かしい皆にのぅ」


 キュンは穏やかな満ち足りた顔をしていた。頬を伝っていた涙を人差し指の背で擦ってやると、自分が泣いていたことにようやく気がついたようだ。

「よかったね」


「不思議な感覚じゃ。時間はどれくらい経ったかの?」

 ハンカチで顔を拭きながら、塔の最上部である円形の広場を見回す。

「たぶん、5分かそこらだと思う」


「そんなものかの? ワシには、とても永い時間に感じられたぞい。もう潰えてしまったはずの故郷で、懐かしいみんなと逢って……。そして沢山の話が出来たのじゃ。最後はちゃんと、お別れまでしたからのぅ」


「すごいね……。ここは本当の祈りの塔なんだ」


 『最果ての塔』は祈りの塔。

 悲しみや苦しみを集めて星界に還す。

 その意味がわかった気がした。ここに来れば辛いこと、迷い、苦しみや悲しみから、心が解き放たれる。


「それに、ワシのもうひとつの願いも叶ったのじゃ」

 少し嬉しそうに微笑むキュン。赤い髪が夜風に揺れる。


「懐かしい皆に逢いたい、っていう願いの他に?」

 なんだろう?

「そうなのじゃ」

「教えてよ」

「秘密じゃー」

「もう」

 キュンは教えてくれなかった。


 小さな身体で背伸びをし、大きく息を吸い込む。そしてまるでウサギでも捕まえるみたいな動きで、僕の手を掴んだ。


「もう逃さぬからの。さぁ街に戻ろうかの」

「そうだね、お腹がすいちゃった」

 ちゃんとしたものが食べたい。無性にエディンの街で味わった、あのお肉が食べたい。


「土産物屋も食堂もないとは、とんだ聖地じゃな」

「あはは、旅の終着点なんてこんなものだよ」


 僕はキュンに手を引かれるようにして歩きだした。目指すは下りの階段だ。入り口がぽっかりと口を開けている。


 海の香りのする夜風が心地いい。

 エディンの街に戻ったら、明日から仕事を見つけなきゃ。荷物運びのバイトならいくらでもありそうだ。けれど、やっぱり宮廷画家の弟子は魅力的だよなぁ……。


 そんな事を考えていると、塔をおりる階段のところまでやって来た。暗い螺旋階段がずっと下まで続いている。

 ぼんやりと不思議な照明が所々で光っていた。けれど念のため背中のリュックからLEDライトを取り出す。


「ここからは決して後ろを振り返るでないぞ」

 キュンが真面目な顔で言う。

「えっ、なにそれ怖いんだけど」

 昔の何かの神話でそんなのがあったような。

 あの世から死んだ恋人を連れかえるとき、振り返ると冥界に引き戻される……だっけ?


「気にするでない。なんとなくじゃ」

「めっちゃ気になるじゃん」

 すると、キュン指が僕の指にしっかりと絡んだ。

 離すまい、絶対に。そう言っている気がした。思わず僕もきゅっと握り返す。


「これからもずっと一緒じゃ」

「うん!」

 僕たちは手を繋いだまま一緒に階段を下りはじめた。


 ――さよなら。元気でね……!


 かすかに、風にのって声が聞こえた気がした。

 聞き覚えのある声だったかもしれない。


 けれど僕はもう振り返らなかった。


 ◆


 僕は真っ白な空間にいた。


 黒い六角形の入り口から『最果ての塔』に飛び込んで、分裂(・・)して――。

 それから、気がつくと白い空間に投げ出された。


 ふわふわして天国にいるみたいな感覚。

 もしかして今までの事は全部夢で、目が覚める直前だったりしないだろうか?


 けれど、淡い期待はそこまでだった。

 視界と身体の感覚が戻ってきた。目が慣れてくると徐々に周囲の輪郭が浮き上がった。


 硬い床を確かに自分の足が踏みしめている。

 

