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最後のヒッチハイク

 一夜明けて、僕らはメビウスディスティニア卿のお屋敷の中庭に集められた。


「ジュード」

「はっ」


 メビウスディスティニア卿が指示をするなり、ジュードさんは光に包まれた。

 驚く僕たちの目の前で、身体がみるみる大きくなり、背中から翼が生え、そして長大な尾が伸びる。やがて、二階の窓に達するほどに巨大な翼竜へと姿を変えた。


「おぁわわ、凄い……!」

「正体は空竜族(スカイドラゴン)じゃったか」

「揺るがぬ大樹のような存在感、理由はこれでござったか……」


 表面の鱗の色は中心が青色で、ふちが淡い水色。空に溶け込むような綺麗な色だ。


『大人一人なら乗せられます』


 声は落ち着いた執事のジュードさんのままだった。


「つまり子供二人なら大丈夫ということですよ」


『老いたとはいえ、この街に魅せられた空竜族(スカイドラゴン)の末裔として、エフタリアの果て、東端までは飛んでみせますぞ』

 ギュルル……と大きな馬のような顔を近づけて、のどを鳴らす。


「頼むよ、ジュード。そして二人を連れて戻っておいで」

『それはお二人の意志次第』

 メビウスディスティニア卿は、僕とキュンに視線を向けながら竜の体を撫でた。


「ありがとうございます。メビウスディスティニア卿」

「まぁ戻って来る、とは限らんがのぅ」


「気をつけてゆくでござる!」

「うん、またね」

「ワシらは仲間じゃ」

 フェルトさんは街に残り、ここで暮らすと決意をした。

 翼竜に乗るのは僕とキュン。片道切符になる可能性もあるけれど、悔いはない。


「…‥行こう、キュン!」

「そうじゃな、ミヨ」


『首の後ろに(くら)をつけ、お乗りください』


 準備完了。いよいよ出発だけど、ひとつだけ。

「あっ、ちょっとまってね」


「ミヨ、何をしているのじゃ?」

「うん一応、いつものやつを」


 僕は背負ったリュックからスケッチブックを外し、ペンで行き先を書き込んだ。


 ――最果ての塔へ!


 最後のヒッチハイクだ。


「ゲン担ぎかの?」

「ま、そんな感じかな」


『承知いたしました。どうぞ背中へ、旅人(・・)たち』


「旅人としての信念に揺るぎなし。それならきっと君たちの願いも通じるよ」


 メビウスディスティニア卿は微笑んだ。


「はい」

「そうだといいがの」


「お願いします! ジュードさん」


 僕らは翼竜――空を飛ぶドラゴンの背中にまたがった。


 キュンを抱きかかえるようにして、鞍に乗る。背もたれもあるし、踏ん張る足場もある。取っ手につかまれば安定感もばっちりだ。


『しっかり掴まってください。では――参ります』

 ジュードさんが翼を大きく広げたかと思うと、一度おおきく羽ばたいた。

 フッ……と体が浮き上がり、あっというまに空高く舞いあがった。

 お屋敷の屋根を越え、城の塔を越え、信じられないくらいの速さで上昇する。ドールハウスのようなお屋敷と、中庭で手をふる皆が小さく見えた。


 気がつくと街全体を見渡せる高度へ達していた。そこでもう一度羽ばたくと、更に高空へと舞い上がる。見える景色はもう地平線よりも雲のほう近い。


「――速いッ! そして高い……!」

「ほぅおおお、これは……!」


『では、水平飛行へ……』


 言うやいなや。まるでジェット機のよう勢いで翼竜は飛び始めた。


「ひっやぁ!?」

「……じゃが、寒さも風圧も感じぬ?」


『エアロスパイク魔法……空気で鋭い(やじり)を作り、壁を生成しています』


「すごい」

「流石じゃのぅ」


 振り返ると、僅かに見えていた巨大都市エディンはすぐに見えなくなった。

 前に向き直り、目を凝らす。

 次々と大小様々な町や村が現れては、後方へと遠ざかってゆく。


 やがて、人の住む領域を過ぎたのだろう。民家も何も無い森林地帯へと変わる。


 ジェードさんの翼竜は、綿雲の群れを避けながら更に上昇する。

 

 眼下の風景は雲海へと変わった。


「わぁ……!」

「こんな景色が見られるとは感激じゃ」

「うんっ」


 こういう空を、蒼穹というのだろうか。

 キュンの身体と、僕の腕に掴まる手がずっと温かかった。


 ◇


 何処までも続く真っ青な空。

 天国のような場所を僕たちはひたすら飛び続けた。


 少し疲れてきた。

 キュンは大丈夫だろうかと心配する。するとジュードさんは高度を下げて、雲海の下へと。地表へと降下しはじめた。

『ご休憩を』

「ありがとう……!」

「感謝じゃー」

 そこは岩が林立する不思議な場所だった。深い森の中からビルのような四角い岩がいくつも突き出して林立している。

 本当に東京が森に沈んだらこうなるのかも……という感じだ。

 いや、実際にあれが新宿副都心で、これが東京スカイツリー? そんな風に思えるひときわ高い岩の上に器用に着地する。

「うわ、高い」

 降り立ったのは20メートル四方ほどの場所だった。下を見ると身が縮まるほどの高さ。空中より逆に怖く感じる。


 リュックからアメやお菓子を取り出して、小腹を満たす。飲み物は水筒があるのでいいけれど。トイレも岩陰で済ます。

 その間もジュードさんは翼竜のままだった。


 こんなふうに途中で三度ほど地上へと降りて小休止をとった。


 二度目は砂漠中のオアシス。サソリみたいな生き物が水の中を沢山泳いでいた。

 三度目は竹林の中。白黒のパンダみたいなキノコが無数に生えていた。

 

 やはり変な世界だけど、何かどこかで見たような感じがする。


『じきに日が暮れます……』


 ずっと東へと飛んでいるので、太陽の傾きが実感できた。

 やがて頭上を掠めたお日様を、後ろに背負う。

 

 けれど、ジュードさんはひたすら飛び続ける。


 振り返ると、オレンジ色になった空と夕日が地平線へと降りていくところだった。


 もう限界か……と思ったその時。


「ミヨ!」

「あっ……?」


 キュンの声に前を見ると、一本の線がキラキラと光りながら天に伸びていた。

 

 その向こう側は青黒い何もない地平線……いや、暗い海だ。海が見える。つまり水平線だ。


「大陸の端……エフタリア大陸の尽きる場所!」

「あの光が見えているかの、ミヨ」

「うんっ!」

 

 暗い水平線を背景に、一本の光が見えた。

 光かがやく金の糸が天から垂れているみたいに。


 まるで世界を半分に分ける糸だ。糸は地上付近で広がって植物の根のように広がっている。

 

 上を見上げると線の先端は見えない。暗い虚空へと吸い込まれている。

 とてつもない高さ。一番星がすぐよこで光っている。


「あれは、宇宙にまで届く塔なんだ……!」


 遙か宇宙まで続いている、塔。


「ついたんだ……!」

「あれが……最後の目的地」


『最果ての塔、でございます』


<つづく>


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