 僕は一人だった。

 傍らにいた旅の相棒、キュンの姿は消えていた。

 左手に小さな手の感触だけが残っている。


 ――キュン。


 行ってしまった。

 けれど分離した()が一緒にいることがわかっている。

 向こうにも僕がいる。だから大丈夫。キュンは寂しくない。きっと願いを叶えて街に戻る道を選ぶだろう。

 今はそう信じるしか無い。


「ここが……塔の中?」

 無音の空間に耐えきれず、声を出してみる。

 無論、返事はない。

 一抹の寂しさを振り払い、状況を確認する。

 照明もないのに全体が昼間みたいに明るい。見上げると、中空構造の塔の内側にいるみたいだった。


 円形の壁に沿って、二重螺旋を描きながらレールのようなものが上へと伸びている。

 そのレールに沿ってカプセルのような形をした、明らかにゴンドラか飛行機の胴体みたいな乗り物が上昇してゆく。

 二重らせんの反対側からはカプセル状のゴンドラが降りてくるところだった。


「なんだここ……凄い」

 驚いてよろめくと、僕の近くには搭乗ゲート(・・・・・)や受付カウンターのようなテーブルがあった。


 ――軌道空間エレベータ公社より。次の便への搭乗の方は電子チケットをお確かめください

 ――バラスト衛星調整のため、高軌道ステーションは現在閉鎖中です。低軌道ステーションでの折り返しとなります


 半透明の掲示板がいくつも空中に浮かび、青い文字が発着の様子を伝えている。まるで未来的な宇宙港みたいな場所だ。

 けれど見回しても無人。誰も居ない。


『待ってたよ、ミヨ』


「わっ!?」


 不意に声をかけられて驚いて、2メートルぐらい真横に跳んだ気がする。

 身構えながらゆっくりと声の主を確認する。忽然と真横に出現したのは、僕と同じくらいの年頃の女の子だった。

 髪は銀色で、肩までの長さの綺麗なボブカット。

 身体全体のラインに沿った白いボディスーツみたいな服を身に着けている。くびれた腰には半透明のフレアスカート。


 ――宇宙人のコスプレ……?


 第一印象はそれだった。

 でも人間だ。宇宙人というより未来人っぽいけれど。

 けれど、よくみると顔が僕に似ていた。いや、それどころかそっくりだ。

 まるで双子の兄妹かと思うくらい。


 僕はきっと凄く怪訝な顔をしていたのだろう。


『あれ? うーん? 失敗だった? おかしいなぁ。君の心の中から一番「しっくりくる」イメージを選んで再現したつもりだったんだけどなぁ……』


 困惑したようにスカートの裾をもちあげる。


「再現て……何を? 君はいったい……?」


『私? 特に個体名はないの。必要ないもの。天の川銀河内でも君たちみたいな種族は希少種なの。個体ごとに個別の精神を有するなんて、めったにいないのよ。だから不運な大破壊、エントロピー発散を抑えていられるわけなんだけれど』


「え? あっ……? うーん?」


 希少種? 銀河内? エントロピーの発散?

 やばい。頭がついていかない。


『でも名前があった方が便利?』

「うん」

 そこだけは理解できたので素直に頷く。


『じゃぁキュリ』

「なんかキュンっぽいんだけど」

『君の記憶の浅い部分にあったから』

「だぁああ!? 頭の中みえてるの!?」


『だって仕方ないじゃない。私達……いえ、私は。えぇと君の知っている言葉で「高次元の存在」なんだもの。この姿かたち、言葉、感情は、君の種族になぞらえて、それっぽく再現しているつもりよ』


「なんとなく、そこはわかった」

 キュリの正体は宇宙人なんだ。姿はきっと人類の理解を越えた神様かあるいは邪神。姿を変えるってことはグチュグチュな化け物かもしれないけれど。


『失礼ね化け物じゃないわよ。高次元情報生命、n次元のカラビ・ヤウ多様体で目の前に実体化してもいいけれど……。多分人間の脳では処理できないから発狂しちゃうし。だからこの姿なの、おーけー?』

「なるほど、オッケー」

 なるほどじゃない。OKじゃない。

 頭がついていかない。

 さっきまでドラゴンが飛ぶ魔法の世界にいたよね?

 なのにこれってSFみたいなことになってない?

 頑張れ僕、ファンタジー脳じゃだめだ。


『まず、この塔は選別機(・・・)なの。目的を明確に有し、塔の存在を理解できた人だけが、ここに入ることができるの』


「ここって『軌道エレベータ』的な?」


『その概念を理解できていれば合格よ。もちろん軌道エレベータは君の頭にあるイメージを借りただけ。実体はもうすこしちがうものなの』


「じゃぁ僕はどうしてここにいるの?」

『入れるのは強く「元の世界に帰りたい」「地球を戻したい」という明確な「願い」を持っている場合だけ。それ以外の部分は濾過(・・)されて、この場には届かないわ。それぞれの祈り、願いは還元されて、その者の運命を少しだけ変える効果はあるけれどね』


 もう一人の僕。

 キュンとあの世界で生きる願いを持った僕。

 それが濾過されたもう一人の僕なんだ。


『じゃぁここからが本題ね』

 すると、キュリは空中に映像を映し始めた。


<つづく>




  次回、最終回


 

 『星を()ぐものたち』


  

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